「銀ヤンマ 雀鬼たちの伝説」

 一度手持ちがないときに古本屋で見かけ、地団駄を踏む羽目になったのだが、こうして無事入手できて幸せなのである。
 収録されているのは「銀ヤンマ」の他に、「ガン辰」「遠藤」という短編が2本。絵柄とストーリーから考えて、たぶんどれも「天」の中期(ほのぼの麻雀漫画から闘牌メインになったあたり)以降の作品なんじゃないだろうか。参考のためにも、初出とか記載しておいて欲しいぜよ。
 どうでもいいが背景まで書き込んである表紙って福本漫画では珍しい。

「銀ヤンマ」

 あれ、沢田さんがいる…、とお約束的に呟いてみる。
 というわけで、この話では「天」の東西戦序盤以降フェードアウトしていた沢田さんは刑事兼不敗の雀ゴロとして裏社会を渡っていたという衝撃の事実が明かされる、のはもちろん嘘である。
 はじめはやはり、刑事にしてやくざ相手の賭け麻雀を請け負う異質の代打ち、という主人公平井銀次の派手な設定に目が行く。けれども何度も読み返すうちに気になってくるのは、平井ではなく実は対戦相手である志村の方。
 ある意味、読み始める時点で読者には平井の勝利がすでに分かってしまっている。それは「アカギ」も同じなのだが、アカギがどう勝つか、が焦点になるのと比べて「銀ヤンマ」では志村がどう負けるか、という見方になっているように思う。特に中盤以降になると、得意の「拾い」を封じられた志村が、どうやって勝とうとするのか…?という展開を見せはじめ、読者は志村の視点から卓上を見ることになる。だからこそ、絶体絶命のピンチから志村に直撃させて不適に笑う平井の得体の知れなさがなおさら印象深い。
 あまり平井についてつっこんだ描写がないことも、志村が気になる理由かもしれない。実は刑事、という設定が生かされるのも話の冒頭だけだし。しかし「いいのか?オレにさわって」ってすごい台詞だ。
 そういえば、荒木もちょっと謎だったり。依頼人と銀次の仲介役をしているようだけど、やくざ者には見えないし、かといって堅気の人間とも違う感じがする。
 ひょっとしたら福本漫画にとって、キャラクターはそれほど重要ではないのかもしれない。話の整合性や、登場人物の設定よりも「テーマ」の方がメインになっているというか。…うまく言えないけど。強烈なキャラクター性を持った人物が多数登場するのになんでだろう。福本漫画ってあらためて考えると不思議な漫画だ。
 ふとWikipediaを見てみれば、「銀と金」の平井銀二の項目に「風貌がよく似た同姓同名の人物が登場するが、そちらは若かりし頃の彼であると推測される」なんて書かれている。そ、そういう考え方はしたことなかったな。

「ガン辰」

 収録されている中では一番好きだ。わずか28ページの中で鬼気迫る空気をかもしだしているのが、さすがという気がする。「外の寒気が 死神を連れてきた――」という一文に始まり、文字通り命懸けのトリックなど、この話は表現が冴え渡っている。
 また、福本漫画の中で赤牌が使われるのはおそらくこの話だけ。あまり使わないのは何か理由があるんだろうか。「アカギ」の時代ではまだ赤牌自体がなかったからだろうけど。もし「天」で使われていたらドラが乗りまくってさぞかし派手な展開になったことであろう。
 余談であるが、私はネットで他の方の感想を見るまで、癌とガンパイをかけていることにまったく気がつかなかった。ちゃんちゃん。

「遠藤」

 これもまた、地味ながらも完成度の高い一品。N会の代打ち、森川は勢いに乗って師匠である遠藤に直接対決を申し出る。若さにまかせてブレーキ知らずの森川を、はたして遠藤は抑えきれるか――
 どっちが勝つんかいな、と結構わくわくしながら読んだ。師弟対決というのはどんな結末を迎えてもドラマチックになる。まっすぐ突っ走る森川と、ベテランの手管でしのぐ遠藤は一進一退の攻防を繰り返す。どちらが勝とうと、誰もが納得したに違いない。そんなところへあの締めが入る。渋いなあ。
 しかし見ようによっては若いころの市川と矢木の対決のようにも見えるなこりゃ。