実写版「アカギ」

 見る前はどんなもんかいな、と不安交じりでレンタル屋から借りてきた実写版二本。蓋を開けてみれば実に真っ当な作りで、最初から最後まで楽しむことができた。
 エピソードの再構成、ト書きがない分見る側が分かりやすいよう随時説明を行う、など二次元の「マンガ」を三次元の「映像」へ起こすことに気を使って製作されていると思う。
 「どうだった?」ともし人に聞かれても、「闘牌伝アカギ」「雀魔アカギ」双方共に「おもしろかったよ」と言えるレベル。
 以下内容や結末に触れた感想となっているので、ネタバレを嫌う向きは注意されたし。

「闘牌伝アカギ」

 まずは主要人物三人から。

 演じるは柏原崇、というわけで美少年系にクラスチェンジした赤木しげる17歳。マンガの記号を額面どおり受け取って白髪にしなかったのはありがたい。なお、柏原はこれが映画初主演だそう。
 南郷さんは、アニメ版でそのムキムキすぎる造形、そして声が小山力也であるおかげですごく強そうに見えた。それこそアカギがいなくても自力で窮地を脱しそうなくらいに。
 それがこの映画版では、へっぴり腰、異常なくらい強調された冷や汗、と「ごく普通の人物」として描かれている。エリア論を聞かされてもよくわかっていなさそうな雰囲気だったほか、いたるところでアカギについていけず、最後にはアカギを安岡へ引き渡そうとするなどその「普通」ぶりは徹底している。おそらくこれは市川戦が省かれているためで、「あと一晩だけ狂気に魂を預け」る心境に至っていないからだろう。
 しかし命が助かり、感激にむせぶ南郷さんを尻目に「倍プッシュ」を言い出すアカギは鬼だなぁ。それでこそアカギなのだけれど。<でもそのお金は南郷の生命保険金
 その南郷とは逆に、アカギを理解する、というか原作よりもアカギ寄りの人物として強調されているのが安岡。アカギを追う理由に説得力を増すためか、実写版では少年課の刑事であると設定されたが、いい役回りを与えられている気がする。にしても、チキンラン(重傷一名)やらロシアンルーレット(死者一名)をやらかすんだからアカギもかなり危険人物だ。それだけとがっていたということかもしれないが。
 さて続編においても遺憾なく発揮される安岡の魅力は、この時点でも見どころ多数。妙にもったいをつけた登場の仕方といい、「いまのおれは刑事じゃない。麻雀好きのただのおやじだ」といい、かゆいところに手が届く細かさ。なにより寺田農というのがすばらしい。ハラショー!ハラショー!

 裏の主役ともいえる安岡の存在感など、人物描写はありていに言えば原作とはかなり違っている。それが違和感とならないのは、実写版のストーリーや演出にそぐうものだからだ。
 実写版はこうした点を含め、本来市川との前哨戦的なロシアンルーレットをチキンランより前にアカギが起こした事件とするなど、エピソードの再構成や変更を多く行っている。なかでもマンガをそのまま映像化すれば不自然さを感じさせるようなシーンを受け取りやすくしていたのには、思わず膝をうってしまった。
 たとえば、アカギが警察が踏みこんでくることを予見し、前もって南郷に身元の保証を頼んでおくシーンがそうだ。そのほか、アカギのドラ切りを止めようとした南郷にヤクザがいちゃもんをつける、踏みこんだ警察を前にイカサマの証拠(鏡)を見せて竜崎たちを牽制する、など実写版は一貫して現実寄りの視点で物語を描いていることが分かる。

「雀魔アカギ」

 二作目は雨の中チンピラたちが安岡をぼこぼこにするシーンから始まる。その始まり同様、全体的に暴力的な描写が多い。
 そういえば暴力・流血などは原作、いやある時期以降の福本作品にも共通する要素だが、実写版では読む物の心胆寒からしめるようなものではないな。そこにある種の理不尽さがないからか。

 前作の一件で警察をクビになった安岡。おそらくこれ以外にも前科があり、いもづる式にいろいろとばれた結果と思われる。この安岡が登場し平山と出会う一連のシーンは、個人的に嗜好のツボがぎゅっと濃縮されているので見ている間中落ち着かなかった。一番驚いたのはおれの体は云々だが(あのシーンは後ろ手に縛られているようにも見える)。
 金もなく、しかしアカギを探して雀荘をうろちょろするが落ち目の安岡に運が向いてくるはずもない。結局大負けして叩き出される羽目になる。思わず「逮捕してやる!」とわめいても嘲笑をかうだけ、と散々だ。
 あいつがいりゃあなぁ、という台詞からはアカギさえいれば…という本心がうかがえる。安岡の魅力、つまりアカギのことを一攫千金の金づるだと考えている一方で、本心からアカギの才に惚れこんでいることが分かる台詞だ。そういう俗っぽさが安岡という人物だと思う。それを寺田農がわざとらしく演じてくれるのだからもうたまらない。
 そして雨でマッチがしけり、ますます腐る安岡に火が差し出される。その人物の顔を見て驚くところで画面は暗転。無論アカギとよく似た人間、平山が現れたので安岡は驚いたのだが、なぜ平山は火を差し出す気になったんだろう。ひょっとすると人がよかったからかもしれない。結果的にそれが遠因で平山は命を落とすことになると思うと、なおのこと不憫だ。
 ところで、実写版の南郷はその後について触れられていないがどうなったんだろう。映画の雰囲気から、最悪危ないことに巻きこまれ命を落としていかねないのだが…。安否が気づかわれるところだ。

 安岡が平山をアカギに仕立て、川田組に売りこんで一攫千金を狙っていたそのころ。本物の赤木しげるは製材所の工員として働く生活を送っていた。さてここで細かい不満をのべる。アカギが長髪というのはいかがなものか。平山は妙に清潔感あふれる格好、いちいちハンカチーフ(あえてこう書く)で指をふく仕草などがいかにも平山「らしく」てよかったのに。
 原作では平山の「アカギ」は偽者だと直感した石川が探しに行く展開だが、そのあたりの経緯は整理され、川島たちが川田組とかかわりがあることになっている。つまり川島たちをやりこめ、結果川田組とのいざこざの渦中に立つわけだ。一作目に続き、エピソードの再構成の仕方がうまいと思わされる。
 川田組長(中尾彬!)も平山のアカギを疑わしく思っていたこともあり、これ幸いとアカギは関西の代打ち、浦部(古田新太!)との対局に引き出されることに。浦部を演じる古田も、腐った魚のような眼といい、うさんくささあふれる関西弁といい存在感を見せつけてくれるので、画面の雰囲気だけで楽しめるのが嬉しい。
 ラスト、アカギにより追いこまれた浦部は自らの手で指を落とす。原作にはない、浦部なりのけじめをつけるシーンだが(いやひょっとしたら原作でも自分でやったのかもしれないけど)、おかげで割を食ったのが平山。目の当たりにして悲鳴を上げ、すっかりおびえきってしまうのだった(しかし叫ぶ演技は真に迫っていた。平山役の人はなかなかうまいと思う)。
 平山はその場から逃げ出すのだが、居合わせたのが治である。そう、ここが原作との最大の相違点だが、意外にも治が平山を刺して幕を閉じるのだ。川島に脅され、ナイフを握らされた治が暗闇でアカギと見間違えたため起こった悲劇である。崩れ落ちる平山、人を刺し殺したことで恐慌状態に陥る治、哄笑する安岡。かれらを冷ややかに一瞥してアカギは去っていった。末路からしていかにも小物ぶりが強調される平山は哀れである。しかし、こうした理不尽さこそが福本作品の根幹であろう。