23. 相容れないモノ

 秋である。困る。
 などといささかテツガクテキなことを考えながら帰路につく利央がいた。ちなみにそうした秋と哲学を云々した利央らしからぬ物言いは、倫理の教師からの受け売りである。
 「迅はどっちにしたの」
 はぁ?顔をしかめた迅が振り返る。その原因は目的語をすっ飛ばした利央の台詞か、それともしっちゃかめっちゃかになってとても愛車を引きずり出せそうにない自転車置き場か。ひょっとすると、自分だけさっさと自転車を引っ張ってきた利央かもしれない。
 「どっち、って何がだよ」
 話見えねぇ、という迅に利央はぐにゃぐにゃした妙な表情で答えた。
 「シンロキボー」
 カタカナやめろ、と言う迅も利央と同じくげんなりした表情になる。今日、一年生全員に配られたプリントが二人の気を滅入らせていた。ただの文理選択と言うなかれ。これから二年間の高校生活を左右する大問題である。
 「で、どっち?」
 「分かんねー…。文系、理系っつわれてもマジ困んだけど」
 「だよねェ。もうさぁ、みんな同じのやればいいじゃん。国語数学理科社会英語あればいいじゃん。ややこしくないじゃん」
 「いやオレ体育ないと困る」
 「あ、そか。オレも体育いるわ!」
 音楽と家庭科も!利央の言葉に、迅は力強く頷いた。これらがなければ、ほかの科目の時間がもっと増えているだろう。考えるだけでも怖ろしい。
 「てかさ、利央って兄貴桐青じゃなかったっけ。アドバイスとかなにか聞けんじゃねーの」
 「兄ちゃん?あー、兄ちゃんね…」
 見る間に利央はどろどろと落ち込んだ。しゃがみこみ、ぶつぶつ呟く声から察するに、弟の相談は「知るか。自分で考えろ」とあっさり一蹴されたらしい。
 どこも弟ってたいへんなんだな。それともやっぱ「ロカさん」が怖い人だからなのか。ぽんぽん、と利央の頭を軽くたたきつつ(めったにないチャンスだった)、まだ見ぬ利央の兄への畏怖を一段と濃くする迅だった。
 「迅も兄ちゃんと姉ちゃんいるだろ?そっちはどうなのさ」
 「オレかぁ?だな、まず兄貴から『英語ができないからって理系いくと、死ぬぞ』って」
 おおおおお。いかにも役に立ちそうな助言に聞こえる。利央は感動した。
 「んで、姉貴に『あんたどっちにいっても同じでしょ。その成績じゃ』って言われた…」
 今度は迅が落ち込む。二人顔を見合わせ、深いため息をついた。オレたち、きらきら光るサワヤカな高校球児じゃないの?なんでこんなことで悩まなくちゃならないんだろう。
 「もうオレ、理系にしよっかな」
 「なんで?!利央、数学できたっけ?」
 「ううん。だってオレね、もう国語ぜんぜん分かんないもん。漢字とかより、数字の方がまだ楽な気がしてきた」
 そりゃお前はなぁ。でもなにか間違っている気がする。
 迅の内心も知らず、利央はひとり「理系のオレ」像で盛り上がっている。一部には有名だが、利央の漢字の弱さは致命的なほどだった。準太にしょちゅうからかわれるくらいに。
 「じゃあね、迅は国語できっから文系にしたら?」
 「お前よりよくても自慢になんないし。ってかオレ数学も英語も分かんねーよ!どっちもできねえのに文系も理系もないっての!」
 迅は勢いよく立ち上がると、自転車を掘り出す作業に戻った。いったい誰なんだ、こんなむちゃくちゃな置き方をしたのは。ペダルと車輪とハンドルと前かごがそれぞれ引っかかりあっている。端から一台ずつどかせていった方が早いんじゃないのか。
 す、と横から腕が差し出された。視線をやると、利央が脇の自転車をがちゃがちゃと動かしはじめている。その後姿に迅はサンキュ、と一言かけた。
 「あ!オレいーこと思いついた」
 「いいことォ?」
 「あのさぁ、オレらもう体育会系ってことでよくね?」
 文系も理系も関係ないよ。思わず手を止め、まじまじとそんなことを言う利央の顔を見つめる。にこにこと笑うその表情からすると、どうやら本気らしい。
 「ヒトリデヤリナサイネー」
 言って、ようやく開いた隙間から自転車を出す。なにそれェ!と抗議する利央を無視し、迅はすたすたと歩き出した。なんの解決にもなってねーし。やっぱバカだ。アホだ。
 「オレお前が理系にすんだったら文系にいく」
 「え、マジ?」
 「だってお前の発想ついてけねぇもん。オレとお前の間にはそぉゆう溝があんだよきっと」
 「…真柴くん、なんかオレバカにされてる気すんだけど」
 「してねぇから安心しろ」
 オレもおなじ体育会系だから。
 からから回る車輪の音が二つ、並んで夜道に落ちていった。