桐青

53. 残酷な夢

 小さな台の上に足を乗せ、これ以上ないというほど背筋を伸ばした。引いたあご、まっすぐ前方へ向けた視線。よしオレ完璧。
 さらさらと保健委員が書いた記録紙を受け取り、そこにある数字を確認して迅は小さくガッツポーズをきめた。本当は「うおっしゃあぁぁッ!」と大声をあげたかったが、そんなことをやらかせば野球部のコケンにかかわるのでがまんした。だってそれくらい嬉しかったのだ。
 "180.3cm"
 間違いなく、身長の欄にそう書かれてある。
 苦節二年、背丈を伸ばすためにしたあらゆる努力は今実ったのだ。迅はひそやかに、しかし体を突き動かされるような喜びに心をひたす。しかし、背後から悪の申し子が猛スピードで迫ってきていた。
 「じーん!」
 やたらうるさい声とともに後頭部に重い衝撃が襲いかかる。確認するまでもない。利央だった。どうでもいいが、ことあるごとに人の頭をつかむのはやめてほしいものだ。
 「ちょっと聞いてオレすげェの!」
 …やはりどうでもよくはない。
 「利央、騒ぐのやめろ。もう三年だろがよお前」
 「や、これがすげ嬉しくってさァ。ちょっと見てよ。オレひゃくきゅーじゅーだよひゃくきゅーじゅー」
 ぴしり。
 あれ、オレのこめかみでなぜか変な音が。
 微妙に固まる迅に気づかず、利央は無邪気にはしゃいでいる。ああ、確かにオレが伸びてんだから利央も伸びるよな。当然だ。むしろ縮んだら怖いよな…――


 「ってゆう夢見たんだけど準サンどう思う」
 どうってオマエ。そう言ったきり、準太は口をもにゃもにゃとつぐませた。こいつがどういう返事を期待しているのか、オレの方が聞きたい。
 「迅に言ってやれよ、直接」
 しかし口にしたのは無責任な返答である。
 「それもそっか」
 納得し、ほいほい迅へと寄っていく利央の背中を準太は笑いをこらえながら見送った。きっとすぐに面白い光景がはじまるに違いないから。