ユベルといっしょ☆料理編

 十代がドアを開けると、ヨハンが軽く片手を上げて出迎えた。
「やあ、待っていたよ十代」
 ソファーに片肘をついて妖艶に微笑みを浮かべているヨハン。常の彼とは全く違う様子だが、十代は動じず、軽くため息をついて言った。
「…ユベル、またヨハンの体借りてるのか」
「居心地がいいんだ」
 ヨハン、もといユベルは薄く笑った。ソファーから立ちあがり、十代の前まで歩み寄る。どこかゆったりとした所作は体の本来の持ち主にはない類のものだ。
 ユベルは時折ヨハンの体を借りてこちらの世界に現れる。一度体を乗っ取られた事があるせいなのか、元からそういう体質なのか、彼の体はユベルにとって取り憑きやすいらしい。最初はさすがに驚いたのだが、何度ともなると慣れてくるものだ。適応能力に優れている十代ならなおの事。
 いつもの事だと事態をあっさり受け入れた十代は、あたりを見渡しながらユベルに言った。
「それで、ヨハンはどこだ?」
「あっちだよ」
 ユベルが親指で後ろにある机を指す。机の上にはレインボードラゴンのカード。
十代はヨハンの身の安全を確保する、という一点だけはしっかりとユベルに言い聞かせていた。その為ユベルが体を借りている間、ヨハンの魂はカードに移されている。十代がカードに近寄ると、カードの上にヨハンの姿が小さく半透明に浮かび上がって見えた。カードの精霊が見える十代だから出来る芸当だ。
 ヨハンを見つけた十代はいつものように言った。
「お、ヨハン。ただいま」
『おかえり。…ってそうじゃなくて!十代!いい加減ユベルを何とかしろよ!今月に入ってもう三回目だぞ!』
 あまりにも自然な対応に流されかけたヨハンだったが、今の自分の境遇を思い出して十代に詰め寄る。今日は自分が丸一日休みで、十代が午後から休み。せっかく時間があるから、デュエルでもしながらゆったりと、二人っきりの時間を満喫したいと思ってたのに!と力説しているが、姿が小さくなっている為迫力に欠けているのが残念な所だ。
 糾弾されたユベルは、ショックを受けたように目をみはり、みるみるうちに目に涙を浮かべ始めた。
「でも、…うっ。一人は寂しいんだ。ボクだって外で十代と遊びたいよ」
 そう言ってポロポロ泣き出すユベル。中身はユベルだが、外見はヨハンである。子供のように泣きじゃくる自分の姿を見てヨハンはあまりの恥ずかしさに叫んだ。
『だあー!分かった!分かったから!』
「悪いな、ヨハン」
 思わず了承してしまったヨハンに、保護者(?)として十代がヨハンに侘びを入れる。対してユベルはふんぞり返って当然と言わんばかりの素振り。涙の一滴も残っていない。
 ヨハンも、もちろんさっきのが嘘泣きだと分かっている。数え切れないくらい同じ目にあっているからだ。だが、たとえ嘘泣きでも自分が泣くのはどうにも我慢がならないと思う。男として情けないではないか。
 そもそも十代はユベルに甘すぎる。今まで冷たくして構ってやれなかったという罪悪感があるのだろう。だからいつも自分は貧乏くじを引かされる、とヨハンはため息をついた。
しかし、その彼自身、結局はユベルのわがままを受け入れているのだから、どっちもどっちである。




 とりあえず、一通り落ち着いた所で十代はユベルに聞いた。
「それで、ユベル。今日はどうしたんだ」
「愛する人に手料理をふるまいたいと思って」
 ユベルの発言に無言で答えて、十代はヨハンの方を向いて言った。
「…今度は何を見たんだ?」
『そういや昼間テレビ付けっ放しにしてたら、ワイドショーやってたな』
「…それかな」
『…多分』
 どこかのアイドルが婚約だか結婚だかの会見を開いて、愛妻弁当だのとパカップルな発言をしたのだろう。良くも悪くも影響を受けやすいユベルは、それを真に受けてやってみたくなったらしい。はた迷惑な話だが、一度こうなるとユベルの気のすむようにやらせるのが一番楽だと少なくない経験から分かっていた。
 思わず顔を見合わせてため息をつく二人をよそに、ユベルはいそいそとエプロンを着始めた。形から入りたいらしい。どこで買ってきたのか、淡いピンク色で周りを幾重ものレースで縁取ったものだ。それを手早くズレなく着付けた後、その場でくるっとターンして十代に笑いかけた。流し目付きで。
「どうかな、十代。似合ってるかい?」
『似合ってるわけないだろ!』
 同じ外見で正反対の意見を言ってきた二人に、十代は腕組みをして考え、真顔で言った。
「…別に、そこまで色とかおかしくないんじゃないか?」
 確かに色味に関してのみ考えれば、下に着ているのが水色のTシャツと紺のジーンズだからおかしくはない組み合わせだろう。
「それに、普段から袖口とかひらひらしてるし」
 それも確かにそうだ。そうなのだが問題はそこじゃない、と悩んでいるヨハンをよそに、ユベルは十代の発言を好意的に捉えたようだ。
「似合ってるんだ。良かった」
 手を合わせて満面の笑みで喜ぶユベル。後ろに花が咲いて見える。そのピンクエプロンが似合う笑顔で、十代に別のエプロンを手渡した。
「ちゃんと十代の分もあるんだよ」
「お、サンキュ」
 何の疑問もなくエプロンを受け取る十代。つけてみたが、ピンクでもフリルでもなく、白のシンプルなエプロンだった。黒基調の服に良く合っている。十代のデザインと揃いで良かったのにとヨハンは心の底から思った。
 見た目が整った所で、十代がユベルに聞いた。
「で、何を作りたいんだ?」
「肉と馬鈴薯を煮込んだものだよ。愛する人に作ってあげる物だって」
「ああ、肉じゃがか」
 ちゃんと料理の本も用意してある。普通に作ればそこそこのものが出来るはずだが、料理といえば材料を洗って切って(皮すらむかない)鍋にぶち込んで煮るものだと思っている十代と、人(?)生で初めて料理に挑戦するユベルの二人である。ヨハンも付いているが、先行きの不安は否めなかった。


 最初の工程はだしを作る所から始まっていた。本に書いてあるだしのとり方を読んだ十代はあっさり言った。
「…別にだしの素でいいんじゃないか?」
「十代がそう言うならボクは構わないよ」
 いきなり妥協しているが、初心者としては正しい選択だ。方針が決まった所で鍋に水を入れて、だしの素を適量、さらに醤油などで味付けしていく。ここまでは順調だったが、
「よし、あとは隠し味で」
 激辛好きである十代が常備してある唐辛子粉を鍋に大量に投入した。いきなり鍋の中身が赤く染まる。おたまでかき混ぜて味見をしているが明らかに唐辛子の味しかしないのではないだろうか。だが、十代の作る料理は全てこのような感じなのでヨハンはつっこもうとは思わなかった。
 だしが出来た所で、次は材料の下ごしらえだ。
「皮をむけばいいんだね、フフ」
 笑いながら包丁を何故か縦に持つユベル。子供が見れば泣きだしそうな姿に十代が訂正を入れた。
「ユベル、ちゃんと包丁は寝かせて持とうぜ」
 手を添えて正しい位置に構え直させる。笑顔に関してはノータッチだ。そもそも包丁を初めて持つ人間に皮をむかせるつもりなのか。確実に指の皮がむける。
『あ、ピーラーが引き出しの中にあるからな』
 自分の指を切られる前にヨハンが的確に指示をした。十代は「へー」と感心しながら引き出しをあさっていたが、しばらく探したあと照れ笑いをして言った。
「あのさ、ピーラーって…何?」
 ヨハンは無言のまま引き出しの一点を指し示した。
 その後もばたばたしながら下準備をすませ、いよいよ煮込む作業である。せっかくなのでユベルに任せてみる事になった。もちろん完全に目を離すと危ないので少し離れた所から見守っている。初めてのおつかいを見守る親のようだ。
 まず、熱した鍋に油を入れるわけだが。油の入ったボトルを逆さまにして大量に投下して、そこへ野菜を入れた。炒めるというよりは半分揚げ物に近い。しかも火力が強く、いつ引火してもおかしくない状況だ。
 さすがに油を多少は捨てさせ、しばらく火を通した後、肉と作っただしを入れて、ぐつぐつ煮込む。ここまでも一苦労だったが、最後に問題が残っていた。
「落し蓋?」
 とりあえず蓋を床に落としてみる。ガランガランとやかましい音がした。一歩間違うと自分の足に当たっていたところだ。
「ヨハン、落し蓋って何だ?」
 十代も知らなかったようだ。
『味がしみこみやすいように紙で蓋をするんだ』
「…?」
 明らかに分かっていない素振りだ。
『…。普通に蓋をすればいいよ』
 ヨハンは投げやりに言った。
 しばらく煮込んだ後、一応火の通り具合を十代が確認して言った。 「よし、こんなもんか。ユベル、皿をとってくれないか?」
「これでいいかい?」
 取り出してきたのはすぐそこにあった味見用の皿だ。それを見て十代が穏やかに笑って言った。
「もう少し大きくて深めの皿がいいな。あのへんにあるのとか」
「取ってくるよ」
 笑顔に見とれたユベルがいそいそと皿を用意する。うまい扱い方だ。無事適度な大きさの皿を見つけて盛り付ける。色が赤い以外は普通の肉じゃがに見える。その時ヨハンがぽんと手を打って言った。
『そういや飯炊けてないぜ』
「…あ」


 結局夕食のメニューは肉じゃがと余っていたパンという組み合わせになった。
 味はというと
「刺激的な味なんだね」
 ほとんど唐辛子の味だ。
「うまいだろ」
 十代にとっては普通の辛さらしい。さらにタバスコを足している。それで味付けが分かるのか疑問だ。
 ユベルはタバスコの瓶に興味を持ったようだった。
「…それは?」
「ああ、これか。まあ食ってみれば分かるって」
 悪気なく大量にタバスコを振りかける。
「ふ〜ん、これが美味しいんだ」
 ユベルは味覚の概念があまりない為素直に感心しているが、普通の人間なら一口で火が吹けそうな代物だ。そのせいというわけではないだろうが、ユベルはカードの中に戻る気になったようだ。
「じゃあそろそろ帰るよ。またね、十代」
 倒れこむユベルを十代が支える。しばらくして目を開けた時にはヨハンの表情に戻っていた。
「うっ…」
「ヨハン、大丈夫か」
「ああ。ったくユベルのやつ」
 感覚がまだ馴染んでないようで頭を振る。
「でも誰かの為に行動するなんて成長してるじゃないか」
 昔から今まで十代の為にしか行動していないが。
「まあ、とにかく食ってみろって。せっかく作ってくれたんだし」
 差し出されたある意味悶絶料理を口にしてヨハンは言った。
「…わりといけるな」
「だろ」
 ユベルの味覚より、借りていた体の舌の方に問題があったようだった。




 ユベルが帰ってからというもの、ヨハンはずっとふさぎ込んでいた。
「なあ、ヨハン。いい加減機嫌直せよ」
「だって、今日は久々にゆっくり出来ると思ったのに」
 ぶすっとした表情で十代の肩にもたれかかる。子供じみた甘え方に十代は苦笑してヨハンの頭を軽く叩いた。
「今ゆっくりしてるだろ」
「オレは昼からゆっくりしたかったの」
 あからさまに拗ねてる態度に十代は思わず吹き出した。
「そういうとこ、お前とユベルって似てるよな。妙にわがままというか」
「全然似てない!」
 ユベルも同じように言いそうだと思う。やっぱり似た者同士だ。だが、その発言で余計に機嫌を損ねた様子のヨハンを見て、なだめるように頭をなでた。
子ども扱いするなよ、という抗議をあえて無視してなで続ける。
「ああ見えて、ユベルはお前の事気に入ってるんだぜ」
「そうかあ」
 疑いの目を向けてくるヨハンに、十代は頭をなでていたのと逆の手で彼の手をとった。
「なら、手、見てみろよ。昨日切ったとこ」
「…あ」
 昨日カード整理中にわりとさっくり手を切ってしまった、その傷が跡形もなく消えている。少なくとも今日中に消える程度の傷ではなかったはずなのに。
「ユベルは自分の傷を治す事が出来るんだ。知ってるか、ユベルが出て来る時って大抵お前が怪我した時なんだぜ」
 言われてみればそんな気もする。いつも邪魔された事に怒っていたので、怪我の事を考える余裕がなかったのだが。
 さらに十代が笑顔で断言する。
「それに、アイツ、嫌いな奴の体なんか借りないと思うぜ」
 そうかもしれない、とヨハンが機嫌を直しかけたその時、十代が爽やかに言った。
「アイツだってお前の事、好きだと思うぜ。アモンの次ぐらいに」
「…アモンの?」
「ああ。なんかアモンはやたらと波長が合うんだって。ユベルが友達だって言ったのアイツだけだもんな」
「…そっか」
 別に気に入られてなくてもいいはずなのに、負けた気になるのは何故だろう。複雑な気分で黙り込むヨハンを見て、十代は不思議そうに首をかしげた。とりあえず機嫌は直ったようだと判断して、ヨハンの頬に口付ける。
「さっきはきちんとし忘れてたからな。ただいま」
「おかえり」
 笑顔で告げる十代にヨハンもお返しと口付けた。






もっとギャグを入れたかったのですが、わりと体力の限界に…。最後が唐突なくらい甘い(当社比)のは書いてみたくなったからです。それだけ。
あと、この話の為だけに肉じゃがの作り方を調べました。肉じゃがは海軍発祥だそうですよ(とりびあ)。自分で作ったこともあるのですが、残念な味になった覚えが。そして実家でも落としぶたなんか使ってるの見たことない気が。…料理って深いですね。

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