ユベルといっしょ☆贈り物編
バレンタイン。それは好きな人を持つ人間にとって一年に一度のビッグイベントである。
ユベルも例外ではなく、お気に入りのピンクのエプロンを付けて、やる気も十分。さて、作ろうか、といった所で、珍しく静かにしている体の持ち主を見上げた。
「止めないんだ」
『言うだけ無駄だろ』
ヨハンは肩をすくめて続ける。
『それに、俺の寝ている内に台所を破壊されるくらいなら、見張った方がマシだ』
少し前の惨状を思い出す。十代の外出中に晩御飯を用意しようとしていたユベルに、あれこれ注意していた時の話。
ふとした拍子に言い争いになって、止める人間もいないからエスカレートして…。いきなり眠らされて、ユベルの声に目が覚めたら…レンジが燃えてしまっていた。
なんとか消火が間に合ったから良かったものの、思い出すだけでぞっとする。近くで見ていた方が安全だと思うのは仕方がないだろう。
「ふうん。まあ、いいけど」
それを知ってか知らずか、ユベルはあっさり机に向き直る。
『そういや、何を作るんだ?』
「トリュフっていう物。バレンタインにぴったりだって」
指で示された所を見ると、作り方がのっていた。温めた生クリームにチョコレートを加えて固めればいいらしい。簡単そうだから、失敗もないだろう。
少なくともレンジを使わないのがいいとヨハンは思った。かなりのトラウマらしい。
「まずは生クリームを温めて…って、どこにあるの?」
『冷蔵庫の中に…あったっけ』
「そんな事も分からないの?」
『生クリームなんて、そんな使わないんだよ』
言い合いながら冷蔵庫の中を探すと、幸い多めに残っていた。
「お鍋に入れて温めて…チョコレートを刻んで加えるっと」
案外てきぱきと作業が進んでいく事にヨハンは安心して、しばらくユベルから目を離していた。そして、向き直ってみると何か赤くて丸い物体が皿の上に転がっていた。
『…何だこれ?』
「トリュフだよ」
当然のように言うユベル。確かに今までの流れからしてそれ以外考えづらいが。
『何で赤いんだ?』
「唐辛子の粉付けたから。十代が前に好きだって言ってたし」
やっぱりちゃんと見ておくべきだったか。でも、十代なら美味しいと言って喜んで食べそうな気もする。
注意すべきかどうかヨハンが悩んでいる間に、次々と赤いトリュフが出来上がっていく。皿からはみ出しそうなぐらい積み上がっていくのを眺めて、訝しそうにユベルに尋ねた。
『量が多すぎないか?』
「でも、三人分だよ」
『三人?』
十代にプレゼントするのなら、一人分でいいのではないか。
「十代と、ボクと、あとキミの分。一応教えてもらったし。特別だよ」
『…結局、俺が二人分食べてる事になるんだけど』
そう言いつつも、悪い気はしなかった。
片付けも終わった所で、タイミング良く十代が帰ってきた。
「ただいま」
「十代、おかえりなさい!」
『おかえり』
「…何か、甘い匂いがするな」
「そう!トリュフっていうの作ったんだ」
持って来られた果物とは違う類の真っ赤な色をしたチョコレート菓子を見て、十代は感心したように言った。
「いい色だな」
「唐辛子使ったんだ」
「へえ、美味そうだ」
ユベルが見守る中、十代は無造作に一つつまんで口の中に放り込んだ。曰く、
「結構イケるぜ」
「本当!」
褒められて嬉しそうに手を合わせる。何故か頭を抱えているヨハンの横でユベルは上機嫌に言った。
「お菓子作るのって楽しいね。今度は一人で作ってみようかな」
『…頼むからやめてくれ』
「まあまあ、ちょっとぐらい」
『十代、前に火事が起きそうになったのを忘れたのか?』
「レンジを使わなきゃ大丈夫だろ。一応煮物だって出来たし」
『だからってなあ』
「次はやっぱりケーキかな。パイもいいかも」
ユベルの言葉に十代とヨハンは顔を見合わせた。そのまま小声で相談を始める。
「どうしたの?」
「…いや、俺はケーキよりエビフライの方がいいなあ、と」
『十代!エビフライも油使うから危ないだろ!』
ユベルに聞こえないようにと小声でつっこむヨハンに十代も小声で言い返す。
「とっさに思い付かなかったんだって」
「何が思い付かなかったの?」
思いっ切り聞こえていたらしいユベルからの質問に、十代は意味もなく手を振った。
「いや、…そう、お返し!貰ったから、何を返せばいいかと思って」
「別にいいのに」
「一応、一ヵ月後に返すっていう習慣もあるから」
「そうなんだ。来月が楽しみだな」
一応興味がそれたらしい事に、十代とヨハンはほっと胸をなでおろした。
「それにしても、量が多くないか」
持って来られた皿に山のようにトリュフが盛られている。さすがに全部は食べ切れそうにない。
「ボクも食べたかったし。それに…」
ユベルの視線の先を見て、十代は問いかけた。
「ヨハンの分もあるのか?」
「材料が余ったんだ」
『…らしいぜ』
あからさまに仕方がないというユベルの様子に、残りの二人は苦笑した。
バレンタインの一ヵ月後はホワイトデー。貰った人にお返しをするというイベントである。
というわけで、1ヶ月前と同じようにキッチンの机の上には道具の山。それを前にして十代はヨハンに問いかけた。
「さて、何作る?」
「決めてなかったのか」
やる気があったので、てっきり決まってると思っていた。そう言うヨハンの言葉に十代は困ったように言った。
「アイツの、食べ物の好みは良く分かんないんだ」
「うーん…今まで美味いって言ってたのは?」
「……全部、だな。塩入りコーヒーはさすがに微妙そうだったけど」
「難しいな」
ヨハンは腕を組んだ。十代が作ったものなら何でも美味しいと言うに違いないが、それでは気がすまない。気を取り直すように十代に問いかけた。
「そういえば、バレンタインのお返しは三倍で返さなきゃいけないって聞いたんだけど、何が三倍なんだ?」
「…辛さとか?」
「…一応、俺の体を気づかってくれ」
食べるのがユベルとはいえ、後々ダメージが残らないとも限らない。
「じゃあ、量かな」
「そんな所じゃないか」
「でも…結構量あったよな、アレ」
「一日は胸焼けしてたっけ…」
残すわけにもいかず二人で食べたものの、山盛りのチョコレートは中々にキツいものがあった。十代は思い出したように顔をしかめた。
「という事は、大量にあっても困らないものか。お菓子じゃない方がいいかもな。…任せた」
「俺に振るのか!?」
「考えるの苦手だし。どんな料理があるとか良く知らないから」
かなりの難題にヨハンは律儀にしばらく考えて、ぽんと手を打った。
「ジュースはどうだ?量があっても平気だし、色々好きそうな物を入れればなんとかなるだろ。味の調整もきくし」
「成る程。じゃあ、片っ端から全部入れてみるか」
「待て。何を入れるつもりだ」
「何って、肉じゃがと、トーストと、サラダと、フルーツと、チョコレートと…」
予想していたとはいえ、頭痛がしてくる答えだ。いくら好きな物だからといって。
「全部入れて混ぜた味を想像してみろよ」
「…面白そうじゃないか?」
「…ああ、そうかもしれないな」
十代の食の嗜好はおかしかったんだとヨハンは今更ながらに思い知った。普段は面倒がって余計な手を加えないから真っ当な料理になるけど、やる気を出した瞬間見事に空回る。
一ヶ月前を思い出して、ユベルは目の前にいる彼と同じ思考回路だとしみじみ思った。それなら十代のやり方は間違っていないかも…、と自分の身に思い至ってヨハンはその考えを追い払った。
「とりあえずフルーツだけにしようぜ。アレンジは後だ」
「それだとつまらなくないか?」
「料理はつまらない方が美味しいんだよ」
そう言われると料理が苦手だと自覚しているだけに十代の分が悪い。しぶしぶ果物を手にとり、ついでに近くにあった瓶もつかんで言った。
「じゃあ隠し味だけでも」
「何でまた唐辛子なんだよ」
即座に入ったつっこみに十代はもっともだと頷いた。
「確かにワンパターンだよな。タバスコの方が良かったか?それとも納豆とか」
「…せめてシナモンあたりを言ってくれ」
何故そこまで合わないものを選択するのか。いや、合わないからこそ面白そうだと思っているのだろうが。
しばらく考え込んだ後、ヨハンは真顔で言った。
「よし、作業を分担しよう。俺が材料を選んで入れるから、十代はスイッチを押してくれ」
「…俺の担当がほとんどないのは気のせいか?」
「気のせいだ」
分担したおかげかジュースは二人とも満足のいく味になった。だが、ユベルに食べてもらおうとして、呼び出す方法が分からない事に気付いた。今までは勝手に出てきていたから、こちらから呼ぶ必要がなかったのだ。
どうしようか、と十代は腕組みをしてヨハンに問いかけた。
「変わる時に何か共通点とかないのか?ちょっとした事でもいいから」
「と言っても…寝てて、気が付いたら変わってるって感じなんだよな」
そこで状況だけでも再現しようという事で、ソファに寝転がって待つ事数分。すぐに寝入ってしまったヨハンを見て、寝付きの良い事だと十代が苦笑していると、ユベルが目を覚ました。
「十代、おはよう!」
「おはよう…ってもう昼だけどな」
元気の良い挨拶に苦笑していると、ヨハンが現れた。
『せっかく熟睡しかけてたのに、騒がしいから目が覚めた』
そう言ってどこか不機嫌そうに肩をすくめる。
「そこまで煩くしてないよ。神経質なだけじゃないの?」
「まあまあ。今日はこの前のお返しを作ってたんだ」
見た目もまともなジュースを受けとって、ユベルは一口飲んで満足気にため息をついた。
「美味しい!」
「そりゃ良かった」
作った人間として、喜ばれるのは嬉しい。
「それにしても、タイミング良く出てきたな」
「話ぐらい聞こえるもの。出てくる事だって平気だ…」
いきなり口をつぐんだユベルの様子に十代は気になって聞いてみた。
「ひょっとして、ヨハンが起きてる間にも交代できるのか?」
その問いに黙って肯定の意を示す。
「今までは待ってたって事か。何でまた」
「…だって、卑怯じゃないか」
小声の台詞を聞いて、ヨハンはわざとらしく肩をすくめた。
『寝直すか。…火事だけは気を付けろよ』
そのまま姿を消す。
「そんなに眠かったのかな」
不思議そうに首を傾げるユベルに、十代は曖昧に笑った。彼の気づかいは伝わっていないようだ。別に伝えて欲しいと思っていないだろうけど。
「さて、せっかくだから何か料理でもするか」
「そうだ!エビフライが作りたいんだ」
「俺が前に言った事覚えてたのか」
「勿論。十代の言葉は全部覚えてるよ」
「そっか」
褒めるべきか迷いながら、十代は料理の準備を始める。油を使うけれど、気を付けていれば平気だろう。
「あ、でも確かエビがなかったな。買いに行くか」
「じゃあ、着替えてくるね」
「いや、別にそのままで…」
止める間もなく走っていったユベルを見送って、十代は買い出し用のリストを作り始めた。
とりあえず、バレンタインははずせないなあと。節分の豆ぶつけ大会も捨てがたかったですが、残念ながら体が二つしかないので、常にタイマンの激しい戦いは可哀想だと思いました。そもそも豆を人にぶつけちゃいけないんですがそれはそれ。
トリュフは作った事がないので、実際に唐辛子をまぶすとどうなるか分かりません。試した方がいらっしゃれば是非ご一報を。赤いと三倍速ネタを入れようか真剣に悩みました。結局遊戯OH作品に巨大ロボットアニメが存在していた覚えがないので割愛。
この後を書かないのが私のヨハンに対する愛です。