卵焼き

 それは桜庭と進が出会って間もない頃、昼食を食べていた時の出来事だった。
「進のお弁当っておいしそうだよね」
 彩り良くおかずが納まっている様子を見て桜庭が言った。そう言う彼の手には購買で買ってきたパンが握られている。
「自分で作った」
「そうなんだ。…ってえええ!」
 パンを口にしたまま思わず叫んでしまった桜庭に進は眉をひそめた。
「行儀が悪いぞ」
「いや、だって…。これを進が作ったの?」
「さっきそう言ったはずだが」
「へー」
 話を聞いていなかったのかと気持ち不機嫌そうな進を知ってか知らずか、桜庭は弁当の中身を見てしきりに感心している。以前卵焼きを作ろうとしてスクランブルエッグになってしまった身としては、焦げ目なくかつ栄養バランスもとれた一品を自分と同じ年の人間が作ったというのは驚きだ。
「ずっと家族の人が作ってると思ってた」
「早朝から家族に迷惑は掛けられん」
「そりゃそうだけど」
 その当たり前だが大変な行動を、他人に甘える事無く実行できるのが進のすごい所だと桜庭は思う。
 そう告げると進は「何が大変なんだ」と不思議そうに聞いてきた。短い付き合いながら予想された言葉だったので桜庭は思わず軽く吹き出した。
「何がおかしい」
「…いや、何でもないよ」
 釈然としない進を何とか言いくるめて食事を続ける。しばらくして桜庭がぽつりと言った。
「ねえ、その卵焼き一個もらっていい?代わりにパンあげるからさ」
 売り物と言っていい程綺麗に焼き上げられた卵焼き。昔自分が作ったものと比べ物にならないそれに興味をひかれたようだ。
「必要量以上の栄養分の摂取はしない事にしている」
「…そっか」
 差し出したパンを手で押し戻され、桜庭はため息をついた。
「…だが、多少減っても問題はないだろう」
 そう言うと進は弁当箱の蓋に卵焼きを一つ乗せて桜庭の方に押しやった。
「…いいの?」
「いらないのか」
「いる!いただきます!」
 慌てて口に運ぶと、だしの利いたどこか懐かしい味がした。
「おいしい」
「…そうか」
「ありがと、進。今度何かおごるね」
「それには及ばん」
「いいの、俺がおごりたいんだから」
 上機嫌で桜庭が言うと進は「ではそのうちに」とあくまで生真面目に、でも心なしか穏やかな声音で言った。






偽者っぽい感じは「昔の話だから」でごまかされて下さい。

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