二年目の誕生日

 高校に入って初めての5月17日は今までで一番幸せな日だった。

 今年は留年者を出す事無く、無事に全員進学を迎えた西浦高校。クラス替えが終わってみれば、野球部関係者は全員同じクラスに固められていた。昨年西浦を一躍有名にした感謝と配慮からくることなのか、単に問題児は一ヶ所に固めておけということなのか。
 それはさておき、新学期も順調に過ぎ、今日は5月17日。一週間後には中間試験が迫っている時期になっていた。
 野球部のメンバーはいつものように試験勉強に追われていた。試験の結果如何では自らの野球に関わるのだから真剣になろうというもの。三橋も例にもれず、彼にとっては暗号に近い文章と格闘していたのだが、いきなり肩を叩かれた。
「なあ、三橋」
 急に話しかけられて反射的に身をすくませたが、相手が阿部だと分かるとほっと息をついた。
「あ、阿部君。なに?」
「今日お前んち行っていいか?」
「え、…う、うん。いいけ、ど」
 試験期間中は図書館か三橋の家で勉強するのが常だったし、三橋自身誰かに教えてもらう方がはかどるので、異論はなかった。それに誕生日に人が来てくれるのは嬉しい。たとえみんな忘れていたとしても。
 朝から三橋はまだ誰にも祝われていなかった。やっぱり忘れられたのかなと諦めてはいたが、少し寂しかった。
「じゃ、決まりだな」
 ニッと阿部が笑う。三橋もつられて笑顔になった。少しだけ気分が浮上した。

「た、だいまー」
「おじゃましまーす」
『他の奴らはなんか用事あって遅れるらしいからオレ達だけ先行ってよーぜ』
 阿部からそう言われて、二人だけで勉強会を開始した。お互いノートと教科書を前に、もくもくと勉強をする。30分ぐらい過ぎた頃だろうか、急に阿部から話かけられた。
「なあ、ずっと座ってても肩こるし、ちょっとキャッチボールしようぜ」
「え、い、いいの?」
「たまには気分転換でもしないとな」
 嬉しいけど、でも勉強しなきゃ赤点とっちゃう、と三橋がぐるぐるしていると、先に用意をすませた阿部が仁王立ちしてこちらを睨んでいた。
「何やってんだ。時間ねーから早くしろ」
 その声にあわててグローブをとって部屋を出た。三橋の成績を誰より心配している阿部が、試験勉強をせずにキャッチボールに誘う事なんてなかった、という事実に欠片も気付かずに。

 試験期間中も一人で(こっそり)投げてはいたけど、やっぱり受けてもらえるのは幸せだ。プロテクターがないから本格的な投球練習は出来なかったけど嬉しくて時間があっという間に過ぎていく。終わった時はがっかりした。もっと投げたいのに、と後ろ髪を引かれる思いで家の中に入る。これも試験が終わるまでの我慢だと、自分に言い聞かせて部屋に戻ったのだが、その時阿部がドアの前で立ちはだかった。
「三橋、目つぶれ」
 阿部の言葉に少し疑問がわいたが、おとなしく目を閉じる。しばらくして、
「誕生日おめでとー!」
 クラッカーの音と告げられた言葉に驚いて、慌てて目を開けてみるとそこに野球部の仲間達がいた。
「え、え?」
「いや、去年はお前誕生日言ってくれなかっただろ」
「あの時水臭えって思ったんだぜ」
「それで今年はオレ達が驚かせてやろーと」
「阿部に頼んで時間稼いでもらってな」
 口々に言われる言葉にパニックになる。
「ほら、座れって」
 うながされて、目の前に空けられたスペースにちょこんと座ると、目の前に大きなケーキがあった。
「ハッピバースデイトゥーユー」
 去年と同じように笑顔で祝ってくれる仲間達に囲まれて、嬉しさのあまりに涙を浮かべながら、三橋はケーキのロウソクを消した。

「オレらのエースに乾杯!」
 乾杯が終わると、それぞれ思い思いに食べ始める。
「そうだ!プレゼントがあるんだよ」
「プレゼント?」
 三橋がびっくりしているとホラ、と箱が投げ渡された。慌ててキャッチする。
「開けてみろよ」
 手のひらに乗るくらいの小さな箱の中には
「ボール、だあ」
 しかもボールには一人一人が手書きでメッセージを添えている。最初は嬉しかったが、そのうちハタと気が付いて涙目になった。
「でも、投げたらボール、ボロボロに、なっちゃう…」
 みんなのメッセージが…と落ち込む三橋に阿部があっさりと言った。
「消えたらまた書いてやるよ」
 もうみんながいなくなることはないんだ。そう思ったらまた涙が出てきて、仲間達にからかいまじりに慰められた。






みんなから愛されてる三橋を書きたかったのです。

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