結婚しちゃいました
1
それは何気ない会話から始まった。
「そういえばリザさんの誕生日って来週だって聞いたわ」
「えっ、そうなのか?」
「お祝いしなきゃ!」
ウィンリィの一言にエドワードとアルフォンスの二人が反応する。
兄弟が体を取り戻して数ヶ月。どんな功績を残そうとも律儀に毎年行われる査定の為にセントラルまでやってきたエドワードにアルフォンスとウィンリィがくっついてきた形になる。今はせっかくだから、とリゼンブールでも評判になっているカフェで食後の会話を楽しんでいた。
「お祝い…何がいいのかなぁ?」
悩むウィンリィにアルフォンスが提案する。
「ブラックハヤテ号の首輪とかは?」
「うーん、でもなんかこう、しっくりこないのよね」
「なんだったらオレが練成で…」
「エド(兄さん)は黙ってて」
嬉々としたエドワードの申し出は光速の早さで却下された。あまりの冷たさにいじけだしたエドワードをよそに相談は続く。
「う〜ん、どれもこれもイマイチね」
「こうなったら本人にそれとなく聞くのが早いんじゃないかな」
「あまり気が進まないんだけど…仕方ないわね。そうと決まったらさっさと行くわよ!」
意気揚々と進むウィンリィに二人がひきずられるようにして向かった先は中央司令部。ついでにとエドワードが査定の手続きをしているのを待っていると、たまたま通りすがったホークアイに会うことが出来た。
「あら、久しぶりね」
「あ、リザさんお久しぶりです」
「こんにちはー」
「あ、リザさん今欲しいものないですか?」
「そうね、マスタング准将かしら」
この時のホークアイの台詞に悪気はない。階級が上がったにも関わらずサボり癖のある上司を探している最中だったのだ。しかし、そのあと別の部下に呼ばれて行ってしまった為、彼らの暴走を止めることは出来なかった。
というわけで
「「「誕生日おめでとうございます」」」
「これプレゼントです。どうぞ」
「まあ、ありがとう」
ホークアイは誕生日にロイ・マスタング准将(箱入り)をもらう事になった。
2
「君達、一体何の真似だね」
半眼で問いかけるマスタングにエドワードとウィンリィが即答する。
「何ってプレゼントに決まってんだろ、年取ってボケたか准将?」
「あ、リボンでラッピングは私のアイデアなんですよー。ピンク系でまとめてみました」
「いや、私が言いたいのは何故こんな事をしたのか、という事なんだが」
「ホークアイ少佐が准将を欲しがっていたんですよ」
アルフォンスの答えは三人の中で一番的確で丁寧だったが、マスタングにとって意味不明であることには変わりない。とりあえず名前の出てきたホークアイに聞いてみる事にした。
「どういう事だね、ホークアイ少佐」
「仕事をサボっていらした准将を探していた際に彼等に准将が欲しいと話したのせいではないかと」
「自業自得だよな」
ニヤニヤ笑いながらからかうエドワードにマスタングも応酬する。
「やあ、鋼の。箱に入ってみて初めて君と普通に視線が合ったな。なにしろいつも下を向かなくてはいけないからな」
「誰がしゃがまなければ見えなくなる程のどチビかあー!」
「ちょっと兄さん、落ち着いてってば」
いつもの言い争いが始まっているのを見てホークアイとウィンリィは顔を見合わせて苦笑した。
「それにしても、准将ももう少し出歩きとか、そういうのを控えて下さればいいんだけど」
「だったら、お二人で結婚しちゃえばいいんじゃないですか」
ウィンリィの一言に時間が止まった。だが直ぐにリゼンブール三人組が復活する。
「だってそうしたら准将だってそんな出歩いたりしないでしょ」
「少なくとも夜のデートはなくなりそうだな」
「一緒のところに住むんだしね」
勝手に話が盛り上がっていく中、固まったかのように動かないマスタング。思わず同じく無言でいたホークアイに助けを求めた。
「少佐…」
「…」
この時までホークアイは否定してくれると思っていた。
「…言われてみれば」
だが、自分のその認識が浅はかであったとマスタングは思い知る事になった。
「名案ね」
「あ、リザさんもそう思います?」
「少佐が賛成なら問題ないですね」
「なら、とりあえずみんなに知らせに行くか」
ばたばたと駆け出して行く三人。そのせいでついさっきまで結婚だといわれていた相手と二人っきり。
沈黙が痛い。
「准将」
「いや、私は別に君と結婚するのが嫌というわけでは。ただこういう問題はもっとちゃんとした場を設けて話し合ってだね…」
「濡れていらっしゃるようですが」
「ああ、鋼のに出会い頭に水をぶっ掛けられてね。全く、彼等は水さえ掛ければ私が焔を出せないと思っているらしい」
マスタングのぼやきにホークアイが思わず吹き出した。空気が軽くなる。
「とりあえず、軽くでも水分をふき取りましょう。そのままでは風邪になりますよ」
「その前にこのリボンをほどいてくれないかね。身動きが取れなくて」
「あ、すみません」
慌ててほどこうとするホークアイの手がマスタングに伸びる。が触れそうになった瞬間、壁からいきなりスピーカーが出てきてアルフォンスの声が突き抜けてきた。
「えーと、この度リザ・ホークアイ少佐とロイ・マスタング准将が結婚される事になりましたー!」
「…このスピーカー作ったのエドワード君かしら、ちゃんと戻してもらわないと」
ホークアイのどこかずれたつぶやきを最後にマスタングの意識は途切れた。
3
かくして
アルフォンスの放送により自分達の上司の結婚を知った面々は至極あっさりと納得し(一部軍部のアイドルが結婚する事に悲しむといった反応をするものもいたが。しかも大半が女性)、手際よく準備が進められ一ヵ月後には盛大な結婚式が開かれる事になった。
そして当日、式場の控え室でマスタングは大きくため息をついた。
「どうしたんですか准将」
「一つ聞いてよいかね」
「なんですか?」
「何故私がドレスを着ているのだ」
無邪気そうにドレスの着付けを手伝っているアルフォンスに問いかけた。ちなみにドレスはオーダーメイド。部下からの結婚祝いでもある。が、正直嬉しくない。というか嬉しいと感じたが最後自分ではなくなる気がする。
「うーん、そういえば…。あ、でも似合ってますよ」
あっさりと向けられた天使のような笑顔にうっかり頷きそうになるも全く事態が解決されていない事に気づき慌てて首を振る。
「いや、似合っているとかいないとかそういう問題ではなく…」
「あ、時間ですね。行きましょう」
意外と力が強いアルフォンスに引っ張られながら、マスタングはつい自分の人生を省みた。自分はいったい何処で何を間違えたのだろうか。
「…少し、泣いてもいいだろうか?」
「ああ、マリッジブルーですね」
朗らかな声に本当に泣けてきた。
「でも少佐ならきっと幸せにしてくれますよ。良かったですね准将」
「…そうだな」
なんかもうどうでもいいか、と引きずられながら力なく相槌をうった。
当然式場には自分の部下たちが思いっきり参列していた。当然のように最前列で。その前でびしっと礼服で整えたホークアイと同じくしっかりとドレスアップされたマスタングが誓いの言葉を述べようとしていた。神父は彼らの部下にしてもらう事にしたのだが、笑いをこらえているのがバレバレである。
「リザ・ホークアイ、あなたは、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びにあっても、悲しみにあっても、命ある限りあなたの妻(ここでやや吹き出した)を愛し、あなたとともにあることを誓いますか」
「誓います」
毅然とホークアイが答える。同じようにしてマスタングも答えた後(ただし神父はドレス姿の上司に始終笑いをこらえようとした為時間は若干かかった)指輪の交換とつつがなく進みいよいよというときに
「ロイ・マスタングはここにいるか!」
いきなり数人の男が銃を持って乱入してきた。まあ、いつかの仕事のときにでも捕まえた連中の仲間だろう。良くある事だ。
「フッ、丁度いい。ストレスが溜まっていたところだ」
いっそ楽しげにマスタングが焔を作ろうとしたその時。
無言で足払いをくらい、しかも慣れないドレスのせいで盛大に頭から地面に激突したマスタングをかばいながらホークアイは礼服の懐から愛銃を出し、ためらいもなく発砲した。男達はそれぞれ腕や足を押さえて痛みをこらえようとする。あとは参列していた現役軍人が取り押さえてあっさり事件は収束した。
「大丈夫ですか准将?」
「ああ、転んでぶつけた頭以外は」
ちなみに打ち所が悪かったせいでかなり流血している。
「ならば、大丈夫ですね」
さらっと流される事には残念ながら慣れていたので、おとなしく持ってこられた救急箱で軽く手当てをする。幸い傷はそれほど深くはない。
「ところで、もう少し穏便に出来んのかね」
「でも准将は今発火布つけていらっしゃらないでしょう」
「あ…」
「焔の使えない准将は無能なんですから、ちゃんと自重なさらないと」
言葉の見えないナイフがマスタングを貫いた気がした。まさかこんな時にまで無能扱いされるとは。
「そういえば式の途中でしたね。再開させましょう」
このあと式は滞りなく進み二人は仲むつまじく生涯を共に過ごした。と後の歴史書には書かれることになる。実際はどうだったかは当人達だけの秘密にすべきだろう。
あからさまにイロモノ感がただよいます。何故こんな物を書こうと思ったのか当時の記憶が幸いにもないので分かりません。我ながら気の迷いも甚だしい。
まあ、せっかく大佐受けなんだし、とうっかりドレスを。いや、中尉に着せてドレスの裾からマシンガンも捨てがたかったんですが。ドレスな大佐を想像してうっかりアリだと思った過去の自分を問い詰めたい。そういえば何で大佐視点なのか。わりと私好きなのか大佐。でも一番のひいきはリゼンブール組です。って言わなくてもわかるし。
何故だかアルフォンス君がひいきされてるふしが。とりあえずドレス大佐(すでに熟語化)を素直に褒められそうなのがアルかウィンリィしか思いつかず、で、ウィンリィにはさすがに大佐の着付け(?)は無理だなあと。彼は天然腹黒だと思います。声は釘宮さんで!ちなみに兄さんは大佐と喧嘩してあたりを破壊しないように隔離中という裏設定。軍部の皆さんが出せなかったけど皆さん順調に出世しております。
でまあ、おまけ
結婚式も無事(ある意味)終わったあとはもちろん初夜というものがあったりする。実際マスタングはホークアイと結婚できる事自体は嬉しいのだ。ただ他に付随している事に大いに意義を唱えたいのだが。
「そういえば少佐」
「なんですか、准将。いえ、もうそんな名前で呼ぶべきではないですね」
「そうだな。では、………リザ」
「ええ、…ロイ」
いい雰囲気である。だが、どうしても見過ごせない問題があった。
「君に一つだけ確認したい事があるのだが」
「なんでしょうか」
「君はいつも銃を携帯しているのかね」
昼間の式で発砲した時のことだ。彼女はいつも銃を持っているのか、それは大いに問題になる。さすがに携帯されたままでGoサインは出せない。怖すぎる。
「いえ、そんな事はないですよ。今も持っていませんし」
「そ、そうか」
ほっとしたのもつかの間、
「ええ、身に着けては」
音を立てて固まるマスタング。心なしか変な汗が背中を流れている気がする。身に着けては、という事は何処かに保管してあるという事か。何しろ犬のしつけを銃でする位なのだ。自分が撃たれないという保証がどこにある。
「あれ、どうかなさいました?顔色が悪いようですが」
「いや、なんでもない」
なんとかこの場を逃れようとも思ってみたが、
「大丈夫ですよ、優しくしますから」
今まで見た事のないようなかわいい笑顔を見せるホークアイに一体何が言えようか。
「…」
やけくそとばかりに抱きついたら、それはそれは嬉しそうに抱き返された。