鬼灯 2 |
じくじくと継続する、意識を失っていられない痛みで高杉は目覚めた。 夢を見ていた。輪郭すら曖昧な暗い、色んなものが詰まった闇を歩いていた。 ……どうやらひどい熱が出ているようだ。目が覚めるとそれだけで吐き気がこみ上げた。空間そのものが黴臭い。水を探った高杉の腕は空しく冷えた土に触った。それで漸くここがどこか思い出す。一時の牢は、江戸から離れていることもあって粗末なものだった。高杉以外入っていない広い半地下の穴蔵に冷えた鉄格子がはまっている。 左目を斬られた。深く瞼から抉られ、眼球まで傷ついただろう。最低限の消毒だけは施されたが、また熱が出てきた。自身の熱に骨が軋んで悪寒が止まない。 高杉は平衡を失った身体をどうにか操り、格子に背を投げ出すように目を閉じた。 意識と身体がくるくる錐もみに絞られて落下する。 「どうした高杉、寝ているか」 突き落とされる。声をかけられて初めて、高杉は気配に目を開けた。 「……ヅラか」 「おまえが眠りこむのは珍しいな」 いやな汗をかいていた。疲労がじわじわと高杉の内部を這っている。夏の空気は夕闇に包まれるあたりで草いきれが鼻についた。身体に熱がこもっている。 「……夢を」 「何だ」 「いや、何でもねえ」 高杉はゆるく首を振った。高杉が左肩を斬られて帰って以来、桂は高杉の熱が下がるまでと毎晩顔を見せていた。それである夕方、盆だと言って、たわわに成ったほおずきを何本も手に抱えきれぬほど持って来た。熱はだいたい下がったが、夜になるとまたぶり返すその境目の時刻だった。日が沈む少し前になると、奇妙に浮遊感が高杉を訪れる。縁に座って足をぶらぶらさせている桂の隣まで、高杉は立って歩いたが数歩で床が沈む感覚が襲った。結局桂の隣に腰を下ろすと、桂の腕が高杉を引き寄せ有無を言わせず肩に凭れさせられた。抵抗するだけの余力もなく、高杉はそれに逆らわず頭をあずけた。 痩せすぎだと言われる高杉よりも、桂は更に華奢な体格をしている。それを改めて確認した。 雑草が好き放題生い茂る境内を、桂はずっと眺めている。膝の上には半ば熟したほおずきの枝が何本も置かれていた。高杉の視線に気づき、桂は一本取り上げてみせた。幾つも幾つもずっしりと赤い実が成っている。 「ほおずきは、鬼の灯とも書く。死者が戻ってくるときの明りなんだそうだ」 「くだらねぇな」 桂は少し笑ったようだった。 桂は、高杉を引き込んだことに対して負い目を感じている。それが高杉には分かった。しかし後悔をすっぱり止めてしまった桂には、絶望的な戦の先行きに絶望することも、高杉自身を痛ましく思うことも出来ない。無理した成果としてではなく、本当にそんなことを考えられないのだ。 桂はまさか気づいてもいないだろうが、そういう年上の男が、高杉は好きだった。 桂はほおずきの実を枝から外し不器用に実を抜き出し始めた。その時点で既に幾つも破れたほおずきの小山ができた。なかなか出来ない単純作業の繰り返しに飽きて、高杉は目を閉じた。 風が吹く。気分がいい。 桂は相変わらずほおずきと格闘し続けている。 もう一つ居まずそうな気配がしていることに気づいていたが、落ちるような眠気で身体は動かない。意識はあるのだが指一本動かなかった。 ようやく桂は、上手く残ったほおずきの皮を口に放り込んで噛んだようだった。うまく空気を送りこめないでいるのだろう、全く音が鳴らなかった。しまいに諦めたのか、桂はようやく銀時の方を振り向いて、一本を投げて寄越したようだった。 「銀時、ほおずきだ」 それが何だという顔をしただろう銀時に、桂はすげなく手を追い払うように振った。 「それをやるからあっちへ行け」 「……ヅラァ、おい」 「おまえが近づいたら起きるに決まっているだろう。それにしても、難しいものだな。」 去れと言っておいて、桂はほおずきを指し示した。相変わらず桂はバカだと思い、それから高杉は半覚醒を言い訳に銀時が近くにいる状況をゆるした。最後に銀時のまともな声を聞いたのがいつだった忘れていた。 「ガキの頃やんなかったか」 「女子のやるものだったではないか」 「あー、そうか、そういや俺もした記憶は」 声を潜めた会話は続き、穏やかなそれは意味の取れない子守唄になった。本格的に高杉は吸い込まれるように眠った。 |
続きます。やっぱり修正無理のパラレルで。 |