夜の裏通り。俺は自慢の赤いスポーツカーの中で奴を待っていた。
もう午前1時になる。そろそろ奴が姿を現す時間だ。そう思った時、ルームミラーにその姿が映し出された。
古いレンガ造りのビルの裏口から出てきたあいつは、颯爽とこっちへ向かって歩いて来た。
俺はすぐに車を飛び出した。
ここは裏通り。ネオンもなければ人通りもない。1本向こうの通りは輝くようなネオンに照らされ、昼間のごとく明るいというのに。
車のドアに寄り掛かって腕組みしていると、だんだん足音が近づいてきた。
黒いスーツに身を包んだあいつは、俺の2メートル手前で足を止めた。
彼の靴は、暗闇の中でもピカピカに光っていた。そして獲物を追うような鋭い目も、同じように光を放っていた。
「お前、トシヤとやっただろ?」
そいつを睨みつけてそう言ってやった。俺は、いつかこんな日がくると思っていた。
その時、俺たちの横を1台の車が通り過ぎた。彼の金色の髪が車のライトに照らされ、鈍い光を放った。 彼はひるむ事もなく、涼しげな目で俺を見つめていた。そしてニヤッと笑った唇は、やっぱり光り輝いていた。
「なんの事?」
彼はスーツの胸ポケットからタバコを取り出して口にくわえようとした。
俺はすぐに近づき、綺麗な指に挟まれたタバコを取り上げて道路に投げ捨てた。
「とぼけても無駄だぞ。トシヤは全部吐いたんだからな」
彼はクスッと笑い、金色の髪をそっとかき上げた。その仕草は、ゾクゾクするほど挑戦的だった。 両手をズボンのポケットにしまい入れ、一瞬俯いた後目を光らせて真っ直ぐに俺を見つめた。
「あんたの坊やは口が軽いんだな。でもそろそろ来る頃だと思ってたよ」
「トシヤは、お前に無理矢理やられたと言ってたぞ」
そしてつり上がった目を少し和らげ、苦笑いをしてこうつぶやいた。
「あの坊やは意外とタヌキだな。気持ちよさそうな顔してすぐいったくせに」
「お前、俺の坊やに手を出すとはいい度胸してるな」
「あの子、あんたのキスは最高だと言ってたよ」
「お前のフェラは最低だと言ってたぞ」
「ふぅん……じゃあ、試してみる?」
淡々と言葉を交わした後、こいつを自慢のスポーツカーに乗せてホテルへ向かった。
俺は、いつかこんな日がくると思っていた。
俺たちは互いにいつも使っているホテルは避けて、2人とも初めて行くホテルへ向かった。
最近できたばかりの、まだ新しい匂いがする10階建てのホテル。
その最上階のVIPルームはフロア1つを全部使っていた。無駄に広くて、無駄に景色のいい部屋だ。
だだっ広い部屋は青いライトで照らされ、バルコニーのすぐ横に大きなベッドがあった。
その他にもカラオケやミニバーなど余計な物がいろいろ設置されていたが、実際に俺たちが使うのはベッドと風呂ぐらいのものだった。
「あんた、さすがだね。いつもこんなにいい部屋を使うわけ?」
彼はバルコニーの前に立ち、ガラスの向こうの景色を見つめながらそう言った。
だが俺は外の景色に興味はなかったから、その目が何を見ていたのかはよく分からない。
青い部屋の中は暖房が効きすぎてかなり暑かった。もう秋だし、たしかに外は寒いが、それにしてもその部屋は暑すぎた。
ベッドの脇に置いてあるリモコンで暖房を緩め、それからピンストライプのジャケットを脱いだ。
だが、あいつはまだこっちに背を向けて外の景色を眺めていた。
「脱げよ」
短くそう言うと、彼は振り返ってニヤッと笑い、俺に近づいて囁くようにこう言った。
「あんたが脱がせてよ」
俺はしばらく彼を観察した。
その容姿は完璧だった。年の頃は20歳そこそこ。ほどほどに背が高く、白い肌にはほくろ1つなく、俺に向ける挑戦的な目はとても魅力的だった。 しかもこいつは、自分の価値を誰よりもよく知っていた。
「早く脱がせて。オレはあんたを絶対退屈させないよ」
細い腕が、緩く首に絡みついた。
獲物を追うようなつり上がった目が、すぐ近くにあった。透き通るような金色の髪が、そっと頬に触れた。
俺は彼をベッドに押し倒し、いつもよりゆっくり服を脱がせてやった。
この街で1番の美しさを誇るこいつが、こんなに早く手の中に転がり込んでくるとは思ってもみなかった。
彼はフカフカな枕に金色の頭を乗せ、俺の様子をじっと観察していた。
その時はまるで値踏みされているような気分だったが、自分に自信があったからその挑戦的な態度にもひるむ事はなかった。
青い光の下で真っ白な裸体が露になると、不覚にも興奮した。 細い肩と、胸に存在する2つの突起と、首筋に光る汗が、俺を異常に興奮させた。
真っ白な両手が俺のワイシャツを剥ぎ取った途端、どうしようもなく彼を欲している自分に気が付いた。
彼は俺をじっと見上げ、表情を和らげた。細い腕が、もう一度そっと首に巻きつく。そしてキスをねだる前に、俺の目を見ながらちょっとかすれた声でこう囁いた。
「ずっとあんたに抱かれたいと思ってた。あんたの坊やとやっちまえば、きっとオレの所へ来てくれるって信じてたよ」
その言葉をすぐには信じなかった。だけど、そう言われて悪い気はしなかった。
「下になるのは久しぶりだよ。すごく興奮する」
彼がそう言って目を閉じると、もう我慢ができず、すぐに唇を奪った。
口の中で舌を絡ませながら両足を開かせ、その間に右足を突っ込むと、硬くなっているものが腹のあたりに触れた。
俺たちは互いの顔を引き寄せ合い、激しいキスを長々と続けた。
その途中で彼の硬いものに手を伸ばすと、一瞬その体がビクッとした。
俺は、ゆっくりゆっくり指を動かした。指に触れるものはもう十分に反応していて、十分に濡れていた。
長いキスが終わると、彼は息を荒げたまま俺を見上げた。俺の指が少しでも動くと、その快感に耐えられず小さく声を上げた。
「あんた、すごいよ。想像以上だ。もういきそう」
俺の首に両腕を巻きつけながら、泣きそうな目をして彼がそう囁いた。
こいつが最後の瞬間にどんな顔をするのかどうしても見たくて、素早く指を動かした。
少しずつ少しずつ、指に熱いものが広がる。だけど彼もさすがで、簡単にいったりはしなかった。
必死に我慢しているこいつがすごく気に入った。もう手は震えているし、血が出そうなほど唇を噛んでいるのに、それでもまだ堪えているこいつがすごく愛しかった。
「お前、すごくかわいいよ」
「あぁ!」
その瞬間、声と共に俺の手にドクドクと熱いものが浴びせられた。
首に巻きついていた両腕が、力を失ってポトリとシーツの上に落ちる。
その瞬間のこいつは、まるで天使のようだった。眠りに就く瞬間のように軽く目を閉じて、頬を薄っすら赤く染めて。
「すごくよかったよ」
少し甘えるような声が、ますます俺を興奮させた。もう一度短いキスをして、顔中の汗を拭ってやった。
すべての処理が済んだ後、枕に顔を埋めて目を閉じると、細い指が髪を優しくなでてくれた。その指の感触が頭に伝わると、それは徐々に体全体に広がっていった。
「ねぇ、またこうして時々会って。オレをあんたの2号にして」
俺は2号にしてくれと人に言われたのは生まれて初めてだった。
薄目を開けて綺麗な顔をじっと見つめた。彼は同じように枕に顔を埋めて、探るような目つきで俺を見つめていた。
「2号でいいのか? 俺の坊やになりたくないの?」
天使はクスッと笑って、きっぱりとこう言い切った。
「嫌だよ。あんたみたいないい男を本命にしたら、いつも泣かされてばかりだもん」
そんなふうに言われて、ちょっと苦笑いをした。たしかにこれがバレたら、トシヤを泣かせる事になる。
「でもこれから毎晩仕事が終わってビルを出たら、裏通りにあんたの車を探しちゃいそう」
「いつもそうやって男をくどくのか?」
「オレは男をくどいた事なんかないよ。くどかれた事は何度もあるけどね」
彼はそう言って仰向けになった。そして俺もそれに合わせて仰向けに寝た。青い天井には、キラキラと星のような物が輝いていた。
俺はその時、こいつを自分だけのものにしたいと思い始めていた。
だけど彼はいつもかわいい坊やを連れて歩いている。それは小柄で、童顔で、本当にかわいい少年だ。
俺は、彼がその坊やを手放さない事を知っていた。だけどもしかして……という気持ちが心のどこかにあって、やんわりと探りを入れてみたくなった。
「お前の坊やは元気か?」
「あぁ、もちろん。あの子、かわいいんだよ。だから愛してるんだ」
「一度ぐらいやらせろよ」
「いいけど、後が面倒だよ」
「どうして?」
「オレの坊やはウブだから、浮気を黙っていられないんだ。坊やがあんたとやった事をオレに告白したら……あんたをぶっ飛ばしにいかなきゃならなくなる」
もうその時はすっかり忘れていた。俺は今夜、トシヤの浮気相手をぶっ飛ばしにきたんだった。
天井に輝く星が、よこしまな俺たちをじっと照らしていた。だがその星たちはすぐに視界から消えた。
天使は突然俺の上になり、ニヤッと笑って俺を見下ろしていた。
「オレのフェラは最低だって、あんたの坊やはそう言ったんだろ? これから試してみる?」
そう言われる瞬間を、今か今かと待っていた。だけどそんな事はおくびにも出さず、冷たくこう言ってやった。
「どっちでもいい。面倒ならこのまま帰ろう」
すると彼は満足そうに微笑み、金色の髪をかき上げて俺の頬に唇を寄せた。
「そう。あんたはそれでいい。ここでお願いダーリン、なんて言われたら……興醒めだよ」
彼はそう言って、布団に潜った。
その後すぐに温かい唇が硬いものに触れ、それが小刻みに動き始めると、すぐに限界を感じた。
天井に光る星が歪む。あっという間に体中の血液が一点に集中し始める。
俺はきつく目を閉じて射精を堪え、きつく唇を結んで声を出すのを堪えた。
俺は、いつかこんな日がくると思っていた。
だけどさっきの言葉通り、彼を本命にするのは絶対にやめよう。
街で1番綺麗なこいつを本命にしたりすれば、きっと泣かされてばかりだから。
終わり