夜中の2時。俺はそんな時間に俊二に呼び出され、眠たい目を擦りながら待ち合わせ場所の公園へ向かった。
俊二が今夜相当不安定な気持ちでいる事は想像ができたけど、彼は俺の想像以上に心が乱れていたのかもしれない。
寝静まった町の中を歩き続けて公園を囲むフェンスが見えて来た時、俺は早く俊二に会いたくて思わず走り出していた。
空は灰色の雲に覆われていた。9月の夜は少し涼しかった。
公園の入口へ回るにはフェンス沿いに5分ほど歩かなければならない。
でもそんな事はしていられない。俺は迷わずフェンスを乗り越え、公園の芝生の上に下り立った。
俊二が公園のどこにいるかは大体想像がついていた。それは俺たちが昔よく一緒に遊んだブランコのあたりだった。
やたらと眩しいライトが頭上に輝き、その白い明かりが俺の足元を照らしていた。明るいライトの周りには、たくさんの蛾が飛び交っていた。
でも芝生が途切れると辺りを照らす光は月明かりだけになってしまった。俺は薄明かりの中俊二を探して歩いた。
この公園へ来るのはすごく久しぶりだった。
小学生の頃は毎日ここで遊んでいたのに、20歳になった今では仕事に追われてそんな思い出を懐かしむ余裕さえなくしていた。
公園の中は昔と全然変わっていなかった。
丸い形の砂場があって、少し小さめのシーソーが2台あって、ジャングルジムがあって、鉄棒があって……そして、公園の1番奥にはブランコが2つ並んでいた。
薄明かりの中をゆっくり歩いて行くと、たった1人でブランコに揺られている俊二の姿が見えてきた。
俊二はわりと小柄だけど、ブランコに腰かけると何故だかすごく大きく見えた。
昔は体のサイズにぴったりだったはずのブランコが、今の彼にとっては少し窮屈な乗り物になってしまったようだ。
俺たちはもう20歳。いつまでも子供のままではいられないのだ。
俺は彼に近づき、黙って隣のブランコに腰かけた。するとやっぱり少し窮屈な思いをした。
ユラユラ揺れる小さな板と俺の尻の幅はほとんど同じだった。このブランコは、きっと子供用に設計されているのだろう。
「来てくれたんだね」
俊二は軽くブランコを揺らして小さくそうつぶやいた。
彼はその時決して顔を上げようとはしなかった。長い髪のせいでその表情はよく見えなかったけど、もしかして彼は少し泣いていたのかもしれない。
この時俊二は丈が短めのティーシャツを着ていた。彼の腕は痛々しいほど細く、ブランコの鎖を掴む手はとても冷たそうだった。
「眠れないのか?」
その質問に返事は返ってこなかった。俺はこんな時彼に何を言ってやればいいのか全然分からなかった。
この夜が明けたら、幼なじみの健吾が結婚式を挙げる。俺と俊二と健吾は小学生の時からずっと仲のいい友達だった。
俊二は昔からずっと健吾の事が好きだったんだ。
健吾は気付いていなかったかもしれないけど、俺はちゃんと俊二の気持ちを分かっていた。
恐らく俊二は長年抱えてきたその思いを誰にも打ち明けず、ずっと自分の胸に秘めて生きてきたはずだ。
俺もそうだったから、彼の気持ちは痛いほどよく分かる。
彼はこの時何も言わず、俺の顔も見ず、ただブランコに揺られて俯いていた。
俊二は自分が俺に愛されている事を知らない。健吾が結婚する事を知った時俺がほくそ笑んでいた事もきっと知らない。
俺はもしかしてすごく嫌なヤツなのかもしれない。
今だって俺は、かわいそうな彼の隣でよこしまな事ばかりを考えている。
健吾が結婚したら、俊二はやっと彼の事を諦めてくれるかもしれない……
今ここで弱っている俊二を抱き締めたら、彼の気持ちが俺の方へ傾くかもしれない……
やっぱり俺は、すごく嫌なヤツに違いない。
でも俺たちなら絶対に分かり合える。俊二ならきっと今の俺の気持ちを理解してくれる。
彼は健吾が女に振られるたびに、今の俺と同じような事を考えていたはずだから。
終わり