キン!キン!
古寂びた聖堂の大広間に、激しい金属音が響き渡る。
「――えいっ!」
ひゅっ!
「!」
繰り出された穂先を、智代は間一髪で避ける。顔面を狙ったその一撃は、辛うじて頬の皮を一枚掠めただけで空を切る。
「くぅ…。」
「わ、今の避けるのはすごいよ。」
と、全く意に介していないような口調でそう言ったのは、その槍を繰り出した張本人――アブソリュート・ゼロの1人、水瀬名雪。
選りにも選って智代の天敵と言うべき彼女が、光の欠片のありかを教えてくれるという古代の託宣所の入り口を護っていた。
“わたしから槍もぎ取ることが出来たら通っていいよー”
目の前の相手からそう言われたとき、智代は正直、いくら彼女が相手とはいえ、
その位なら何とかなると思った。加えて、恩も恨みもない相手を倒すよりは、こっちの方がよい、とも…。
甘かった。
あの細腕の何処にそんな力があるのか、目にも止まらぬ勢いで繰り出される穂先を、
自分の刀で捌くのに精一杯で、とても槍を奪うどころの話ではない。
苦し紛れに、槍を繰り出す合間に懐に切り込んだりもしたが、生憎名雪が着込んでいる鎖帷子に斬撃を阻まれる間に、
名雪はくるりと槍を回転させ、石突で智代を間合いの外へとはじき飛ばしてしまう。
「…わっ!」
考えを纏める暇さえ許さないとばかりに、再び顔面を、心臓を、首筋を狙って穂先が襲い掛かり、
それを両手に握った太刀と、体捌きで何とかかわし続ける。
「ふぅ…ふぅ…。」
一度も攻勢に出られぬまま、もう疲労が極限に達している智代だが、
一方の名雪も、攻め続けてはいるものの、なかなか有効打を与えられないままに、疲労の蓄積が気になるようになってきた。
「…参ったなあ…ここまでやるとは正直思わなかったよ…。なら…殺しちゃったらごめんね〜。」
緊張感のない声で物騒なことを言うと、
ざくっ
「!?」
いきなり床に槍を突き立てる。その行動を理解できなかった智代が呆然と見守ると、
「せーの…。」
「えっ!」
信じられないとばかりに、智代が絶句する。
名雪はいま床に突き立てた槍の石突の部分を掴んで引くと、まるで竹かなにかのように柄がしなり出した。
「行くよー、せーのぉ!」
掛け声と同時に、限界までしならせた柄に弾かれるように跳躍する。
その勢いで槍を引き抜きつつ聖堂の天井付近までジャンプした名雪は、そのまま槍を真下に構えて―――、
“人間は真上から迫ってくるものに対しては滅多に反応できない”
ああ、士官学校の講義でそんな事言われたな…とそれを見てぼんやり智代が考えているうちに、
智代の脳天を真っ直ぐ狙った槍が降ってくる。我に返った時はもう遅い、
「それっ!」
「わあああっ!?」
ダン!
智代が一歩も動けないうちに、槍が床に深々と突き刺さった。
「…ありゃ、外しちゃったよ。」
「…?」
自らを串刺しにする衝撃に身構えた智代が、
間の抜けた声に恐る恐る目を開けると、自分の右側に槍が突き立っている事に気付く。
「…頭を狙ったのに、肩かすめただけかあ。天井があるからジャンプが甘かったかな…?」
残念そうに槍を引き抜く名雪を見ているうちに、肩に熱いものを感じ、
何の気なしに見てみると、肩当が引きちぎられ、その下の肩口から血が滴っている。
「あ、肩か…大丈夫?」
一瞬前まで殺意満々だったくせに、いきなりこちらを気遣ってくる名雪に、智代は苦笑しつつ、
「気にするな、朋也の怪我と比べたらかすり傷だ。」
そう言って、宣言どおり傷すらないかのように刀を構える。名雪は一瞬戸惑ったものの、すぐ思いなおして再び槍を構え、
「…まだやる?」
「…無論だ。私達も引くわけには行かぬ。それに必勝の策を思いついた。」
「へえ?」
状況が全く不利にも関わらず、不敵な笑みを浮かべる智代に、名雪も微笑んで、
「じゃあ、それ見せて頂戴。…よっ!」
と、またも胴体を狙って穂を繰り出す。先ほどなら受け流すかかわすかする智代だったが、
ずぶっ!
「!」
「ぐ…うっ!」
名雪が驚愕の、智代が苦悶の呻きを漏らす。逆に穂先に一歩踏み込んだ智代の胸板を、名雪槍が深々と貫いていた。
「な、何…?」
「…取った!」
「あっ!」
流石に一瞬呆然とした名雪の、一瞬槍を握る力が弱まった隙を突いて、
自分に突き刺さった槍を掴むと体ごと捻ると、名雪の両手が槍から引き離される。
それを確認した智代だったが、力が入らなくなり仰向けに転倒。その時に槍が体から引き抜かれたが、両手は槍を放さなかった。
「…ふ…ふ…取ったぞ…約束どおり通して…こほっ!」
名雪に言いかけて、肺に流れ込んできた血液にむせ返る智代。名雪は心配そうに智代を上から覗き込んで、
「…うん…私の負けだね。正直こんな手があるとは思わなかったよ…。
でも、智代ちゃんもこのままじゃ死んじゃうけど…何もそこまで。」
その呟きに、智代は微笑むと、
「…そこまでする必要があるんだ。…私達の目的を考えると…こうしてまで此処を通してもらう価値は十分にある。」
「そっか。」
納得したようにそう呟くとと、名雪は懐から巻物を取り出し、瀕死の智代の傷口にかざして、
「…痛くない痛くない…Miracle Cure…。」
そう呟いた瞬間。傷口が光に包まれ、次の瞬間には傷が塞がるだけでなく、
出血や痛みさえも最初から存在しなかったかのように消えていった。
「…何故?」
「…負けちゃったからね。ここで死なせちゃうのも目覚め悪いし。…約束どおりここ通っていいよ。」
その言葉に、表情を輝かせた智代、
「本当か!ありがたい!」
と言いつつ、早速扉を開けて中に踏み込む。その背後から名雪が、
「…でも気をつけて、他の皆は私みたいに優しいとは限らないから。
みんなが智代ちゃんみたいに上手く行くとは限らないよ、気をつけて。」
「…承知!」
背中を向けたままそう返答すると、智代は最早後戻りが聞かない領域に足を踏み入れていった。
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