「よし、ここでキャンプにするか。」
真琴と別れ、丘をさらに上って行った朋也たち一行。頂上まで来る頃には日が暮れてしまっている。
「そうね…水があればいいんだけど…。」
「あ、杏さん。あそこに泉があります。」
朋也の提案に、皆も同意見だったらしく、指示を待たずにてきぱきとキャンプの準備を始める。
すると、暫くして薪を拾いに行っていた風子が、
「岡崎さん、あそこに何か見えますっ。」
「何か?…あれ、確かに…あれ、明かりか?」
風子が指差した先、麓の方角に確かに明かりと、大きな建物らしきものが見える。
人が住んでいる様子はないが、よく見ると最上階と思しき位置の窓からちろちろと明かりが漏れている。
「…まさか…あそこが次の…。」
「ああ…川澄舞と、倉田佐祐理が守っている箇所…だろうな。」
朋也の呟きを受け、智代がそう続ける。
「…………。」
そう考えると、単なる明かりが、まるでこちらを挑発しているように見えてくる朋也。
しばしそれをにらみつけていたが、ふと我に返り、
「…ええい!落ち着け、全ては明日だ!」
頭をぶんぶんと振ってそう言い捨てると、キャンプの準備を手伝いに皆のところに戻っていった。
翌朝
「…かなり古い建物ね…。」
「はい、でも古い割りに作りはしっかりしてそうです。」
藤林姉妹がそう言うとおり、近づいていくとそれはレンガで造られた3階ほどもある建物だった。
何に使われていたのか、碁盤の目状にならんだ大きな窓といい、
平らな屋根を持つほぼ直方体のつくりといい、朋也たちにはそれが建物であることしか理解できない。
「…もう人はいないのかな…?」
「いえ…回りの畑はよく手入れされています…。」
そう言って渚が周囲を指差すと、なるほど周囲の麦畑は規則正しく植えられており、
世話をする人間が近くにいることを物語っている。
「でも、いまここには誰もいないようですっ。」
「…残念。」
『!?』
風子の言葉に合わせるように、呟きにしては大きな声が一同の頭上に降ってくる。
見上げた一同は、先ほどまで誰もいないと思っていた建物の屋根から、
二つ人影が見下ろしていることに気づく。一同が何か言う先に、その人影の一つが飛び降りてきた。
「危ないっ!」
杏が思わず駆け寄ろうとした瞬間、その影はなにか棒状のもの――おそらく、剣――を一閃させる。
ばごぉ!
「うわっ!」「きゃあ!」「うっ!」「…な、何!?」
破壊音とともに吹き付けてきた砂埃に、眼をかばう一同。暫くして眼を開けてみると、
ちょうどその人影の落下地点に、剣を携えた女性が立っていた。
「どうやら、地面に切りつけた反動で落下の衝撃を殺したようだな…。」
朋也の呟きに、その女性はこくん、とうなづき、
「…名雪から連絡は受けている。アブソリュート・ゼロの川澄舞…。」
そう言って一同の前に向き直る。長身に流れるような黒い長髪、
そしてまだ少女と少年に分化する前のようなあどけない顔立ちと、
黙っていれば美少女で通る容貌ながら、その視線が彼女の本質を雄弁に語っている。
「…なるほど、噂に聞いたとおり…向き合っているだけで圧倒されそうだ…。」
智代がそういった後、何を思ってか、ほう、とため息をつく。
一同も同じらしく、見惚れたように舞を眺めている。と、そのとき、
「ちょっと舞ー!佐祐理を置いてけぼりにしないでねー!」
またも頭上から、そんな声が降ってくる。再び一同が上を向くと、
さらにもう一人、こちらを見下ろしている人物が眼に入る。こちらはいきなり飛び降りてはこず、
この距離では明るい色の長い髪を持つ女性らしいことしか分からない。
「…佐祐理はどうするの?」
舞がそう呼びかけると、佐祐理と呼ばれたその人物は、
「…佐祐理はここからにするよー。あ、皆さん始めましてー、倉田佐祐理と申します。」
表情は見えないが、おそらくにこやかに挨拶してくる。その名を聞いて、
『…!』
今度はことみや由紀寧の、術士たちの表情が引き締まる。
「話は聴いていますからー、ここでは舞と佐祐理が相手ですよー。」
あくまで口調はにこやかなものの、その根底からは無意識の威圧感が漂ってくる。
その威圧感に何とか抵抗し、朋也が舞に問う。
「…それで、テスト方法はどうやって?」
「私と佐祐理を相手取って戦う、戦い方は任せる…ただし、その内容によっては容赦しない。」
舞はそう告げて、こちらはいつでも準備完了とばかりに剣を持ち上げる。
「よし、折角の貴女と立ち会える好機だ、私が出よう。」
まず、智代がそういって前進すると、後ろからあわてて朋也と杏が、
「ま、待て待て!お前怪我してんだろが、俺も出るぞ!」
「そうよ!それにあたしだって同じなんだからね!」
と、智代に続く。それを黙って見ていた舞、突然上を向くと、
「佐祐理!」
「はいはーい、まじかる☆しょっと、拡散っ!!」
少々間の抜けた掛け声とは裏腹に、屋上から無数の光の矢が、
ちょうど前に出た杏のすぐ後ろへ、まるで弾幕のように降り注ぐ。
「きゃっ!」「…っ!」「わあっ!」
いくつか直撃を食らったのか、由紀寧、渚、ことみが悲鳴を上げるが、すぐさま由紀寧と渚が反撃に入る。
「エアクエルス!」
「カモーナ・ストロボ!」
限界まで省略した詠唱が終わると同時に、意思を持った風と炎が、屋上へとまっすぐに突き進む。
「きゃっ!」
あまり効果はないようだが、とりあえず直撃したらしく、屋上から悲鳴が上がる。
「佐祐理!?」
朋也たちそっちのけで、屋上を気遣う舞だが、すぐ我に返って向き直り。
「…よし、あっちは佐祐理に頼む。」
「了解だよー。」
余り堪えていないような佐祐理の返答を受け、舞は朋也たち3人に、
「…それでは、こちらはこちらで始めよう。」
「いいの?1対3だけど?」
杏の問いかけに、舞はちら、とそちらを見て、ふるふると首を振る。
「何よー、ならいいわ、3人がかりでも恨まないでよね。」
との杏の恫喝を無視し、舞は無造作に歩を進める。
『……!?』
余りに無防備のようで、全く隙のないことに一同が驚いている間に、
舞は3人にちょうど囲まれる位置まで進むと、小さい、しかしはっきりとした声で告げた。
「…では、始めよう。」
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