「…このっ!」
「…っ!」
袈裟掛けに振り下ろされた朋也の一撃を、舞は半歩後ろに下がり避ける。その次の瞬間、舞は体を反転させ智代に向き直ると、
「…遅い。」
「なっ!?」
朋也の方を向いている隙に智代が放った足払いも、何事もないように片足を上げてやり過ごす。更に、
「このぉ!」
杏の掛け声に反応して振り返ると、頭を傾けて投げつけられた辞書までかわしつつ、
何事もないように再び朋也へと向き直る。その間、剣は逆手に持ちっぱなしで、切っ先もずっと地面を向けている。
「…な、何故だ…?なぜ悉く攻撃をかわされる…?」
3人に囲まれているにも関わらず、息一つ切らしていない舞に、荒い息をつきつつ智代がそう呟く。
「ホント…サシなら技量は劣るのは分かるけど…3対1でもあしらわれるなんて…。」
「くそぉ…俺達こんなに弱かったってのかよ。それともコイツが規格外なのか!?」
困憊半分、悔しさ半分で叫ぶようにそう言う杏と朋也に、舞は改めて首を振ると、
「…違う、お前たちはそんなに弱くない。3対1どころか、2対1でも私が負けると思う。」
「でも、現にこうして…!」
「…。」
「!?」
杏が反論しかけるのを、舞は視線で制すると、淡々と言葉を続ける。
「いま私は3対1ではなく、1対1の対戦をを交代交代で3人としているだけ…それなら私でもなんとかなる…。」
「そ、それって…。」
「そ、そうか!そういうことか…!」
朋也の呟きに重ねるように、智代があたかも今頃気づいて無念という風情で言葉を吐く。
その様子をみた舞、相変わらず無表情ながら、わずかに視線を鋭くして、
「…残念、不合格。でも再試験はOK…佐祐理!」
「はーい!」
屋上とそんなやり取りをした。その瞬間、
…キ―――――――――ン…
一瞬、空気が鳴ったような感覚に三人が戸惑うが、舞は意に介せず、
「…不合格なら、早く逃げないと、痛い目に会うことになる…。」
初めて、剣を順手に持ち替え、切っ先を3人に向けた。
「アクアクラウダルですっ!」
「ふぇええっ!?」
渚が生み出した水流が屋上に叩きつけられる、と、時を同じくしてやや間の抜けた悲鳴が聞こえる。
「セレスティア・アース!」
続いては地面から飛び出した槍が、建物を貫通して屋上まで到達する。また悲鳴が聞こえるも、
先ほどから一同の最大火力の呪文を連続で受けている割には、あまり手ごたえを感じられない。
「…お返しですよー、マジカル・スマッシュ拡さーん!」
今度はお返しとばかりに、屋上から小さな火花が一同へと降り注ぐ。
「きゃっ!」
「わっ!」
「さ、最悪ですっ!?」
呪文による防壁は張っているものの、それをも貫通したいくつかの火花を受けた者が悲鳴を上げる。
ただ先ほどから、範囲を広げて術を放っているせいか、大きなダメージには至っていない。
「…み、みなさん大丈夫ですか…?」
「…ええ…なんとか…。でも、伝説の魔術師としては、あまりたいした攻撃をしてこないような…。」
椋の疑問に、由紀寧も、
「そうですね…でも、コレだけこちらの最高威力の術を連発しても、あまり堪えていないようですが…。」
と、戸惑い気味になっている。
「それなら、風子も岡崎さんたちのところへ行ったほうが…?」
と、風子が言いかけたところで、前方で朋也たちと戦っている舞が、
「佐祐理!」
そう叫ぶと、屋上から呼応するように、
「はーい!」
その答えに続けて、
「うーん、どうやら皆さん、再試験になっちゃったようですねー、
それでは、佐祐理もすでにコツは掴んでおりますので、ちょっと反撃いきますよー!」
それを言い終わった瞬間、
…キ――――――――ン…
空気が鳴ったような感覚。一瞬何事が怒るのか身構えた渚たち。
「…?」
何も目立った効果が感じられないことに、却って疑問を覚えつつも気を取り直して次の術の用意をする。が、
「…!?」
「…え、術が…、」
「…使えません!」
その効果に気づいて狼狽する術者たち、呪文封じの術に掛かったような強制的に押さえつけるような感覚とは違い、
まるで見習い時代のようにうまく精神が集中できない。
「…これは…一体…!?」
ことみすら自分の知識にない事態に、狼狽を隠せない。それを見越したように、屋上から佐祐理が声を掛ける。
「皆さんの術式の癖を見極めるのに時間が掛かりましたけどー、
見極めてしまえばそれに干渉する術式を敷き詰めれば簡単なことですよー。」
「え…そ、それって…魔力生成論…!?」
「ことみちゃん、でしたっけ?正解です!」
「…佐祐理さんは、魔力生成論を習得してるの!?」
魔力生成論。
かつて、今知られる魔力体系―――魔術、神学、錬金術、占術――――、
一見ばらばらに見える各体系を共通項で括り、汎用化を試みた賢者がいた。
その賢者が研究の集大成として著した理論が魔力生成論として知られるものであり、
それに従えば、規定の手続きにおいて全ての魔術体系への干渉が可能となる。
しかし、その理論の難解さと、簡易な対抗呪文の開発により、
今では術士の教育でも、表題のみが触れられる程度まで忘れられていた。
「あははー、習得してみると結構便利ですよー、皆さんも勉強してみては?」
屋上からの能天気な言葉にも、あまりの衝撃に返答の余裕もない一同。そうして黙っていると、
「それでは、再試験ということなので、退場していただきますねー…、」
そういうと同時に、屋上に大量の魔力が集中していくのが感じられるが、
防御魔法さえ全て封じられた一同にはなすすべがない、
「では、ごきげんよう。…“核撃(Nuclear Brast)”収束!」
瞬間、戦士達と術者達の間に、まるで太陽が落ちてきたかのような眩い光球が叩きつけられ、
それは痛烈な爆風となって術士たちに襲い掛かった。
「きゃっ!」「あぁっ!」「さ、最あく…でえっ!?」「くぅっ!」
術を収束させて直撃させなかったのは、佐祐理の気遣いか、
間接的な爆風だったおかげで命に関わる怪我をしたものはいないようだったが、
皆10数メートルも離れたところまで一気に弾き飛ばされていた。
「…渚、由紀寧!」
「…椋!?」
「……風子…一ノ瀬…!」
後方の惨状に、一瞬我を失う戦士達。しかし、前方で膨れ上がった殺気に向き直ると、舞がすぐそばまで迫っている。
「…このっ!」
刀をフェイントにしての、智代の蹴り。しかし先ほどはかわしたそれに、今度は手刀を合わせてくる。
「ぅあっ!」
ぴしっ、と足の甲の骨にひびが入った痛みに、智代が跪いて呻く。その隙に杏が、
「このぉ…!えっ!?」
渾身の力で辞書を投げつけるも、舞は左手のチョップはそのままに、片手でまっすぐ剣を突き出す。
「…きゃあっ!」
辞書を貫通した切っ先にそのまま二の腕を貫かれて悲鳴を上げる杏。
舞はすばやく杏から剣を抜き去ると、朋也の方へ向き直る。すると、
「…これなら…どうだっ!」
瞬間的に光の力を解放していた朋也、それを舞に叩きつけようとした、その瞬間。
「!?」
ばしゅん!
一瞬、舞の目の前に何か人影――――小さな少女のものだったか――――が見えたかと思うと、
何かの力とぶつかって光の球が消滅する。それに気を取られた朋也、舞の行方を追うのが一瞬忘れた。
「――――ざ…。」
「…う、上!?」
頭上からの声に、思わず見上げた朋也が見たものは。いつの間にジャンプしたのか、
剣に手を掛けながら急降下してくる舞の姿だった。
「――――――――せいっ!!」
本能的に、自らの得物で受け流しを試みる朋也。しかしそこまでだった。
切っ先は届いていないものの、その剣圧は朋也の体を、ガードごとやすやす吹き飛ばしていた。
「――――自分に何が足りないのか考えてもう一度来るといい。
だけど、それに気づかなければ、永久にここは通れない――――。」
薄れ行く意識の中。朋也はかすかに聞こえる舞の言葉を聞いていた――――。
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