「いちち…!」
「も、もうちょっと我慢してください…、運よく骨や腱への損傷はありませんでしたが、傷自体は呪文では完全に治せませんから…。」
包帯が傷に響いたのか、顔をしかめて呻く杏をなだめつつ、手馴れた様子で包帯を巻きつける由紀寧。
「あ、岡崎くん、そのくらい私が…。」
「いいって、別に俺の怪我は打撲だけだったし。藤林は食器用意しててくれよ。」
「おい古河。薪はこのくらいあればいいのか?」
「あ、坂上さん、ありがとうございます。」
先に治療を終えた朋也と智代は、すでに夕餉の支度を手伝っている。
「杏さんっ、早く来てくださいっ。風子では遺憾ながら仕上げができませんっ!」
「あ、ゴメンゴメン、由紀寧、もういい?」
「ええ、でも今の今まで腕に穴が開いていたことはお忘れなく。」
「分かってるって、ありがとね。」
と、ゆっくりと立ち上がった杏、調理をしている風子のところへと向かっていった。
「しっかし、何が足りないってんだ…?」
火を囲んで夕餉を摂る一行。当然ながら話題は、昼間見事に撃退された一件の対策についてとなる。
「うーん…やっぱり最初にあたしと智代、それに朋也が突出してしまったから、前衛と後衛が分散された、ってのが原因かしら?」
杏の呟きに、椋が答えて、
「でも、それでも風子ちゃんを除いた戦士全員が一斉にかかっていったんだから、
あれで川澄さんをどうにかできなかったというのは、それだけが原因じゃないってことだよ。」
「そうなの…それに、魔力生成論がある以上、倉田さんには術じゃ敵わないの…。」
ことみの呟きに、一行が首をかしげて唸る。そんな中、
「―――あれ?」
「どうした、由紀寧?」
「なんか私達、基本的なことで勘違いをしていたような気がするんですが…。」
其の一言に、一同が身を乗り出し続きを促す。由紀寧はこほん、と一つ咳払いをすると、自分の思うところを話し始めた。
翌朝。
「今日はどんな手でくるだろうか…?」
「あははー、楽しみだね、舞?」
廃校の昇降口付近と屋上で、そんなやり取りをする舞と佐祐理。
「遊びじゃない…。」
「あはは、ゴメンゴメン…あ、来たようだよ!」
その言葉に、舞が視線を遠くに向けると、昨日来た一行がきちんと並んで近づいてくるのが見えた。
「…おはよう。結論は出た?」
舞がそう挨拶したのに対し、朋也も、
「ああおはよう。そうだな、俺たちが昨日、とんだカン違いをしてることが分かったな。」
「それは?」
「それは…こういうことさ!」
その声と同時に、予め打ち合わせておいたのか杏と智代がずい、と舞の前に立ち、
その後ろをことみと渚が固める、一方、朋也と風子は舞の脇を通り、建物のすぐ近くまで行くと、
「藤林、それに由紀寧!」
「はい!」
「分かりました…!」
椋がカードを校舎に突き刺すと、その瞬間、突き刺さった箇所からあちこちに向かい、
壁に亀裂が走る。それを見計らった由紀寧が、呪文を発動させる。
「セレスティア・アース!」
瞬間、無数の地割れが校舎全体を引き裂き、そのまま校舎は崩壊を始める。
「ふぇ、ふぇえええええ!?」
立ち上がった土煙のなか、佐祐理の間の抜けた悲鳴が聞こえ、一瞬気配が途絶えたが、
完全に崩れた校舎の瓦礫の上に何事もないように現れる。
「…ふぇー、びっくりしましたよ…って、あれ?」
ぱんぱん、と土ぼこりを払っていた佐祐理だったが、
いつの間にか風子と朋也が抜刀して目の前に立っていることに気付く。しかも、その後ろには由紀寧と椋。
「ほほー、今回は考えましたねー。佐祐理と舞、両方で隊列を組んできましたか。ねえ舞、今回はどうかな?」
「…第一段階は合格…。戦う場合はその目的を明確にしないといけない…
私や佐祐理と腕試しをしたいなら昨日のフォーメーションでいいけど、ここではあくまで勝つことが目的…
だから、戦士の私には戦士、佐祐理には術士みたいに相手に合わせるのは賢明じゃない。」
「へへっ、昨日とはまるで違う評価、恐れ入るな。そうなると、第一段階は合格としてくれていいのかな?」
朋也が割り込んで聞くと、舞は頷き、
「うん。それでは第二段階、これは実際に戦ってみないと分からないから…佐祐理、準備はいい?」
「おっけー!」
その声を号令にするように、一同が一斉に動き出す。
「…ディフェンス…それに、アグレッシブ…なの。」
先頭を切ったのはことみ、二つ術を発動させると、全員の全身、そして武器が魔力の輝きに包まれる。
「貴女の力を分けてくださいっ!」
「あら、あらら〜?」
由紀寧は元気玉に、佐祐理から力を奪取する。
「佐祐理、大丈夫!?」
「…ちょっと頭がぼーっとするね、でもまだまだだよ!」
そして剣戟の巻き添えにならないよう、術士が後退し、その代わり戦士たちは一斉に間合いを詰めていく。
「…ほほー、これは油断ならないね。舞、行くよ!」
「うん。…出て来い…。」
舞の呟きに反応するように、舞の眼前に光が集まる。そうすると次の瞬間、閃光が走ったかと思うと、
そこには舞とよく似た…しかし、舞より10歳は下だろうと思われる少女の姿が現れる。
ブラウスを纏い、頭にはバニーヘッドをつけたその少女は、
空中をすべるように前進し、舞へ向かっていった杏と智代の前に立ちはだかる。
「…ことみ!」
「分かったの!」
一言で杏の意図を汲み取ったことみ。その少女を見据えながら呪文を唱えると、
彼女の双眸が暗い光を湛える。その視線で数秒少女を見据えたと思うと、
「…わかったの、彼女の名前はまい。どうやら川澄さんの分身みたいなものなの、
多分昨日、朋也くんの光をはじいたのも彼女なの。」
「ふーん、最近は便利な術があるんだね。」
“まい”と呼ばれたその少女が、初めて口を開く。飛び出してきたのは半ば賞賛、半ば挑発が混じった言葉。
「まい、油断は禁物。」
「分かってるって、相手はひーふー…8人か、それじゃ行くよ、舞!」
「うん。」
「よし、それじゃ行くぜ!」
「言われなくても!」
「今度は昨日のようにはいかんぞ…!」
「今日は風子もがんばりますっ!」
後ろでいつでも援護できるように待機している術士たちに背中を預け。戦士4人は、それぞれの標的へと一斉に斬りかかった。
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