「…よし、舞に佐祐理さん。お疲れ様、本部に戻ってきてくれ。」
“うん”“あははー、それでは戻りますねー。”
古びた大広間――現在はアムサリエン領内の最辺部にある廃城としてしか知られてないが、
かつてシュノーシュトルム選帝伯の居城であった城の―――の長ったらしい卓の席に一人で座り、
祐一は卓に据え付けられた通信装置を通して舞、佐祐理とそうやりとりを交わすと、ふぅ、と溜息をつく。
「あいつらもなかなかやるな…。思い出したように光の伝説を発掘して、
私利私欲で探してる連中と同類と見ていたが…少々認識を改めるかな。」
「うふふ、祐一さんのお眼鏡に適うとは、あの皆さんも光栄でしょうね。」
「あ、秋子さん…聞いてたんですか。」
後ろから声をかけてきた主を振り向いた祐一が、照れくさそうに立ち上がり、
目の前の女性――アブソリュート・ゼロ前総裁、水瀬秋子―――に一礼する。
「あらあら、よしてください祐一さん。総帥が顧問に礼などしないでくださいな。」
「いえ、俺にしちゃ部下であると同時に、戦い方のイロハから教えてくれた大先輩ですから…
それにしても、秋子さんも判ってると想いますが、岡崎…朋也でしたね、連中、舞まで突破したようです。」
祐一の報告に、秋子はにっこりと微笑み、
「ええ、あとは香里ちゃんと栞ちゃんだけですね。」
「はい、とりあえずあの二人まで突破したら合格にしたいと想います。あいつらまで突破できたら、
俺相手でも大丈夫だろうし、第一あゆ戻ってきてませんし。」
「ああ、たしかあゆちゃんはシュライク侯領でのお仕事でしたね。」
「旧ウェイラット候の遠縁の血族を亡命させるのはそれほど難しいとは想わないけど…
また、エクストリーム・たいやきで引っかかってるんじゃないですか?」
呆れたような口調の祐一に、秋子も苦笑を浮かべて、
「あゆちゃんはたいやきが大好きですからね。でもまあ、香里ちゃん達を突破出来るなら、
光を手にする資格ありと判断していいでしょうね…。祐一さん、ずっと一人で指示出してきて疲れたでしょう。
ここは私がみてますから、お風呂入られてはどうですか?」
「え、いいんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「あ、それじゃ暫くお願いします。正直目が離せなくてすっかり汗で気持ち悪くなっちゃって…。」
そう言いつつ、秋子の微笑みに見送られて、祐一は部屋を退出していった。
「ふぃー…生き返るなー。」
城の地下で白くにごった湯に漬かりながら、そう一人ごちる祐一。もともとこの城の近くに、温泉が流れる川があり、
その流れを城の地下に引き込んで入浴の用に供していた。長い年月の間に入浴施設は朽ち果てていたが、
今でも温泉が地下水路を流れており、祐一たちは水路を途中で区切って、大きな浴槽としている。
「王族だって毎日風呂に入れるわけじゃないのに、この役得だけでもアブソリュート・ゼロに入っててでよかったと思えるぜ…。」
とか何とか言っていると、隣の脱衣所から、
「おーい祐一ー、何オッサン臭いこと言ってんのよ。」
「ただいまー、わたしたちも入るねー。」
そう声をかけてきたのは真琴と名雪だな、と思った祐一、
「おう、冷えねえうちに入ってこいよー。」
と、声をかけると、白布を纏ったに二人が入ってくる。布を纏っているとはいっても、
ほぼ裸体に近い二人だが、別に恥ずかしがるようでもなく進んでくると、浴槽に入り祐一から対岸側に陣取る。
「二人ともお疲れ様だな。手ごたえどーだった?」
「うん、実力もそうだけど、それよりも感じたのは覚悟、かな?命捨ててもいいって感じだったもんね、智代ちゃん。」
「真琴は実力見たんだけどね、あのちびっ子、忍者の癖になかなかやるわ、気絶なんて醜態、久しぶりにやっちゃったわよぅ。」
湯がにごっているせいではっきりとは見えないとはいえ、お互い裸体であるにも関わらず全くそれを意識しないで話す3人。
アムサリエンでの水浴のルールとして、基本的に混浴ではあるが、
お互いに手を伸ばしても届かないほどの距離を置くことが暗黙のマナーとなっており、
特に異性でそれより近い位置にいるのは、肉親か恋人などの親密な関係と見なされる。
「…ねえ祐一。あとは香里だけど…大丈夫だよね?」
「うーん、香里もアブソリュート・ゼロの一員だし、その辺は加減できると思うが…ちょっとは心配でもあるがな。」
「…栞ちゃんが死にそうだったっての知らなかった私達も悪いけど、まさか禁忌の領域まで手を染めてるなんて…。」
「栞も居るから大丈夫じゃない?アイツなんだかんだいって妹には甘いから。」
「ならいいが…仮に栞が傷つけられでもしたらどうなるか…。」
「で、でも祐一もさっき行ったとおり、香里だって私達の仲間だもん、信じてあげようよ、ね?」
「…ああ、そうだな。」
と、会話が一区切りする。するとその時を狙ったかのように。
“祐一さん、祐一さん、お休みのところすみません、こちらへ来ていただけますか?”
と、秋子の声が響く。
「…なんだろ?まあ、暖まったし丁度いいや…お前達はもうちょっとゆっくりしてこいよ。」
そういうと、浴槽から上がり、体を拭きながら更衣室へ向かう。
「ふぁいとっ、だよ!」
「あう、しっかり用足ししてきなさいよー!」
と、二人に見送られて。
「…秋子さん、どうしました?」
「あ、祐一さんごめんなさいね。ちょっとこれを見てくださる?」
大広間で祐一を出迎えた秋子が、手持ちの水晶球を祐一に見せる。それを覗き込んだ祐一、合点がいったように秋子を見つめる。
「気付きました?」
「ええ、どうやらズルをしている奴がいるみたいですね…。」
祐一の返事に、秋子もいつもの微笑を消して頷く。
「どうしましょうか?私が出てもいいですが…。」
「いや、ここは俺が行きますよ。」
立ち上がろうとした秋子を制して、祐一が傍らにある得物を手に立ち上がる。
「いいんですか?わざわざ祐一さん自ら行かなくても…。」
「いえ、俺たちが考えてるとおりの奴だったら、直接言ってやらなければならないことがありますので。」
そう言うと、祐一はこの部屋に多数あるドアの1つを開けて、外に出て行ってしまう。残された秋子は、
「…秋生さんの気持ちも判らないではないですけどねえ…。流石に不正は見過ごせませんよ。」
祐一を見送りつつ、そう呟くと溜息を1つついた。
「ふう…はあ…よし、この抜け道まだ生きてるな…ここから内部に入っちまえば渚たちも楽に…。」
半ば朽ちた煉瓦の通路を通りながら、秋生はそう呟いた。
「…渚が助かったときから、変わってねえなここは…あいつ等も気付いてねえ見たいだし…。」
いい加減息が上がっているが、自分の記憶どおりの状況に思わず笑みがこぼれる、しかしその時、
「…おいオッサン、ズルはいけねえな。」
「!」
前方から聞こえてくる声に、思わず立ち止まる秋生。見ると通路の前方に1つの人影が、通せんぼをするように立ちはだかっていた。
「…誰だ!?」
思わず声を荒げて誰何する秋生だったが、人影は落ち着き払った様子で、
「人に名前を訊ねるときには、自分から名乗るもんだろ…?まあいいや、俺は相沢祐一。…一応シュノーシュトルム伯っつった方いいか?」
「シュノーシュトルム!?ここで今そんな古臭え名前を聞くとはな…。」
「悪いか、伯爵つっても遙に消え去った帝国の称号だしな。一応残ってるがわざわざ言いふらすほどでもねえだろ。」
祐一の言葉は全て事実ではない、かつて五王国全てより広い版図を支配していたシュリュッセル帝国
――その筆頭撰帝伯の称号は帝国復活の伝説と共に今も語り継がれている。
「で、なんでシュノーシュトルム伯が傭兵団の団長なんてやってんだよ!?」
「…アブソリュート・ゼロを傭兵団と言われるのはやや心外だが…。正直称号なんて持ってたって、
仕事自体ねえんだ。食い扶持稼ぐためにこんなことやってて悪いかよ。」
祐一は、そこまで言うとお喋りはここまでだと言わんばかりに得物…両端を金属で補強した棍を構え、
「…とりあえず、オッサン…古河秋生。正直この話にゃ俺もアンタもお呼びじゃねえんだよ。」
「何!?そりゃどういう…?」
「オッサンアンタ、以前娘さん救うために奇跡願ってるだろ?
一度奇跡の恩恵を受けたものは二度と奇跡に関わることは出来ない…それが大原則だ。」
「…。」
「それに、ここは確かに楽かも知れねえが、あいつ等の目的を考えるとこれはズルだ。
一応関係者としちゃ、ズルは認められねえ。…それでもやるってなら痛い目見てもらうしかねえが…。」
「…けっ!」
恫喝に近い、祐一の発言を跳ね返すように舌打ちした秋生。改めて剣を構えると、
「…たとえそうだと判ってても、もう後には引けねえんだよ…悪いが力づくで通してもらうぜ…。」
「…仕方ねえなあ…。」
祐一も、ゆっくりと杖の石突を秋生に向けると、
「…力余って、死んでも恨むんじゃねーぞ!」
そういった瞬間、飛び掛るように秋生の間合いの中に踏み込んできた。
ばしっ!
「…くっ…!」
幾度目の打ち合いか、またも祐一に弾きかえされた秋生が呻いて体勢を立て直す。
「どうした、もう終わりか?」
「…へっ、まだまだぁ!」
祐一の問いかけに、気勢を上げてそう答えるが、息一つ乱していない祐一とは裏腹に、
秋生は既に肩で息をしている。それでも改めて剣を構え、
「…イ…ヤッホウゥゥゥゥッ!!」
奇妙な掛け声を上げ、再び祐一に切りかかる。が、
「キシャーーーーーッ!」
それ以上の奇声とともに振るわれた杖に弾き飛ばされる。
「がっ!…く、くそお…ならパチョレック打法ではどうだ!?」
今度は剣で斬りつける振りをしつつ、どこからともなくバットを取り出し、それを思い切り振るうが、
「…オッサン、軸が安定してねーぜ。」
祐一は半歩下がってそれを紙一重で交わすと、自分も棍をバットを持つように持ち直すと、
「…俺のビッグバン打法、参考にしやがれ!」
「ぐわっ!」
スイングして体勢が崩れてるところに、祐一のバットが直撃し弾き飛ばされる。
「…く、くそ…ダッシュもバットも通じねえとは…。」
「そりゃなあ、俺が言っても説得力ねーかもしれねえが、オッサンがかなりの実力者だってことは判る。
でも今ここではオッサンに勝ち目はねーぜ。」
「ど、どうしてだよ!?」
「…オイオイ、いくら子供が可愛いからったって、勝手にお節介、しかも不正をする奴に負けるほど、俺は落ちぶれちゃねーんだよ。」
祐一の言葉が正論だと痛いほど判ってる秋生、一瞬言い返せず言葉に詰まるが、搾り取るような声で、
「…それでも…ここは通らなくちゃなんねーんだよ!!」
再び祐一に向かってダッシュ。迎え撃とうとした祐一に今度はバットを投げつける。
「うぉっ!?」
とっさにバットを棍で叩き落す隙に、祐一の間合いに入った秋生が、ベルトポーチからパンを一個取り出し、
「喰らいやがれ!早苗特製のパンを!」
「もごっ!」
数々の敵を葬ってきたそれを祐一の口に押し込む。
「ど、どうだ…必殺の早苗パン…なにっ!?」
「…もぐもぐ…変な味のパンだな…でも毒が入ってる様子もないし…オッサン、これは何のまじないだよ?」
どういうことなのか理解できなく、唖然とする祐一と、逆の意味で呆然とする秋生。
「な、なんでそれ喰って平然としてられるんだ…?」
「…どうやら、不味いので悶絶させるのが目的か?でも同じくらい強烈なの喰ったことあるからなあ、俺…。」
何処となく顔をしかめて何かを思いつつ、そう呟いた後、改めて秋生に向き直り。
「…さて、オッサンの攻撃はこれで全部か?」
「く…こ、こうなったら秋生スペシャルしかねえ…!」
祐一の恫喝にそう返すと、改めて立ち上がり気合を一点に集中させ始める。祐一もそれを見て、改めて構えを取る。
「…どうあっても通らなきゃならねえんだ…死んでも恨むんじゃねーぞ…。」
「来いよ。」
祐一の短い返答を聞いた秋生。限界まで集中した気合を、剣の一点に込めて祐一目掛けて突進する。
「…俺が、古河秋生だあ!!」
「…そりゃよかったな。」
ものすごい勢いで突進する秋生に、まるで銃で照準をつけるように棍を向ける祐一。
秋生が間合いに入ったその瞬間。くわっ、と眼を見開き、
「テメーの…負けだああああああ!!!!」
どごん!
「…がっ…!」
秋生の切っ先が祐一届く前に、祐一の限界まで伸ばされた腕に握られた棍が秋生の腹部を強打する。
貫通は免れたものの内臓が破裂したような衝撃に、秋生の意識は限界だった。
「…な、渚…。」
そういい残して、その場に崩れ落ちる秋生。
「…悪く思うなよ、ここを知られるわけには行かないもんでな…。」
完全に意識を失った秋生に止めを刺すべく、祐一は秋生の頭部目掛けて棍を振り下ろそうとする。が、
“待ってください、祐一さん。”
「秋子さん?」
術によって届いた秋子の声に制止され、一旦棍を下ろす。
“彼を殺してはいけません、すいませんがこちらまでお連れしてはいただけませんか?”
「秋子さんがそういうならいいですけど…どうして?」
“少しお話があるもので。すいません。”
そこまで言うと、通信が切れる。祐一は少し肩を竦めると、
「やれやれ、これじゃ香里通しても合格ってわけには行かなくなっちまったぞ…。」
ぼやくように呟くと、秋生を背負い通路をもと来た道へと戻っていった。
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