「う、うーん…?」
泥のようなまどろみから醒めた秋生。ぼんやりする視界がはっきりしてくると、3人の人影が目に入ってきた。
「あ、目覚めたようですよ秋子さん。」
「そうみたいですね…聞こえますか、秋生くん?」
(…秋生…くん?)
久しく呼ばれたことのない呼称に、それを呼ぶのは誰かと記憶を手繰り寄せる秋生、ようやくその名前に思い当たったと同時に、意識が覚醒した。
「…秋子姐!?」
がばっ、と跳ね起きつつそう叫ぶ秋生。そう呼びかけられた秋子は秋生に微笑みかけると、
「お久しぶりですね、秋生くん…。」
そこまで言ったところで、笑みを消して言葉を続ける。
「…出来れば、こういう形では会いたくはありませんでしたけどね。」
秋子の沈んだ声に、事態の深刻さを直感した秋生、寝かされていた簡易寝台から飛び起きると、秋子に問いかける。
「な、なあ…一体、事態はどうなってんだよ、おい…?」
「私も人の親ですから、子を思っての行為だということは理解してます。しかし、今回のこれは見過ごすわけには参りません…それに、」
秋生の問いに、そこまで答えた秋子、言葉を切って傍らに居る、騎兵でもないのにランスにキルボアールを持ち、背中から一対の翼を持つ女性をちら、と振り返る。
「そこから先は私が説明致しましょう。古河秋生殿ですか、八百比丘尼と申します、以後お見知りおきを。」
そう言って一礼するその翼人の女性。対して、その名を聞いた秋生は礼を返す余裕さえ失っていた。
「や、ややや八百比丘尼!?…ってことはアンタひょっとして…。」
「はい、ドアナールの存在を承認した。ペンナ・アージェントの一員で御座います。」
「…ぐっ!」
比丘尼にさらりと正体を話されて、言葉に詰まる秋生。彼を他所に比丘尼は更に話を続ける。
「…今回の貴方の娘御…古河渚殿の見た清夢…別の形で現実のものになるやもしれん。」
「…な、なんだと…!?」
「今回の渚殿の夢から始まる一連の事象…我らペンナ・アージェントはずっと観察しておりました。」
「…?」
「以前、処々の光が集いて現ドアナール王国を形成した際、我々はそれを国として承認しております。その責任上、光が散った後の事態の推移を見届けております。…そこで、斯様な不正を見ることになるとは思いませんでしたが…。」
「ちょ、ちょっと待てよ…!」
自分が考えていたよりもはるかに深刻な事態になっていることに、秋生が抗議の声を上げようとするが、
「待ってくれ比丘尼さん。」
先に、祐一がそう発言し秋生と比丘尼の発言を遮る。
「…いかがしました、祐一殿?」
「ちょっと訊ねるが、このオッサンの不正ってのは、そんなに洒落になんねーものなのか?確かに俺としてもうちで設定した試練に味噌つけられたことは許しがたいが…オッサン一人に対する罰則で済ませるつもりだったんだが。」
比丘尼と秋生の間に割り込み、比丘尼に対して宥めるように訊ねる祐一。対して比丘尼は溜息をつきつつ首を振って、
「私一人が目撃したのでしたら、そうしてもいいとは思ったのですが…神奈が激怒しておりまして…。」
「あー…神奈ちゃんがですか…、それは厳しいですね。」
比丘尼が挙げた人名に、秋子が難しい顔で頷く。
「…神奈?」
「神奈備命、ペンナ・アージェントの首班だよ。うちと違って先方は基本的に首班の意思が絶対だからなあ。」
祐一がそう秋生に解説している間にも、比丘尼と秋子の話は続いている。
「…神奈も、私とのこともありまして、親子関係でなあなあにすることは嫌うんですよ…我らの承認に泥塗りおってー、即刻承認など取り消してやるー、とかすごい剣幕でして…。、柳也殿や往人殿が今必死で宥めて、即刻ドアナールの承認取消しは阻止しましたが…これは、彼らの本気を見せてもらい、それで判断する必要があります…。」
「…つまり、俺たちも試験ではなく、本気で殺り合え、と…?」
「止むを得ないでしょう…アブソリュート・ゼロの皆様全員とでは無謀でしょうが、次の二人くらいは…。」
「…っ…。香里、栞、ちょっと来てくれ…」
そこまで聞いた祐一、苦虫を噛み潰したような表情で、通信機に向かって声をかける。ややあって、
「祐一さん、お呼びですかー?」
「火急の用なの?あたしたち今準備してるところだったんだけど…。」
そう言って入室してきたのは、二人の少女。先に入ってきた方は、キルトの防護服の上にストールを羽織った、ショートヘアの小柄な少女で、その後についてこちらは詰め物をした革鎧の上に、くすんだ赤の外套を羽織った、長身でウェーブの掛かった長髪の少女。顔立ちからして、血縁関係と思われる。
「こ、この二人もアブソリュート、ゼロなのか…?」
「一応オッサンには紹介しとこう。こちらが美坂栞、そしてこっちが美坂香里…香里が姉の姉妹だよ。」
「栞ちゃんは氷の元素を操れるし、香里ちゃんは格闘家…それに、死霊術もかじってるんですよ。」
祐一の紹介に、秋子がそうフォローを入れる。すると、おそらく香里と思しき方が苦笑を浮かべて、
「はっきり言いますね、秋子さんも…、ネクロマンサーなんて存在自体が罪だって地方もあるのに。」
「あら、アブソリュート・ゼロは職業は問いませんよ、意識だけですよ、問題にするのは。」
「うふふ、お姉ちゃんもいつまでも気にしすぎだってば、祐一さんたちは職業自体で差別なんかしないから。」
愚痴めいた呟きを、秋子と栞にフォローされてやや照れたような香里。すぐ栞と共に表情を引き締めると、
「それで、相沢君。用件は?」
「ああ、連中の相手だが…悪いがデスマッチにしてくれ。」
「へ?」
祐一がためらいつつそう告げると、目を丸くしてきょとんとする栞と香里。
「…いいんですか?」
栞がおずおずとそう訊き返す。祐一はそれに対しで頷くと、
「ああ、ちょっとした事情によって、どっちかが死ぬまで本気でやってほしい。」
「そ、それは構いませんが…。」
栞がなおも戸惑い気味に返そうとするが、香里がそれを遮るように。
「ふふっ、なにがあったのか知らないけど、あたしにとっては嬉しい誤算ねえ。」
と、突然人が変わったような残忍な微笑を浮かべると、そう言って秋生へちらり、と視線を走らせる。
「…そうねえ、男の子が一人に、女の子が7人、だったかしら?だったら全滅させた後皆ダッチワイフに加工して相沢君に献上しようかしら?男の子の方は秋子さん向けがいいかしら?」
「…て、テメ…!」
娘とその仲間に対する侮辱に、激昂しかける秋生だが、祐一が香里を抑えて、
「そーゆー冗談はやめとけ、香里。ンなこと言ってると自分がそうされても文句は言えねーぞ。」
「あら、ご挨拶ね相沢君、こんな術に手を染めてる以上、碌な死に方しないのは覚悟の上よ。まあでも、今のは親御さんの前では不謹慎だったわね、お詫び申し上げますわ。」
そう秋生の前で一礼するが、それが一々慇懃無礼で秋生の癇に障る。
「お姉ちゃん、そろそろ行こうよ…そ、それじゃ祐一さんに秋子さん、行ってきますー。」
場の雰囲気を読み取った栞が、そういい残し姉を促しつつ退室する。ドアがパタンと閉まったところで祐一はほう、と溜息をつき、
「悪かったなオッサン。あいつはいろいろあって、精神をかなりすり減らしてるんだ。無礼については俺からも詫びとくよ。」
と、目の前で謝罪されれば、秋生も態度を軟化させる。
「ま、まあ…それについちゃ、俺も不正してるって立場だから…まあ、チャラってことにしようや。まさか本気で言ってるわけでもあるまいし…。」
「いや。」
安堵したような秋生を否定するように、祐一がぴしゃりと否定する。
「…あいつは、俺たちアブソリュート・ゼロの中で最も冷酷になれる奴だ…、死者を徒に侮辱する趣味はないが、必要なことだと判断したら、倒した相手の死体を辱めるくらいは平気でやるぞ…。」
「お、脅かしっこなしだぜ…まさか…、」
何とか冗談めかしてそう言いかける秋生だったが、蒼白になった祐一の表情にその言葉も凍りつく。一瞬思考停止した秋生だったが、次の瞬間。
「くそっ…!」
飛び起きようとしたところに、秋子に短剣を突きつけられる。
「秋子姐…人の親だって立場ならわかってくれるよな…?」
「ええ。」
秋生の言葉を肯定した秋子だったが、それに続けて一瞬表情をゆがめると、
「…痛いほど判りますが…これ…子供たちが生き残れるかどうかを傍観する…ことは秋生くんへのペナルティです。なにが起きようとも、貴方は指をくわえて見ていることしか出来ません。どうか、了解願います。
「…けっ!」
今思いつく限り最大限に不貞腐れつつ、再び寝台に寝転がる秋生。
(くそ…小僧…情けねえがお前だけが頼りだ…うちの娘とその仲間…任せたぜ。)
固定された両の拳を血が出るほど握り締めて、秋生はすでに近くに来ているであろうその少年に対して、祈るような形でそう呼びかけた。
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