「おおおおおっ!!」
香里が発言し終わるのを待たず、絶叫を上げて突っ込んでいったのは朋也だった。
「!?」
不完全ながら、不意を衝かれた格好の香里、咄嗟に飛び退こうとするも、戦士としての技量ではさすがに朋也には及ばず、彼の白刃に捉えられる。
「貰ったあ!」
「くっ!」
せめてもの抵抗で、両腕をクロスさせ頭部をガードする、その右腕に深々と斬りつける朋也。
ざくっ!
肉と骨が一気に切断された嫌な音とともに、朋也の剣が一気に振り下ろされる。
「ど、どーだ…!…えっ?」
一瞬、朋也は自分の目を疑う。手ごたえは完全に、香里の右腕を切断したことを示していた。しかし、そのはずの右腕は未だに香里に繋がっている。その位置の外套の袖は、綺麗に輪切りにされており、その手ごたえは錯覚ではないことを証明していたが、腕だけが刃をすり抜けていったように無傷だった。
「な、な…!?」
「…痛いじゃないの…!」
事態を飲み込めず狼狽する朋也を、恨みがましい目で睨みつける香里。次の瞬間、
ガンガンガン!
「うわあああっ!?」
胸板への衝撃に、悶絶しながら転倒する朋也。
「朋也!」
一瞬意識が途切れたのを、自分を呼ぶ声で意識を取り戻し、半身を起してみると、さっきまで朋也がいた場所に智代が割り込んでいた。
「しっかりしろ!…なんてことはない、斬りつけると同時に後ろの御仁が回復させただけだ。」
そう言いつつ、香里に対峙する智代。その間に朋也が何とか起き上がり、衝撃を受けた箇所を見下ろすと、
「げげっ!!」
グレンデルレザー――神話出しかその名を見ることのない魔人の表皮で作られたという、非常に堅固な筈の鎧に三箇所、凹みが出来ていた。
「何てこった…皆気をつけろ!ソイツ、パンチ力も並みじゃねーぞ!」
「判っている!」
振り向かずそう答え、香里との間合いを詰める智代。香里はそれを迎え撃とうとしたその時、
「…こっちだ!」
身をかがめて、香里の脇を一気にすり抜ける。予想外のことに一瞬対応が遅れた香里の前にすばやく立ち上がった朋也が迫る。そして智代はそのまま駆け抜け、
「…転べっ!」
「!?」
後ろのノーライフキング―――ジュリアーノの足を峰打ちで思い切り払う、ノーライフキングが足元を掬われ転倒したのを見るや、朋也は改めて渾身の力を込めて再度切りつける。
「…ぐ…うっ!?」
間一髪避けたのでかすり傷だったが、今回は回復呪文は間に合わず、香里の肩口からわき腹にかけて袈裟斬りの起動で血がにじむ。
「…やってくれるわね…今の連携はさすが、と褒めておくわ…。」
顔をしかめつつ、そう呟く香里だったが、すぐ不敵な表情に戻して、
「…なら、こうしてあげる、お互いの実力がどのくらいのものか、試してみなさい。」
言うが早いか、両手でふわりとダークソウルを捧げ持ち、ゆっくりとある動作をしつつ、何かに呼びかけるような詠唱を始める。すると、
「!?」
「な、なんだ…?」
朋也と智代の頭上に、何か人の形をした靄のようなものが現れ、それが徐々に濃度を上げていった、と思ったら、まるで空中を浮揚する半透明の人影のようなものになる。そしてそれは、人間だったら手足にあたる部分を延ばし、二人の手首足首に絡みつく。
「!」
「し、しまった!」
驚愕する二人に対し、してやったりの香里。くるりとことみへと振り返ると、
「…一ノ瀬さんだったわよね、貴女中々博学のようだから、『パペッティア』と言えば判るわよね?」
「! 多数の霊の集合体で、目標の動作を支配させる術…同時に多数の召喚を行わなくてはならない高難度の術なの…。」
「ご名答、でも個々の霊は彷徨い過ぎて自我を失ったような連中だから、コツさえ掴んでしまえば簡単よ。でもって、効果は…この通り!」
「…のわっ!?」
香里が叫んだと同時に、朋也の両手両足が何かに引っ張られ、剣を構えつつ智代へと向かっていく。
「わっわっ、智代避けろ!」
「うっ…このっ!」
智代も朋也と同様、手足を拘束されており動くに任せないのだが、なんとか力を振り絞り朋也の剣の切っ先から逃れ、互いにバランスを崩してひっくり返る。
「うわっ!…と、智代…大丈夫か…?」
「ああ…し、しかし厄介なことになったぞ…。」
そう呟きつつ起き上がる二人。しかし、パペッティアの拘束から逃れたわけではないので、意に反して動こうとする肉体を必死に押しとどめ続けなければならない。
「うふふ、あたしたちも2人で8人相手はちょっときついからね、暫く二人で遊んでなさい。栞、そちらは大丈夫!?」
二人の様子を満足げに眺めると、香里は妹の方へ視線を移した。
「…アクアバリア!」
ことみの呪文が完成すると同時に、味方全員が青い光に包まれる。同時に、
「…これは如何ですか!?」
栞が叫ぶと同時に片手を前に突き出すと、そこから巻き起こった吹雪交じりの竜巻が一同を襲う。が、見た目のすさまじさにくらべて皆のダメージはそれほどでもない。
「…なるほど、呪文で防御したのですか…。」
「栞ちゃんの属性は水だと見たのだけど…あたりだったの。」
「む…簡単に読まれちゃいましたか…。」
栞がぼやいた瞬間、渚の呪文による炎が直撃する。
「!」
着弾した瞬間、顔面が焼ける…というより溶けるという感じで崩れる。この時点では立ち直っていたジュリアーノが即時に呪文で治癒するが、その一連の様子を見ていたことみ、ある違和感を感じる。
「…?」
「ことみ、何ぼーっとしてんの!どいて!」
一瞬考えたところで、後ろからの杏の一言に反射的に屈む。その次の瞬間、ことみの頭上を杏が投げた辞書が飛んで行き、
どごっ!
栞の顔面を直撃する。一瞬のけぞる栞だったが、それほど痛そうな表情も見せず、顔に張り付いた辞書を引き剥がす。
「…凄いですね、今のはかなり効きましたよ。」
効いたと言っておきながら、笑顔さえ浮かべている栞の様子に、更に訝しい気持ちになることみ。そうとなるとどうしても知らないでは済まなかった。
「我が両目に、真実を映す力を与えよ…アー・ルフィク…。」
その時、ことみは呪文に集中するので見えなかったが、詠唱の言葉を聞いた栞の表情が、驚愕の色を浮かべ、その後まるで氷で出来ているような凍りついた無表情と化す。
「……………え、なるほ…!」
目に映った情報に、ことみが驚いて呟きを漏らしたと同時に、栞の姿が吹雪に包まれたかと思うと、そのまま雪の中に掻き消える。
「えっ!?」
「あれ!?」
対峙している杏と渚が驚愕したその時には、ことみの背後で同じように雪が渦巻き始め、そこから現れた栞が背後からことみの顎をぐい、と引き寄せる。
「!」
「…余計なことを言わないで下さい。」
先程のにこやかな様子からは打って変わった感情の篭らない声が聞こえてきた次の瞬間、ことみの首筋に冷たい衝撃が走り、
「…!…!…!」
激痛とともに首筋から熱いものが迸る感覚に、悲鳴を上げようとするも空気が口から抜ける音だけが響き、一向に声にならない。
「一ノ瀬さん!」
ことみの更に後方で援護に徹していた由紀寧だけが、ことみの背後に瞬間移動した栞がことみを押さえつけて、なにやら刃物でことみの首筋に切りつけたことに気付き、栞を突き飛ばして崩れ落ちたことみを支える。
「…な、なに…?傷口が…凍ってる!?」
呪文をかけて回復させようとするも、その効果は出血を止め一命を取り留めたにとどまり、それ以上は凍りついた傷口が回復を拒んでいた。
「…一ノ瀬さんごめんなさい…でも、そこまで見抜かれてしまったら、ばらされるわけには行きません…ですから、少し痛い目にあってもらいました。」
何故か敵に対して謝る栞、その右手に握られた青く輝く刀身を持つダガーは、ぱっと見ても判る程の恐ろしい気配をまといつかせていた。
「栞!何やってるの、囲まれるわよ、さっさと後ろに戻ってきなさい!」
突然の怒鳴り声に、栞ならず、ことみの様子に気付き駆け寄っていった渚や杏も驚愕し、思わす足を止める。それは、朋也と智代の代わりに香里に対峙している椋も同様で、いきなり慌てたように目の前にいる敵である自分を完全に無視し、栞を気遣った香里に思わず唖然としたが、
「…今!」
その隙を見逃さず、手持ちのディスティニー・カードから一枚抜き、香里に投げつける。
「…このっ!」
一見でそれが危険なものであると見抜いた香里、とっさに身体を捻りそれを叩き落すが、
「…隙あり!」
「くうっ!」
左手に隠し持った、こちらは通常のカードを、一気に香里目掛けて投げつける。正確に急所を狙ってくるカードを香里は叩き落そうと試みるが、これだけの数を捌ききれず後ろのジュリアーノでも回復しきれないほどの傷が残る。それでも、
「栞、大丈夫!?怪我とかない!?」
「だ、大丈夫だから、お姉ちゃんこそ目の前の相手放っとかないで!」
先程とは全く違う狼狽した様子を見せる香里に、
(…いったい、ことみちゃんはさっき何を知ったのかしら…?)
椋ならず、渚や杏も同じことを考える。そして再び二人が栞に向き直ったとき、
(…あれ、あの傷…?)
渚が、栞の手に残った傷を見て訝る。先刻、渚や杏が与えた傷は完全に回復している、しかしその傷はその二つのどちらにも当てはまらないようだった。
「! …まさか…!」
直感的に、あることを考え付いた渚、
「すいません、栞さんをお願いします!」
杏にそう言い残し、返事も待たずに駆け出し、
「朋也くん、坂上さん!」
不恰好な同士討ちを続けている朋也と智代へと駆け寄っていった。
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