だんご組 - 同人サークル



     エレアの休日


ババッ!
 屋根の上を、何かが飛んでいた。
 それは猫のようにしなやかに、されど矢のように鋭くいくつも跳ねる。
 やがて三つほど家の上を駆け抜けたそれは、後方から追いかけてくるオヤジの様子を見て面白そうに笑った。
「今回も風子の勝ちです、ざまあみやがれです」
 多分どこかからの受け売りの言葉をそのまま呟いた少女は、オヤジから死角になる方向へと飛んでいく。
 やがて周囲に人の気配を感じなくなると、意気揚々と地面に飛び降りた。
 華麗に舞い降りるその姿は、前言撤回させてもらえれば非常に可愛らしいお子様姿。
 改めて周囲に誰もいないと確認した盗賊は、やがてスカートのポケットをごそごそとやりはじめた。
 そんな時である。
「お疲れ様〜」
 非常に明るい、まるでぽかぽかのお日様を連想させるようなほんわか声が聞こえてきた。
 驚いた風子はその場で飛び上がると、ご丁寧に空中で身体を捻って後方へ視線を向ける。
 着地の段階で、既にエモノを右手に構えていた。
「もうふぅちゃんったら、わたしだよ〜わたし〜」
 言って、にぱっと愛くるしい笑みを見せてくる目の前の少女。
 黒を基調とした長袖の上着に、同じく黒のふわりとしたフリルのスカート。
 両手を後ろで組んで、小さな風子を覗き込むようなその仕草は、
 印象や声や服など、とにかく全てにおいて愛らしくマッチしていた。
 その風子と同等ほどの子供らしさを見せる少女は、どうやら味方らしい。
 それで、風子もようやく気付いた。
「エレアちゃんでしたか、ぷち衝撃です」
「お、新手のセリフだよそれ」
「なんですかそれは?」
 べつに〜、と言った後、面白そうに笑う少女は、エレア・クライム。
 見たところで風子と同属かつ同程度のサイズをしているが、その所属部隊は風子のそれとは大きくかけ離れている。
 彼女の肩書きは、ドアナール国魔道隊第四中隊指揮官。
 随分と偉そうな肩書きに見えるが、実際にはマジに偉いのだった。
 だが、この場ではその偉い肩書きとやらの説明は省略させてもらいたい。
 何故ならば、今日は休日である。
 そんな肩書き、今日に限ってはいらぬのだ。
「向こうでたい焼き屋さんのおじさんが怒ってたけど、また何かやったのふぅちゃん?」
「失礼ですエレアちゃん、風子はたい焼きを買ってお金を忘れたから逃げたなんてこと絶対にしません」
 まるでどこぞのうぐぅ少女である。
 そっか〜とこれまた面白そうに笑ったエレアは、されど次の瞬間には、もっと面白そうに笑う。
 それはまるで、小悪魔のように。
「ん〜どうしよっかな〜? ふぅちゃん、今週もう三回も悪いことしてるよね?」
「それは誤解です、風子は盗賊なんですから悪いことをしなければいけないんです」
 明らかに理屈も何もあったものではない。
 そんな風子の言い訳も予想通りだったようで、はいはいと肩をすくめて近づくエレアが、風子の肩をぽんと叩く。
「折角のお休みだし、ちょっと遊ぼ」

 通りに風子は出られないということで、裏道まがいな小道を通る二人。
 すぐにその店を見つけると、エレアの顔がぱぁっと輝いた。
「さ、ふぅちゃんご〜♪」
「突撃です」
 何やらよくわからないセリフで入った二人は、その店に足を踏み入れてまず感嘆の声をもらした。
「ん〜…いつ来てもここは最高だよね」
「今日こそ、風子は例のブツを見つけ出します」
 言いながら、奥へと歩いてゆく二人。
 ああ、念のために二人がどこへ来たのか説明せねばなるまい。
 単純明快、ファンシーなぬいぐるみショップ。
「えっとね、えっとね…あ、これかわい〜♪」
 言いながらそれの山からひょいと抱き上げたぬいぐるみは、多分かぼちゃがモデルなのだろう。
 ハロウインよろしく口とか目とかが装飾されたそれは、手足や胴体があり、
 ドレスアップはされているがハッキリ言って可愛いものではなかった。
 そもそも、エレアが楽しそうに見て回っている一角だけ、何故かこの店の趣向からズレている。
 周りには小さな女の子が抱いて眠りそうな可愛いぬいぐるみが山とあるというのに、
 エレアが見ているその一角だけどこか趣味が違う。
 『可愛い』ではなく『奇妙』がテーマなのだった。
「これ買っちゃおっかな〜、あ〜でもこっちもかわい〜♪」
 二つともを抱き上げると、両手でぎゅっと抱き締めて抱き心地を確かめるエレア。
 ぬいぐるみなんぞどれも似たような抱き心地と思うなかれ、想いは感触を180度変えるエッセンス。
 抱き締めたぬいぐるみの奇妙さなどどこ吹く風という様子で、愛らしい少女の頬には喜びの朱がさしていた。
 どっちも気に入ったようである。
「ねね、ふぅちゃんはどう?」
 足りないのか三つ目を物色しはじめたエレアが、ふと思い出したかのように声をかける。
 その風子はといえば…店の中を走り回っていた。
「ん〜…」
 とてとて、というよりすたたた〜という効果音が似合いそうなぐらいにちょこまか走っている風子。
 先程から店内をぐるぐると二週ぐらいしており、三週目に入る前にエレアに呼ばれたのだ。
 片足をトンと地面に落とすと、そのままバランスを保ちながらくるりとエレアに振り返り、
「やっぱり置いていません」 
 どこか残念そうにそう言った。
「あはは、さすがにヒトデのぬいぐるみは置いてないんだ〜」
「最悪です」
 ぷい、とそっぽを向きながらエレアのもとへと戻ってくる風子。
 よしよしとエレアが風子の頭を撫でてやると、子供ではないですからと更に拗ねた。
「うん、可愛い」
 もっと拗ねていた。
「ところで、エレアちゃんはどれにしますか?」
「う〜ん、どれも可愛いから迷ってるんだよね〜…あ」
 ふと、両手に抱えていたかぼちゃだかこうもりだかのぬいぐるみを放して、ぬいぐるみの山の中にそれを見つける。
 本当に一部しか見えないそれを、一生懸命手をつっこんで引っ張り出そうとするエレア。
 が、どうやらかなり奥にあるぬいぐるみのようで届いていなかった。
「ん〜…う〜ん!」
 それでも、懸命に手をのばすエレア。
 ならばぬいぐるみの山を崩せば良いのだが、女としてそれはしたくないらしい。
 乙女心は複雑なのだ。
「手伝いましょう」
 何やら取りたいものがあるということに気付いた風子が、エレアの左手を掴んだ。
 ちなみに、エレアがぬいぐるみに伸ばしている手は右手である。
「え?」
「せえのっ!」
 言うまでもなく、風子はエレアの苦戦する理由を誤解していたりする。
「ちょ、ちょっとまって、きゃっ!?」
 いきなりぐいっと、しかもかなりの力で後方に腕を引っ張られたエレアは、驚いた拍子に右手を大きくばたつかせる。
 それはぬいぐるみの山を大きくかき回して、上に積まれていたそれなど雪崩のように滑り落ちてくる。
 まあ、つまりどうなったかというと。
「きゃぁ〜っ?」
「わわっ?」
 二人が、ぬいぐるみの中に埋まったのだった。

「あ〜面白かった♪」
 ぬいぐるみに埋もれたことがなんだかんだで嬉しかったらしく、店から出てきたエレアは早速袋をごそごそとやりはじめる。
 その隣について歩いていた風子も、思い出したようにスカートのポケットをごそごそとやりはじめた。
「あやうく、折角もらったたい焼きがさめるところでした」
「もらったじゃなくて、盗んだでしょ? …さてっ」
 突っ込みもそこそこに、袋の中からエレアが取り出したのは、とあるぬいぐるみ。
 これはどうやらサボテンがモデルのようで、鉢の下から脚が生えていたりと、やはり奇妙な部類のそれだった。
 つい先程、ちらりとぬいぐるみの中からそれを見つけたエレアは、
 そのつぶらと言うか巨大な瞳を見た途端にキューピットに矢を放たれた。
 勿論放たれた矢はエレアのハートにプッスリと刺さって貫通し、えも言われぬトキメキを感じたという、多分。
「この子、わたしが使ってあげよっと」
 言いながら袋を通りに放り投げると、また両手できゅっと抱き締めるエレア。
 隣で一つ目のたい焼きにかぶりついていた風子が、ふとそれを口にした。
「それも、猫とパンだ〜というものでやりますか」
「もうふぅちゃん、ネクロマンサーぐらい覚えててほしいな〜」
 エレアの特性。
 それが、今風子が間違えて本人が訂正した、ネクロマンサーというそれである。
 否定しないところを見ると、今日購入したそのぬいぐるみも使われるのだろう。
 それだけ、エレア本人が気に入ったということだ。
「ところでふぅちゃん、そのたい焼きまだある?」
「ポケットに二つ、帽子の中に二つ、帽子の耳に一つずつとそれなりには」
 多分、この盗賊は最初から盗む気でたい焼きなんぞを買ったのだろう。
 あははと笑ったエレアが、おこぼれにあずかろうと声をかけようとした時だった。
「見つけたぞぉ〜!」
「はっ?」
 振り返った風子の視線の先にいたのは、つい先程振り切ったはずのたい焼き屋のオヤジだった。
 どうやらしつこく探し回っていたらしく、加えてエレアも風子も、気が付けば大通りを目指していた。
「迂闊でした、これはエレアちゃんの罠です」
「いや、わたしそんなことしないよ」
「言い訳無用です、ではまた後日です」
 言いつつ、バッと大きく跳躍する風子。
 あのオヤジが屋根の上の少女を捕まえられないのは言うまでもなく、逆を言えば逃げるにも容易となるそのポジション。
 屋根の上をまた疾走する風子を暫く見ていたエレアは、やがて改めてぬいぐるみを抱くと、気持ちよさそうに笑う。
「そうだね〜…ミッシェル、とかの名前はどうかな?」
 それを呟いた瞬間、自分でも気に入ったのがわかったのだろう。
 更に少しだけ抱き締める腕に力を込めた少女は、それでも足りないのか頬をぬいぐるみの頭に押し付けて、
「ん〜…かっわい〜♪」
 最高の笑顔を、いつまでもたたえていたのだった。


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