たとえこの想い容されずとも
「あ〜もう! いい加減離れなさいよっ!」
憧れのヒト、杏様が私を押し退ける。
「杏様〜、私のこと嫌いなんですか〜?」
「別に嫌いってワケじゃないけど……そうね、このまま帰ってくれないなら、多分嫌いになるわね」
「つれない言葉ですねー。でもそんな杏様も、孤高の女王って感じで、私は好いと思いますっ」
「……ありがと。一応礼は言っとくわ」
最後にそんな会話をして、別れた。
「ハァ……今日もあんまり好い印象、持たれなかったみたい……」
ため息一つ。
私があの人と出会ったのはほんの数週間前。
任務で四人一組(フォーマンセル)で遺跡の探索をしていたとき。
手強いモンスターに襲われ、ピンチに陥っていた私たちの前に現れ、颯爽と私達を助けてくれたのが……杏様。
以来私は、あの人に対して、本来持ってはいけない感情を持つようになってしまった。
そう……恋心。
同性を好きになる禁忌。
けどこの想いをどんなに抑えようとしても、日に日にこの想いは薄れるどころか増すばかり。
そんなワケでアタックしてるんだけど、なかなか上手くいかない。
まだ出会って間もないから、しょうがないかもしれないけど、うちのパーティーの男だって、なんか興味持ってるっぽいし……。
いや、問題は多分そっちじゃない。
杏様のパーティーにいる唯一の男性。彼も間違いなく杏様に気がある。
……無理もないか。
女の私ですら、この心を払う事ができない。
普通に恋仲になれる可能性を持った彼が、男が、杏様に惹かれないわけがない!
それだけならまだ良い。
けど杏様の方も、あの人に好意を持っている可能性がある。
なんていうか……表情が活き活きとしてる。
そんな杏様を視れるのは嬉しいけど……その笑顔を引き出してるのが私じゃない事実を思うと、とても悔しい。
そして、ライバルは多分、それだけじゃない。
杏様のパーティーにいる女の人たちも、杏様を狙っているかもしれない。
要注意人物一.一ノ瀬中隊指揮官
弱冠十七歳で魔道隊の中隊指揮官になった天才策士……なのは今は良いとして。
よく一緒にいるのをみている。
その上、たまに杏様は、彼女を襲っている。
こないだなんて胸を……羨ましい!
私だって優し――(手遅れな気もするが、自主規制)
要注意人物二.坂上隊長補佐
史上最年少の天才隊長補佐……なのはさっきと同様置いといて。
この二人は一見ただの仲間で友達なんだけど。
どうにもたまに、友情以上の何かで結ばれているように感じる時がある。
『友情と同性愛って紙一重だよねっ』っていう理論が、彼女達も視ていると頷ける。
すぐにって事はなくても徐々に……っていう可能性がある双人(ふたり)。
要注意人物三.藤林椋
双子の姉妹だけあって仲が良い。
けど、良すぎる気がしないでもない。
ひょっとすると、姉妹愛と同性愛の二重苦に悩んでいるのかもしれない。
一番身近にいるため、一番危険な人、ね。
……こうやって纏めてみると、やっぱり事態は一刻を争う。
早めにケリを着けないと、この勝負には勝てない!
「……最早、手段を選んでる余裕はないか……」
覚悟を決めて、私は、ドアナール城へ向かった。
「あの……! どうすれば女の子に好かれるか、教えてくださいっ!」
「へ……?」
素っ頓狂な声を上げたのは、私が相談を決めた相手、メディア・メリクリウス中隊指揮官。
「その……私、ある女性を好きになってしまったんです。
それで……よく女の子にアタックしているメディア中隊指揮官に、アドバイスを頂きたくて……」
「……………」
やっぱり……こんな事をお願いしたら……怒る、よね……。
「無礼は承知の上です! どんな罰も、受ける覚悟ですっ!」
「……………」
変わらず黙ったまま、メディアさんは私の肩に手を置く。
そして、云った。
「そういう事なら、喜んで手を貸すわよ、同志!」
「……ホッホントですか!?」
「モチロン! 嬉しいわぁ……。私と同じ思想を持つ子がいたなんて……v」
……………。
………。
……。
「じゃあとりあえず、作戦一ね」
「はい、師匠っ!」
割りとあっさり、方針が決まって、少し拍子抜けしてしまう。
とにかく、いってみよう。
次の日、早速実行。
「あの、杏様! これっ!」
「ん?」
呼び掛けて、手に持っていたお弁当箱を渡す。
「お弁当ですっ。お昼にでも食べてください!」
「え? これ……貰っちゃっていいの?」
私は、無言で頷く。
「ありが――」
よし、今! お礼を云われる前に、
「でっでも、勘違いしないでくださいねっ! 自分のお弁当を作ってて、余りを持て余してただけなんです!
別に杏様の為に作ってきたんじゃないですからねっ!」
「――たいけど、ゴメン。あたしには受け取る事は出来ないの」
完全にスルー!?
しかも、勘違いしてたの寧ろ私!?
恥ずかしい……。
「ど、どうして……?」
「んーと……今日はもうお昼の宛があるから、ね」
……ショックだった。
もしかして、同じ考えのライバルが……?
「そう……この作戦は失敗ね」
「え? でもツンデレ作戦自体が失敗したわけじゃ……」
「……甘いわね。素の反応が出来ている時点で、成功しているとは云えないわ」
「なっなるほど……」
さすが先達。説得力がある。
「というわけで作戦その二、いくわよ!」
次の日。
「杏様……あの、これ……」
俯き加減に、お弁当箱を前に出す。
「え? また……?」
「あっあの、スミマセン! ……杏様に食べてほしかったんですけど……迷惑でしたよね……?」
“押して駄目なら引いてみろ! か弱き乙女作戦”!!
昨日とは逆に控えめな女の子を演出。
これなら……!
「……………」
止まっていた杏様が、手を私の方に……そして、それを額に。
「あんた……熱でもあるの? 昨日もそうだったけど、今日はさらに、キャラ違うわよ」
「……ぁ」
杏様の綺麗な手が、私の額に……
……………。
………。
……。
「……ってことがありました。もう幸せです〜♪」
「……で? 肝心の作戦の効果はどうなの?」
「……………」
「……………」
「……ハッΣ(∵」
「いや、ツッコミどころを増やさないでくれる……?」
しまった……。
杏様に心配されたのが嬉しくて、つい舞い上がっちゃってた。
「……こうなったり、最終手段しかないわね」
「さ、最終手段ですか? それは一体……?」
「揉みなさい」
……え?
「あっあのっ? 揉むってなっなにを!?」
「なにって……女の子相手に“揉む”って言ったら、一つしかないでしょ」
「でっでも、そんな事したら致命的に嫌われ――」
「押しても引いてもダメなら、ドアぶち破るくらいに押し切るしかないのよ! 大丈夫! 強引に出たら弱い子っていうのも、世の中多いから!」
師匠の熱弁に、私は何かを感じた。
だから、それを信じて、
「解りました。……いってきます!」
私は、また、杏様の許へと向かった。
「杏様ーーー!!」
「またあんた? 今度はな――って、ホントなに!?」
私の必死さに、眼を見開いてる。
でも、今の動きなら、杏様でも躱せない!
「てりゃあああっ!」
明らかに女の子らしくない叫びを上げ、ついに、音が。
ふにゃっという、音が。
そして直後、
頬に、熱い感触が――
「ぅあ……!」
「ゴメン。さすがに今回はやっちゃったわ……」
……殴り飛ばされてた。
その頃。建物の陰にて。
「人から貰うアドバイスなんて、そのまま実践したってロクな事にならない。大事なのは、それが正しいのか自分の中で吟味し、考え、進化させること。
……乙女よ、また一つ、学んだわね」
「……とか言って、楽しんでただけでしょう?」
鮮やかな緑髪の、ポニーテールの女性が、平淡と、しかし笑みを含ませて、言う。
「んー…、まあ、それも否定はしないけどね。彼女にとっては、必要な一歩だったのよ」
変わらず真面目な、しかし何処かに遊び心を感じさせる表情で、金髪の女性、メディアはわらった。
おしまい
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