「あのさ……僕、トモヤにお願いがあるんだけど……」
学校からの帰り道、俺の隣を歩く幼馴染で恋人の高科ジュンが唐突に切り出した。俺よりも頭一つ分低いので、ジュンは図らずも上目遣いになる。
……畜生。その目は反則だっての。
ちょっと前なら何にも感じなかった俺だが、今ではそんな目で見つめられるだけで駄目だ。凄くドキドキしてしまう。以前は苦しいだけだったのに、今じゃいつまでも感じていたいくらい、この動悸が心地良い。
このドキドキのためなら、ちょっと無茶なお願いでも喜んで聞いてしまうかもしれない。
「な、なんだよ? いきなり改まって……」
聞き返した声がちょっと上ずった。なんか緊張しているのがバレバレだ。
「え……ええっとね……その……あの……」
だが、ジュンの方も俺とどっこいどっこいだ。
こっちを見つめてた視線がだんだんに泳ぎ始め、胸の前でもじもじと指を絡めている。
ごにょごにょと何か口ごもっている姿を見ると、その可愛らしさに抱きしめたくなる反面、いったいどんな『お願い』だろうか?という俺の頭に不安がよぎった。
「……そんなに言い難いお願いなのか?」
「えっ……あ、ううんっ! あの、その……そ、そんな難しいお願いじゃないと思うんだけど……いやその……」
思わず漏れてしまった俺の言葉に、わたわたと過剰に反応するジュン。
言葉尻はだんだんと萎み、最後には「う〜」という唸り声になっていた。それに加えて、なんだか恥ずかしそうに顔も赤らめている。
……ああ、なるほど。
さすがに日頃からジュンに鈍ちんだの乙女心の理解力無しとか言われている俺だが、今日ばっかりはジュンの言いたいことが分かったぜ。
まぁ確かに、こればっかりは他の奴には頼めないよな。
「あー…その、なんだ……」
奇態を続けるジュンの肩に、俺がなだめるように手を置くと、ジュンは真後ろで物音を聞いた子猫のように身を固くした。
そんなジュンの緊張をほぐすように、俺は満面に笑みを浮かべてやる。
「俺のナプキンで良ければ貸してやるぞ。コットン一〇〇%で肌に優しい奴」
「ば、馬鹿っ! 誰が生理用品の話なんかするかあっ!」
先程よりも、さらに顔を赤くしてジュンが叫ぶ。あまりの剣幕に、俺はビビって後ずさった。
「え……? 違うの?」
思いっきり失言だった。見る見るうちにジュンのまなじりが大きく裂ける。
「違うに決まってるだろ、この鈍ちんっ! 唐変木っ! お前の脳みそは塩辛かっ!」
「……うわ。すごい言われよう。さすがの俺でも少しヘコむぞ」
「ヘコめっ。存分にヘコんじゃえっ。特に胸とか――ってか、一割よこせ!」
「ぬあっ!? む、胸のこととか言うなって! 天下の往来で、いきなり何を言い出すんだお前は!」
危険な発言に俺はあわてて周囲を見回した。もし同じ学校の生徒なんかいたら洒落にならない。
だが幸いなことに、この道を歩いているのは俺たちぐらいだった。思わず安堵の息が漏れる。
……ジュンの奴、普段が大人しいだけにカッとなると手がつけられないのはどうかと思うぞ、まったく。
俺もお前も、理由は違えど同じ秘密を隠しているって言うのに。
「ったく、もー……」
そんな俺の思いをよそに、ありとあらゆる表現で罵倒してくれたジュンは、悪口雑言のストックが尽きたのか、盛大に肩を落とした。
「なんだか、緊張してた自分が馬鹿みたいだよ……」
同感だ――とは言わないでおく。ややこしくなるから。
ジュンはちょっとだけ恨めしげに俺を見上げて――やや逡巡してから口を開いた。
「じゃあ……ちゃんとお願いするから黙って聞いて」
「あ、ああ……」
俺がうなずくと、ジュンは残った緊張を吐き出すように深呼吸する。三度ほど繰り返してから、いつになく真摯な表情を俺に向けた。
「あのね――」
託宣を告げる巫女さんみたいに厳かなジュンの声。
「僕の処女、もらってください」
「………………え?」
その言葉の意味を理解するのに、俺の脳みそはたっぷり十秒を費やした。
拝啓。
神様、何度も何度もお願いしていて恐縮ですが、俺の人生のサプライズはもうこれっきりにしていただけませんかっ!?
*
帰宅途中の爆弾発言から二日経った日曜日。俺たち二人は電車を乗り継いで秋葉原にやって来ていた。
「うわー……噂には聞いてたけど、すごいキレイになったね。ここ」
山手線のホームを降りたジュンがあっけに取られたように呟いた。改装されたコンコースを見て毒気を抜かれたようだ。
……まぁ、確かにそうだよな。少し前までの秋葉原を知ってる奴なら、この変わりように驚かないはずはない。
俺も最初は驚いた。
駅前に、いかにも新築ですと言わんばかりの背の高いビルが立ち並び、お洒落なテナントの看板が軒を連ねている光景なんか、誰が想像できるってんだ。
それでも、チラシを配っているお姉さんがメイド服だったり、チャイナ服だったりするのがこの街らしいところだ。
「あっ、ジュン。そっちじゃなくて、こっち」
ふらふらとつくばエクスプレス側の改札に足を向けていたジュンを呼びとめ、俺はその手を引いた。
昔と今の駅の地図が頭の中で噛み合ってないんだろう。俺もそうだったから良く分かる。
「ご、ごめん……」
真っ赤になってうつむくジュン。
俺たちは、ほんの数日前にお互いの秘密と想いを打ち明け、肌を重ねあったのだけど、それで何が変わったかといえば――あんまり変わってない。
腐れ縁的な幼馴染で、馬鹿なこと言って憎まれ口を叩きあって、でもどこか放っておけない、そんな関係。
ちょっとした違いを言えば、こいつを放っておけない理由が前よりもずっと分かり易くなったってことぐらいか。
「あぅ。トモヤぁ……ちょっと、手……」
一人浸っていた俺を、羞渋としたジュンの声が現実に引き戻す。その声音の言わんとするところを悟り、俺はうめいた。
気づけば、少し離れた所でチョウチンアンコウみたいな面のゴスロリ女が、連れのリュウグウノツカイみたいなゴスロリとこちらを無遠慮に指差しながら何か喋ってる。
冬コミのネタキター!とかグッジョブ神様!とか。
かすかに聞こえてきた内容に、言い知れぬ不安を感じたのは錯覚じゃないはずだ。
確かに、今の俺たちの格好は、触って確かめない限り性別なんて分からない。
VANSのZIPパーカーにカーキ色のカーゴパンツ。ブラックデニムのキャップというB系のいでたちの俺と、羊革のジャケットにベージュのチノパン姿のジュン。
俺は黒髪をベリーショートに刈り込んでるし、ジュンはつやのある栗毛をワンレンのボブにしている。
どこから見ても男にしか見えない二人が手を繋いで歩いているのだ。周囲の好奇の視線が集まるのは無理もないのか。
「う……わりぃ……」
無性に照れ臭くなって、俺はジュンの手を離した。赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、ジュンに背を向けて急ぎ足で改札の方へ歩き出した。
「行こう……そんなに遠くないからさ」
「うん……ごめんね」
背中にジュンの少し寂しげな声が当たった。そんな声を聞かされるだけで、俺の胸は鉄の鎖で縛られたように締め付けられた。
謝るのは、こっちだってのに。
……畜生。俺が全部女の子だったら、ジュンと手を繋いで歩けたんだろうか?
マジで恨むよ、神様。
*
極彩色のネオンで彩られた店内は、焚き染められたイランイランの香気とあいまって、まるで異次元の世界に迷い込んだかのような印象を受ける。
いや、ぶっちゃけ異次元だ。理解可能でも不能に書き換えたいくらい日常から大きく逸脱してる。
この、大人のおもちゃ屋という空間は。
どうして俺たちが日曜日の昼間から、こんな場所にいるのかといえば、二日前にジュンの放った爆弾発言が原因だった。
「あの時も、すごく気持ち良かったんだけど……もし、トモヤから男の子みたいにシてもらえたらって思ったら、その――」
なんて可愛い恋人にお願いされたら、誰だってたまらないだろう。というか、これで何も感じない男がいたなら、インポ野郎かただの阿呆だ。勿体無いから俺と入れ替われってんだ。
女の身体に男の心という心身の不一致を嫌だと思ったことは今までなかったが、あの時ばかりは自分自身を恨まざるを得なかった。
だから俺たちは、俺たちが一つに繋がる為の道具を、この店に求めてやってきたわけなのだが――
「す、すごいね……これ……」
隣にいるジュンが苦笑とも、なんともいえない表情で陳列された商品を見てる。
飾り棚に並べられているのは色とりどりのディルドー――つまり、アレだ。男根の模型。張り型というやつだ。
それも女性同士で楽しめるように作られた双頭のディルドーだ。
傘の張り方とか血管の浮き具合とか、型でも取ったんじゃないかと思うくらいにリアルなのが両端についた物体が、透明の箱に詰められて売られている光景は異様を通り越して滑稽だった。
「こんな大きいの……誰が使うんだろ……」
「っていうか、これ、俺の腕くらいあるぞ。こんなん入ったら、マジ裂けるって」
この人外魔境サイズの張り型が自分の中に侵入した場合を想像し、慄然としたものを感じて俺は身震いした。
販売されているってことは、それなりに需要があるのかもしれない。どんな奴が使っているの知りたくもないけど。
「そんなに大きくない方がいいんじゃないかな、やっぱり……」
「そうだね……でも、トモヤに任せるよ。僕、トモヤの好きなサイズだったら……」
などと、あきらかにおかしなことを口走り、顔を赤らめてジュンがうつむいた。恥ずかしがっているあたり、自分が何を言っているか自覚もあるのだろう。
……むしろ、聞いているこっちが恥ずかしい。
「あー……こほん」
気まずくなった雰囲気を咳払いで蹴り飛ばし、俺は棚の端の方に置かれたピンク色のディルドーに手を伸ばした。一般成人男性サイズ、と箱にはラベルが貼られている。
「これなんかどうかな? そんなに値段も張らないみたいだし……」
「う、うん……」
口ぶりからして、あまり好感触ではないようだ。毒々しいキツい色のピンクだし、俺自身も、この手の色はあまり好きじゃない。
ショッキングピンクを棚に戻し、俺は一段下に飾られていた黒いディルドーを取ってジュンに見せた。
「じゃあ、こっちにするか? 色黒いけど、さっきのと比べたら、そんなに大きくないから」
「う……」
やっぱり難色。太さも大きさもないが、店内の怪しい照明に黒光りするフォルムが中国産のウナギにそっくりだし、そういう反応されるのも無理ないか。
……まいったな。俺は途方にくれて溜め息をついた。
ジュンは俺に任せるとは言ってくれたが、出来ることならジュンが受け入れやすいものにしたかった。
とはいえ、この店に並べられているのは、どれも似たり寄ったりの代物ばかり。こうなれば他の店を物色するというのも一つの手だ。
俺も最近になって知った――ジュンのお願いがなければ知りたいとも思わなかったが――のだが、秋葉原にはこの手のアダルトグッズを販売する店が数多く存在している。
それも駅前や目抜き通りに面して堂々と看板を掲げている店があれば、あらゆる方面にマニアックな商品を取り扱う店の一番奥にあったりして様々だとか。
さすがは混沌の文化の街、アキハバラだ。
「なあ、ジュン。他の店に――」
行かないか?と言いかけて、俺は初めてジュンの様子がおかしいことに気がついた。
あんなに赤らめていた頬を蝋人形みたいに青ざめさせて、ジュンは吐き気を抑えるように口元に手を押し付けていた。細い肩は小刻みに震え、眼の焦点も合っていない。
ああ、くそ。畜生。俺はなんて大馬鹿野郎だ。鈍すぎるにもほどがあるってんだ。
「ジュンっ!」
俺は急いでジュンの空いてる手をひったくり、魔窟のような店から飛び出した。
*
「……落ち着いたか?」
秋葉原の新名所となった駅前の高層ビルの足元は、大規模なイベントも行える広場になっている。隅に設えられた花壇の縁にジュンを座らせ、俺はコンビニで買ってきたお茶のペットボトルを手渡した。
「ありがと……」
さっきよりは、いくらか顔色が戻ったようだった。
こくりこくりと少しずつお茶を飲むジュンの隣に腰掛け、俺も買ってきたDr.ペッパーのペットボトルを開ける。
「う……トモヤって、Dr.ペッパー好きだよね。それ美味しいの?」
水分を取って人心地がついたのだろう。露骨に顔をしかめてジュンが聞いてきた。
「愚問だな」
俺はこれ見よがしにDr.ペッパーを半分まで飲み干した。
「Dr.ペッパーといえばコカコーラよりも販売年数が一年長いんだぞ。うちのオフクロなんか、日本輸入当初から愛飲してるし」
「トモヤのお母さんは特別――ってか、全然答えになってないし」
「そもそも不味かったら何度も飲まないって」
「……世の中には『不味い! もう一杯っ!』もあるから信用できないよ」
やれやれと言いたげにジュンは肩をすくめ、三分の一まで減ったお茶のフタを閉めた。
それが合図というわけじゃなかったが、お互いに会話のきっかけを失って押し黙ってしまう。無言の俺たちの間に街の喧騒が割り込んできた。
休日の、しかも駅からすぐ傍ということもあって、広場は行き交う人が数多い。
気の急いた子供に手を引かれて苦笑する親。肩にかけたリュックサックから紙筒を覗かせているビア樽の様な男。少し前までまったく見かけなかったギャルっぽい女の子たちが楽しげに笑いながら歩いているのは、きっと映画かドラマの影響だろう。
そんな人々の流れを呼び止めるように歌うストリートミュージシャン。
彼の空回り気味の熱唱が、京浜東北線の発車ベルに混じって俺たちのところまで聞こえてくる。妙にロックなソウルを持ったバラードだ。
歌はしばらく続いたが、どれもこれも調子の外れた酷い曲だった。三曲ほど終わったところで、ようやくジュンが口を開いた。
「心配かけて……ごめんね」
ジュンは閉め忘れた蛇口の雫がこぼれるみたいに、ぽつりぽつりと謝った。
「……怖く、なっちゃったんだ」
ジュンの声音が震えている。泣き出す一歩手前のような、食いしばる歯の隙間から漏れたような重たい声。
「セラピーのおかげで、男の格好しているときは大丈夫になったはずなのに……アレ見てたら、急に気分が悪くなっちゃって……」
言葉を続けるジュンを俺には遮ることなんて出来なかった。
『幼稚園のときに色々あって』と、秘密を打ち明けてくれたときのジュンはおどけるように笑っていた。
だからといって、ジュンが受けたトラウマは決して軽いものではなかっただろう。血の繋がった父親にすら『男』を感じて恐怖した日々は、とてもじゃないが俺には想像もつかない。
何も知らない俺が、気にするなとか大丈夫とか、そんな安っぽい言葉でジュンを慰められるわけがない。
「無理しなくてもいいんだぞ」
それでも俺は、ジュンに言葉をかけてやりたかった。
ジュンが俺の全てを知りたいと言ったように、俺はジュンの全てを支えてあげたい。
心と身体がちぐはぐな俺には、こんなのはおこがましい考えかもしれない。でも、好きな奴が苦しんでいるのに、黙ってみているだけの臆病者にはなりたくない。
「む、無理なんかしてないよっ」
俺の言葉を強い口調でジュンが否定する。
……バレバレだってのに。
無言で俺は、ズボンの膝を強く握り締めているジュンの拳に手を重ねた。手のひらを通して、ジュンの震えが伝わってくる。
いつもならひんやりと冷たいジュンの手が悪熱に罹ったように熱かった。
「俺は、何も聞かない」
一言一言を区切るように俺は言った。ジュンが驚いたようにこちらを見たが、俺はまっすぐ前を見たまま、目を合わせずに続けた。
「過去に何があっても、今がどんなに辛くても俺はジュンが好きだ。大好きだ。お前がトラウマに打ち勝って、完璧に笑い飛ばして話せるようになっても、俺からは何も聞かないよ」
俺は残ったDr.ペッパーを一気に飲み干し、ジュンに向き直った。
「その代わり、全部受け止めてやる。過去も今も未来も全部だ」
言って、俺はジュンの唇に口接けた。完全に不意打ちの、触れるか否かの軽いキス。
数秒遅れで何をされたのか理解して、瞬く間にジュンの頬に朱がさした。
「……ばかぁ。こんなとこで、なんてことするんだよぉ……」
耳たぶまで赤く染めて、ジュンは弱々しく唸った。恥ずかしそうに周囲をきょろきょろと見回している。
幸いなことに、今の光景を見咎めていた奴はいないようだった。
もっとも誰が見てたって、俺には関係ないけどな。覚悟を決めた男は、何があろうとうろたえないのだ。
「ズルいよ、トモヤは」
勝ち誇る俺にジュンが非難がましい目を向けた。どちらかといえば怒っているというよりも、納得がいかないと主張するふくれっ面だ。
最近、ジュンがなんだか子供っぽくなったような気がするが、むくれた顔も可愛いので気にしない。
「しかも、なんかクスリ臭いし」
冷静に味の批評まで出来るようになっていれば問題ないだろう。事実、もうジュンの手は震えてなどいなかった。
*
「ちゅ……んン、ぁ……」
「ん……ちゅ……ちゅる……」
二階の自室に入るなり、俺たちは唇を重ね合わせた。軽い口接けなんて物足りない。薄く開いた唇の隙間を縫うように、俺はジュンの口腔に舌をねじり込んだ。
出迎えるようにジュンの温かく湿った舌が、ぬちゅりと音を立てて俺の舌に絡みついてくる。それだけで延髄まで痺れるような快感が這い上がってきた。
「はあっ、はあっ、ともやぁ……」
「ジュン……ちゅ」
見詰め合うのはほんの数瞬。劣情と熱情に突き動かされて、俺たちはまたキスをする。
再び口の中を犯し合うお互いの舌。ざらざらしたジュンの舌が歯茎を撫ぜるたびに、中に溜まった唾液が、ぴちゃぴちゃと掻き混ぜられる。
俺は口腔をなぶるジュンの舌を唇で柔らかく捕らえ、先から中腹まで包むように唇で擦った。
ジュンの吐息が先程にも増して荒くなる。舌を押さえられて呼吸しにくいのもあるだろうが、それ以上に表情が艶めかしい。熱を含んだジュンの吐息が肌にかかるだけで、心地よい痺れが脳を揺さぶってくる。
めちゃめちゃにしてやりたい――とさえ思う。愛しすぎて。
「ジュン……好きだよ、ジュン……」
たっぷり時間をかけてジュンの舌を味わった俺は、そのまま唇をスライドさせ、上気した頬に口接けを落とす。耳たぶにかかった俺の息がくすぐったかったのか、ジュンが身をよじるように震わせる。可愛らしい反応だ。
逃げられないように、俺はジュンの背中に手を回した。わき腹から肩にかけて、下から上へ、手のひらを滑らせるように撫でまわす。
「……キスだけでも気持ちいいよ。すごく」
息を軽く吹きかけながら耳元でささやいて、俺は朱の差し始めたジュンの耳たぶに甘く噛みついた。
「ひゃうっ、くすぐっ……たいよぉ……」
俺の腕の中で震えるジュン。構わず俺は、耳の穴の前にある突起を舌先で弾き、耳の外周に沿って舌を這い回らせた。
「あっ、ンん……っ」
「ジュンの弱いとこ発見……ちゅっ」
「く……くすぐったいけど……トモヤがシてくれるから……すごい、気持ちいいの……んンっ」
「ゃあ……っ」
油断してたら反撃された。気持ち良さに思わず声が漏れる。
子猫が水を飲むように、ぴちゃぴちゃと音を立ててジュンが耳たぶを舐めてきたのだ。
吸い付いてくる唇の感触。こんな柔らかくて気持ちの良いもので耳穴を嬲られたら、脳に近い分だけ快感も強くなるのは当たり前。
「トモヤだって、ここ、弱いじゃん……はむっ、んっ、ちゅ……」
熱を帯びたジュンの声。その声が、吐息が、熱が、鼓膜を震わせるだけで、俺の全身は感電したみたいに痺れてる。
「ちゅ……ぺろっ……トモヤが、えっちな声出して身体くねらせてる……」
「ば、ばかっ、そんな恥ずかしいこと、言うなって――あんっ」
俺のあげた抗議の声は、パーカーの裾から潜り込んできたジュンの手によって遮られた。ジュンは巻かれたサラシごと俺の胸を揉み、乳首を探し当てようと指を滑らせている。
「ぁ……ん……はぁ……」
……サラシ越しにジュンの指が擦れて、それだけで凄く気持ちがいい。
「もっと、もっと気持ちよくしてあげるね……」
パーカーの裾がたくし上げられる。さっきから揉まれていたおかげで、サラシはほとんど解けていた。
やわやわとジュンの指が動くたび、形を変える俺の胸。自分の胸だっていうのに、まるでアダルトビデオの前戯のように淫靡な光景。
恥ずかしさと気持ちよさ、そして愛しい恋人に弄られる喜びと悦びに、自然と呼吸も荒くなってゆく。
「トモヤってさ……胸、大きいよね……その……僕よりも」
「っ……は、計ったことないから、よく分かんねえよ……あン……」
「……確実に、Cはあると思うんだよね。形もいいし、揉み心地も柔らかくて気持ちいいし」
「だ、だからって、胸ばっかりいじるなよ……んンぅっ!」
強めに乳首をつままれて、思わず上げそうになった嬌声を俺は唇を噛んで押し込んだ。ジュンに弄り回されるたびに、どんどん敏感になっているような気がする。
……これが俗に言う『開発される』ってことなんだろうか?
すこし複雑な気分だったが、気持ちいいことに変わりない。楽しげに俺の胸を犯すジュンに顔を近づけて、唇を押し付ける。
「ジュン……ん、ちゅ……」
「ともやぁ……んむっ、ちゅる……ぷぁ……」
今度はジュンの方から積極的に舌を挿し込んできた。流れ込んでくるジュンの唾液が熱くて甘い。喉を落ちてゆく雫は極上のカクテルよりも刺激的で、俺の脳を酔い狂わせる。
てか、もう立ってらんねえし……
足とか腰とか、色々なものが砕けそうだ。
口腔をねぶるジュンの舌が名残惜しかったけど、俺はキスをやめて顔を離した。
「ぁ……」
舌先に唾液の溶け合った銀の糸を引きながら、ジュンはとろんと蕩けた瞳のまま、物足りなそうに舌を突き出している。
キスしたいのも、キスされたいのも分かっていた。俺が同じ気持ちだから。
同じ気持ちだから、もっともっと愛したい。
「ベッド、いこ……」
「うん……」
ドアからたった数歩の距離しかないけれど、俺はジュンの手を引いてベッドにあがった。
昔の歌じゃないけれど、自分のベッドの上で恋人を愛せるなんて数週間前の俺には考えもつかなかっただろう。ベッドとか、普段からキレイにしといてマジで良かった。
軽めのキスを繰り返しながら、愛し合うのに邪魔な衣服を一枚一枚脱がせあう俺たち。
かわしあうキスの雨があらわになった首筋に、肌に、乳房に、硬く充血した乳首に、くびれた腰に、へこんだおヘソに降り注ぐ。
ジュンに吸い付かれるたびに、どんどん敏感になって、疼くような痺れがお腹の下に湧きあがってくる。ジュンにむしゃぶりつくたびに、桃みたいに柔らかで血色のいい唇から、俺の背筋をゾクゾクさせる喘ぎ声がこぼれ落ちる。
「んっ……は……トモヤのショーツ……ぐっしょりだよぉ……」
「おまえだって……あっ……ぱんつ、まで、濡れてるじゃん……ちゅっ」
えっちぃことを言ってくれる口をキスでふさいで、俺はジュンをベッドに押し倒した。
そのまま下着に手をかけようとしたが、さすがにそれだけは恥ずかしかったのか「自分で脱ぐから」と阻止された。
……やっぱり、女心は複雑だ。もっと恥ずかしい格好とか、あられもない姿とか見せ合った仲なのに、下着だけはどうしても脱がさせてくれないし。
俺の下でもぞもぞとトランクスを脱いでる方が、よっぽどエロい光景だと思う。生唾を飲み込んだ分だけ自分のショーツが湿ってくるのがよく分かった。
……こんなもの役に立たない。邪魔なだけだ。
膝立ちになって、股部分が溶けそうなくらいに濡れたショーツを脱ぐと、秘所からあふれ出した淫水が内腿を伝って流れ落ちてゆく。
……あう。俺、こんなに濡れやすかった……かなあ……?
膝まで流れた液から、自分が発しているとは思えないくらい女の匂いがして、脳がどうにかなってしまいそうなくらいに目眩がする。
「トモヤの……おつゆ、こぼれちゃってる……」
酔ったみたいに艶やかな表情で、ジュンは四つん這いになって俺の太腿に顔を近づけた。
最初は右足。次に左足。雫が垂れ滴る俺の内腿に、ジュンはうっとりとした表情で舌を這わせてゆく。ピンク色のジュンの舌が雫の軌跡をなぞるように、膝から腿の付け根へと這い上がってくる。
「ふぅ……ちゅ……」
吹きかけられた吐息がくすぐるように陰部に当たる。直接触られたわけじゃないのに、その程度の刺激だけで腰のあたりが熱い。内側から溶け出しそうなくらい熱い。
実際に溶けているのかもしれない。その証拠に、俺の、一番女性らしい場所から信じられないくらい沢山の蜜が溢れているし。
もっとしてほしい。このまま気持ちよくなりたい――そんな誘惑さえ、俺の脳裏に湧いてくる。
でも、それは駄目だ。自分だけ気持ち良くなるなんて駄目だ。
それに……今回は、やらなきゃならない事がある。
「まっ、まって……待って、ジュン――」
陰部に近づいてきたジュンの頭を押さえ、俺はジュンから離れた。四つん這いのまま、こちらを見上げて小首を傾げるジュンが、たまらなく可愛い。
「今度は、俺がシてあげるよ……」
そのまま動かないように言ってから、俺は仰向けの姿勢でジュンの下に潜り込み、股下から頭を出した。
これがいわゆるシックスナインという体勢だと気づいて、ジュンが恥ずかしげに悲鳴を上げたが、俺は聞き流した。
それどころじゃないからだ。
俺の目に前にあるのは、水飴のような愛液に濡れて、ぬらぬらと輝くジュンのクレヴァス。それを囲む小陰唇は、まるで朝日を受けた花弁のよう。かすかに、儚げに、ひくひくと震えている。
「や、やだ……じろじろ見ないで……」
無理だ。こんなに蕩けたジュンを見ないなんて、そんなこと無理に決まってる。
逃げられないように腰に腕を回し、俺は頭だけ軽く起こして蜜が溢れるジュンの秘所へと口接けた。
「ひゃう!」
いきなりしゃぶられるとは思ってなかったのか、ジュンの尻がビクンっと震えた。
目の前で柔らかな尻肉が震える淫靡な光景。口の中に広がる、甘酸っぱいジュンの味。
もっと――もっともっと味わいたい。
「あ、ああ、そ、そんな強く、吸わないでよぉ……ぅあ……っ」
膣口の周囲に沿って舌を動かし、溢れ出る蜜を舌先ですくう。先程よりもとろみを増してきたそれは、興奮で渇いた喉には少々飲みにくい。口内で転がしながら自分の唾液と混ぜて丹念に味わう。
「ジュンの、おつゆ……ンっ……喉に、ちょっと絡むけど……美味しい……」
「ば、ばかぁ……は、恥ずかしいんだから、やっ、お、音立てて、吸わないで……」
「やだね……ジュンが可愛いのが……ちゅ……いけないんだからな……ぺろ……」
弱々しく震えるジュンの抗議を無視して、俺は愛撫を続行する。
「い、いじわる……ぼ、僕にだって、んぁ、か、考えが……あ、あるんだからね……」
「えっ、あ、何――あぁっ!!」
柔らかい何かが吸い付き、ざらついた感触に割れ目が擦られた。
ジュンが俺の秘部を、ミルクを飲む子猫のように舐めあげている。背骨の中身を貫いて脳天にまで達するほどの快感に、俺は悲鳴を上げてのけぞった。
「や、やめっ! そ、そこっ、き、気持ちい――うあっ!」
皮に埋もれていたクリトリスが無理矢理剥かれ、刺激に慣れない敏感な先端がジュンの舌に爪弾かれる。
――息が出来ない。気持ちよすぎて、呼吸するのを忘れてしまうくらいに。
「あはっ、ともえちゃんってば感度いいよね……僕なんかより、ずっと可愛いくせに……」
「そ、その名前で、呼ぶなって……っ! やン、あ、あああっ!」
本名――だった名前で呼ばれて、なんだか背中がゾクっとした。男の子として愛したいのに、女の子として愛されてる今の俺。でも気持ち悪いわけじゃなく、こそばゆいというか、面映いというか……複雑な気分。
でも今日は、ジュンのことを男として愛すると決めたのだから、やっぱりこのままじゃ駄目だ。
それに、これ以上されたら、先に俺が参っちゃうし。
「ジュン……そろそろ……しよ?」
「……うん。いいよ……」
ジュンが俺の腹の上から、のそのそと降りる。さっきの愛撫のせいか、腰に力が入ってないようだ。俺も似たようなものだけど。
身体を起こすと、軽く眩暈がした。全身の血液が全て下腹部に集まってる感じがする。ジュンをベッドに座らせたまま俺はドアの側に行き、部屋に入ってすぐ床に置いた紙袋を拾い上げた。
茶色い紙袋だ。ご丁寧に包装が二重になっているから、破けでもしない限り中の品物が見えることはない。
中には、あの店で買った双頭のディルドーが入っている。あの後、落ち着いたジュンを広場に残して、俺一人で購入してきたものだ。
……買ってきたのは俺だが、買ってこさせたのはジュンの意思だった。
「本当に……いいのか?」
ベッドにちょこんと正座しているジュンに俺は言った。
「怖かったら、別に我慢しなくてもいいんだぞ?」
男性に対する恐怖が拭い去れてないのは、あの店での発作から見ても明らかだった。
何があっても受け止める覚悟は出来ているけど、出来る限りジュンには辛い思いをさせたくなかった。
「ううん……平気だよ」
そんな俺の考えを見抜いているのか、微笑むジュンの瞳には気丈な光が宿っている。
「トモヤが、僕を全部受け止めてくれるって言ってくれたから……」
「ジュン……」
ああ、畜生。そんな顔で言われたら、たまらないじゃねえか。
封されたテープを剥がすのがもどかしくて、俺は紙袋を引きちぎるように開けた。薄っぺらなアクリルケースから、生々しい肉色の張型を取り出す。
「――――っ!」
リアルな男根の造形に、ジュンが息を飲んだ。覚悟を決めたと言ってもトラウマは根深い。恐怖心を取ってあげなきゃ、駄目だ。
これはタダの玩具だってことをジュンに理解させないといけない。
だから、いきなり挿入じゃなく、ワンクッション置くことにした。
「ジュンは、そのまま……見てて……」
手の中の冷たいシリコン臭い竿に、俺は唇をそっと這わせた。AV女優がやるみたいに、目線だけジュンに向け、根元からカリ首までたっぷりの唾液で湿らせる。
出来るだけいやらしく、淫らに、ジュンが怯えないように。
「ん……ちゅぷ……」
……俺だって精神的には男なので――偽物とはいえ男性器を進んで受け入れるのは、さすがに抵抗があるけど、そんな我侭言ってらんない。
見れば見るほどグロテスクな形をした亀頭を、先端から徐々に唇で柔らかく食む。
……け、結構大きいんだな、これ。
口の中、指三本を縦に突っ込まれてるのと同じくらいかもしんない。フェラチオのし過ぎで顎関節症になった女性の話も、あながち嘘じゃないな。
適度な弾力を持った張り型に舌を絡め、口内の粘膜に擦りつける。シリコン特有の匂いと苦味がピリピリと味蕾を傷つける。
ゆるいストロークで張り型を前後に動かすと、異物の侵略に粘膜を守ろうと舌下から溢れた唾液に当たり、じゅぶじゅぷと音を立てた。
もちろん、視線はジュンに向けたままだ。
ジュンは顔を真っ赤にしながらも、俺の擬似フェラチオを食い入るように見つめていた。
うわ。俺、今、凄く恥ずかしいことしてる……
「ぷぁ……これ、触ってみて……」
てらてらと唾液に濡れて光るディルドーを、俺はジュンの手に押し付けた。
一瞬だけ、怯えたように身を固くしたが、ジュンは張り型の竿を軽く握ると、拙い手つきで弄り始めた。
「おっきい……ね」
にゅちゅにゅちゅと水音がする。張り型そのものよりも、指にまとわりついた唾液の感触をジュンは楽しんでいるようだった。
指の動きは見るからに拙かったけど、恐る恐るという感じだ。昼間のような拒絶感は、ほとんど感じられない。
「そろそろ……挿れよっか……」
張り型を握るジュンの手を取り、俺はシリコンの先端を自分の秘所にあてがった。挿れやすいように腰を浮かせて足を広げる。
……ちょっと、この体勢は恥ずかしいかもしれない。
俺の口とジュンの手で温められたにもかかわらず、張り型は冷たい。こんな冷たいものが俺の中に入ってくるというのか?
「あ――――っ」
……やっぱり、怖い。
痛みとかは我慢できると思う。怖いのは、もっと別のこと。
自分は女だと心が認めてしまうことが……怖い。
「……ともや?」
「あ、ああ、うん……大丈夫だよ、そのまま、挿れちゃっていいから……」
……馬鹿だな、俺。
不安げなジュンの顔を見たら、くだらない弱気は全部吹っ飛んだ。男とか、女とかにこだわる必要なんてない。
俺は、ジュンを愛したい。ジュンに愛されたい。ただそれだけなんだ。
「トモヤ、いくよ?」
「ああ……あ、んンンっ、うぅぅぅ――あぐっ!」
……前言撤回。マジで痛いです。洒落にならないです。
分かりやすく伝えるなら、どこでもイイからナイフで傷口を作って、その中にぶっといネジをぶっといドライバーで突っ込まれてグリグリされるようなゴツい痛さッス。
「ぁ……はぁ、はぁ……くっ、ふぁ……」
たかだか十数センチ程度なのに、肺まで押し上げられるような圧迫感。二酸化炭素を吐き出しすぎて、呼吸さえままならない。
「ち、力抜いた方が苦しくないと思うよ……」
「あ、あぁ……ん……」
「本当に大丈夫なの? トモヤ、無理してない?」
「むっ、無理、なんか……ふあっ、して、ねえ……よっ」
我慢はするけど無理してないし、断固として泣いてなんかいないんだからな。
「だけど……トモヤの顔、すごく辛そうだし……」
「ばかやろぉ……こ、これは……お、俺の、初めてを……大好きなジュンにあげられて、う、うれしいだけだって……」
「ともやぁ……」
ジュンが気遣うようにキスしてくる。唇同士を触れ合わせ、重ねて、温かみを感じるだけのキス。それだけで痛みがすこし和らいだような気がした。
……てか、俺の次は、お前の番なんだぞ。そんな、余裕たっぷりでいいのかよ?
悪態の一つもついてやりたくなるけど、さすがにこっちは余裕がない。けれど、このままってわけにもいかないし。
「はぁ……ジュン、少しずつ、あっ、動かしてみて……」
「……うん」
ゆっくりとした動きで、奥まで刺さっていたものが引き抜かれてゆく。痛みもあったが、膣内の肉をエラの張ったカリが擦るたびに、ぞわぞわした感覚が脳をくすぐった。
まだ痛みが強かったが、張り型に内部を甘く引っ掻かれる感触は今までにない快感だ。脳が端っこから少しずつ削られていくような、正常な意識を保てなくなりそうな気持ち良さ。
「ん……あっ、んぅ……っ!」
とば口まで引き戻された張り型が、またゆっくりとしたペースで奥へと入ってくる。
肉を掻き分けて侵略してくる偽の男根。奥の奥に先端が触れた瞬間、俺の全身を例えようのない衝撃が揺さぶった。
「んぁ――あぁっ!!」
自分の意思とは無関係に腰が跳ねる。気持ちいいなんて言葉を、安易に使いたくないくらいに気持ちがいい。
痛みよりも快感が勝ってきたことで、だいぶ俺の中に余裕が生まれてきた。中に突きたてられたディルドーが落ちないように手を添えながら、ジュンをベッドに押し倒す。
「今度は……俺が……ジュンの初めてをもらう番だからな……」
ジュンに覆いかぶさり、略奪するように唇と舌をむさぼった。白い肌も、小ぶりな乳房も、ツンと上向きに尖った乳首もすべて愛しい。
「ちゅ……ともやぁ……僕の、初めてもらって――ううん。奪って……っ!」
熱のこもったジュンの吐息が耳をくすぐる。それだけで脳天が沸騰した。
俺は芯棒が入った竿を折り曲げて角度をつけ、俺の陰部から垂れた雫に濡れるディルドーをジュンの中へと押し込んだ。
「ひぐ――――ぅっ!」
ジュンの膣は俺よりも狭いらしく、ディルドーも竿の半ばまでしか埋まっていない。
容易に想像できる――というか、ついさっき味わったばかりの、肉を裂かれる痛み。その激痛を、唇を噛んで耐えているジュンの目には大粒の涙が溢れている。
駄目だ。
これ以上は、愛しすぎて駄目だ。
ジュンの辛そうな顔を見ているのに耐えられず、反射的に俺は腰を引いていた。
だが、ほんの少し引いたところで、ジュンが俺の腰を肉付きのよい太腿で挟み込んだ。朝顔の蔓のように足を絡め、これ以上退けないように動きを阻む。
「だ、だめ……ぼ、ぼく、へいき、だから……」
切なげに喘ぐジュン。
「ともやが、へいき、だったんだから……ぼ、ぼくだって、痛い、わけ、ないじゃん……」
……う。それを言われると、ちと辛い。
「この意地っ張り」
「トモヤほどじゃ、ないよ……んっ」
気丈な言葉を返してくるジュンの唇に、俺は優しく口接けを落とした。ジュンがしてくれたのと同じ、触れ合わせて、互いの体温を知るだけのキス。
たったこれだけのことなのに、痛みに強張っていたジュンの身体から徐々に固さが抜けてくる。
……ホント、キスって魔法だよな。
俺も、ジュンをキスしてるだけで、中に入っている違和感が全然気にならないし。
「ちょっとずつ動かすからな……さっきの俺みたいに、力抜いとけよ……」
「うん……」
とは言え、ディルドーは未だに半ばも埋まってはないし、押し込んだ感触からみても、ジュンの膣内はまだ奥に進むだけの余裕があるようだ。
それはつまり、もうしばらくジュンに耐えてもらわねばならないということ。
少しでも痛みが増さぬように、俺はじわりじわりと腰を前に突き出した。
「んあぁっ!」
……って、俺が感じまくってどうするんだよ!
ジュンの中にディルドーを押し込むたび、俺の中にも張り型は深く突き刺さる。一番奥の子宮口がグイグイと圧迫されるたび、脳と意識が溶け出すほどに気持ちイイ。
「あっ、やっ! ジュンぅ、ジュン――んぅっ!」
自制が利かず、声が漏れ出す。
身体が熱い。張り型に触れている膣壁がまるで集熱器のように燃え盛り、全身を沸騰寸前の血液が暴れ回っているみたい。
「お、奥がっ、い……当たって……すごっ、これ――」
「ぅあ……ともやぁ……んンっ……ともやぁ……」
意識はコマ落ちした古い映画みたいに途切れ途切れ。
張り型がジュンの奥の奥に到達したことに気づいたのは、既にジュンの可愛らしい唇から艶のある喘ぎが漏れ出した頃だ。
じゅぶりぬぷり、というディルドーと秘唇が絡み合う淫らな湿音が部屋の中に響く。
一本の偽肉棒で互いの淫水と膣肉と破瓜の血を混ぜあう音が、まるで蒸気機関に放り込まれた石炭みたいに俺の性感を灼熱させる。
「じゅ、じゅんっ! ああぁっ……奥まで、いっぱいで……やぁんっ」
「ぼ、僕の上で……ともやっ! ともやが、僕を……ぼ、僕の身体を感じて……うれしい……っ」
「あくっ……はぁ、はふぅ……んあっ! じゅん……っ! もう、俺――――っ!」
「や、やあぁ……僕も、僕もっ! お腹ん中、あ、熱くてっ! あ、ああンあぁぁっ!」
一際強く腰を打ちつけた瞬間、脳の奥で白光が氾濫した水のように意識に襲いかかり、俺の意識は真っ白い世界に埋め尽くされる。
白濁の心地よい温もり――抱きしめたジュンの体温なんだろう――に包まれながら、俺は意識の全てを白い光の中に手放した。
*
月曜の朝の通学路には、他の曜日にはない行き交う人々の慌しくも明るい活気と、奴隷が農場に追い立てられるような、どんよりとした不満に満ち溢れている。
もちろん、俺は後者の方だ。隣を歩くジュンも、今日ばかりは俺と同じようだった。
「うぅ……まだ、何か入ってる感じがする……」
「……俺もだ」
下腹部に残る張り型の感触に顔を曇らせる俺たち。
全身も――特に腰が――ダルい。こうして歩くのも億劫だ。ジュンが迎えに来なかったら、俺は多分自主的に休校していたに違いない。
ダルいのは筋肉痛だろうが、この残留感ってのはどうにかならないものか。膜が破けて傷がついているのだから、仕方がないといえばそうなのだけど。
これで二人仲良くガニ股だったら、道行く連中に何があったのかと変に勘ぐられてしまうところだが、幸いにも、そこまで酷くないのが救いだろう。
だが、どうにもジュンには不満があるようだ。
「トモヤったら、ひどいよ。あんなに激しくしてさ……三回ぐらい、その……イっちゃったし……」
「……失神してる俺に、好き勝手してくれた奴がナニ言ってやがる」
不平をこぼしながらも顔を赤らめたジュンを半眼で睨みながら、俺は喉元に貼った絆創膏を指で掻いた。
茶色いテープの下には、口接けの痕が青黒く刻まれている。いわゆるキスマークという奴だが、印がつけられたのはここだけではなかった。
露出している部分だけで三ヵ所。服の下なら十五ヵ所だ。まるでヤブ蚊に食われたみたいだ。
「だって、トモヤがなかなか起きてくれないから、お目覚めのキスをしただけだよー」
悪びれた様子もなく笑うと、ジュンは歩くスピードを速めた。意外と元気だな、こいつ。俺なんか、一歩歩くだけで身体がガタガタ言うのに。
「ほら、早く早くー! 急がないと遅刻しちゃうよ?」
「うるさいな……このペースで歩いても、まだ間に合うって」
数メートル先を行くジュンに急かされ、渋々ながら俺も歩調を速くする。
だが、数歩進んだところで、突然ジュンが振り返った。
「うわ、やば。僕、大事なこと忘れてた……」
「どうした? 数学の宿題でも忘れたのか?」
そう言えば月曜の一限目は、《宿題鬼》の異名を取る坂城の授業だ。
宿題忘れの生徒をネチネチとイビるのが趣味と公言するだけあって、あの老害教師の厭味ったらしさは、うちの高校一だ。
前に某RPGを学校休んで三日貫徹したときなんか、他の奴の五倍の量の課題を出されたし。さすがの俺も、奴の宿題だけはやってきている。
……まぁ、答えが間違っても宿題を提出すれば良いのが救いだ。答えに『カレーライス』って書いても問題なかったし。
「いや、それじゃなくて……その……」
「……じゃあ、なんだよ?」
「えっ……あ、ううんっ! あの、その……そ、そんなたいした事じゃないと思うんだけど……いやその……」
思わず漏れてしまった俺の言葉に、わたわたと過剰に反応するジュン。
言葉尻はだんだんと萎み、最後には「う〜」という唸り声になっていた。それに加えて、なんだか恥ずかしそうに顔も赤らめている。
……なんか、微妙に既視感のある光景だよな。
でも、今はそれを気にしている暇はない。俺は、もじもじと手揉みをしながら立ち尽くしているジュンの脇を通り抜けた。
「こんなところでノンビリしてたら、それこそ遅刻しちまうぞ。行こうぜ、ジュン」
「あ、待って!」
強い口調で呼び止められたので、俺は肩越しに振り返り――
ちゅっ
唐突に訪れた、唇に触れる甘くて柔らかい感触に面食らった。突然の出来事に脳の理解力がオーバーフローし、言語中枢が吹っ飛んだ。
「なっ、ななっ、ななな――――っ!?」
「えへへ……そこに、キスするの忘れてたんだ」
チロっと舌を出して可愛らしくジュンが笑った。
いつもの笑顔なのに、初めて見るような新鮮さ。朝日の輝きよりも笑顔が眩しくて、俺の心臓は飛び出さんばかりに高鳴りだす。
「それと、アキバの時のお返しだからねっ!」
呆然と立ち尽くす俺の隣を、学生服の裾をはためかせてジュンが駆け抜けていく。
「ちょっ、おま――って、やばっ!」
吐き出しかけた言葉を飲み込み、慌てて俺は周囲を見回した。誰かに見られたのでは――という不安が、沸騰していた血液を一気に凍らせる。
俺もジュンも学校では男で通している。もし俺たちのキスシーンが、クラスの連中とかに見られていたら、どんな噂を立てられるか分かったもんじゃない。
恥ずかしいわけじゃない。他人が口にする噂ほど無責任で、そのくせ当人にとって鋭利な凶器は他に無いんだ。
俺はともかく、過去の事件がトラウマになっているジュンには、噂が一つ広まるだけで傷をこじ開けることになりかねない。
だが、ちょうど人の流れが途切れていたのか、あたりに人影は一つもない。俺は安堵して深い溜息をついた。
「ったく……なんだってんだよ、もう」
唇に残ったジュンの柔らかさを、なんとなくだが指で触って確かめてみる。微かに香ったミントの香りは、荒れ防止のリップクリームだろうか。
リップの香りが、さっきのジュンの笑顔を脳の奥にフラッシュバックさせる。
「ああ、そうか……」
……アイツは、俺が守ってくれると信じているから笑ってくれたんだ。幼馴染の、少年としての笑顔ではなく、一人の女の子としての微笑みを見せたんだ。
ジュンの笑顔の意味を唐突に理解して、俺は顔をほころばせた。冷えてしまった血液が徐々に熱を帯び、顔も身体も火照らせる。
胸のドキドキはもはや最高潮。速射砲のような重低音でデスメタルを奏でてやがる。だけど、それが月曜日だってことを忘れさせるくらいに気持ちいい。
「何があったって――俺が必ず守ってやるよ」
俺は誓うようにつぶやいて、先を行くジュンの小さな背中に向かって走り出した。
おわり
おまけ
「あわわわわわ…………」
電信柱の陰に隠れたまま、遠山ユカリは目撃してしまった光景にガクガクと歯を打ち鳴らした。
野暮ったい黒ぶちの眼鏡と、肩まである髪の毛を三つ編みにまとめた、見るからに優等生然とした少女で、彼女はトモヤたちのクラスの学級委員でもあった。
「ひ、平峯君と、た、た、高科君ががが……あ、ああ、あんな関係だったなんて――」
朝の通学路で人目もはばからずキスを交し合うクラスメイト。しかも、二人とも二年生の中では五指に入る美少年とくれば、彼女が驚いてしまったのも無理のないことだろう。
赤インクでも塗ったみたいに紅潮した頬を両手で挟みながら、ユカリは激しく頭を左右に振った。おさげが狂喜した犬の尻尾みたいにパタパタ跳ねる。
「ヤダウソ最高っ! 平峯×高科かしら!? あ、でも平峯君って普段が強気だから、あの場面だと誘い受けだったりしてきゃー!!」
脳内で乱れ咲く薔薇の嵐に、奇声を発してユカリが悶えた。ぐねぐねと身を捩って悦ぶその姿は、誰もが彼女の正気を疑いたくなるほど異様だった。
二〇〇五年の冬。
国際展示場の片隅で配布された一冊の同人誌。
年末の801業界の話題を総なめにした、男子高校生二人の甘く切ない恋物語を執筆したのが現役女子高生だったと言われているが――
真相は定かではない。