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月下桜園6(2)

◆ELbYMSfJXM氏

 それでもぼくは男装のままでいたいと願った。結んだ髪を解きたくなかった。
髪をたばねると身も心も引き締まる。
 雨宿を、ぼくを許してくれた皆を失望させたくない。
 新珠燐として望まれる姿でいよう。彼と同じように胸に想いを抱いていこう。
 だからせめてもう一度ライバルとしてぼくの横にいて。誰よりも負けたくない存在でいてほしい。

 ……まさかこんなに簡単に崩れてしまうなんて。
 前を見つめて真っ直ぐに歩くぼくを好きだと言ってくれた彼、その姿は自分自身の理想でも
あったはずなのに、間違いなく彼がぼくを支える言葉として胸に刻まれたのに。
 雨宿に見られた。可愛いと言われただけで、心が溶ける。何もかも捨ててしまいたくなる。
 君が食べられるお菓子を作りたかった。君の為に作ったんだよ。
 どれだけ嬉しかったか、触れて、さわって、伝えたい。繋がりたい。
 もっと熱くさせてとろかして。抱いて愛してぼくだけを見て。

 駄目だ。違うんだ。
 彼の想っている新珠燐は、こんな弱い姿じゃない。
 男のふりをしてる女じゃない。

 赤い髪紐が、ぼくを縛る。


::::::::::

「このスカート短すぎだよ、パンツ見えるよ。気持ち悪いだろっ」
「だからこの見せパン履くんじゃねーか。ホレホレ」
「嫌だあっ、そこまで男を捨てたくないよーーーっ!」
「いーまーさーらバカかぁ、入賞しなかったら街中女装で歩けーー」
 本人の希望に反して女装コンテストの予選を通過してしまった奥丁字は、学園祭当日の
本選に向け、生贄ぶりに拍車がかかっていた。

「……しかし結局言う事を聞くんだな。お人よしだ」
「計算済みだろ」
 御車と教科書を囲みながら横目で傍観する。
 実は国語が追試になってな…と聞きにきてから2日間、優先して付き合っていた。
「助かった。博が言ってた通りおまえの説明だと良く分かった」
「御車は飲み込みは良いから、頭の切り替え方で掴みやすくなると俺は思ったよ。頑張れ」
「……雨宿には色々借りが出来たな。すまん」
 御苑大の推薦枠は俺が外れて御車が当てられた。今回の礼なら明日の昼飯にしてくれと言うと、
安い御用だと満足げに首を縦に振った。
「A定食でいいな。体力つけろ」
「御車のほうが体を壊すと危ないぞ」
「俺は元が違うさ、おまえと一緒にするな。体弱いのにタバコ吸ったり…揉め事やらで、
理由があったんだろう? ストレスとか、な?」
「事実は変わらない」
「同情はしないが、色々無関係とも言えないしな、俺でよければいつでも相談に乗るからな」
 思いも掛けない台詞にぎょっとして左手の指の上で回していたシャーペンを取り落とす。
……そこまで意外な顔をされると傷つくな、と御車が頭を掻きながら拾い上げたものを受け取った。
「悪い…「気をつけろ、後味の悪い思いはさせるな」」
 低い声音で御車が耳打ちした。
 俺は顔を上げないまま検討する、とだけ答えた。
 退院以来、足を引っ掛けられたり、腕が当たるといった他愛も無い嫌がらせに、
一日一回は遭遇していた。しかし反応するのも阿呆らしい。
 次第に下駄箱や机の中にはゴミが放り込まれ、廊下ですれ違いざま死ねと吐かれる様になった。
運動音痴や不注意を理由にするには無理が出てきたのが、ただただ鬱陶しかった。

 学園祭まで4日に迫るなか、中間考査の順位が発表され誰もが驚きの声をあげた。
 俺は1位で変わらずにいたが、いつも隣に並んでいた名前が見当たらない。
 5位には秩父、ようやく13番目に新珠燐の文字を発見して、言いようの無い寂寞感に襲われた。
 周囲から心配され、告白の件がやはり負担になっているんだと秩父が断定する。
 当の新珠はこんな時もあるさ、次は負けないよと普段どおりに笑みを返した。


 委員会本部は当日まで生徒会室に間借りとなる。
 もう8時過ぎましたよ、と生徒会長の喬木(たかき)が鍵を指で回しながら入ってきた。
「本部用の備品リストを作っていた。毎年片付け後に余った物と足りない物が出てくるなら
書き出しておけばいいだけだからな」
「誰も面倒でやりたくなかったんですよ。そこまで暇じゃないし、あ、いや、先輩は違いますよ。
コンテストのデータチェックも他の人の半分の時間で終わらせたり、こっちの作業も
手伝ってもらった上に……」
 焦る喬木にリストを渡し鞄を抱えると頭を傾げて聞かれる。
「そういえば、先輩のクラスは女装を止めて反対は出なかったんですか?
新珠先輩の女装は期待されていたでしょうに」
「同じ内容ばかり並んでも全体としてはつまらないからな。新珠も乗り気で無かった」
「そうなんですか? 秩父先輩が男装は強要されたものだって言ってますよ。
で、雨宿先輩が無理矢理させてるって話があるんですけど。……本当ですか、って聞いても
答えてはもらえませんよね」
「本人が男装すると決めたんだ。無論止める権利も新珠が持っているし、したいならそうするだろう」
 何度も違う相手からされた質問を同じ言葉で返す。喬木は傾げた首を反対側に倒して、
はあ、凄いですね、と分かったのか分からないのか判断のつかない返事をした。

「僕らには真似出来そうにない考えですね。そういえば、僕の母は御所学園卒業なんですよ。
先輩のご両親と同級生だったって言うんです。卯月楊さんと雨宿白雪さん、ですよね?」
 ちりりとこめかみに鋭い痛みが走る。
 記録でしかない人間、記憶や思い出すら無い、俺にとって最も遠い相手だ。
「母が新珠さんと雨宿さんがとても仲が良かったって言うから、先輩たちの顔が浮かんで
混乱しましたよ。そちらは女同士になるんですけど、いや本当に面白い縁ですよね……」
「父と学園長が元々馴染みなだけで、母とは教師と生徒だ」
「だから、その新珠さんは学園長でなくてお母さんですよ。学園長は婿養子だそうですから。
で、卯月さん、雨宿さんと……」

 ――――――――
 喬木の声が聞こえない。この気持ち悪さは何だ。

 指を折りながら頷いてみせる喬木の横で、俺は吐き気混じりの不快感を隠せずに咳き込むと、
亡くなられたんですよね、気を使わずにすみませんと頭を下げられた。
「お前の混乱が移ったようだ。戸締りは頼む」
 廊下へ出るとポケットから錠剤を取り出し一錠を噛み砕いて飲み込む。
苦い味が吐き気を幾分和らげた。嶺先生へ連絡するとまだ校内に居るとの事で、預けている薬の
残りを取りに行くと約束した。

 目を閉じると、まだ緑色の海に曼珠沙華が咲き誇っている幻が映る。
『私はあの二人に嫌われているの。…………だから、お願いがあるのよ』
 ひどく寂しげな声と震える指が腕を掴む。
 影が揺れた。


 保健室に行くと先客が居た。……こんな遅い時間に新珠が残っているのはおかしい。
 どこか悪いのかと俺が聞く前に、あからさまにこちらを心配する面持ちで傍に寄ってきた。
「顔が真っ青だよ、大丈夫なの」
「血色が悪いのは元からだ。自分の事を気にしろ。秩父は一緒でないのか」
 秩父なら身を挺して悪意から新珠を守る。俺のように物理的な危害を加えられる事は無い。
その点だけは認めているからこそ組ませたのだ。
「一旦帰ってから用があってまた来たんだ。大した事ではないけど……」
 言いよどむ新珠に、まずお前ノ様子を見せろと嶺先生が珍しくフォローを入れる。
「この薬ジャあまり効かないだろうナ。千島ノ所へ行け。行きたくナくてもナ」
「検討します」
「雨宿、何度言ったら分かるんだ。君は自己管理がなっていない。先生だってどうして見逃すんですか
もっと早く指導していれば悪化しないはずだ」
 また新珠が割って入ってくる。
「放っておいてくれ」
「心配してほしくてそんな態度を取るのか。いい加減大人になりなよ」
「もう壊れてるからな」
「……っ、自暴自棄って言うんだよ!そんなの許さないから!」
 何故か執拗に食い下がる新珠は涙目になっている。一人のせいか、日頃からは考えられない
突っかかり具合に困惑して、つい溜息を吐きながら彼女の頬に手を伸ばしてしまう。
 すかさず、はっと肩を強張らせて後退りされ、慌てて済まないと謝った。

「ふむ、心配されるウチが華ダね。女の子を泣かせてまた殴られたくはないだろ。
今日は折れておけ、松月?」
 ぴく、と新珠の眉が釣り上がる。嶺先生は彼女に何かを耳打ちすると、帰って寝ますとの
俺の声を無視してカーテンの裏のベッドへ引っ張られる。
「帰りに倒れられてモ困るしな、少シ寝ていけ」
 と、したり顔で新珠に話しかけ、彼女も頷いている。気が張って高ぶって睡眠不足ナとこは
ちょっと疲れさせればいいのさ、シた後はよく眠れるだろう、ソレだよ、とか何とか……
 ブレザーを脱がされ、更にタイを外し、
「ほら腕を貸せ、こうして手首を縛って柵にくくりつけてだね、」
 あまりに淀みない自然な動きでついされるがままになり、頭の上で両腕を固定される。
「緊縛プレイは好みか?たまにはされテミルのもいいものだ」
 は?
「というヨり程度によってハ逆レイプという奴かネ」
 ……………………
 ……………………
 待て、えぇっっ!!

「その調子じゃあ最近抜いてないだろ? 溜まってる分も出してスッキリしろ。
手でもクチでも何発でも。ただし彼女の好きなようにナ。
では頼んだよ。……いいね、新珠君?」
「分かりました!」
「……ちょ、学校の保健室で何するんですか! 新珠、お前も了承するな!」
「鍵は掛けていくから安心しろ。コンドームならそこの引き出しだ」
「聞いてませんって!」
 もがいても見事な結び方で全く緩まない。確かに忙しく睡眠不足で抜く余裕は無かった。
しかしそれとこれは別だ。
 無常にも鍵が掛かる音を最後に、新珠と二人で閉じ込められた。


「トイレに行きたいんだ、外し……、ん、っつ!」
 新珠は横たわる俺に乗りあがったかと思う間も無く、唇を合わせてきた。
すぐに舌が侵入してきて奥まで絡んでくる。頭を抱えられ向きを変えながら吸われ貪られる。
 新珠からここまで激しくされるのは初めてで戸惑いが先に立つ。
 にちゃっと絡み合う粘着質の響きがしつこく耳の奥に木霊する。

 散々互いに舐めあった後、ふう、と熱い息と共に顔が離れるが唾液はまだ繋がっている。
半開きになった赤い唇と舌が艶めき、物憂げに潤んだ瞳を異様に煌かせながら見下ろされる。
 ……まるで何かにとり憑かれた風な、男の精を貪る夢魔が熱っぽく淫靡に獲物を狙う様だ。
にも関わらず男子制服のままで髪も結んだ状態なのが、平常の新珠燐である事を否応にも突きつける。
「様子がおかしいぞ。先生に変な薬でも貰ったか?」
 返事は無いまま顎、首筋へと生ぬるい吐息と湿った唇を滑らせ、両手で股間を触られる。
ぞわりと背筋が粟立つ。
「……やめろ、お前がすることでも、俺がされることでも無い」
 新珠は渋々上気した顔を向け、唇を尖らせ俺を睨みつけたままベルトのバックルに手を掛ける。
「ぼくにされるのは嫌かい? 先生のほうが良かったのか?」
「そうじゃない、無理にしなくてもいいと言っている。暴れたりもしないから早く解いてくれ」
 俺が触れたいのはお前だけだ、新珠燐。しかし逆は無い。体は欲しても心までは繋がらない。
それで構わないと初めて触れた時から決めている。

「駄目だよ。先生と約束した」
 新珠は口を一文字に結んで拗ねた風にも受け取れる表情のまま、黒布のベルトを一気に引き抜いて
床に放り捨てた。
「強制される余り精神的に勃たない場合もあるんだぞ」
「た、勃たせてみせるさ!」
「何言ってるんだ阿呆っ」
 あられもない言葉を口にしたのが本人にも判った途端、羞恥で顔中が朱に染まった。
 首から耳までも真っ赤にして唇を噛み視線が泳いでいる。
……薮蛇だ。だからこの表情には弱いんだ、畜生。これで俺からは触れないなんて地獄だろ。

 しかし新珠は首を左右に振り、意を決したらしくファスナーを下ろそうとし……、気付かれた。
 一瞬手を止めたが俺に向かって薄く微笑むと、わざと緩慢な動きでトランクスの奥へ指を這わせた。
「……良かった。ぼくに反応してくれてるんだ」
 調子を取り戻した彼女は、半勃ちになった部分を掌で直接さすり熱を上げていく。
一撫で毎に血液が注ぎ込まれ大きくなる。呆れるほど正直に、3ヶ月振りに彼女に触られた喜びで
高ぶっている。抱きしめたくて堪らないのに触れられないもどかしさと、拘束された不自由さが
皮肉にも感覚を鋭敏にしていく。力を入れて堪えるが息が漏れる。
「ん、だいぶ大きくなってきたかな」
 服の外に取り出され火照った顔でじっと見つめらると、もはや俺の意志を無視しているかのように
見事にそそり立って先走りを垂らして存在を主張しまくるのが恨めしい。
「雨宿はそんなに変わらないのに、ここだけ……別人みたいに元気だよね」
 男はそんなものだし余裕は無い。意地悪くふっと息を吹きかけられ、新珠の長い睫毛も震えた。

「相手が新珠だからだ。お前にされるのが一番いい」
「……本当に、そう、思ってる?」
「当然だ、……っ!」
 横向きにじわりと裏を舐め上げられ集中する血液が逆流するかと思った。腰が抜けそうになる。
裏筋も浮いた血管もカリも鈴口も丹念に指と舌で撫でられ辿られる。
 彼女の髪のひとすくいがちろちろと亀頭周辺を掠める。触れるか触れないかのささやかな動きが
かえってくすぐったさを増幅させ、表現のしようのない疼きに襲われる。
「…は、ぁむっ、ちゅ…、ん、む、……ちゅばっ」
 滴る唾液を舌で集めちゅるりと啜り取る。やらしい。
 脈打つ俺のモノの向こう側に陶然とした表情の新珠が、先走りと自分の涎にまみれた
桜色の唇を艶やかせ、赤い舌をねっとりと幹にまとわりつかせている。
 俺の視線に、ふと我に返り瞼をしばたたかせた。しかしそれは束の間で、また自ら口を開け
頬を染めながら奉仕へ戻る。


 陽の落ちた放課後の誰も居ない保健室で手首を拘束され、身動き出来ないまま口淫される。
 相手は美少年と見まごう男装少女。冗談か罰ゲームとしか思えない。
「ん…っ、じゅる…、ぐじゅっ、んぅ、…くぅ」
 うく、と息苦しさを訴えるひそめた眉に、くぐもった呻きと唾音を混ぜながら
半分ほどを呑み、頬に俺の形を浮かび上がらせ、舐める舌が、這う指が、柔らかな唇が、
生温かい口腔内で絶えず触れる。彼女自身の興奮した甘い吐息がかかる。
 前かがみでもぞもぞと下半身に当たる腕が緩く心地よい重しになって動きたくない。
 喉が渇く。熱い。一方的にされるのは真っ平だ。
「新珠、お前としたい。抱きしめたい。……好きだ」
 頭の中の血管は何本か切れてるんじゃないか、汗が額や背中を落ちていく。
「馬鹿……遅いよ」
 今にも泣き出しそうな切ない呟きを残してごくりと唾を飲み、根元まで咥えられる。
 掠れた声にならない声が俺自身の喉から漏れた。頭まで走り抜ける痺れにも似た電流に
やられる。呑み込まれたモノが彼女の中を犯していく。裏筋に舌全体を密着させ
咥内にこすりつけられ、喉奥の粘膜が動いて先を押しては返す。
 もう限界だった。新珠……とだけ声を絞り出すと、目尻が僅かに上がった。
 咥えたまま根元から先まで一気に嬲り上げ、ずるりと飲み込む。
 次第に速度を早めながら繰り返されて目の前に火花が散る。弾ける寸前までもっていかれる。
「じゅぼっ、…っじゅじゅるっ、ちゅばっ……ぁっ、じゅるっ」
 新珠は自ら激しく頭を前後に揺り動かして、唾液やら先走りが口元から溢れるのも構わず、
自分の体を使って追い込んでくる。気持ちよさで何も考えられない。
 脈動か動悸か耳鳴りか目の奥も脳みそも沸騰しているかのように熱く、視界が霞む。
 眼前には苦しいのか淫らな行為に興奮しているのか、真っ赤な顔に乱れた呼吸でひたすら
勃起した男を咥える女。額には汗が浮き、伏せた睫毛と乱れた前髪が踊る。
 ……目の前でしゃぶりつくこいつを汚したい。一滴残らず飲ませて体の奥まで染み込ませ
骨の髄まで解らせたい。

「……っ!!」
 熱と鼓動が爆ぜる。自分で止められない迸りが新珠の口の中へ容赦なく注がれる。
 ごくっと精液を飲み下していく喉の動きを映画の様な他人事な感覚で眺めた。
「ん…、何だか、濃いよ……っ、はぁぁ、多かったぁ…」
 興奮冷めやらぬ唇の端からこぼれた白濁を、赤い舌がぺろりと舐め取る。
 柔らかく微笑まれ額の髪の生え際をそっと撫でられる。
 美味いはずがないのにそんな幸せそうな顔をするな。
 ……全身に回った快楽で声が出ない。1回でここまで体力が奪われるのは疲れのせいか、
一気に睡魔に引きずり込まれていく。
「…………甘やかさないでくれ」
「ぼくの勝手だから、雨宿は気にしないでくれるかな」
 薄闇に影が揺れていた。


 目を覚ました時には新珠の姿は無く、拘束も解かれ身なりも直されて
全て夢の出来事かと錯覚した。しかし手首の赤いむずがゆさが現実を認識させる。
「ふふ、顔色が戻ったな。9時過ぎだ、寮まで送ってやる」
 起き上がった俺を察して、壁際のデスクに付いていた嶺先生が椅子を回して振り向いた。
「荒療治過ぎです。校医でありながら不純異性交遊を率先する行動は謹んで欲しいものですが」
「お前たちヲ見ているとつい昔を思い出してナ、当時は放課後が待ちきれずあちこちでシたものだ」
 …………早晩山さんから被害談は聞かされている。ご愁傷様ですとしか言えなかった。
「新珠燐。あの子は本当に可愛いな、大事にシろ。無論お前の体もだ。
人ノ為に生きろと私ハ言えないが、壊すのも繋ぎとめルのモお前次第だ」
「俺は自分の事だけで精一杯です」
「男なら女の子を泣かすなと散々言ってるのにコレだ」
「泣き顔が好きだと言う手もありますね」
 嶺先生は、おやオや、人のせいニすルのかい、と両手を掲げて肩を竦めた。
「それだけ胸に仕舞ってるモノがあるんだヨ。あんな子ハ特にね」

 外は暗闇だ。
 新珠をどう扱いたいのか判らない。
 男として、女として、新珠燐として、彼女の望む姿が見えないでいた。


 保健室で眠りに落ちてから、夢の中で新珠は俺に跨り股間には俺のモノを咥え込み
激しく抜き差ししながら、下の口でいやらしい音を鳴らし上の口で泣いていた。

「女の子でいるのも、可愛い服を着るのも、君の前だけでいい。
ぼくは君に対してずっと女の子として接してきたんだ。君だけが認めてくれればいいんだ。
雨宿以外誰もいらない。この体も、心も、全部君のものだ。雨宿のことだけ考えて、
ずっとずっと一緒にいたい。……君のために何でもする」
 ……こんなにも俺を焦がれ、欲しがる言葉を切なく情熱的に呟くのは、
新珠燐じゃない。俺の愚かな願いが凝り固まった幻想の彼女だ。

「ぼくを見て。君が好きな新珠燐になるには、どうしたらいい?
もう心が折れそうなんだ、離れているなんてできない……雨宿が、ここにいるのに」
 答えたくても喉が詰まって返事が出来ない。
 腕は現実がまだ影響しているのか縛られたままで自由が利かない。
 喘ぎと独白が切なく交差し、押し出される熱い息に自ら浮かされて酔った様に全身を
火照らせている。男物の長袖シャツに赤紫色のタイを揺らして、まとめた髪は
両肩から乱れて流れ落ち前髪はところどころ汗で額に貼りついている。
姿だけは間違い無く新珠燐だった。
「っあ、ずっと、このままで……っ、繋がったまま、離れたくない……っ、
君は、ぼくがいなくても生きていける。でも、ぼくは駄目……君がいないと、……」
 ぼろぼろと零れ落ちる涙は辛さか快楽か、止め処なく溢れ続けている。
 上半身とは裏腹に、何も身に着けていない下半身の奥がちょうど視線の先にある。
跳ねるシャツの裾からちらちらと見える、割れ目を押し広げる赤黒いモノが
自分の物ではないようだ。
 愛液が互いの陰毛を濡らし、自ら腰を振り喘ぐ度に音を鳴らす。
 場所と強さを変えて締め付ける内部の具合は、俺だけが知っている。
 ぬるつき絡み付いてくる襞、中指の第二関節までを入れた部分と最奥の子宮口とわずか手前、
この箇所が彼女の反応が最もいい。剥いた突起とも一緒に弄り責め立てると、
よがり狂わんばかりに喘ぎ跳ね、絶妙な強弱と締めまくる。

「あぁ、はっ、ぁん、熱い、んん、気持ちいいっ、はぅ、とけちゃう…、すごいよぉ
雨宿のがいい…っあ、あまやどぉ、あぁん、奥にあたって、中がとろけるよぉっ…」
 しかし今は届かない俺の指でない、自分の両掌を愛液まみれにして膨らんだ豆を嬲り悦んでいる。
とろけて妖しく鈍い光を放つ瞳が愛欲の虜にまみれ、涎が幾筋も顎の下まで伝っている。
 こんなにいやらしかっただろうか。彼女は。
 まるで現実の様に迫る痴態に、自分の願望の深さを知る。
「びくびく、……っしてる、んっ…ぁはっん、あっ、んん、きもちいいっ…っ!」
 新珠が自分の快楽だけを求めて俺を道具にして、校内で制服のままハメるなんて夢以外何者でもない。

 淫らな音を立て行為に耽る彼女は、やらしくて可愛くて誰よりも綺麗だ。
 もっと奥まで刺して腰を振れ。犯してやる。
 俺が女にした。俺の体に応える女に仕立て上げた。こんな女にしたのは俺だ。
 見せろ。絶頂に昇りつめてイク瞬間を、全てを手放して悦楽に溶けて堕ちる姿が見たい。
 俺にしか許さないその表情を見せろ。
 誰にも、やれるものか。
 俺の女だ。
 
「っぁ、あ、あっ、あぁ、ぁあんっ、っあ、ああぁあああっ、ぁぁああああっっ!」
 締まる、締め付ける、猛烈な熱と射精感が暗闇の中で膨張し、弾けた。

「あついよ、雨宿のせーえき、あは、ぁ、中にいっぱいだよ…ぼくのもの、誰にもあげない…」
 そうだ、その顔だ。その声だ。呂律の回らない上擦った甘ったるい呟きが子守唄のようだ。
 淫蕩に耽って濡れた指を舐め、まだ余韻で痙攣を繰り返しながら、尚も搾り取りたいのか
陰部をすりつけて、ねだる。
 これ以上何が欲しいんだ。全部くれてやった、お前のものだ。
 朦朧とする意識の端に彼女の汗か涙かが、ぽとりと頬に落ちた。

『――――愛してる。雨宿』


::::::::::

 我慢できなかった。心が飢えて、体が疼く。
 彼の願ったこの格好が苦しい。男の姿でいるのが辛く感じてしまう。
 判っている。女の子の姿でも彼の態度は変わらずにいることを。それが何故不安でたまらないか、
ずっと不思議だった。
 彼の前では女でいたい。髪を解いて服を脱いで、初めての時のように晒け出したい。
 なにもかもを彼にだけ見て欲しい。そしてぼくの前でだけ、あの笑顔を見せて。
 保健室に雨宿が来たのは、神様が叶えてくれたに違いない。
 無理やり押さえつけてぼくの欲望だけを満たして、彼を苦しめて。
 だけど嬉しかった。幸せだった。好きと言ってくれた雨宿、大好きだよ。
 繋がった時にこぼれてしまった本当の想い、自分でも判らなかった奥底に潜んだぼくの本音。

 雨宿。
 ぼくが君を見てる気持ちと同じ量で、君にも想って欲しい。
 気が狂いそうなほど、誰よりも誰よりもぼくは君のことを想っているのに。
 好きならば、世界を壊してでも攫って、奪って、自分だけのものに…………

 ――――ああ、きっとぼくは罰を受ける。



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