「お前に私の覚悟の程を知らしめておきたく思うが故にお前には
日曜朝南町の公園にて八時に来てもらいたいと思うのだがお前の
都合に関してはどうにかしてもらえないかと願わずにいられないが
可能か不可能かについて即刻返答をいただきたいのだが、可である
事を想定して私は動くので来るも来ないもお前の自由だ高田明!」
という、読点全く無しの誘いだか強要だかを受けて、俺は素直に
南町の公園のベンチに座り、奴を待っていた。
「しかし……なんだ、覚悟の程って」
奴――川代光(かわしろひかる)は、とある歴史ある武術を教える道場の、一人娘として
生まれた。 だが、跡継ぎとして認められるのは男のみというしきたりに
より、今まで男として暮らしてきたというのだ。
俺が奴が女だと知り、事情を聞かされたのは、ほんの一週間前の事。
たまたま夜遅く、寮の風呂に入ろうとして……まあ、ふくよかな胸と、
丸みを帯びた体つきを目の当たりにしてしまったのだ。
なんで奴が深夜にしか風呂に入らないのか、と思っていたが、
今思えばそれはこういう事だったのだ。五人しか寮生がいないから、
それで十分何とかなるのだと、俺は事情を知って得心した。
というか、あの胸は凄かった。どうやってアレを隠しているのか、と
聞いたら、恥ずかしそうに「普段はサラシで押さえつけている」と答えて
くれたが、あの大きな胸が男用の制服でもそれとわからないくらいに
押さえつけられるものなのかと、女体の神秘に当惑したりもした。
……いかん、思考が逸れた。
まあ、そんな事があって以降も、俺は学校では何事もなかったかの
ように振舞おうと努めた。完遂できているかどうかは怪しいが、それなり
に、奴に迷惑をかけない程度には振舞えているのではないかと思う。
逆に、川代の方が俺の事を意識してしまっているようで、俺を見て
顔を赤らめたり、何気ない会話の時にどもったり、俺を視線で追っかけたり、
うっかりすればボーイズラブなうわさを立てられてしまいかねないような
有様だった。
元々男同士として仲が良かった事もあり、一部では既にそんな話も出ていると聞く。
仕方が無いといえば仕方が無いんだろうがなぁ……。それまでの
奴の印象――知的で冷静、場合によっては冷酷ですらあるという
イメージ――からすると、その乙女乙女した姿には違和感を覚えるばかり。
そんな状態が続けば、俺も意識しない振りをするのに限界がきそうだ。
そうなれば、傍から見ればBL一直線……それは勘弁して欲しかった。
「俺が気にしてないのをきっちり説明したら、奴も少しは普段どおりに戻るだろ」
そんな風に考えていた俺としては、今日の呼び出しは好都合だった。
何しろ、学校ではまともに話すらできない――しようとしても、顔を赤らめて
逃げられる――のだから。
「……気になるのは、覚悟云々だよなぁ」
何の覚悟なのだろうかと待っている間色々と考えてはみたが、皆目検討が
つかない。もしかして、正体を知られた俺を消す覚悟か!? ……なんて
想像に、自分で乾いた笑いをこぼしたりもした。
何にしろ、そこも含めて、川代が来たら聞いてみねばなるまい。
……しかし、遅いな。もう時刻は七時を三十分程回っている。何かと
真面目な奴にしては、遅刻とは珍しい――
「……高田、待たせた」
――などと思っていると、声は左側の方から聞こえた。
「おお、遅かったなぁぁぁぁっ!?」
にこやかに笑みを浮かべ、応えようとした俺の声はそのまま驚きの叫びへと
変化した。目の前に立っていた奴の……いや、彼女の姿が、そうさせた。
「……な、なんだ?」
胸元を必要最小限にしか隠していないチューブトップに、下着が見えて
しまいそうなローライズのデニム。
奴の……いや、彼女の“男”としての姿しか見た事がなかった俺は、その
ラフな男っぽさを残しながら、それでも女としての色気を全開にしたファッションに、
唖然とするしかなかった。
いや……見惚れるしかなかった、と言った方が適当かもしれない。
こういった格好は不慣れなのだろう。頬を羞恥に染め、少し俯きながら、
俺の反応を伺っているその姿は、女としての色気を感じさせながら、
それでいてどこか儚い可憐さを感じさせて……ああ、もう、なんだこりゃ!?
凛々しい顔形はあまり変わっていないのに、一目見ただけでは“奴”だとは
わからないくらい、凄く女の子らしくて、色っぽくて、可愛い。
服だけでこんなに変わるもんなんだなぁ……。
「か、覚悟って……これ?」
「ああ……お前の前でくらい、女として振舞おうと、そう覚悟したんだ」
……なんてこったい。
そう言ってはにかむ川代の姿に、俺は思わず彼女を抱きしめそうになった。
何とか自重したが。
「しかしまあ、エロ可愛いというか激しくエロ可愛いというか……お前こんな格好
できたんだなぁ……」
「へ、変か?」
「いや、もう、これ以上無いくらい滅茶苦茶似合ってる。っていうかマジヤバイ」
具体的に言うと俺の理性がヤバイ。
「そ、そうか! ……私は、あまりこういった服の知識が無いので、
店員に見立ててもらったのだが……良かった、気に入ってもらえて」
「……それって、川代……その服、俺の為に、って事?」
「無論だ。言っただろう? お前の前でくらい、女として振舞う、と……。
お前には……その、私を……女として……見て、欲しい」
彼女の声は、次第に小さくなっていく。その言葉の意味する所は、流石に
俺にだってわかる。大きな声ではっきりと宣言するのが恥ずかしい、
そんな意味合いを含んだ言葉に、俺は行動でもって応えた。
「あっ……」
自重は終了。
俺は彼女の、女の子らしい丸みを帯びた、それでいて細い肩をそっと抱き寄せた。
彼女は、俺の突然の行動にも、何ら抵抗しようとする事なく、身を任せてくれた。
「いきなり、ごめん。けど……なんかもう、抱きしめたくてたまらなくて」
俺の本心の吐露に、彼女は笑顔で応えてくれる。
「……俺なんかで、いいの?」
「お前でなければ……ダメだ」
まだ朝は早い。幸い、公園にはまだ人の姿は俺達以外に無い。
俺は、それを確認すると、そっと彼女の頬に手を沿え、口付けた――――――