「じゃあ狂介、行ってくるね。」
と言って有紀が家族旅行に出かけて3日目。
・・・狂介は限界だった。
『禁断症状の果てに・・・』
狂介たちが通う学校の校庭で・・・
「ゆぅぅぅぅぅきぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!」
有紀の名前を叫びながら目の前の集団に襲い掛かる狂介。
先日、”山崎狂介の様子がおかしい”という噂が流れた。挙動不審になり気の抜けた
炭酸のように萎んでしまっているからだ。この噂を聞きつけた、かつて狂介に叩きのめされた
珍走団やチーム、カラーギャングの類が今がチャンスと結託し狂介に襲い掛かってきたのである。
しかし、実際のところ「有紀欠乏症」の狂介が家族旅行で不在の有紀に会いたくて
暴走しかけてる為、彼等の行動は死地に自ら飛び込む危険なものだったのだ。
「有紀ィィィィィ!!!」
片手で簡単にバイクを持ち上げて投げ飛ばす。その先には狂介を倒しに来た輩が
大勢いた。
「ぎゃあぁぁ!!」
「全然強いじゃん!!」
「噂はウソだったのか?」
「お助けーーー!!!」
予想外の狂介の強さに”山崎狂介やっつけ隊”の面々は我先にと逃げ出していく。
「・・だからって逃げれるとは思わないんスけどねぇ。」
狂介の暴走を少し離れた朝礼台に腰掛けて見学する生徒が数名。
「しかしバカな連中だ。様子がおかしいからと言って弱くなった訳でもあるまい。」
ワンカップ片手(校則違反)にスルメをかじる男、藤澤秀平。
「とりあえず拝んでおきます?」
哀れな”やっつけ隊”に念仏を唱える少女、田中詠子。
「暇なんで狂介先輩に加勢しますね。」
と言いながらライフルで”やっつけ隊”を狙撃(弾はゴム弾)する苑田園太郎。
「俺も、俺も。」
藤澤もピコハン型の本物のハンマーを投擲し”やっつけ隊”に命中させていく。
やがて最後の一人が狂介によってプールに投げ込まれた。
「終わったみたいだな。」
「ええ。」
「そうみたいっすね。」
三人の視線が狂介に向く。
「ユウキィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!」
狂介は”やっつけ隊”が持ち込んだであろう”ロードローラー”の上でそう叫んでいた。
その姿は今にも時を止めそうで非常に怖かった。
「「「・・・・あぁ、今日も平和だ。」」」
藤澤たちはそう呟いた。こんな事があっても平和と取れる位に彼等『チーム・ネバダ』の
日常は殺伐としているのだった。
狂介たちの住む町に新しい喫茶店がオープンした。その名も『喫茶 マリファナ』。
オリエンタルな味と香りを重視し、近い将来レーシングクラブでも主催しようかなと
思ってるこの店のマスターは・・・
「へいらっしゃい!!・・・ってなんだお前等か。」
「客なんだからそんな言い方しないでくださいよ、升沢さん。」
そう、この店のマスターは升沢だった。一念発起で脱サラし自分のお店をオープンした
のである。
「コーヒー1杯で10時間粘る連中を世間では客とは呼ばないと思うんだが?」
「うっ・・・それを言われると・・・」
「じゃあなんか食べ物も注文するからさ、邪険にしないでよマーシーvv」
「マーシーって言うな!!」
升沢はマーシーと呼ばれる事を極端に嫌がっていた。理由は・・・言わなくても分るか。
「あれ?そう言えば詠子は?」
詠子の姿が見えなくなった事に気付いた園太郎は周囲を見回した。
「おまたせー。」
「詠子、どうしたのその格好?」
詠子はマリファナの制服とエプロンを身に着けて店の奥から出てきた。
「私ここでバイトしてるのよ。似合う?」
「もちろん!!」
二人の世界を作り始めた園太郎と詠子。それを見た升沢は
「いやいや、若いってのはいいね。ピチピチの若い子は可愛くて・・dsycづくぅ」
突然後ろから首を掴まれた。
「可愛くてどうなのかな〜続きを聞きたいな〜」
升沢の後ろには彼の妻レオが笑顔で立っていた。しかし目は笑っていなかった。
「そ、そりゃもちろん『可愛くて良いけどウチのレオの方が可愛い』って言うつもりだったんですよ。」
「まったくもう!!」
そう言われて升沢は自由の身になった。
「ウヒャヒャヒャヒャ!!」
「笑うな藤澤!!」
「ワリィワリィ、しかし見てて傑作だったぜ。」
さらによく見ると升沢の首が多少変な方向に向いている。確実に折れているのであろう。
「ところで・・・」
升沢の視線は狂介のほうへと向いた。
「山崎の奴どうしたんだ?」
見れば狂介はカウンターに顔を伏せ完全な無気力人間と化している。
「ユーちゃんが家族旅行でいないんだよ。」
「・・・なるほどね。」
二人の間柄を理解し、かつて横槍を入れて殺されかけた升沢は現状を理解した。
「ゆぅ・・・・きぃ・・・」
狂介の目の前に置かれたクリームソーダは完全に混ざり合い濁った汁になっている。
「おーい狂、クリームソーダ飲まないのか?ほれ、アーンして。」
「やーだ。」
「オイオイ・・。」
「有紀がアーンしてくれなきゃ何も食べたく無いんだモ〜ン。」
頬を膨らませてプイと横を向く狂介。ハッキリ言って可愛げもクソも無い。
「こりゃ末期症状だな。」
升沢は狂介のダダっ子に小さくため息をついた。
「ただいまー!!」
店の扉が開くと同時に有紀が現れた。
「「「「「おぉ!!!(やっと帰って来た!!)」」」」」
「みんなにお土産買って来たよ。」
有紀が土産袋を床に置いた瞬間。
「有紀!!!!!!!」
「きょ、狂介!?」
目の色を変えた狂介が有紀に向かって突進した。
「え、何なの?狂介?」
「とう!!」
狂介はルパンダイブでパンツ一丁になるとそのまま有紀へと・・・
「って待てやコラ!!」
「先輩、いくら何でもそれはいけないッス!!」
「店の真ん中で裸になりやがって、営業妨害だぞ!!」
狂介は男性陣総がかりで取り押さえられた。
「ウガーーー!!!離せーー!!殺すぞーーー!!」
狂介はもはやケダモノを化して暴れまくっている。
「カクカクシカジカ・・・と言う訳でして。」
その間に有紀は詠子から事情を聞いて現状を把握した。
「・・・狂介。」
有紀は取り押さえられて簀巻きにされてる狂介の前にしゃがみこんだ。
「有紀?」
「ハイ、お土産の八橋だよ。アーンして?」
「アーン。」
狂介はさっきまでのバカ丸出しがウソのような笑顔を浮かべた。
「おいしい?」
「ウン、おいちい。」
「僕がいない間いい子にしてた?」
「ウン。」
「暴れてたみたいだけど、みんなに迷惑かけちゃダメだよ?」
「ウン、僕いい子にしてたよ。」
「「「ふざけるなぁぁぁ!!!」」」
さすがに頭にきた男性陣は狂介に制裁を加えた。しかし、ボコにされてる筈の狂介は
なぜか終始笑顔だったと言う。
「イテェ・・・あいつ等マジで殴りやがって。」
『マリファナ』から追い出された狂介は有紀と一緒に帰宅の徒についていた。
「自業自得、詠子ちゃんから僕がいない間どうだったか全部聞いたよ。」
「ウッ!!」
「まったくもう・・・狂介。」
有紀は狂介の正面に立って両手を頬に当てた。
「有紀?」
思いがけない有紀の行動に狂介は驚く。
「僕だってね・・・寂しかったんだよ。」
「有紀・・・」
「毎日狂介に会いたいって思ってたんだよ。」
「ハイ。」
「それなのに狂介だけあんなに暴れてズルイよ。」
「ゴメンなさい。」
有紀に怒られて狂介はすっかりヘコんでしまった。
「だから、今夜は・・・・ね!」
「!!」
有紀の意味ありげな台詞の真意に気付いた狂介は歓喜に満ち溢れそのまま有紀に抱きついた。
「有紀!!やっぱり有紀は俺の事分ってるぜ。愛してるよ!!」
「ちょ、狂介ってば!!」
狂介に抱きしめられる有紀、しかし本気で嫌がってはいない。
「狂介は甘えん坊さんなんだから。」
「はい、ぼくは甘えん坊です!!」
男はニートだった。働いたら負けと思っていた。彼は意味も無く外を歩いていた。そして彼は見た。
学校の制服と思わしきブレザーを着た少年とトレーナーとカーゴパンツ姿の少年が抱き合ってるのを。
後者の少年は小柄な体格と幼さが残る顔立ちから女の子にも見える。
「・・・・まさかね。」
根拠が無いため彼はそれを即座に否定する。そして彼はこう結論付けた。
「・・・・ホモ?」
「誰がホモじゃぁぁぁーーーーーーー!!!!!!!」
制服姿の少年の鉄拳が鳩尾にめり込む。痛みを感じる前に体が地面から離れていく浮遊感に包まれる。
視界から地面が遠のいていく。雲が自分の足元に広がっている。地球の青さが良くわかる。
そして彼は星になった。