鞍から降りたイヴァンは塔を仰いだ。
頭上に射しこむ夕刻の陽は、上天気だった日中の色を残して石造りの中庭を朱色に染めている。
影に入る西の塔の高い枠窓の傍に人の気配はなく、ひっそりとしていた。
「連れて行け」
従者に手綱を預けた彼は、館ではなく塔の入り口に向かって歩き出した。
直立不動の姿になった兵士の横を通り、狭い階段の螺旋をあがって行く。
あがった先のつきあたりは小さな段差になっていて、その短い階段の下で番兵が一人、彼の姿を見ると驚いたように立ち上がった。
「変わりはないか」
「は!」
しゃちほこばる兵士に目をやり、彼は扉を見た。
鎖で閂と取っ手を巻いてあり、そこにはしっかりした錠が取り付けてある。
彼の指示した通りだった。
イヴァンは命じた。
「下を見張れ」
「は…」
兵士は慌てて階段を駆け下りて行く。
イヴァンはベルトに吊るした鍵束の中から無骨なひとつを選り分けて、錠を開けた。
ジャラジャラと音をたてて鎖を解き、閂を外す。
窓際に彫り込まれた簡素なベンチに座り、抱え込んだ膝に顔を埋めていた16、7の、まだ少年のような若者が顔をあげてこちらを見た。
この国の第一王子本人だとわかると、警戒したように背中を伸ばしてベンチから足を下ろす。
その動きを眺め、イヴァンは後ろ手に扉を閉めた。
格子越しに開いた窓から入る空気が遠駆けで火照った躯に案外に心地よかった。
「………」
若者──ナサニエルという名だ──は会釈もしなかった。
イヴァンも無言で足を踏み入れる。
傍までいくと、ナサニエルは立ち上がった。
「…なにか?」
イヴァンは座るように目顔で伝えた。
仕方なげに若者は座り、その前の壁に背をつけて彼は腕を組む。
鉄の格子が入った窓の外はまだ熱の高い夕陽が南の城壁を染めていた。
しばらくそのままでいると若者──ナサニエルは居心地悪そうに座り直した。
神経質になっている。
「……」
だが何も言わない。イヴァンが黙っているからかもしれない。
饒舌な性質で知られる彼が沈黙を通している事に不審を抱いている様子だったが、その理由を親切に説明してやる気には到底なれなかった。
──ジェイラスが捕虜になった。
夜明け方到着した叛乱軍との戦闘結果の報以降、イヴァンはこんなはずではなかったはずだという憤懣を持て余している。
何故あれほどの軍勢を率いていた父王が、最も信頼する部下を奪われねばならないのか。
そして自分は何故参戦を禁じられこんな後方の城で焦燥を堪えていなければならぬのか。
いや、わかっている──万が一の時、この国を継承するのは自分以外にはいないからだ。
現在成年で頑健で頭もまっとうな王の子は──多少女癖はよくないが──イヴァン以外にはいなかった。
叛乱そのものは抑えられるだろうと彼は確信している。王軍は強力だった。
王家の血縁である有力な大貴族はじめ有力な貴族達が参加してはいるが、烏合の衆とでもいうかそれぞれの利権が最優先の彼らの間にまとまりはなかった。
だが、彼が苛立っているのはそんな事ではなかった。
かの戦闘がいかに悲惨なものだったか、そのような推察などは今のイヴァンの頭にはない。
ただひたすら、なんの役にもたたぬ自分への憤怒と無力感が躯の底に渦巻いている。
自分がその場にいたならば──自分が指揮してさえいればもっとうまくいったはずだ。
若さゆえのその自意識と鬱屈は、半日程度遠駆けをしたくらいで収まるようなものではなかった。
それどころか内圧はますます高まり、彼はかつてこれほどのイライラを抱えたことはない。
もはやいつものように気の向いた女をいたぶるくらいでは到底眠れそうにない。
もっと普通でない、もっと刺激的な気晴らしをしなければ到底正常な精神状態を保てそうになかった。
塔を見上げた瞬間彼が思いついた気まぐれは普段ならば鼻で笑うような手慰みだが、このたびばかりは彼はあっさりとその実行をよしとした。
暇つぶしにはちょうどよい。
若者は虜囚だった。
叛乱の起きる直前、イヴァンの部屋に運ぶ飲み物に薬を仕込んだとして逮捕された。
見目のいい若者だというので奥付きの小姓として採用されたばかりだった──紹介した貴族は現在叛乱軍の序列でいうと上から4番目あたりの男である。
若者──ナサニエルは身に覚えはないと王子毒殺未遂の容疑を否定したが、取り調べの最中叛乱が勃発したのでそのまま城の塔に放り込まれた。
第一王子の暗殺を仕組んだともなれば即刻死刑が当たり前だったが、イヴァンが止めた。
思いやりでも憐憫でもない。
イヴァンは知っていた。
その小姓が女であることを。
この夏のはじめの暑い夜、深夜とある侍女の部屋から出てぶらぶらと自室に戻っていたところ、城の奥庭から水音が聞こえた。
柱の隙間から覗いた彼の目に、ズボンの裾を捲りあげ、両脚を水盤につけて涼んでいるナサニエルの姿が映った。
透き通るように白い脹ら脛の曲線は艶かしく、滑らかだった。
だがそれだけだと月光のせいかもしれないと思ったかもしれない。
イヴァンが見ているのに気付いた若者はぎょっとしたように立ち上がった。
拍子に噴水がその肩にかかり、上着が躯に張り付いた。
それも気付かぬ風情で若者は水盤から飛び出すと、脱兎のごとく回廊に飛び込んでいってしまった。
イヴァンは驚きを隠せずに口を開けたままその後ろ姿を見ていた。
あれは──あの躯つきは──どう見ても女だった。
イヴァンはそれから、気取られぬよう、素知らぬ顔でナサニエルを密かに観察した。
観察の結果、自分が騙されたのも無理はないと彼は男としての自尊心を慰めた。
どういう事情かは知らないが、そして王宮に性別を偽って入り込むことの重大さを本人がどこまで認識しているのかはともかくとして、だ。
ナサニエルの、おそらくかなり馴れているらしい、男としての堂にいった立ち居振る舞いは見事だった。
過剰に男を演じるわけでもなく自然に振る舞っているから、そのそぶりや言葉に不審を持つ者は、なおのことこの城には誰一人居なかった。
彼が興味を持ったのはその事情の謎に好奇心を持ったゆえもあったが、なにより──。
──一旦そういう目で見ると、この若者は実に美しかったのだ。
*
イヴァンはふと我に戻った。
あまりに長い沈黙に、若者の緊張が弾けば音をたてそうなほど高まっていることに気付いた。
不安げに座っている今、その躯を覆う鎧の継ぎ目から漏れる気配は女以外の何者でもない。
ふさふさと顎の線に沿って切りそろえられた金褐色の髪の隙間から覗く細い首筋の白さ。手首。
ベルトを巻いたウエストのくびれ。ぴっちりとしたズボンが表す線の艶かしい柔らかさ。
腰を覆う上着がなければ淫らなほどに色めいて見えるだろう太腿と腰の流れ。
結ばれた唇の端麗さには甘さが覗き、伏せている睫の濃さと長さは色気すら窺える。
顎から耳元へのあまりにも清潔でなめらかな線。
華奢な優男に見せかけられるのももうぎりぎりという辺りだろう。
──そう。たしか、17だった。
イヴァンは『彼』の年齢を思い出した。
自ずと漏れ出る香気は、くっきりと清純そうな、けなげに張りつめた処女のそれを纏っている。
上着に覆われ、太陽にも誰にも触れさせたことのない乳房は、透き通るように白いに違いない。
最初この小姓を見た瞬間、なぜ違和感を感じなかったのか、思えばイヴァンは不思議だ。
最初から男だと思ってろくすっぽ意識しなかったせいだが、それにしても女好きの評判を返上しなければならないかもしれない。
声が高めだ。
姿が優しい。
なによりも顔が小綺麗すぎる。
男の常で、彼も美しい女が大好きだ。
捕えられた小姓は、間近で眺めても、傷のない石のようだった。
女の格好をさせて切りそろえた髪を伸ばせば、おそらく美女と呼んでも過言ではなくなることだろう。
こうして改めて眺めてみると、ナサニエルと称するこの女はなかなかの好みだ、と、イヴァンは思った。
なによりも(おそらくは)彼の敵側の人間で、この美しさにも関わらず男装をしているといううさんくささが一層いい。
暗い鬱屈はいささかも減じないが、これからの手順を考えると非常にわくわくしている。
──泣き顔が見たい
いや、そのせいでかえって面白い夜を過ごせそうだった。
──めちゃくちゃにしてやる
「…あの」
イヴァンを見上げ、ナサニエルが口を開いた。
あまりにも第一王子の様子がおかしいのでたまりかねたのだろうが、その言葉は続かなかった。
いきなり、イヴァンが上半身を傾けてその顎を掴んだのだ。
驚いて身を引くのを反対の片腕でつかまえる。
半端に立ち上がりかけたナサニエルの躯をひき上げて顔を見た。
「……!」
ナサニエルの褐色の目が見開かれて彼を見ている。
いきなりなので何が起きているのか、理解できないようだ。
短い茫然自失状態からやっと復帰したナサニエルが両手をイヴァンの胸に突っ張り、押しやろうとしてきた。
イヴァンは抵抗するナサニエルの上腕を掴んだ。
引きずるように窓から離れた。
片隅に置いてある寝台に近づき、ナサニエルを投げた。
さらさらした髪の毛を乱してシーツの上に倒れた彼女の上に、のしかかるようにイヴァンは膝をつく。
急いで肘をついてイヴァンの下から逃れようとするナサニエルを抱き、その躯を引き据えた。
「いやだ!」
ナサニエルの叫びにイヴァンはちらりと閉じた扉を見た。
鍵は開けたままだが、兵士は塔の下にいる。少々の声ならば聞こえないはずだが…。
イヴァンはシーツの端をたくしあげた。一気に引き抜くと、それは麻のこすれる音をたててマットレスから外れた。
「なにを…」
イヴァンは彼女の腰骨を太腿で挟むように体重をかけた。これで女は動けない。
「やめてください!王…」
必死にいい募るナサニエルの口にシーツの端きれを突っ込んだ。
抵抗する声もいいものだが、今のところは静かにさせておくほうが都合がいい。
窓は細く開いているのだから。
それに、この女の場合にはそのままにしておくと舌を噛まれる心配もある。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
首を振る彼女の呼吸を確認しながら、彼はナサニエルの片方の手首に、彼女の喉から引き抜いたスカーフを結んだ。
寝台の柱頭に反対側の端を結びつけ、ナサニエルの上着を引き上げる。
腰に載っているので、抵抗するのはわずかに自由な片腕だけだ。押さえつけるのは簡単だった。
しばらくすると、彼女の滑らかな腹部が夕刻のわずかな光に剥き出しになり、彼はシャツの裾に手を突っ込んで胸を探った。
「………!」
ナサニエルが呻いて跳ねようとするのを、容赦なく腿に力をいれて静かにさせる。
イヴァンの指と、その間に、柔らかく弾む乳房が優しく収まった。
ナサニエルは顔を歪めて眼を閉じた。イヴァンは、反応を探るように掌をゆっくりと動かした。
「……」
ナサニエルが呻く。イヴァンはしばらくその乳房の感触を愉しみ、それから引き抜いた。
両手を腰に滑らせると、ズボンに指をかける。くねらせて抵抗するのを無視して、一気に引き下げた。
髪の色よりほの暗い、鳶色のかった金色の茂みを持つ三角の場所が白く透き通るような下腹部に現れた。
やっぱり女じゃないか。
イヴァンはことさら意地悪くそう思い、躊躇うことなく茂みに掌を這わせた。
「……………!!!!」
ナサニエルが眼を見開いて、なにか必死で叫ぼうとした。
さるぐつわのせいでくぐもった声が小さく漏れるだけだ。
たっぷりと柔らかい茂みだった。別段、手入れはしていない。
おそらく処女なんだろうとは思っていたが、これで確認ができた。
イヴァンはふいに躯を起こした。
ナサニエルの素足を抱え上げて、開かせる。
彼女は必死で膝をより合わせたが恐怖と羞恥でろくに力が入っていなかった。
その間に躯を割り込ませ、イヴァンは一息ついた。
簡単だ。あとは思いのままである。
扉を確認し、兵士の気配がないことを再度確認した。
この女に限っては、繋がっているところを見られるのはごめんだ。
イヴァン以外にはずっと男としておく必要がある。
なんのために──?
それは、まあどうでもいい。
眼下のナサニエルに視線を落とした。
押さえ込まれた躯をよじらせて、ナサニエルはそれでも必死で逃れようと努力していた。
その非力さが微笑ましいほどだ。イヴァンは口元を少し歪めた。
「無駄だ」
わざわざ小声で言ってみる。
ナサニエルがびくっとし、褐色の美しい瞳を見張ってイヴァンを見た。
イヴァンは胴に巻いたベルトをおもむろに外し始めた。
短剣ごと床に放り投げ、それから上着の前立てのボタンを時間をかけて外す。
シャツも下着も脱ぎ捨て、躯をよじりながら下半身の拘束を手早くとった。
裸になった彼がナサニエルに被さると、彼女は一層暴れ始めた。
ナサニエルの、縛り付けられたほうの左腕には、たくしあげられた上着やシャツが層をなして重なり合い、しなやかな腕の線がそこから肩に続いている。
曲線は遮るものなく美しい清らかさを描いてイヴァンの躯に押しつぶされていた。
その乳房に、イヴァンは果実にでもかぶりつくように歯をたてた。
「!!!」
ナサニエルがさるぐつわ越しに叫ぶ。
何度か甘噛みして、弾力や肌のきめ細やかさを確認する。
──いい女だな。
ぼんやり、イヴァンは思った。バランスも抱き心地もいい躯だった。
密かに観察していた頃からそうじゃないかとは想像していたのだが、実際のナサニエルの躯は実に気持ちよかった。
イヴァンの腕に、密着した腹に馴染む。
イヴァンは顔をあげた。
ナサニエルが睨みつけてきた。
辱めを受けつつも気丈なその様がかえって手応えを彼に与えることに気付いていない。
こぼれんばかりの涙がその眼を潤ませている。
「おい」
イヴァンはひどく優しく囁いた。
「おとなしくしてろよ」
イヴァンの顔から顔を背け、ナサニエルは嫌悪を露にして躯を捻った。
イヴァンはその腰を掴んだ。
「!!」
彼女の茂みの下に固く膨張した先端をおしつけると、ナサニエルが何かをまた叫んだ。
ケダモノ、だろうか。
やめて、だろうか。
どっちでもいい。
イヴァンは彼女の顔を眺めながら、先端に力を入れた。
ゆっくりと押し入る心地がして、柔らかで温かな花びらの間に一旦は受け入れられた。
ぬめるような艶をにじませた平たい腹が、彼の下腹部に密着して波打っている。
柔らかい茂みがそのたびに触れて心地いい。
イヴァンは無意識に舌なめずりをする。
「…初めてか?」
わざと尋ねた。
ナサニエルが羞恥と嫌悪で涙の一杯溜まった目できっとイヴァンを睨み返しかけて──なにかを叫んだ。
強い抵抗感を持て余していたモノが、ぐん…と侵入した。
ナサニエルの柔らかな躯が一瞬、凍りついた。
処女ならば破瓜の瞬間は痛いに違いないが、イヴァンは容赦はしなかった。
とどまらず一気に貫き、抱え込んだ両脚を揺すり上げるようにして、なおも可能な限り胎内に侵入しようとした。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
ナサニエルが腰を振りたくっていやがるのを強引に引き寄せてどこまでも入り込む。
彼女が腰を動かすので、かえって深い挿入ができた。
ナサニエルが喉を反らして呻いた。
その動きに揺れ動く、だが形の崩れない乳房が美しい。
イヴァンは無言で、労りの時間を与える手間を惜しんで動き始めた。
わずかに離れては打ち込む。
何度も往復しては深く沈めて彼女の限界と女の場所の味わいを確認しなおす。
──いい。
処女のせいか、それとも何ら愛撫をしていないからか、ひどくキツくて動くのに苦労する。
それでもナサニエルの躯は、やはり気持ちよかった。
これで蕩けるように泉が湧き出ていればどんなに旨いことだろうか。
イヴァンは動きを一瞬とめた。
彼女の柔らかく引き締まった腹に、透明な雫が落ちたのだ。
すぐに、それが自分の顎から滴った事に気付いて苦笑する。
これではまるで好みのメスを犯している犬のようではないか。
犬でいいさ。
イヴァンは本能のままの猛々しい往復をひたすら繰り返した。
没入するほどに気持ちがいいので、なにが原因でこの女を犯しているのか、わからなくなる。
だが、すでに目的はどうでもよくなっていた。
行為自体が目的にすり替わっている。
「う、う…」
イヴァンは呻いた。
もう、すぐそこに限界が見えていた。
イヴァンは血走った目でナサニエルの顔を見下ろした。
薄い闇が部屋を覆う中での陵辱にぼんやり浮かび上がる白い顔が喘いでいた。
苦しそうに、辛そうに。
だが、その喘ぎに、イヴァンはひどく興奮した。
貫いたものでひときわ深く抉る。
「………!」
悲鳴のような呻きをあげた彼女が、急に動きを止めた彼に気付いた。
痙攣しながらイヴァンが見下ろすと、彼女の目が見開かれた。
「……!!!〜〜〜〜!!」
なにか叫んでいる。
やめて、やめて、やめて………耳に反響する幻の嘆願を想像しながら、イヴァンは精を放った。
快楽が深かった。
最後まで絞り出した空っぽの躯が、ガクガクと思わず震えた。
そのまま泣きじゃくっている彼女を覗き込む。
彼女の中から抜かないまま。
「おい…」
彼女の耳朶に囁いた。
「──おまえの本当の名前は?」
すぐにまた思い出すだろうが、叛乱征伐の蚊帳の外にいる怒りはこのひとときばかりは忘れていた。
ナサニエルの嗚咽がやんだ。
なおも顔を近づけていたイヴァンの頬に鋭い痛みが弾けた。
ナサニエルが、自由なほうの片手を叩き付けたのだ。
全身の力をこめたのであろうその殴打は油断していたイヴァンの上半身をわずかによろけさせた。
陰部は繋がったまま、イヴァンは体勢を立て直して頭を振った。
笑い出す。
ひどく陽気なその笑いに、ナサニエルはかえって驚いたように手をひっこめた。
イヴァンはその顎を捕え、シーツを引き抜いた。
自由になった唇を開いて呼吸を貪る彼女に顔を寄せる。
気付いてよけようとする頬を押さえ、彼は唇を重ねた。
「ん…〜〜!!」
噛まれることを警戒して、舌は入れなかった。
柔らかな唇の輪郭を舐めると、彼女は眉を顰めてさらに逃げようとした。
顔を離し、彼女の手首のスカーフをほどく。
くびれた胴を抱いて、ゆっくりと腰を退いた。
「あ…は…あ」
彼の唾液で濡れたナサニエルの唇から辛そうなかすかな声が漏れた。
いいな──と彼は思う。
『次』からはさるぐつわはなしだ。
そうすれば思う存分楽しめるはずだから。
彼女の躯を引き寄せて滑らかな脚を撫でた。
どろりと濁った彼自身のものに混じったわずかな紅が腿から細く滴っていて、ひどく淫らだった。
イヴァンは、いっそ無邪気な口調でナサニエルの耳朶に囁いた。
「──処女だったな」
ナサニエルは顔を背け、イヴァンの腕から逃れようとした。
イヴァンは、彼女から手を離した。
ナサニエルは寝台から転がるような勢いで飛び出した。
だが剥き出しの躯を腕に巻き付いたままの上着でやっと覆うと、彼女はそのままくたくたと床に踞ってしまった。
背中のなめらかな曲線を鑑賞しつつ、イヴァンは起き上った。
脱ぎ散らかした服を探し出して身につけた。
短剣の位置を整えながら振り向くと、ナサニエルが呆然と乱れきった寝台を見ていた。
彼女のズボンもシャツも、イヴァンが寝台と床の間に捨ててしまったので、どこにあるのかわからないのだ。
まあ、ゆっくり探せば必ずあるはずだ。
ナサニエルはイヴァンに視線をやろうとしなかった。
彼は気にしなかった。
それよりもいつまでたっても降りてこない第一王子に兵士どもが不審を抱く前に、イヴァンは塔から出なければならなかった。
彼は無言のまま、彼女に背をむけて部屋から出て行った。
*
石畳の上に歩みだし、庭の中央までいくとイヴァンは振り返って再び塔を見上げた。
灯りは灯っていない。
もっとも、虜囚に火を与える命令はしていないから灯らないのは当たり前なのだが。
あの部屋で、彼女はまだあられもない姿で呆然としているのだろうか。
イヴァンは踵をかえし、ふと──唇を舐めた。
そういえば、自分はなぜあの女に接吻をしたのだろう。
唇に残る感触の清らかさと味を反芻した。
よくわからない。
だがとりあえず、次に抱くのもできれば夕刻がいい、と彼は思った。
一番、誰にも気取られない。
夜間の訪問はいらぬ憶測を呼ぶし、昼日中からという時間もない。
それとも朝に。
あの女が眠っているところを訪ねるものいい。
なぜなら、まだやり残した事があった。
何故男として出仕していたのか、そして叛乱軍との関わりはどの程度なのか。
夢中になってしまい、それらを尋ねるのをすっかり忘れていた。
何度でも尋ねることはできる。彼女の躯に直接。
彼女の意思は関係なかった。
あの女は彼の戦利品──虜囚なのだから。
おわり