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R.m.G-ひみつのくすり- 2

◆.Xo1qLEnC.氏

―親愛なるアイリーディア様
 この度は、大切なお話をお聞き頂きたく、急の便りを失礼致します。
 しかし、人目を憚る内容により、直接お会いしたいと思っております。
 つきましては、4番街の倉庫にお越し願い申し上げます。
 重ねて申します。大切なお話なのです。貴女に不安を与えぬよう、客人も
招きました。
 客人のためにも、どうぞご憂慮なさらぬよう…
  スコット・フォールド―
        
* * *

文面は丁寧だけど…
私は、スコットに関する自分の記憶を引き摺りだす。
といっても、私が知ってるのは、数日前に見た媚びた笑顔と、おじ様には
あまり信用されてなかった、という事だけ。
…マトモな用件じゃなさそう。
      
「ホークが歩いててさ、声かけようと思ったら、いきなり倒れて
連れかれちゃったんだ。で、知らんおっちゃんに、これ渡されたんだけど…」
ティムが教えてくれる。
      
「なんかあったの?」
心配そうに覗き込んでくるママと、異変を察知して出てきたメイさんに
手紙を預け、私は剣を取りに立つ。
手紙の「客人」って、ホークの事だわ。
何が目的か知らないけど、行かなきゃ…


部屋から戻ると、ママとメイさんが真剣な面持ちで待っていた。
「リ、リドちゃん、行くつもり?」
「ええ。オレをご指名のようなんで」
「どうせ、油断してとっ捕まったんだろ?ほっときゃいいのに」
「そ、そういうわけにも…」
思わず苦笑する。
メイさん、人道的にそれはどうかと…。
それに、ホークとの約束を邪魔されたのは腹立つのよ!
     
何かあっても、私は戦えないわけじゃない。
きっと大丈夫…
手にした剣の感触を確かめる。
「すぐ、うちの手のモンに後追わせるから。無茶するんじゃないよ」
私の行く気が失せないのを見て、溜息つきながらメイさんが言った。
…少し心強いな。
     
考えてたって仕方無い。行こう。
「じゃ、行ってきます」
「待った!」
走り出そうとしたら、呼び止められた。
聞き慣れない、ハスキーボイス。
「話、聞こえちゃったんだけど、一人で行くなんて危ないよ。俺で良ければ、
手伝うよ?」
男の人が近寄ってくる。
同い年くらい…かな?美形だし、ホーク程じゃないけど背も高い。
ママ達は、その人をビーと呼んだ。
「え、でも…」
「君、最近入ったばかりの子だよね。倉庫の場所、解るの?」
…そうだった。
沈黙を肯定と受け取った彼は続ける。
「案内ぐらいは必要だろ?ママ達は店、離れらんないだろうし」
どうしよう。無関係の、全然知らない人を巻き込むのは…
「そうだね、アンタがいりゃ、多少は変わるかね」
「メイさ〜ん、もちっと評価してよー」
同い年か年上に見えた彼の、メイさんの言葉に崩れた表情は少し幼い。
悪い人じゃ、なさそう。

「オレ、リドっていいます」
「俺は、ビー。同行は、許してもらえたかな?」
握手を求められる。
その手を握り、返事をする。
「お願いします」
ホークは助けたいし、一人はやっぱり不安…
メイさんの口振りなら、大丈夫だよね
「よろしくね!」
彼は嬉しそうにニコニコして、両手で手を握り返してくる。
このヒトも、アッチのヒトなのかしら。
カッコイイのに勿体ないなー。

…なんちゃって。


* * *

-intermission 1-----

ん…なんだ?埃臭い…

頭が痛ぇ。


えーと、俺はどこにいるんだ?
確か、今日はリディと約束していて…リディ!?

ハッとして顔を上げると、薄暗い倉庫らしき風景が飛び込んでくる。
体が動かない。
俺はロープに何重にも巻かれ、座る形で柱に縛り付けられていた。
両手の感覚は柱の向こう側。ご丁寧に、手首まで縛ってあらぁ。
投げ出した足は自由だが、どう考えても捕まってますな…俺。
      
そうだ。レッドムーンに向かう途中、急に目の前真っ暗になって…
確か、首の辺りが痛かった気がする。麻酔薬塗った吹き矢か?
そーいやローズに、今日は気を付けろ、とか言われたっけ…

暴れても縄は緩む気配もない。
リディ、待ってるだろうな…クソッ!
イラつきのままに床を蹴る。

と、ギシリと床が軋み、一人の男が目の前に立った。
コイツ、見た事ある。多分、レッドムーンの客だ。
「お目覚めですね、ホーク君…」
太った男は顔の肉を歪ませ、ニタリと笑った。
嫌な笑いだ。
「俺になんか用かよ」
「ええ、まあ。アイリーディア殿と話をつけるのが先ですが。…貴方達は
大変仲が良さそうだ。彼女はすぐにでも駆け付けてくれるでしょうね」
リディの名を知ってる!?

「テメェ、何だ?リディになんの用があるってんだ」
「先ず、自己紹介いたしましょう。私はスコット・フォールド。
魔法薬の商人…まあ、魔術士の端くれです」
ムカつくほど丁寧に頭を下げられる。
「アイリーディア殿はノーア家で、実の娘の様に育てられていると聞きます。
つまり、彼女を手に入れる事。つまりノーア家との繋がりを作る事が私の
目的なのですよ」
魔術士の間ではノーア家は特別なのだ、と足し付ける。
「テメェ…」
「ふふ…あの年ごろの女性なら、多少可愛がってあげれば、すぐ言いなり
でしょうな」

この時、倉庫の中に数人の気配がある事に気付く。
「そんな立場の女性が、一人で出歩いてるなんて、不用心ですよねぇ」
「ンの野郎…」
っとーにムカつく。
それなら、俺が守ってやればいい。
早く縄から抜けねーと…。



「それが、第一の目的」
「まだなんかあるのか?」
策を練ろうとしたが、不気味な笑顔のスコットが近づいてくる。
…て、おい、近付き過ぎじゃね?
「君は、私の好みなんですよ」
うぎゃーっ!!!!耳元でハァハァすんなーーーーーーー!!!
ケ、ケツが薄ら寒い。なんとか逃げっ、逃げっ逃げっ…

「お前達、外に出ていろ」
スコットが命令すると、俺の後方にあった気配が移動する。
男が3人。ガタイもいい。
外に見張が1人いたとして、最低でも4人。このデブオヤジ含めて5人…
武器は奪われてる。体力は温存しといた方が良さそうだ。

「これで、ふ、二人っきり…だね…」
ぐわぁあああっ!大腿をさするなぁーーーっ!
落ち着け!
ピンチだが、チャンスだ!背後からの目がなくなったんだ、今のうちに…
スコットに抵抗しながら、袖口に隠した剃刀を振り落とす。
なんとか、これで…
よし、手首は自由だ。
後は、この縄を切っちまえば…
この間にも、スコットのハァハァは加速しているッ!

俺を柱に縛り付けている、縄の一部を切る。パラリと音がし、縄が緩む。
おっしゃ、逃げ…
「ぐっ…」
立ち上がろうとするが、体は動かなかった。
依然体を縛り続ける縄に、愕然とする俺を、イラつく笑顔が見下ろしている。
「ふふふ…無理ですよ。縄は5、6本使ってますから。袖口に隠してた剃刀で
脱出するのに、どれだけ時間が掛かるでしょうね…」
「クソッ…」
バレてたのか…
「地獄の中に光明を見いだし、その先にまた絶望を突き付けられる。
そんな、顔がたまらない。君は良い目をしますね…泣かせるのが、楽しみだ」
コイツ…真性のSだ。
正直言って泣きたいよ、もう…

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* * *
「やーれやれ、狙いはリドってトコだね」
ビーは、針に付いた血を振り払いながら言う。

4番街の入り口で、絡んできたのはガラの悪い男達。
もう、その人達は全員倒れてるけど。

人数は多いものの、本気ではなかった。
こっちの体力を削るのが目的ってとこね。
あーあ、この呼び出しも益々怪しくなってきたわ。

「ビーって、針が武器なんだね。そんな人、初めて見た」
普通より長いだけの針。
それで刺すだけで、大の男が倒れていく様はホント珍しかった。
「だろ?東の方の、古〜い技なんだぜ。…俺に興味持ってくれた?」
彼は針をジャケットにしまいながら、嬉しそうに笑う。
「え?」
「だって、リドは俺を全然知らないのに、名前以外聞いてこないし」
「あ、ごめん…」
謝るべき、なのかな?
「そんなにホークが心配?」
「え、えぇ!?」
突然、その名を出されて動揺する。
別に動揺する理由も無いのになー…
「最近、噂だもんなー。ホークがウェイター目当てで、レッドムーンに
通ってるって」
探るような目がこっちを見る。
や、やっぱ、アッチの人なのかなぁっ。
私も同類って、誤解されてる!?
…バラしちゃった方がいいよね。悪い人じゃ無いし、少なくともホークに
対する誤解は解いてあげたい。

「あ、あのね、ビー。わ、私、本当は女なんだ」
「え?」
意を決した告白に、ビーが止まる。
「レッドムーンにいる時は、護身のために男装してるんだけど…」
「マジ…?」
「ま、まじ。」
頷くと、ビーは信じられないといった風に頭を掻く。
私、そんな男らしかったとは、思わないんだけど…
「そ、そうか。あ、いや、ちょっと驚いただけだから、気にしないでくれ。
そうか、女の子かー…って事は、もしかしてホークとは本当に?」
「う、うん…」
う〜、なんかビーの顔が見れない…。

俯く目の前に、手が差し伸べられる。
「そっか。教えてくれてありがとう。改めてよろしく」
チラリと目線をあげると、ビーの笑顔があった。

一緒に来てもらって正解だったわ。
緊張が少しほぐれる。
私達は再び握手を交わす。
「俺の事も、沢山探っていいよ」
「じゃあ、ビーはホークと仲良いの?」
「いきなりそれぇ?」
最初に飛び出したビーへの質問が、ホークに関する事だったからか、彼は苦笑する。
「ま、いーや。アイツとは腐れ縁だよ。俺は最近、遠出してたからリドとは
今日がハジメマシテ」

そんな会話をしながら、私達は先へ進んだ。


* * *
4番街は倉庫街だった。
どっか外国の会社の持ち物らしいけど、倒産し、その後はほったらかしなのだ、
というのは、ビーの情報。

その一番奥。扉に1と刻まれた倉庫の前に、男が5人立っている。
私もビーも、迷わず進んで行く。
男達は無言で扉を開け、私達を中へと誘った。

目に飛び込んできたのは、横に広いおじさんの後ろ姿…と、ソレに
くっつかれてるホークっ!?
「ホークっ!」
「リディっ…!」
うわー、ホークが涙目になってる。…ちょっとかわいい。
って、喜んでる場合じゃない。

扉の閉まる音が響く。
扉の前には5人の男。帰す気無さそう…
倉庫の中は、木箱が山積みのままで、
立ち回りには少し狭いかもしれない。
でも、私になら有利だ。

「チッ、いいトコだったのに…」
スコットがゆっくり振り向く。
何がいいトコよっ!ホークは……私の…なんだからっ。

こっちの気に障ってるのも気にせず、スコットは私達を軽く一瞥する。
「おや、招かれざる客がいるようだ」
「俺の事かい?仕方ないだろ、アンタ、手紙に地図も付けてないし」
「うっ…」
人数はこっちが不利なのに、ものともしないビーの突っ込みに、スコットが
黙り込む。
「それに、こんな可愛いお嬢さんを、一人で危ない目にあわせらんない
じゃないか」
いうなりビーは、静観していた私の肩を抱き寄せた。
え、ええっ!?
「ち、ちょっとっ…」
慌てて振り払おうとするけど、抱き締められるように、更に引き寄せられる。
「ビー!人の目の前で、なにサラすかテメェっ」
「へっへーんだ、悔しいだろー」
「あ、あのぉ…」
な、なんか、鳥肌が。
冗談だろうけど、ホークが怒ってるし、離れてほしいんだけど…。

急に場がピタリと静まった。
「っ!」
ちょっ…ちょっと何する気!?
スコットが手にしたナイフを、ホークの顔に押しつけたのだ。
そして、ビーを睨みつけながら彼は言った。
「もう用は済んだ筈。あなたは出ていってもらいましょうか」
私は焦ってビーを見るけど、彼は冷静にスコットを睨み返している。
…それよりいい加減、離れて?



スコットの視線がこちらに移った。
「その男が出ていかないと、ホーク君は失明しますよ」
「俺としちゃ、ホークがどうなろうが関係無いんだが…」
駄目だってば!
ビーの冷たい声に、必死で首を横に振る。ホークを傷つけたくない。

ビーは私から離れると、諦めた顔で踵を返す。
「リド、充分気を付けて」
去り際に彼はそう耳打ちし、一瞬だけ私の手を握って行った。
…うん。大丈夫、頑張るよ。

* * *
「お話とはなんでしょう」
ビーの消えた倉庫内で、私はスコットに向き直る。

スコットは咳払いをすると、うやうやしく、そして不適なほど大仰に
私の前で跪く。
役者の様な動き。
その中、瞳にだけはその心中から滲み出る、暗い火が灯ってるようだった。

「アイリーディア殿。貴女には、私の花嫁となって頂きたい」
「はぁ!?」
告げられた言葉は、思いがけないもの。
あまりの事に二の句を継げない。
「私はゲイですが、愛が無い訳では御座いません。男装姿の貴女を見て、
胸が高鳴った。貴女なら、女を受け付けない私でも、一緒に暮らせると
思えるのです」

かなり嬉しくない。
「勝手な事ばかり…」
「もちろん、こちらのホーク君とのご関係は存じております。ですので、
お二人で私の屋敷においで頂いて結構ですよ。私も、その方が嬉しい…」
目!目がいやらしいっ!ホークに向ける目がっ!
「冗談じゃありません!今すぐホークを解放して、私達を帰らせなさい。
そうすればこの件、おじ様には内密で済まして差し上げます!」
「ふっ…貴女さえ手に入れてしまえば、ノーア家の頭領など…」
諦め悪っ。
そんな簡単なら、私達の苦労は無い。
「あのレオンおじ様が、それくらいでおとなしくなるとお思いですか?」

「交渉決裂ですな。残念です」
しばし睨み合った末、スコットが握ったナイフに力を籠める。
ホークの頬から、朱が垂れた。
「何をっ!」
思わず、剣に手を掛けるけど、スコットは涼しい顔で言い放つ。

「おとなしくしていて下さい。私は本気です。ホーク君を守りたかったら
抵抗は考えない事です」
「………」
ナイフをホークの目の下、ギリギリに突きつけられる。
私は剣から手を離し、諸手を上げるしかなかった。
「馬鹿っ!リディ、逃げろっ」
「でも…」
ホークの頬に浮かぶ赤い筋に、視界がぼやけそうになる。
「貴女が私の花嫁になるしかないと、解らせて差し上げます。
少し乱暴な手ですが…」
背後の男達に、好色な顔で取り囲まれる。
これは私でも、何をされるのか予想がついた。



「やはり、ホーク君を目の前にしてしまうと、私は貴女では勃ちませんな。
その人達で我慢して下さい」
「リディ!逃げるんだっ」
…嫌だよ。
この人のお嫁さんになるのも、あなたがひどい目に合うのも嫌。

「まず、剣をこちらへ」
腰のベルトから鞘ごと剣を外し、スコットの足元へ滑らせる。
「おいっ」
ホークの切羽詰まった声。
無手勝流は自信無いけど、大丈夫。私はホークに笑ってみせた。
怯えるもんか。手は尽きてない。
…そんな心配そうな顔しないでよ。

「次は?」
「気丈ですな。では、貴女に少しでもお楽しみ頂けるよう、私からの
プレゼントです」
男の一人が近づく。
身構えた瞬間、霧状の何かが視界を覆った。
「な、なに!?」
男の手に霧吹きの様な瓶が見える。
吸い込んじゃった…凄い甘ったるい。
なんかの薬?

「解放されたくなったら、お言いなさい。私の屋敷へ御招待致します。
なるべく長く頑張れば、もしかしたらホーク君だけでも逃げられる
かもしれませんよ…」
「そう」
ホークだけでも。それで良い。
だけど、ホーク以外の人に体を許す気も無い。
勝算が無い訳じゃない。頑張ればきっと、なんとかなる。

その時、目眩に襲われた。

「リディっ!」
ホークの声だ…あれ?
私は、自分でも気付かないうちに床に倒れていた。
落ちていたのは、一瞬だろうか。起き上がろうとする。
「……ッ!?」
体が、変…。熱くて、ムズムズするような…。気を抜くと倒れそうになる。
力が入らない…
さっきの薬のせい…?もう一度、ゆっくり起きて、立ち上がる。
「ほう…立ち上がれるとは。素晴らしい精神力だ」
相変わらず、ホークにナイフを突き付けたままのスコットが言う。
早く、ホークを助けなきゃ。
もう少しアイツがホークから、離れてくれれば…

ボヤける頭で、解毒の呪文を必死に紡ぐ。…成功率は低いけど。
「解毒の呪ですか。私の薬は、そんなモノではどうにもできませんよ」
なんでもいい。チャンスの時まで、集中力を保てれば、それで…



体の中心から沸く疼きの波に襲われ、また膝をつく。
帽子が落ちた。
この感覚、ホークに触らてれる時みたい…
思い出してしまうと、全身が熱くなる。

「へー、ガキかと思ったら、美人のネーチャンだ」
「キモいおっさんに耐えた甲斐あったな」
「取り敢えず、剥いちまおう」
男達がにじり寄ってくるのを、私は待つ。
逃げろと叫ぶ、ホークの声が聞こえる。
気を抜けば疼きに支配されそうな意識を、ホークの声を聞きながら支える。

ホーク…あなたに、抱き締められたいよ…

うずくまる私の肩を、知らない男の手が掴む。
…今だ!
おじ様の使い魔に、魔法を発動させる。
閃光が視界を覆った。
立ち上がり、全力でホークに駆け寄る。

精神を集中させ、限界以上のスピードを引き出す『神行法』。
おじいちゃんから引き継いだ、私の切り札。

スコットは反射的に目を覆い、ナイフはホークから離れている。
床に落ちたままの剣を拾い、抜きざまに柄でスコットの顎を突く。
そのまま、ホークを縛る縄を斬り…
集中力は途切れた。


* * *

-intermission 2-----

「リディーっ」
なんで逃げねえんだ!
にやけた顔の男が、リディに触れる。
クソッ!あいつら全員、殺す…っ
焦れば焦るほど、刃先が滑る。

次の瞬間、閃光が視界を埋め尽くした。
気付けば、スコットは顎を押さえて倒れ、俺の体は自由になっていた。
なにが起こったのかは解る術もない。
ただ、目の前にはリディが立ちすくんでいた。
目に宿る鋭い光は見たことの無いもの。
その目もスッと閉じられた。

―カラン

剣の落ちる音と共に、崩れ落ちる体を受けとめる。
紅潮した頬。薄く開いた唇からは荒い息が漏れていた。
「リディ…」
呼ぶと嬉しそうに笑う。その顔はいつになく妖艶で、引き込まれそうになる。

「サンキュな。後は任せとけ」
リディを横たえ、上着をかけた。
惜しい状況だが、片を付けるのが先だ。
男達は、軽く気絶してただけなのか、すででに逃げ出していた。
当のスコットも出口に近づいている。

「逃げんなっ」
追い掛けようとした途端、荷物の陰から生えた足につまづいて奴は倒れた。
素直に出ていったと思ったら、どっかの窓から忍び込んでたのか。
足の持ち主、ビーはつかさずスコットの首筋に、針を突き刺す。
「逃げようなんて思うなよ。その針を抜けるのは、この辺じゃ俺だけだ」
ビーの針は延髄ギリギリまで刺さっている。
かすかな手のブレでも、やばいだろうな。



しっかし…
「ビー!お前、居たならさっさと助けろよ!」
急に怒りがこみ上げてくる。
俺がどーでもいいなら、さっさとヤツらをシメりゃいいだろに!
「ごめんごめん。リドが何か狙ってたみたいだからさ。いざとなったら参加…
じゃなかった、助けるつもりだったって。それより、ほら。薬のコト
聞き出さないと」
コイツ…いつかシメる。

「さて、スコットさん。こっちが聞きたいことは解るよね〜?」
「言ふっ!何でも言ふっ!は、はの薬は、ひゃい淫の術ふぉ込めた物で、
ひゃい眠術と変わらんっ。ひゃんとした方法で、解ひょすれは、問題無ひっ」
ビーが針に手を掛けると、ふがふがと答えるスコット。
リディに顎、割られたな。
「で、その方法って?」
「ひょ、ひょれは…」


おーい、マジか?
スコットの返答に絶句する。
催眠みたいなものって事は、下手打てば精神に支障が出るわけで。
つまりはソレを実行するしか無い、と…
取り敢えず殴ろう。
ビーも無言で針を抜く。

-―…

「おい、ビー。コレ持って早く帰れや」
一仕切りボコッた後、ぼろ雑巾のようになったスコットをビーに差し出す。
「ホークばっかずるい」
「ずるいも何も無い!大体、お前がいても無意味だろ!」
「ちぇーっ。いいなぁ…」
ったく、女なら見境無しか!
それでも渋々、スコットの襟首を掴む。
「ついでに俺の馬…」
「ああ、ここの脇に繋いであったよ」
「解った」
そうして、ビーはスコットを引きずりながら、名残惜しそうに消えた。

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