やあ、皆さん初めまして。
僕の名前は西園寺詩音、『しね』じゃないぞ『しおん』だぞ。
まあ、自己紹介とかそんな事は置いといて……今、僕はとんでもない状況に立たされている。
どんな状況かって? それは……
「で、私を妹にして頂けないかという件についてですが……」
……ありのまま、今の現状を話そう。
目の前には、長い黒髪をポニーテールにした小さな女の子(多分中学生ぐらい。見た感じだが)が、ちょこんと座っているんだけど……
その娘が突然押し掛けて来て、いきなり僕の所に来て発した第一声が『妹になりに来ました!!』なんだ。
ははは……普通、こんな状況に遭遇する事があると思うかい?
事実、僕は陥っているんだ、うん。
「あのね……僕に妹は必要ないし、欲しくも無いんだよ」
このやり取りは何度目かな……もう飽きたよ。
相手は子供だし、僕も強く出る気は無いんだけど―――しつこい。
もんのすごくしつこい。
一体、どうしてそんなにも僕に固執するんだ?
住所も年齢も言わないし、分かったのは『北城純』って名前だけ。
北城……何か聞き覚えがあるな……まあいいか。
―――よし、意を決しよう。
このまま同じ問答を続けて無限回廊に突入! じゃ埒が明かない。僕は単刀直入に聞くことにした。
「で、北城さん? 君はどうして―――」
「純とお呼び下さい!」
「……純さん、君は―――」
「もう一越えッ!!」
「…………純、き―――」
「グッジョォォブ!!」
「………………」
親指立てながら鼻血出した。
何だこの娘。
「コホン……で、純、君はどうして僕の妹になりたいんだ?」
これなんだよ、何でいきなり押し掛けてまで僕の妹になりたいのか。
……おい、そこ、最初っから訊けよとか言うな。
「それは勿論! 私が詩音さまLoveだからです!! あ、後お仕事でー」
何だよその理由。
思わず失笑してしまった。
僕、見ず知らずの人間に慕われる程人格者だったっけ?
違うとしても、この娘とは何の面識も認識も無いし、僕にそんな魅力があるとは―――
―――ああ、そうか、【財力】、か。
遊ぶお金でも欲しい……そんな所なのかな。
それでこんなにも僕に媚びて……成程ね。
まあ、少しぐらいなら別に構わないな……適当に金をやれば帰ってくれるだろ。
「……それで? どれぐらい欲しいんだ?」
もう面倒だ。さっさと引き取って貰わないと、僕が困る。
だけど、彼女は……
「ほえ? 欲しい……? んー……そうですねー……詩音さま全身全霊の愛を頂ければ……」
……全く、ふざけてるのか、この娘は。
嬉しそうに頬を赤らめて、まるでそれが本音のように言いやがる。
演じなくても、別にいいのにさ。
「君が欲しいのはお金なんだろう? ……あげるよ」
「え……?」
目の前の娘が、北城純が、目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
そりゃそうだろうな、何もせずにお金が手に入るんだから。
「別にそんな媚びな
くてもさ、資産ならそれなりにあるし、一週間遊び通せるお金ぐらいは―――」
「……要らないですよ」
「…………は?」
耳を疑った。
....
要らないだって?
「……いい加減にしろよ」
段々イラついて来た。
そもそも、何で僕はコイツの相手なんかしてるんだ?
適当にあしらって帰してしまえば良いだけなのに……何故、出来ないんだ。
オカシいな……。
「本気でそんな事言ってるのか? ……違うだろう。欲に生きるのは人間……いや、生物として恥ずかしい事じゃ―――」
そこで、僕は言葉を切った。
彼女が、北城純が、僕を見つめている。
何も言わず、僕の瞳を覗き込む。
何だよ、僕をそんな眼で見るな。
そんな、濁りも汚れも裏も無い様な瞳で見据えるな。
「私は、詩音さまの妹になりたい……ただそれだけなのです」
フッと、北城純は目を僕から逸らす。
くそっ、何なんだコイツは。
何なんだよ、僕にどうしろっていうんだ。
「……一応、聞こう。本気か?」
「……! 本気です! 本気なのです! 『本気』と書いて『マジ』と読みます!」
「………………」
そうか、そうかい……面白いじゃないか。
―――僕の心に、一つの遊び心が芽生えた。
「……分かったよ、妹にはしてやれないが、君を雇おう、この屋敷で。それならどうだい?」
僕は言葉を続ける。
「ほ、ほほほほほほ、ホントですかー!? マジなのですかー!?」
「ああ、本当さ。……ただし、条件がある」
条件? と、北城純が首を傾げた。
その覚悟が、上っ面でないか、試してあげるよ。
「はっ! まさか、夜の相t「髪を切れ」
何か不穏な単語が聞こえて来そうだったので、取り敢えず遮っておいた。
「髪を……ですかー?」
きょとん、と僕を見つめる。
「ああ、そうだ。それと、一人称は『ボク』……僕だと被るからね。んでもって、着る服はスーツ。後、語尾を延ばすのも止めろ」
「ほえぇ……?」
「その『ほえ』とかも禁止だ。ついでに、僕の事は詩音『さま』じゃなくて詩音『様』と言うんだ。漢字の方が見た目厳格そうだし」
「え……えと……?」
「まあ、平たく言えばアレだよ、男装しろと言っているんだ。それで、僕専属の執事になって貰う」
「はあ……」
ぽかーん、と僕を見つめる。一気に喋り過ぎたかな?
まあいいや、その覚悟が本物なら、これぐらいどうって事ない筈だ。
ほら、どうだ? さっさと音を―――
「……分かりましたのですよ、詩音様!」
上げろよ。
本当に、マジで何なんだこの娘。
「……本気か?」
「本気っす!」
即答。
そして、当たり前の様に鞄から鋏を取り出して(何でそんなもん持ってるんだよ)、躊躇無く、抵抗無く、問題無く、バッサリと髪を切り裂いた。
唖然、としていたんだろうか、僕は。
悉く、北城純は僕の予想をぶっ飛ばして行く。
「……予想外だ」
「はっ! ソフトバ○ク!」
「古いネタを引っ張り出すな!」
……思わず突っ込んでしまった。
「コホン……で、本当に良いのか? 給料も出さないんだよ?」
「はい、詩音様が望むなら!」
「家の雑務も、全部君の仕事なんだぞ?」
「はい! 花嫁修行の一環です!」
嫌な顔一つしない。
ここまで彼女を突き動かすのは、一体何なんだ?
「……念の為言っておくが、君は仕事を辞めるまで、この条件で生活しなきゃならないんだぞ?」
「はい!! どんな苛めにも対応できます!! 万能型なのです!!」
「苛めって……君、僕の事何だと思ってるんだ」
いかん…何かペースを持って行かれてる感じがする。
「とにかく、君を雇う手続きをするから質問に答えて」
「は、はいっ!!」
何故か身構える純を取り敢えず無視しておいて、誓約書を取り出した。
「君の名前は?(知ってるけど)」
「北城純です!」
「年齢は?」
「えーっと……今年で十八になります!」
聞き間違いか……?
「……もう一度聞こう、年齢は?」
「えと、十八歳ですが?」
「………………」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやコレはないだろ。
どう考えても小学生か中学生です、本当にありがt(ry
……コホン、まあ、良いだろう、十八歳って事にしておいてやる。
性別は、言わずもがな女……じゃなくて男。
条件だしね、後、何かと面白いかもしれないし。
「出身は?」
「生まれは日本、育ちはフランスです!」
へぇ……帰国子女って事なのかな。
「後は……はいコレ、ここに拇印でもサインでも、自分の証明になる物を……何で印鑑持ってるんだよ。……え? 必要な時に困るから? ……用意周到過ぎて、何らかの作為を感じるな……」
「気にしないのが一番ですよ、詩音様!」
「気にするだろ、普通……」
ぼやきながら、書き終わった書類を二つに切り取り、半分を純へと突き出した。
「それを持ってれば、君は僕公認の執事だ。無くすんじゃないぞ」
「は……はいっ!!」
純は心底嬉しそうにソレを受け取ると、大事に大事に折り畳み、懐へとしまい込んだ。そんなに喜ぶ事なのか、コレ。
まあいい、未成年だし、労働基準法に則って、八時間丁度ピッタリこき使ってやる。
嫌と言うまで、辞めると言うまで、続けてやる。
僕を、西園寺詩音を、嘗めるなよ。
「それじゃ」
「それでは」
『宜しくお願いします』
青年は不敵に微笑み、少女は無邪気に微笑えんだ。