Index(X) / Menu(M) / /

司9 (1)

◆aPPPu8oul.氏

リアルタイム投下にこだわっていた作者が頭を悩ませた約二ヶ月間を経過し、やっときました修学旅行当日。
十月の上旬、私立高のくせに行き先は広島・京都の定番コース。ちょっとばっかりマンネリじゃなかろうか。
いや多分、テロとかSARSとか、なんかそのへんの影響に違いない。
そんな設定の無理さとは無関係に、生徒達は楽しそうに電車の中で会話している。
「なー、UNOやろーぜUNO〜」
昼食も終ってぐちゃぐちゃした席を片付けながら、司が周囲に声をかける。
「やばい、デカイ荷物の方にいれちゃった」
「はぁ〜?」
ありがちなミスを犯したのは、散々話題に出てきていた司の親友だ。
「悪い。トランプやろーぜ。正直あの荷物開ける勇気は俺にはない」
色んな意味でな、と笑う親友の名は田宮健。
司との付き合いは一年半で、そのうち数ヶ月は男と女の付き合いをしていたという、不思議な関係だ。
「しょーがねーな。んじゃ何やる?」
「ババ抜き」
「大富豪」
「株は?」
和やかな空気の数メートル先では、隆也が女子生徒に囲まれて同じくカードゲームに興じている。
司がこのくらいのことで嫉妬することはないだろうが、どうも様子が気にかかる。
…いや、正確には司と健の様子が気にかかるのだ。
二学期が始まってからも気にしてはいたが、高校では担任とはいえ生徒と接触する機会は少ない。
そのただでさえ少ない機会を修学旅行の準備に奪われて、隆也は司を観察することができなかったのだ。
結局、夏休みがあけてからこの日まで、司が隆也の家に来たのは三回だけだった。
「……まぁ、それでも十分か……」
その三回分の司の甘え方を思い出すと、疑心暗鬼も顔を引っ込める。
生徒達に聞こえないように呟いて腕時計を見ると、到着予定時刻が迫っているのに気付く。
「ほい、そろそろ着くから終りにしような。荷物まとめておけよ」
「えー、先生ずるいっ!勝ち逃げじゃん」
「あと一回だけやろ〜よ〜」
勝負の途中で立ち上がった隆也には女子生徒の非難が集中するが、そこは笑顔でかわす。
通路を歩いて生徒達に声をかけ、司たちに近付く。
「そろそろ着くから片付けろよ〜」
何気なく言いつつも、視線は司に向いてしまう。"目が合うと照れるから"司はあまりこちらを向いてくれない。


曖昧な笑みを浮べて横を通り過ぎようとして、視線を感じた。健だ。
「どうした?田宮。俺の顔に何かついてるか?」
視線に敵意はなかったが、どこかいぶかしむ様な気配を感じた。
「いえ…なんでもないですよ」
口の悪い司と丁々発止のやり取りをしている健にしては歯切れが悪い。
しかし隆也は、今それを追及できる立場ではない。教師としてやるべきことをしなければ。

広島駅に降り立った一同は、バスで平和記念資料館へと移動した。
何度もここを訪れている教師の中には、資料館を足早に過ぎ去るものも多いが、隆也はしっかりと見て回った。
他の教師に比べ来た回数が少ないというのもあるが、そもそも彼は日本史の教師である。
ここにある情報を全て頭に入れても無駄になるということはない。
一階の展示を見ながら、ふと司を探す。やはり健と歩いているが、真剣に展示物を見ているようだ。
安心した隆也は自分のペースで館内を見学していたが、二階の展示を見ている途中で健に声をかけられた。
周囲を気にしながら言った健の言葉は、隆也の期待を見事に裏切った。
「…先生。俺、ちゃんと協力しますから……その、バレそうですよ、あんまり司見てるから」
「…そ、そっか…悪いな…」
恋敵かも知れないという疑いをかけていた自分が恥ずかしい。
頭をかく隆也に、健は笑う。
「頑張ってくださいよ、先生。じゃ、俺は行きますね」
「おお、ありがとな……」
司たちのところに向かう健を見送って、ため息をつく。そもそも健を信用するという前提で予定をたててきたのだ。
「今さら、か…しかしあいつもいい奴だな…」
自分だったらどうだろう。司を手放して、他の男に任せて、それを応援するなんて。
「……無理だな」
今は想像もつかない。手放したくない。
「………」
ため息をついて、足を進める。理由はともかくこの資料館には似合いの表情だ。
細心の注意を払って距離を保っている司を、視界の隅に収める。展示を見ながら、今度はゆいと何か話している。
何気なく足を向けようとして、さきほどの健の忠告を思い出す。
「……諦めるか」
今日は一言も話せないかもしれない。
後ろを通り過ぎる隆也の気配を感じて、司も同じことを思っていた。

平和資料館から宮島を回って、ホテルについたのは五時過ぎだった。
「六時から大食堂で被爆者の体験談を聞いてそのまま夕食だからな。遅れるなよ〜。あと広いから迷子になるなよ。
 夕食の後は自由行動だからな。他のお客さんに迷惑かけないように!」


クラス全体へのこの忠告を、司は数日前に聞いている。
一泊目だけ豪華なホテルをとった学校側の考えはよくわからないが、部屋ごとに風呂がついているのは嬉しい。
司の部屋は四人部屋の洋室だった。夕食後はほとんどの生徒がホテル内を散策していた。
土産物屋の数も多く、ゲームセンターも広い。
就寝は10時と決められているが、それまでに部屋に戻ればいいだけの話で、皆はぎりぎりまで遊ぶ気だ。
例に漏れずウロウロしていた司に、声がかかる。時刻は8時半だ。
「向こうにビリヤードあるらしいぜ」
「マジで?おい司、健、行こうぜ!」
同室の友人の誘いに、司は健に目配せして答える。
「悪い、俺ら後で行くわ」
「ちょっと用事があってな」
息ピッタリに言われると怪しむ余地はない。
「ん?そうか。じゃーな。後から来るならメールしろよ」
「おう」
そのまま二人で部屋に帰り、ドアの閉まる音にほっと胸をなでおろして、司は健に向き直る。
「…サンキュ。とりあえず第一関門突破かな」
「まぁな……サラシ巻いたまま寝るのか?苦しくね?」
司は苦笑するしかない。
「ま、そこは我慢だろ。じゃあ風呂入ってくるな」
「おー。お前が出たら俺も入るわ」
荷物を整理して風呂に向かった司に明るく言って、健はテレビをつける。
荷物を開ける度に注意しなければならないというのはだいぶ厄介だろう。
とはいえ実際、見つかれば言い逃れは難しい。
「……俺まで疲れるな、こりゃ……」
苦笑してベッドに倒れこむ。テレビは見たこともないローカル番組をやっているが、特に見たいとも思わない。
テレビを消すと、風呂場の音が響いてくる。
司の裸を最後に見たのはいつだろうか―きっちり半年前だ。健が知っているたった一人の女。
「いや……まぁ、終ったことだしな……」
きちんと付き合っていたわけではない。体は知っているけれど、司が女になってくれたのは抱いていたときだけだ。
終ればすぐに男に戻って、だから二人の関係はいつまでも親友だったし、そのまま何も変ってはいない。
それでも未練が断ち切れないのは、女々しすぎるだろうか。
「お先に失礼ーっと、なんだボーっとして。テレビなんかやってないの?」
頭をがしがしと乱暴に拭きながら出てきた司は、黒いTシャツにジャージ姿だ。
そのまま健の横に腰を下ろして、リモコンをいじり始める。
「あー、なんかやってたけど面白そうじゃなかったな……さて。んじゃ俺も入るかな」
体を起こした健の横で、司は顔をテレビに向けたまま答える。


「ほい、いってらっしゃい」
健が風呂に入っている間に、司は修学旅行のしおりと手帳をひっぱりだして今後の予定を確認する。
隆也は今は明日の打ち合わせをしているらしい。
そのまま教師連中は酒を飲むんだと言っていたが、酒に弱い彼がいつまでも飲んでいるとは思えない。
ホテルの中を歩き回って生徒の様子を見ているか、早々に部屋にひきこもっているのだろう。
「……来てもいいぞ、っつってもな……」
行っても隆也がいなければ気まずいし、行くところを誰かにみられるのもマズイ。行くなら深夜だ。
ごろごろとベッドの上を転がる。そばにいても触れられないのは寂しい。寄り添って、話をしたい。
「………」
ため息をつき、もう一度予定を確認する。明日はこの部屋で一番に起きて着替えなければ。
「…いや、その前に」
問題は例のビデオ鑑賞会だ。隆也に頼んで手に入れた動画の入ったCDをひっぱりだしてため息をつく。
「なんだ暗い顔して」
司と似たような格好の健に声をかけられ、顔を上げる。
「いや…鑑賞会をどう逃げようかなぁと」
「なんだ、見ないのかよ?この間は平気だったじゃないか」
健は平然と言うが、司は眉をひそめてわずかに頬を赤くする。
「……あれでもヤバかったんだよ。触られたらすぐバレるし……」
そう言われると、健の顔も赤くなる。
「そ…そっか。仮病でも使えよ。俺が口裏合わせといてやるからさ」
「うん、そうする…で、何持ってきた?」
こういうところが司だ。健の照れはどこかに消えてしまう。
「俺?俺をナメんなよ〜、絶対かぶんないようなの持ってきたぞ。そういう司は何だ、それ?」
不適に笑う健に、こちらも不適に笑う。
「ふふん。俺のは正直凡人には理解できないぞ。むしろ俺にも理解できん」
「なんだそれw」
こうなるともう、お互いの性別はどうでもよくなる。
「つっても中身まだ確認してないんだよな。先生に焼いてもらったから」
「はぁ!?お前チャレンジャーだな…先生引いただろ?」
「いや、引いても押し切るのが俺の信条」
あっさりと言い切る司に、健は関心したようなため息を漏らす。
「…わかんねーな、お前と先生の関係……いや、話聞いてるとベタ惚れなのはわかるんだけどさ…」
「まぁな。…ちょっと見てみるか?」
照れたように笑った司が、ひらひらとディスクを振ってみせる。
「お。興味津々、って感じだな。よし、んじゃちょっと見るか……」
健はノートパソコンを取り出し、司の持ってきた映像を再生する。


ノートパソコンを持っているもう一人とのジャンケンに負けて、わざわざ荷物を重くしてきたのだ。
「お、はじまっ…………」
健は絶句する。それに対して司は真顔で親指を立てる。
「………予想通り。先生グッジョブ」
しかも発言が半角だ。ねらーだ。いや、ドワンゴのCMの影響か?
「…いや…グッジョブってお前…」
目の前の映像と音声は、真顔というより表情が固まってしまうようなものだった。

*作者の都合により音声のみでお楽しみください
『ほら…このままお前の薄汚れた肌を全部剥いでやろうか…?』
『いや……いやぁ……お願い…やめてぇ』
『…動くなよ……ちゅ……ふふ、うまいぞ、お前の血は甘い……』
『あ、あぁ……あ……』
『いやらしい雌だな……傷つけられて感じるんだろう?……この変態が!』
『いや……そんな……あ』
『嘘をつくな。汚らわしいここをこうして欲しいんだろう?』
『だめ、だめ……そこは……あぁっ……』

「…これはほんとに……理解できんな……」
ドン引きの健の台詞に、司は深くうなずく。
「よし、いい引き具合だ。(先生が)厳選した甲斐があった」
「いや……なんでこれを選ぶ、お前は」
思わず停止ボタンを押した健の声は完全に呆れている。
ディスクを受け取った司は顔色一つ変っていない…ように見えるが。
「いや…下ネタ振りにくくなるかぁ、と思って。これでも、下ネタ話すたびに内心ドキドキだったし」
ちょっと困ったような表情は、女の子らしく見えないこともない。
「……そーか。…なんだその……今後気をつける」
ぽりぽりと頬をかく健の顔を横目に、司はベッドにもぐりこむ。
「いーよ。それよりそろそろアイツら帰って来るだろ。頭痛と吐き気がするってことにしといて
 これはお前が預かっといて。皆に見せてドン引きさせてくれ」
健は預けられた映像をもう一回見なければならないことに気付いて肩を落とす。
「あ、あぁ……」
「んじゃおやすみ……」
「…おやすみ」
力なく答えた健は、手元のディスクを弄びながらぼんやりしている。
「…そーいや俺の見せてなかったな。ま、いっか……」


「そうだ。見てない」
がば、と起き上がった司の反応の速さはちょっと意外だ。
「見るのか?」
「見る。お前のあの自信が果たして俺に勝てるだけのもんだったのかを確かめたい」
「…わかったよ。ほら、これだ」
あの映像には勝てる自信はないが、それなりのものは用意してきた。
ファイルを再生すると、いきなり安っぽいCGアニメーションが始まる。そこに映し出された文字は
『ガチャピンvsムック』
「……タイトルからして嫌な予感なんだが」
「うん、その予感は裏切らないぞ」
ガチャピンの頭をかぶったねーちゃんとムックの頭をかぶったにーちゃんがプロレスを始めたんですが。全裸で。
そして負けたねーちゃんが犯されてるんですが。ガチャピンかぶったまま。
「……くだらねー」
「うん。その反応が欲しかった」
「こんにちはー」
ノックの音とともにいきなり聞こえてきたのは可愛らしい声。
「み、三崎さんだ!」
「やべ、隠せ」
よりによって三崎ゆいか!と叫びたい気持ちを抑え、司はベッドにもぐりこむ。
「いいか、打ち合わせどおりいくぞ!」
「お、おう」
慌てて片付けた健が深呼吸してドアを開けると、純真無垢を絵に描いた様な笑顔のゆいがいた。
「こんにちはー。あ、こんばんはかな?田宮君がいるってことは司君もいるよね?お邪魔しまーす」
「え、あ、うん…って、あ、三崎さん?」
一人でにこにこ話して一人で納得して、健の返答など待たずに遠慮なく部屋に入り込む。
後を追う様に中に入った健は、なんとか打ち合わせどおり話を進めたい。
「あ、司はなんか気分が悪いって言って……」
「え、大丈夫?先生には言ったの?」
ベッドで寝たふりをしていた司の眉がぴくりと動く。
「いや、まだ……」
「だめだよちゃんと報告しなきゃ!あたし行ってくるね!」
真面目なゆいのもっともな台詞に、健は止める術を持たない。
「え、あ、ちょっと、三崎さん」
「お薬ももらってくるね!ちょっと待ってて!」
ゆいは健の制止を物ともせず部屋を後にする。ドアの閉まる音と同時に、司が跳ね起きた。
「何してんだよ健っ!」


「うるせー、だったらお前が起きて止めろよ!俺じゃ三崎さん止められねーよ!」
「俺だって止められねーよ!」
本当は起きて事情を説明すればいいのだが、そうなると今度は健にゆいとのことを説明しなければならない。
そうなるとまた話がややこしくなるのは目に見えている。
「…とにかく俺は仮病を続行するぞ。口裏合わせろよ?」
「わかった…うわー。考えてなかったな。このタイミングで三崎さんが来るとは…」
司も再びベッドにもぐりこんでため息をつく。とんでもない伏兵がいたものだ。仮病がホンモノになりそうだ。
じゃんけんで負けた司が副班長にされたので、大方明日の打ち合わせに来たのだろう。
時計は九時半を回っている。幸いなことに、同室の友人達が帰って来る前にゆいが隆也を連れてきた。
感情はそれほどでもないが肉体的な四角関係が構成されていることが恐ろしい。
「…田宮。高槻どうしたんだ?三崎は焦ってよく聞かないで俺を呼びに来たらしくってな…」
「……ごめんなさい」
うなだれるゆいは本当に可愛らしいのだ。だから許されるのだろう。
「いや、いいよ。三崎さんは悪くないって。えーと、なんか夕飯食った後から気持ち悪いっつって…」
健の話を聞きながら隆也は司に歩み寄って、寝顔を覗き込む。
「そっか。つ…高槻、起きてるか?」
ゆいと健が同時に「あ」という顔をして、はっとしてお互いの顔を見る。視線が交錯してまた目をそらす。
面倒なことこの上ない関係だ。
「…はい…」
司は演技力満点の弱弱しい声を出す。額に隆也の手が当てられると、嬉しくて笑ってしまいそうになる。
「……熱、はないな。まだ気分悪いか?」
隆也は隆也で、そのまま頭を撫でてやりたくなる。ボロが出る前に、と手を離す。
「……はい……気持ち悪いのと、頭が痛くて……」
「そうか……」
じっと司の顔を見入っていた隆也はふと健に向き直る。
「どうせお前ら今日は騒ぐんだろ?」
「え、あ…はい」
騒ぐどころか…とか言わなくてもこれから何が起きるのかを知っている隆也に嘘をつく必要はない。
「じゃあここにいたら治るモンも治らないな。病人用の部屋があるのは知ってるよな?そこに移動するか?」
再び司に向き直った隆也の台詞は実に用意周到だ。その他三人がそろって感心する。
「…あ、はい。もう少ししたら動けそうなんで…」
「うん。無理はしなくていいぞ。じゃあ田宮、後は任せたぞ。俺も後で様子見に行くからな。
 あと三崎、あんまり男子の部屋に出入りしないように。そろそろ就寝時間だぞ。じゃあな」
教師らしい発言の中に色んな思惑がこもっている、ような気がする。
『はい……』
その辺を敏感に感じ取ったゆいと健の声が揃う。


『………』
隆也が出て行くのを確認して、三者三様のため息をつく。最初に口を開いたのはゆいだった。
「えーと、ね。司君と明日の予定、話しておこうかなって思ったんだけど…体調悪いなら無理しちゃだめだよね
 特に予定と変ったことはないから、安心してゆっくり休んでね?」
ほんとうに真面目で優しくて、いい子だ。ただどうにも天然で、頑固なのが困りものだが。
「うん。わざわざごめん……」
「あいつらが帰ってきたら俺が連れてくから、三崎さんはもう大丈夫だよ」
健にそう言われても心配そうに見つめるゆいと目が合って、司は笑ってみせる。
「うん。早く部屋帰りなよ。三崎さんの彼氏に誤解されるのもヤだしなw」
ぱっと頬を染めたゆいは、やっぱり可愛い。
「つ、司君っ!」
「あはは、じょーだん……あ、やっぱ駄目ぽい。ごめん、少し休むわ…」
司とゆいのやり取りを見ていた健はどこかぽかんとしている。
「もう……じゃあね、田宮君、よろしくね?」
「あ、うん…じゃあ、おやすみ」
声をかけられ我に返った健に、ゆいは笑顔を返す。
「おやすみ。また明日ね」
「おやすみ」
一通りの挨拶が済んでゆいが部屋を出ると、健が口を開く。
「お前、いつのまに三崎さんと仲良くなったんだ?司君、とか言ってたぞ」
「あぁ…夏休み中に色々あってな。しっかしタナボタだな。これで今日は安心して寝られそうだ」
「まぁな……」
ふいに健は黙り込む。頭だけ起こした司が声をかけようとすると、絶妙なタイミングで友人達が帰ってきた。
色々の質問を持ち前の演技力でカヴァーした司は、健の肩を借りて病人専用部屋に移動する。
そこにはすでに、隆也が待っていた。
「よ。ご苦労さん。どうせ仮病だろ?」
第一声でそう言い切る隆也の表情は、どこか嬉しさを隠しきれていないようだ。
「…どうせって、先生心配してくんなかったの?」
拗ねたような口調の司の声にもどこか嬉しさがにじんでいる。甘やかな空気の中は、居心地が悪い。
健は努めて平静の声をだす。
「…じゃ、俺はこれで……」
部屋を出て行こうとする健に、慌てて二人が声をかける。
「お、おう。田宮、ありがとな」
「サンキュ。また明日な」
どことなく無理をした笑顔を浮べて、健は部屋を後にした。
残された二人は並んでベッドに腰を下ろし、何故か黙り込んでいる。


ふと、隆也の手が動いた。
「……司」
身体を横から挟むように腕を回して抱きしめ、耳元で呼ぶ。
「……うん」
司は少し体を傾け体重を預けて、それだけを口にする。
「…………だめだ。我慢できない」
触れたかった、と搾り出すように言って、隆也が司の唇を塞ぐ。司もそれに答えて、次第に激しく舌を絡めあう。
「……んむ……ん……ふ……」
隆也の腕に力が入る。司の腕も隆也の背に回る。
「ん…は、はぁ……はは、なんか、夏休みの最終日思い出すな」
恥ずかしげに笑って、さっきも触れたかった頭を撫でる。
「うん…ずっと、一緒にいたのにね」
こうやってキスの後に笑う司の目は、とても優しい。
セックスの最中の熱っぽい目もいいが、やはりこの表情が一番幸せを感じさせてくれる。
「なんかな……話せなくて悪かったな」
「ううん。俺も人前だと恥ずかしいし。しょうがないよ。……それより、ここにいていいの?」
「ん。明日の朝までに部屋に戻れば問題ない。まぁ、ほんとに病人が出て担ぎ込まれたらそうもいかないけどな」
苦笑する隆也に、司も笑いかける。
「出ないといいね。いろんな意味で」
「うん。そうだな……それと一つ問題なんだが」
色々と問題が多い中でこう切り出され、自然と司は緊張の面持ちになる。
「……何?」
隆也も、至極真面目な表情で言う。
「流石にここを汚すのはマズイんで風呂に行きたいんだが……ダメか? 」
風呂で何をするのか容易に想像ができて、ぱっと司の頬に朱が散る。
それを見て、隆也は笑い出しそうになるのを堪える。
「だっ……だめ、って…だって……誰か来るかもしれないんでしょ? 」
「来るとしても勝手には入れないぞ。オートロックだし鍵はここにある」
隆也の手元で鍵が鳴る。司の視線が呆れているが、まぁその辺はいまさらなので気にしない。
「……職権濫用、って言うんだよね、そういうの……」
「まぁそう言うな。これも段取りの鬼と呼ばれた男ならではの所業だ」
誇らしげな隆也に、冷静な突っ込みが入る。
「いや、胸張られても。……でも、じゃあ……ほんとに、大丈夫? 」
突っ込みは冷静だったのに、一度口ごもって頬を染めた司は、ひどく可愛い。
「もちろん。そうだな。風呂に入ってるときに誰か入ってきたら、司がもどしたことにするか。それと…」
「それと? 」


小首をかしげる動作に笑みをこぼして、ふざけた台詞を口にする。
「俺も酔っ払ってるから、一種の病人だから問題ないな」
「……それは教師として問題でしょ……」
苦笑した司の頭を撫でて、額に口付ける。
隆也は本当に少し酔いが回っているようで、よくよく見れば頬は赤く体も熱い。
ゆいや健の前で冷静に振舞えたのは教師としての体面というやつだろうか。
「二人っきりのときは教師も生徒もないだろ? …って、修学旅行先で言っても説得力ないな」
「ふふ。そーだね……せんせ? 」
少し語尾を強調する。本当に小生意気で、可愛い。
「ん……んじゃ、行くか? 」
「うん」
手を取って、風呂場に直行する。
脱衣所に入るなり隆也は服を脱ぎだし、司は背を向け、服に手をかける。
「……いい加減そこは恥ずかしがらなくてもいいと思うんだけどな」
早々と裸になった隆也は腰にタオルを巻きながら、サラシを解いている司に声をかける。
「……って、言われても……恥ずかしいモンは恥ずかしいし……」
見られていることにはいちいち文句を言わなくなっただけマシかもしれない。
頬を染めたまま、色気のないジャージと男物の下着から脚を抜く。
それでも身体を隠そうと司がタオルを探している間に、何の気なしに小振りな尻に手を伸ばす。
撫で回し尻肉をつかむと、びくんと背を反らす。
「ひゃっ!?せ、先生……や……」
「ん?いやいや、気にせずタオルを探してくれたまえ」
かくいう隆也の横にある棚にタオルがまとめられているのだが、気付かぬ振りで尻を撫で回し、指先で揉んでみる。
「で、できるわけ……ちょ、くすぐったい……」
耐え切れず振り向いた司に腕をつかまれ、ぐるりと手首をひねられる。
「いてててて、悪い、悪かったって」
あまり罪悪感のなさそうな隆也の謝罪を胡散臭げに聞きながら、司はさっさとタオルで前を隠す。
「先生、そこにタオルあるのわかってたでしょ」
視線が痛い。ここでご機嫌を損ねたらこの絶好の機会が無駄になる。
「いや、知らなかった。そっちにもあるもんだとばかり」
なのにふざけてしまう自分のうかつさが恨めしい。
「しらじらしい。素直に謝ってください」
司は少々高圧的な態度だ。これではどちらが大人だかわからない。二重の意味でうなだれる。
「…ごめんなさい。わかってて悪戯しました」
ほとんど裸で頭を下げている自分の情けなさに涙がちょちょぎれそうな隆也に、今度は満足げな声がかかる。
「よろしい。……じゃ、はい」


浴室の戸をあけた司が、さっき払いのけた手を引く。表情は、照れているようだが、明るい。つられて笑う。
「はい」
手を引かれるまま浴室に足を踏み入れ、戸を閉めるとすぐに、後ろから司を抱きしめる。
抱きしめて、体を隠しているタオルを引っ張る。
「ん、先生……」
まだタオルを抑えている司の首筋に口付け、耳元でささやく。
「……見せてくれないのか?司の体……」
「う……だって……明るいし……」
だからこれが初めてじゃないだろう、と言いそうになるが、この恥じらいがあるうちが華だ。
過去の女性経験から言って、恥じらいがなくなるにつれ女は可愛くなくなる。間違いない。
「でも……じゃあ、このままするか?」
タオルを胸の辺りで抑える腕をよけて、下乳を軽く揉む。
「ふっ……んふ……やだっ……」
漏らす吐息が甘い。
よし、と心の中でガッツポーズ。少し力が抜けた隙に、無理矢理タオルをひっぱって剥がす。
「あ……」
「隠すなんてもったいないだろ……せっかく最近締まってきたのに」
そう、何故か司は最近体を鍛え始めたのだ。もとからそういう願望はあったらしく、なかなか熱心にやっている。
司の腕をとって耳たぶを甘噛みし、その成果の現れ始めた腹部をゆっくりなでる。
「ひゃ、ん……ん……」
「ここも……触り心地最高だし……」
最近少し大きくなった、気がする胸を下から持ち上げるように揉むと、司がみじろぐ。
「は……あ、んんっ……」
数時間前までの司からは想像もつかない甘い息が漏れる。
硬くなりかけた乳首を摘むと、ひときわ高い声とともに体が震える。
「ひやぁっ……あ、はぁ……あん……」
うなじを舐めあげて、司の髪が短いのに感謝する。手は乳首を弄び続けている。
「ふ、あぁ……せんせぇ……」
ふるふると震える体を支えようと片手で腰を抱く。ふと視線を動かすと、鏡が目に入る。
その中にある司の表情は、ひどく扇情的だ。
「ん……可愛いぞ、司……」
体を抱き寄せると、尻の割れ目に猛ったものが当たる。
「あ……せん、せぇ……」
それに気付いたのか、顔がこちらを向こうとする。
「……まだ、だろ?」
鏡の中の司を視姦しながら、右手を茂みの奥へと滑らせる。柔らかな花弁を撫で、揉む。


「……ん、は……はぁ……」
「脚……もう少し、開いてくれるか?」
ぴったりと閉じられていた脚が、僅かに開く。その隙に花弁を割り膣口に指を押し込む。
まだ濡れ方が十分ではないが、ここからは簡単だ。
ゆっくりと中をかき回し、抜き差ししながら陰核を撫でる。
「んふ……は、あ……はぁ……あんっ……」
司の体が前かがみになる。膝に力が入らないらしい。鏡に手をついて、ようやく隆也の視線に気付く。
「あっ……せんせっ……や、やだ……ぁ」
泣きそうな顔を見ながら、くちゅくちゅと水音をたてて抜き差しを繰り返す。
「いや、可愛いぞ、司……ここも喜んでるし……」
だいぶほぐれてきた膣内にもう一本指を押し込む。膣口と奥の締め付けがたまらない。
絡みつく柔らかな肉壁の感触に、尻に押し当てた肉棒が跳ねる。
「んあっ……あ、やぁあっ……だめ、だめっ……」
首を振る司の中で、二本の指を曲げ、かき回し、引き抜いては指の根元まで押し込む。片手は胸を揉み続ける。
「は、だめ…せんせぇっ……やぁ……ん」
鏡の中の自分から目をそむけるように、司は目を閉じて首を振っている。
ふいに隆也は指を引き抜き、両手で司の腰を掴む。右手が愛液で滑った。
「司……」
「ふ、はぁ……は……」
ようやく顔を上げた司と鏡越しに視線を絡ませて、膣口に先端を押し当てる。
ゆっくり上下していた肩が、僅か震える。潤んだ瞳が閉じられるのを見て、声をかける。
「……いくぞ……」
ゆっくりと押し込み、絡みつく膣壁をおしわけて、奥へと進む。
「ん、あ……は……う……っく……」
いつもとは違う角度で挿入したせいか、司の声が少し苦しげに聞こえる。
「んっ……司、痛いか……?」
首を振る。痛くないと言うのなら、何をそんなに声を押し殺す必要があるのだろう。
「ひょっとして……声が響くから我慢してる?」
「それも、あるけど……目、開けられないから……よけい……」
言われてみれば司は目を閉じたままだ。視界を奪われると、他の感覚が鋭くなるらしい。
感度が良くなるのはいいことだが、と隆也は思う。
「……目、開けろって。ちゃんと見てみろよ、自分の体……綺麗だぞ……」
「やだぁ……」
声に甘えが残っている。恥ずかしいのは本心だろうが、絶対にいや、というわけでもなさそうだ。
司の性癖を考えると、もう少し意地悪してもいいかもしれない。
「開けないと、このまま動かないぞ。それでもいい?」


きゅう、と膣が締まる。わかりやすい反応に、苦笑する。
「……先生、ずるい……」
司自身も自分が喜んでいることを自覚したのだろう。それ以上は何も言わずに、きつく閉じていた目を開ける。
鏡に手をついて尻を突き出したような格好はひどく恥ずかしい。恥ずかしいのに、その羞恥が快感になる。
眉を曇らせているのに嬉しそうな自分の顔を、これ以上は見たくない。視線を上に上げると、隆也と目が合う。
その表情はと、じっと見つめようとした瞬間、繋がった箇所から卑猥な音が零れて、快感が走る。
「あっ……は、ん……っ」
「綺麗だぜ、司……それにすごく、可愛い声だ……」
ゆっくりと腰を動かして、いやらしく絡みつく中を抉る。
「や、あんっ……ああっ……ふぁ……」
膝ががくがくと震えて、支えてやらなければ崩れ落ちそうに見える。
「……司……いいか……?」
「あ、ふっ……いい、よっ……んっ、いつもと……違うとこ、が……あ」
いつもと違う場所を擦りあげるたびに、喘ぎ声が響き、膣内は不規則に収縮を繰り返す。
「…は…司……つかさ……」
「あ、あぁっ……は、んっ……せんせぇっ……」
喘ぐ女の顔は決して美しくはないと思う。ただそれが、自分を滾らせるのだから仕方がない。
司の腰を支えたまま、夢中になって腰を打ちつける。快感が高まるにつれ、技巧を凝らす余裕がなくなってくる。
「んんっ……はぅ……は、あっ……」
「司……いい、声だ……」
噴出す汗が足元にまで流れ着いた。腕にかかる体重が重く感じられる。腰が立たないのだろう。
落ちそうな腰を突き上げると、上体が揺れる。薄く開いた唇から漏れる息が荒い。
「せんせ……は……せんせぇっ……あ……」
かすれた声に呼ばれながら、限界に近付いた肉棒をめちゃくちゃに抜き差しして膣壁をえぐる。
犯しても犯しても締め付けるそこに、自分も犯されているに違いない。
快感の奔流が体中をかけめぐって、頭の中を空にする。
ぷつんと何かが決壊するのを感じて、熱く狭い司の最奥につきたてた。
「あ、あっ……は……はぁ……」
かすれた喘ぎ声を聞きながら、しまった、と思ったときにはすでに遅かった。
弛緩した司の体が腕から滑り落ちようとしている。
射精の快感でぼおっとしていた隆也は慌てて腕に力を込めて、司の体を支えてゆっくりと床に腰を下ろす。
「…は……悪い、司……俺だけイっちまったな」
とりあえず精を出しつくした肉棒を引き抜いて、後ろから抱きしめる。
鏡の中をうかがうと、司は息を乱しながらも笑っている。
「は、はぁ……ううん……いいよ……俺も、気持ちよかったし……」
「そうか?……できれば司もいかせてやりたいんだけど…」


くしゅん、と可愛らしいくしゃみが台詞を中断する。
苦笑して頭を撫で、司の体をこちらに向かせる。汚れた腿に手を滑らせると、ぴくりと肩が跳ねた。
「んっ……」
「…流すか」
隆也はシャワーを手に取りお互いの下半身を流す。濁った水が排水溝に流れ込む。
証拠はしっかり隠滅しなければ、と床を流していると、されるがままになっていた司が、隆也の髪に手を伸ばした。
「……ね、先生……」
顔を上げると、じっとこちらを見ていたはずの視線が逃げる。
「……腰立たないん、だけど……」
言われなくても、それはわかっていた。最後はほとんど隆也の腕で支えていたのだから。
それでも、その事実を伝えるのが恥ずかしいのだろう。笑ってがしゃがしゃと髪をまぜてやる。
「……そんなこと気にすんなって。お姫様は黙ってりゃなんだってしてもらえるんだぜ? 」
「そっか。ふふ……じゃあ、黙ってる」
もうお姫様という単語にもいちいち噛み付かなくなった。慣れというものは少し寂しく、嬉しい。
笑う司の脚をふいてやりながら、少し甘やかしすぎているかな、と不安になる。
だがそれも、悪い気分ではないしむしろ快い。それも司が甘えるのが自分だけだとわかっているからだが。
「よし、ではお召しを」
ふざけた口を叩きながら司を抱え上げ、脱衣所で服を着せる。
「サラシはいいな、あとで」
「うん」
体を支えて服を着せてしまうと、やはりほとんど男子高校生に戻る。
その表情だとか小さいなりに自己主張している胸だとかを視界に収めると、今更ながら不思議な気持になる。
自分の衣服を整えながら、隆也は思う。
どの司が素なのだろう。すべてがすべてホンモノで、偽りなどないと言い切ってしまいたいのだが。
「さて姫。それでは寝所にお連れしましょう」
「はいはい。よきにはからえ」
頭を振って思考を切り替え、無邪気に笑う司を抱えあげる。行為の直後の重労働は少し腰に響きそうだ。
シングルベッドに司を下ろして腰を伸ばし、体の向きを変えようとして―抵抗を感じた。
「…………」
司の手が隆也の服を掴んでいた。無言のまま振り返って表情を探ると、寂しそうな目がじっと見つめている。
「……一緒に寝たい」
そういえば、司と朝まで一緒に過ごせたのは初めて抱いたときだけだった。
どうも男というのは即物的な生き物のようで、隆也はそれでも充分満足していたのだが、司は違ったらしい。
甘えた声で小首をかしげるという、即効性のある確実な技術も忘れてじっと隆也をみつめている。真剣なのだ。
「……うん。そうだな……」
知らず笑みがこぼれる。頭を撫で顔を両手で包んで、横に腰を下ろす。


「一緒に寝るか」
花もこぼれんばかりの笑顔を浮べる司は、何一つ偽ってなどいないだろう。
「うん」
半月を描いた柔らかな唇を塞いで、悲鳴を上げるベッドに倒れこむ。
口を離した途端、明日の起床時間は何時だっけ、と同じことをお互いに聞いて笑う。
修学旅行は一日目が終ろうとしている。蜜月旅行のような甘い夜は、さて、明日もあるのかどうか。


Index(X) / Menu(M) / /