Index(X) / Menu(M) / Prev(P) / Next(N)

課外授業

◆vr7MlHhdvc氏


幼い頃の思い出は、隣に住んでいたお兄ちゃんのこと。
思い出の中のお兄ちゃんは優しくて、頭が良くて、スポーツ万能で、とにかくかっこよくて、
理想の人だと思ってた。
勝手に恋人のつもりになっていた。
当然のことながら大真面目に。子どもらしい思い込みで、相手のことなんて考えない横暴さで。
ある日、何の疑念も危機感も持たず訪れたお兄ちゃんの部屋で、私はいたずらされた。
お兄ちゃんは、俗に言うロリコンの人だった。それも、度を越えた。
服を脱がされて、いろんなところを触られて、写真も撮られたような気がする。
幼い私は、ただただ怖ろしくて、私の脳には恐怖が強く焼き付けられてしまった。

その後まもなく、お隣さんは引っ越して行った。今はもう年賀状のやり取りもなくなっている。
それ以来、私は男の人が怖い。
女の子として見られるのも怖くて、だから私は、男として生きることに決めた。
幸か不幸か私が中学校にあがる頃に、両親が離婚。
私は母とともに、行ったこともない母の実家に居候することになった。

私、いや俺の名前は藤 真尋(フジ マヒロ)。
突然だが、人生16年目にして俺は死にかけていた。

目覚めた場所はベッドの上。
しかし、自分の部屋の見慣れた天井ではない。消毒薬の匂い……頭上には点滴のパックが見えた。
一瞬状況が把握できずに、ここ最近の記憶を高速検索する。
おぼろげながら、救急車で運ばれた夜のことを思い出し、知らず強張っていた体から力を抜く。
どうやらここは病院のようだ。
ナースコールで駆けつけた医師と看護師によると原因不明の高熱が3日間続き、食事も受け付けず、一時は昏睡状態にまで陥ったらしい。

「あと1日意識が戻らなかったら、危なかったんですって」
とは、俺の母親の言だ。
ようやく固形物を食べられるようになった俺のリクエストで、りんごの皮を剥いてくれている。
「ごめん、母さん。仕事忙しいんだろ?」
「何言ってるの。仕事より真尋の方が大切っていつも言ってるでしょ」
と、キレイに切り分けられたりんごを口に入れられる。
「んっ……おいしい」
「良かった。ところで真尋」
しゃくしゃくとりんごを咀嚼しながら次の言葉を待つ。

「何で、病院でまで男の子の格好なの?」
「っ!?」
唐突な問いに口の中のりんごを吹きそうになり、無理やり飲み込むが激しくむせた。
母さんに背中をさすられて、何とか平静を取り戻す。
「けほっ、何でって?」
「だって……さすがにお医者様には嘘はつけないし、保険証も性別は女って書いてあるし、
わざわざする必要ないかなーって」
今、俺は男物のパジャマを着て、胸にはさらしを巻いている。
普通、病院内は男女で部屋がわかれているが、俺のいる個室はどちらかと言えば男性用エリアに近い。
「逆に落ち着かないんだよ。家じゃないところで女でいるのなんて」
男として生活を始めてもう4年になる。
意外とすくすく伸びた身長は170くらい。
女らしい丸みは殆どなくて、胸をさらしで潰してしまえば充分男で通るだろう。
家でだって女であることを忘れてるのに、不意の病気で入院したからって急に女に戻れるハズもない。
「もし、学校の誰かが見舞いに来たら言い訳できないだろ」
それはそうだけど……と頷くがあきらかに納得していない気配が濃厚だ。
「せっかく母さんに似て美人なのにもったいない」
ここはつっこみどころだろうか。
確かに母さんは、高校生の子供がいるバツイチには見えないぐらいの美人だ。
だが、俺には母さんのような艶というか、色気がない。
あっても困るけど。



コンコン──

言い訳を重ねようとしたところで、ノックの音がして、そちらに視線を向ける。
「はーい」
母がよそ行きの声で来客を出迎える。
開いたドアから入ってきた人物を見て、一瞬心臓が止まりそうになった。
そこにいたのは、花束を抱えた制服の少年。
「……春日?」
「お友達?」
母の目が観察者のそれに変わる。
そこに宿っているのは純粋な好奇心だ。興味があるのも当然だろう。
俺は、学校の友人を家に連れて帰ったことはない。
それなりに友人はいるが、親友なんて奴はいないし、狭く、浅い付き合いしかしていないからだ。
「あ、ああクラスは違うけど同じ学年の……」
「はじめまして、春日 伊織(カスガ イオリ)です」
春日は、母に向かって丁寧に挨拶をする。
イマドキの高校生とは思えないような折り目正しさだ。

恐らく180以上はあるだろう長身に、いかにも女の子受けしそうな優しげな整った容貌。
声にもどこか甘い響きがあった。
言うまでもなくかなりもてる。
確か彼女はいなかったはず。
何チェックしてる自分……。
自己嫌悪に陥りながら、学校にいる時の自分にスイッチを切り替える。

上機嫌な母は、春日が持参した花束を抱えて病室を出て行ってしまった。
個室に二人きりになり、気まずい沈黙が流れる。
「あ、これ先生から」
「どうも……」
手渡されたプリントに目を通すフリで間をもたせる。
内容なんて頭に入んねーよ。
何で春日が見舞いに来るのかがわからない。
そもそも、同じクラスの奴らだってまだ誰も来ていないのだ。
学校から出たプリントを持ってくるなら、担任かクラスメイトだろう。
それを何で、殆ど話したこともないような春日が……?
普段は聞こえもしない壁時計の秒針の音が、やけに大きく響く。
しかも、なんかすげぇ見られてるような気がする。
「何で俺が見舞いに、って思ってる?」
思っているが、口には出さない。
やっと口を開いたかと思えば答えづらいこと聞きやがって。
「俺の家、この近くなんだ」
なるほど単純明快だ。
「そうなんだ。わざわざありがとう」
「……それじゃ、次は学校で」
意外とあっさり帰った春日の背中を見送って、長く深いため息を吐き出す。
心臓に悪い……。

「あら、春日くんもう帰っちゃったの?」
花束を花瓶に活けて戻ってきた母は残念そうだ。
「長居されても困る……話したのなんて今日が初めてだよ」
「そうなの? かっこよくて、礼儀正しくて母さん好きだわあんな子」
「やだよ俺、同い年のお父さんなんて……」
俺の軽口に乙女のようにはしゃぐ母さんに呆れつつ、目を閉じる。
「なんか疲れた。寝る」
「じゃあ母さんも仕事に戻ろっかな」
「うん。ごめんね……」
「まだ言ってる。明日もくるから、おやすみ」
「おやすみ……」



結局、3日後に退院するまで学校関係者が見舞いに訪れることはなかった。
春日もあれ以来姿を見せていない。
そういえば、次は学校でとか言ってたような気がする。
なんとなく拍子抜けだが、バレるよりはずっといい。
やっぱり男装してて良かった。

退院してから、初めて学校に行く朝。久しぶりに袖を通した制服は夏服から冬服に替わっている。
何だかもうずっと学校に行ってなかったような気分だ。
ほんの一週間だというのに。
「行ってきます」
家から学校までは徒歩で10分ほど。
春は桜の回廊となる、ゆるやかな坂道を上っていくと、その先に高等部の校舎が見えてくる。
俺の通う学校は共学で、中高大と一貫教育の私立校だ。
校則らしきものはないに等しい。
良く言えば生徒の自立心を育て、悪く言えば何が起こっても面倒は見てくれない放任主義の学校だ。
そんな学校だから、俺も気兼ねなく男として学校生活を送ることができている。

授業ははっきり言ってわけがわからなかった。
特に数学、何その公式。
俺知らねーよ。
……一週間も休めば当たり前か。
仕方ない、誰かにノートを写させてもらおう。
とは言っても、誰に頼もうか……。

思案していると、ノートとプリントが目の前に現れた。
大げさでなくどさどさっと音がして、雪崩をおこしそうになっている。
見上げるとそこには俺のクラスの委員長がいた。
ストレートの黒髪に、黒いセルフレームの眼鏡が表情を隠しているが、実はかなりの美少女である。
眼鏡の奥から気の強そうな瞳がまっすぐ俺を見返していた。

「委員長?」
「藤くんが休んでた間のノートです」
硬質で、事務的な声が降ってくる。
「……1週間分?」
「ええ、全教科分あります。コピーですけど」
この分量なら、コピーをとるだけでも大変だったハズだ。
「授業に追いつくまで必要だと思って」
きっちりファイルされたノートには、委員長らしい生真面目な文字が整然と並んでいた。
「ありがとう。助かった」
本当に助かったので素直に礼を述べる。
「いえ……」
委員長は口の中で何かを呟いて行ってしまった。
面倒見いいな、さすが委員長。
男なら惚れてるとこだ。

放課後、俺は部活をパスして図書館に向かった。
学校の敷地内にある図書館は校舎とは別棟になっていて、渡り廊下で中等部、大学とも繋がっている。
市立図書館並みの蔵書と設備を誇るこの図書館には、完全防音で個室の自習室があるのだ。
事前に申請が必要だが、一人になりたい時にはうってつけの場所だった。
人気のまばらな館内をまっすぐ横切って自習室へと続くドアを開け、一番奥の個室を選ぶ。
中には簡素な机と椅子が2脚。
壁には時計。
窓はあるがはめ殺しのため開かない。
ここは角部屋で、校舎には面しておらず、窓から見えるのは雑木林だけだ。

「ふぅ……よし、やるか」
窓側の椅子に倒れこむように沈み、ため息をついてから委員長お手製のノートに取りかかった。
黙々と集中して文字を書き写す作業に没頭していた俺は、ドアの開く音で現実に引き戻された。



誰か来た?
目を向けると、そこにはやっぱり人がいた。
中にいた俺を見て驚いているその人物には見覚えがあった。
しかもごく最近。

「あ、ごめん。使用中になってなかったから」
そこにいたのは春日だった。
自習室は外から中が見えないため、ドアに「使用中」の札をかけることになっている。
俺はかけるのを忘れてしまっていたらしい。
春日はご丁寧にも札をかけてくれたようだ。
「悪い、ありがとう」
見ての通り使用中なのだから、他の部屋に行くのだろうと思って再びノートに目を落とす。
だが、ドアの閉まる様子がない。
そおっと伺い見ると春日も俺を見ていた。
うわっ、目あった。
でも男モード全開の俺は、頬を染めて目を逸らすなんてかわいらしいことはしない。
逆にまじまじと見つめてしまう。
ちっ……やっぱかっこいいわこいつ。

どれくらい無言でいたのか、ようやくどうして出て行かないのかと疑問に思い始めた頃、
春日は全く予想外の行動に出た。
ドアを閉めて俺と向かい合わせの席に座ったのだ。
「あ、あの……?」
戸惑う俺に春日はごく真剣な、けれど優しい目で言った。
「それ休んでた間のノート?」
「そうだけど……」
「先週の数学ってかなり厳しいトコやってたんじゃなかった?」
「ああ、そうみたいだな」
話が読めないまま頷く。
「もし、良かったらだけど……」
何だ?
「勉強、手伝おうか? 授業に追いつくまででも」

言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「はぁ!?」
思わず、大きい声が出た。良かったここ防音で。
いや、そうじゃなくて──
「ノート丸写ししたって頭に入らないだろ?」
ぐぐっ……それは、確かに。
「迷惑か?」
そのとおりだ、と言ってやりたい。
だが、俺は学校生活でいらぬ波風を立てたくない。
どうすれば穏便に断れるかを思案している間にも春日は言葉を連ねている。
「俺さ、実は教員志望なんだ」
ほう、だからどうした。
「家庭教師のバイトするつもりなんだけど、予行演習ってことじゃダメか?」
そうきたか。
「でも、1人でやりたいから……」
ごめんと頭を下げる。
ヘタに言い訳して、後々面倒なことになっても困るし。
「そっか……」
納得したらさっさと出て行ってくれ。

「じゃあ、仕方ないな……こんなことはやりたくなかったんだけど」

はい?
真意を測りかねて顔を上げると悪そうな笑みを浮かべた春日がいた。
あの、何か人格変わってませんか?



「何で男の格好してるんだ?」

「何でって……男だからに決まってるだろ」
まさか、バレた──?
表面上は眉一つ動かすことはないが、内心は必死で言い訳を考えていた。
たまに、はっぱかけてくる奴もいたから、鉄面皮を貫く自信はあるが……嫌な予感がした。
頭の中で警鐘が鳴り響いている。

「本当に?」
「嘘ついてどうするんだよ」
こんな時は言葉を連ねるより、寡黙でいる方がいい。慌てたそぶりなど見せたら相手の思うツボだ。
「こないだ見舞いに行った時……俺、藤と藤のお母さんの話聞いたんだ」
致命的だ……。いや、ここで弱気になったら俺の負けだ。踏ん張れ俺!

「で?」
絶体絶命っていうのはこういうことだろうか。
しかし、俺は笑みすら浮かべて言った。
「俺と母さんの話聞いて、だから何?」
春日は「話を聞いた」と言っただけだ。内容にまで触れたわけじゃない。
「……結構冷静なんだ」
「冷静も何も男だからな」
「証明できるか?」
俺は胸ポケットから学生証を取り出し、春日に投げつける。
学生の俺には普段持ち歩ける身分証明書である学生証は必須アイテムだ。
もちろんそこには性別は男と記載されている。
「これが偽装でない証明は?」
「そんなの知るか……」
「こんなのよりもっと簡単な証明方法があるじゃないか」
服脱げってことか……ま、確実だな。
「身分証見せたんだから充分だろ」
「できないのか?」

「あのさぁ」
覚悟を決めて言葉を紡ぐ。こうなったら一か八かだ。賭けて、そして勝ってやる。
「もし仮に、俺が本当に女だったらどうするんだ?」
「だから……家庭教師」
そういえば事の発端ってカテキョか。
「普通、秘密を抱えてる奴が、それネタに脅されて要求を呑んだとして、いつ秘密をバラすかも
しれない奴と仲良くできると思うか?」
「誰にも話さない、秘密は守る」
「俺はそれをどうやって信じればいい?」
即答に即答で返した俺に、春日は二の句が継げなかった。よし、俺のペース。
「そもそも、服脱がして女だったら何するつもりだった?」
「えっ、何ってその……」
あーあー、耳まで真っ赤にして。
「……すけべ」
茹でダコ一丁あがり、か?
なんだかおかしくなって、俺は笑ってしまった。
一度笑ってしまうと、止まらなくなって、笑ってる内にまぁいっかと思ってしまった。
思ってしまったものは仕方ない。
「いーよ」
「え?」
「カテキョ。そのかわり、俺の性別については今後一切触れんな。俺は男だ」
「……了解」
「ん、拳出せ」
と、右手を握り拳を突き出す。
恐る恐る差し出された春日の拳に自分の拳をこつっとぶつけた。
「契約成立。破ったら俺の拳が物を言うから覚悟しとけよ」



そんなわけで、早速その日から俺は春日の授業を受けることになった。
彼の教え方は端的でわかりやすく、教員志望というのにもうなずける。
もしかしたら、先生よりもわかりやすいかも。
いい選択だったかな。
「けっこう進んだな、今日はここまでにしようか」
最初こそビクビクしていた春日だが、その内慣れたのか普通に喋れるようになった。
なんつーか、根本的にいい奴なんだろうな。悪い噂も聞かないし。

「そういえば、藤は部活行かなくていいのか?」
部活?
頭の切り替えがなかなかできなくて、答えるまでに少し間があいた。
俺はずっと美術部に入っていて、油絵を描いている。
芸術というよりは、リハビリに近いと思う。
「しばらくは行けないかな。コンクールは11月だからまだ平気」

「何回か藤の絵見たことあるよ。上手いよな」
俺の絵を?
「そんなに上手くないって」
「そうかなぁ、少なくとも俺は感動したよ。しばらく絵の前から動けなくなるくらい」
「……ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
真面目な顔して恥ずかしいこと言うな。……照れるだろ。
「そういえば、春日こそ部活いいのか?」
春日は1年でバスケ部のレギュラーになった超大型新人だ。
お前こそ俺に構ってないで部活行けよ。
「インハイも終わったし、しばらくヒマなんだ」
それでも部活がないわけじゃないだろう。というか普段こそ練習が必要じゃないのか……?

ちょっとクールダウンしたくて、外を見た。すっかり陽が落ちている。
「……外、もう暗いな」
「あ、もうこんな時間だったんだ。ごめん、家まで送るよ」
ピクッ
「それは何か? 俺の拳をくらう覚悟で言ってんのか?」
我ながら、低い声が出た。
春日の背がシャキーンと伸びて、ゼンマイで動く人形のようにぎぎぎ……と首をこちらへ向ける。
「メ、メッソーモゴザイマセン」
なぜカタコトか。
「春日の家、確か病院の近くだったな。じゃあ、途中まで帰り道一緒だな」
帰り支度をして、先に自習室を出る。振り向くと、春日はぽかんと口を開けて俺を見ていた。
くそう、かっこいい奴はマヌケ面も様になるのか。
「帰らないのか?」
声をかけると、ゼンマイ仕掛けの人形は人間に戻って俺の隣に並んだ。
俺も170くらいの身長があるのだが、春日はその更に上。
見上げると首が痛くなるほどの身長差に理不尽な怒りすら湧いてくる。

「退院したばっかりなのにこんなに遅くなったら、お母さん心配するんじゃないか?」
坂道を下りながら、春日は思い出したように言った。
そういえば俺、ついこないだ死にかけたんだよな。
意識したら、疲れたような気がしてきた。
「忙しい人だから、きっとまだ帰ってないと思う。部活してたらもっと遅くなることもあるし」
離婚してから、再婚もせずに女手一つで俺を育ててくれた母さんには、いくら感謝してもしきれない。
しかも、離婚でごたごたしている時に、俺は男になるなんて言い出すし、きっと大変だったろう。
よくノイローゼにならなかったものだ。
親孝行しないといけないな。
俺の家と病院へ続く道との分岐点で俺は立ち止まる。
「藤?」
「それじゃあ明日もよろしく、センセイ」
一方的に話を終わらせて俺は家路を急ぐ。
ちょっと家バレしたくない理由があるのだ。



「ただいまぁ」
「んふふー。おかえり真尋」
「わっ、母さん帰ってたんだ?」
なんだか怖い笑顔で出迎えてくれたのは、母さんだった。
「帰ってたのはヒドイんじゃない? 真尋が心配で早く帰ってきたのに」
「ごめん……。でも珍しいね」
異様な雰囲気に気圧され気味だ。
「珍しいといえばぁ、さっき一緒に歩いてた美少年、この間お見舞いに来てくれた子じゃないの?
春日くん、だったっけ?」
どこで見たんだよ……。千里眼?
仕事柄なのか、母さんは一度聞いた人の名前と顔は決して忘れない。
「何かいい雰囲気に見えたけど?」
「母さん忘れてない? 俺、学校では男なの、そして俺は男嫌いなの」
男性恐怖症だって知ってるクセに何でそういうことを期待するかな。
「じゃあ、何で一緒に帰ってきたの?」
「それは……たまたまだよ。休んでる間に遅れた勉強見てもらうことになったから……」
とても、今日のいきさつについて語る気にはなれない。
「ふぅん、たまたまねぇ。でもさぁ、彼氏でもないのにどうして家まで送ってくれたの?」
もう、しつこいな。
「それも偶然。帰り道が同じだったから、一緒に歩いてただけだよ」
家まで来てないし。
「なぁんだ、つまんない。奥手の真尋にもやっと春がきたのかと思ったのに」
奥手っていう問題じゃない。
春なんて来ない、来るはずがないのに。

自分の部屋に戻ってベッドに身を投げ出す。
あぁ、制服しわになる。
「はぁ……」
着替えて、飯食って、風呂に入って、ベッドに潜り込んだ。
久しぶりに夢を、見た。

翌朝、俺はいつもより早く家を出た。
家でやるより学校のほうがはかどるような気がする……から。根拠は特にない。
ほわぁ……と、欠伸をした時、ポンと肩をたたかれた。
「おはよう」
「か、春日!? お、おあよう」
欠伸してたの見られた?
しかも「おあよう」とか言ってるし俺!
かっこわりぃ……。
勝手に落ち込んでいる俺をよそに、春日は相変わらずきれいな顔で優しく微笑んでいる。
少し落ち着きを取り戻した。
「早いんだな」
「春日こそ」
自然と並んで歩き出す。
「イヤ、昨夜なかなか寝付けなくて、ようやく寝た後も何か一度目が醒めたら眠れなくなってさ。
いいや出ちゃえと思って来たら藤がいたから、これは声をかけねばと思ったしだいでアリマス」
わかったから、直立不動と敬礼はヤメレ。
「春日朝早いの平気なんだな。俺は低血圧だから朝はキツイ」
くすくすと笑ってから、自分が笑っていることに気がついた。
あれ? いつから? 俺、自然に笑えてる……?
「もしかしなくても、勉強しに来た?」
「ああ、うん……。家だと気分がのらなくて」
何気なく春日を見上げると、微かに笑っているようだった。
「何かいいコトでもあったのか?」
「えっ? あ、いや、藤って笑うとかわいっ……かはっ」
隣を歩く春日のわき腹に容赦のない突きをかます。
「ス、スミマセンデシタ……」
「……」



結局、遭遇したからという理由で、早朝勉強会となってしまった。
昨日の内に手配しておいたので、自習室が使える状態だったのも影響しているのだろうが、
俺は、自分の心境の変化が信じられなかった。
春日の存在に、安心してる?

いつもなら寝起きはボーっとしてるだけなのに、なぜだか今朝は妙に頭が冴えていて、8時半までみっちり数学を仕込まれると、何だかずいぶんとわかったような気がした。
この調子で進んだら、あっという間に終わりそうだ。終わる?
「藤?」
名前を呼ばれてはっと我に返る。俺今何考えてた?
「そろそろ教室行かないか」
もうすぐ予鈴が鳴る。
何だか、ずっとここにいたい。
春日と一緒に……?
俺……?
「そ、そうだな」
「でも、藤飲みこみ早いからあと少しで授業に追いつけるな」
────。
「やっぱりなんか変じゃないか? もしかして具合悪い? ゴメン、気づかなくて──」
「いや、大丈夫」
遮ってごまかそうとするけど、言葉に感情がこもらない。
何で俺こんなにショック受けてるんだ?
心臓の音がすごく大きく聞こえる。
春日に聞こえてしまうんじゃないかと思えるくらい。

「早く進むのは、春日の教え方がうまいからだろ」
何とか平静を装って話題を切り替えようと試みる。
「うわ、初めて褒められた……」
天気確認すんなこの野郎、シバくぞ。
オーラが伝わったのか、春日の肩がびくっと震える。
「じゃ、じゃあ、俺先に……」
「おう」
成功、かな。
先に自習室を出て行く春日の背中を見送って、俺も後を追う。
遅刻するのもアホらしい。

「あと少し、か」
いったいどうしたんだろう俺。
当たり前なのに、最初から授業に追いつくまでって契約だったんだから。
何で──。
はぁ、考えるのよそう。疲れてるんだ俺。

「で、あるからして──」
基礎ができてきたせいか、昨日ほど置いてけぼりにならずに済んだ。
そっか、春日はこのことを言ってたのか。
うーん、先を見越してる。

次の日──
浅い眠りのまどろみの中、遠くでかすかに鐘の音が聞こえたような気がした。
ここ数日の勉強疲れと、連日の早起きがきいたのか、襲いくる睡魔に抗えなかった。
「……っ。藤っ、予鈴なったぞ」
ん……よ、れ?
予鈴!?
一気に眠気がふっ飛んで、起き上がった俺の目の前には、にこやかな笑みを湛えた春日が座っていた。
「おはよう」
「お、おはよう……」
寝顔、見られた?
見られたよな。あーちくしょう。



春日には、変なところばかり見られているような気がする。
「やっぱり寝顔もか──」

ひゅおっ

俺の手刀が空を切った。
「ちっ──」
「……」
「ところで、予鈴鳴ったんだろ?」
しかし春日が慌てている様子は全く無い。
時計を確認すると、まだ8時を少しまわったばかり。
予鈴が鳴るのは8時25分だから、まだ余裕だ。
そもそも、自習室は防音だった。聞こえるハズがない。
「短いつきあいだったな」
「わぁ、もうしません、勘弁してください。お願いします」
「次はないと思え」
浮かせた腰を椅子に沈める。

「そう言えば藤って進路どうするんだ? 進学?」
勉強する気分でもなくなって、なんとなく雑談しているが、唐突すぎやしないか。
「一応進学。多分附属にだけど」
「藤の成績なら余裕だろ」
進学自体はな。
「春日は?」
「俺も附属」
「へぇ、春日は理数クラス?」
「いや、文理」
意外だった。絶対理数系だと思ったのに。
「じゃぁ、2年からは同じクラスになるかもな」
そこまで言ったところで時間切れ、俺は先に自習室を出たので春日の顔は見ていない。

放課後、荷物をまとめていると委員長に呼び止められた。
「藤くん」
「あ、委員長」
最近、委員長とよく話してるような気がする。
話してるといっても、挨拶に毛が生えた程度だが。
「藤くん最近顔色いいね、何かいいコトでもあった?」
「そ、そうかな」
いいコト……あんまり縁のない言葉だ。
「うん、休み明けの時はこの世の終わりみたいな顔してたよ」
そう言われてみると、そんな気もする。
実際、死にかけたわけだし。
「もしかして、もう授業に追いついたの?」
委員長に言われて、また変なもやもやが蘇ってきた。

授業に追いつけば、春日とのカテキョ契約も終了。
今のペースなら、明日にも終わりが来る。

つきっ──


何だろう?
胸が痛い。これ、何?
「藤くん?」
「いや、何でもない。じゃあ、俺行くトコあるから」
胸の痛みはなかなかおさまらなかった。
こんなことは初めてで対処の仕方がわからない。
靄は晴れないまま、俺は自習室に辿りついた。



何故だろう、後ろめたい気がする。
自習室のドアを開けるのにかなりの勇気が必要だった。
いっそのこと、帰ってしまおうか──。
だが、その選択肢はすぐに消えてしまった。
「遅かったな」
「あ、ああ……委員長と話してた」
ドアを開けて春日の顔を見た瞬間に理解した。
気がつかなければ、そのままでいられたかもしれないのに。
後悔はいつも後からやってくる、もう遅い。
「藤?」
俺、どうしてこんな……そんな……。
たった今しがた、気付いたばかりの感情が心の中に渦を巻いて、飲み込まれてしまいそうだ。

春日が好きだ。

俺が、男を好き……に?
そもそもこいつは、俺のこと脅したやつなんだぞ?
理屈じゃなかった。
春日で俺の中が一杯になりそうなほど。
俺……でも、どうしたらいい?
「藤、大丈夫か?」
「春日……」
こんな感情は初めてだった。
俺はいつの間に、こいつのことを好きになっていたんだろう。
気づかなければ良かった。知らずにいたら普通に接することができたのに。
こうなってしまったら、俺はどうしていいのかわからずに避けてしまう。
クラスは違うから滅多に会ったりしないけど……会いたい。
はは、ワガママだ。
今までが特別だったってわかってる。
わかってるけど……会えないとわかった途端会いたくてたまらなくらる。

「なぁ……」
「やだ」
「……俺が何言うか分かって言ってんのか?」
「カテキョやめろとか言うつもりだろ」
はあ?
「やめないから」
「まだ何も言ってねー……」
「言うつもりだったろ? 途中で放り出すなんて俺が嫌なんだ」
「お前、俺の話も少しは──」

「藤が好きだから」
言いやがった。
だから、人の話を聞けっていうのに……。

「ホモ」
「……せめて疑問系とかにしてみる気はないか?」
「ない」
はぁ、と春日がため息をつく。
ため息つきたいのはこっちの方だ。
「前にも言っただろ、藤の絵見て感動したって」
確かに聞いていたので、こくりと頷く。
「ずっと藤を探してたんだ。初めて見た時は衝撃的だったな」
「男だったから?」
遠い目をして回想していた春日は苦く笑った。
「逆、女だったから」
「男だって、何回俺に言わせる気だよ」
「俺は何回だって言うよ、藤は女だろ」



真正面から視線が交わる。
そんなつもりはなかったのに、口は勝手に動いていた。
「負けた、降参」
そしておもむろに、制服を脱ぎ始める。
ブレザーを椅子にかけて、シャツのボタンをはずし始めたところで、手首を掴まれて遮られた。
「藤!? いきなり何を……」
「最初に脱げって言ったのお前だろ。それに、これが一番確実で手っ取り早いことに間違いない」
「そんなの、何日前の話だよ」
制止を振り切って、俺は全てのボタンをはずしてしまった。
シャツのあわせの間から、さらしが覗く。
さすがにシャツを脱ぐのはためらわれたので、着たままさらしをゆるめる。
適当に巻き取って机の上に放り投げた。
「見てのとおり、たいして大きい胸でもないけど、男には見えないよな」
ブラジャーなんてものは持ってないので、自分のサイズは知らないが小さい部類に入るのだろう。
ああ、谷間なんて寄せて上げなきゃねぇよ。
「もう、わかったから……」
春日の手が伸びて、シャツのボタンが1つ、また1つとまたかけられていく。
想いが溢れる。
もう、どんな風に思われたっていい。この想いで体中を満たしてしまえ。
「俺、お前に言いたいことがある」
「何?」

「好き」

春日は少し目を見開いて俺を見ている。
「……夢みたいだ」
俺もそう思う。
一瞬の間の後だった。
目の前に春日の顔があった。
「春日……」
「しっ、黙って」
顎に指をかけられて、上向きにされる。
そのまま、春日の顔が徐々に近づいてきた。
「……こういう時は、普通目を閉じるもんだろ」
そういうもんか、と目をつむる。
いかんせん、そんな乙女思考持ち合わせてねぇんだ。

キスは、ちゅっと唇を合わせるだけの軽いものだった。
気配が離れていくのを感じ、目を開ける。

「それだけ?」
言った途端、激しく吸いつかれた。
角度を変えて何度もついばまれる内、呼吸が苦しくなって喘いでしまう。
唇がわずかに開いた隙に、舌が入ってきた。
別の生き物のような熱い舌が縦横に動き回り、口内を犯される。
「んっ……ふっ、ちゅっ」
口の端から涎が垂れた。
頭がぼーっとして、すぐそこの春日に焦点をあわせられない。

「……涎垂れてる」
「か、春日……ん、やぁっ」
顎まで伝っていた涎を春日に舐めとられる。
「藤、かわいい」
ぎゅうっと抱きしめられた。
春日の腕の中は、意外なほど居心地がよかった。
ずっとこのままでいられたら、なんてとりとめもないことを考えてしまう。
「震えてるのか?」
「──俺の話、聞いてくれる?」



ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもった。
肯定と受け取って、俺は少しずつ話し始めた。
なぜ、男として生きてるのかその理由を……。
話している間、春日はずっと俺のことを抱きしめていてくれた。
お兄ちゃんにいたずらされたあたりを話した時は、力入りすぎてちょっと苦しかったけど。

「俺のことも怖いか?」
その問いには首を横に振る。
春日のことは怖くない。
体が勝手に震えてしまうだけだ。
「春日……」
「何?」
こういうのを優しさにつけこむっていうのだろうか。
そんなことを考えながら、ダメもとで言ってみた。
「俺の一番嫌な記憶、消すの手伝ってくれるか」
「いいけど……消すって、どうやって?」
「俺のこと抱いて」

たっぷり1分は間があった後、少しかすれた声で春日が言った。
「いいのか?」
「……春日がいい」
春日だから、春日じゃなきゃ、イヤだ。
恐る恐る春日の背中に腕を伸ばして抱きついてみる。
「今、ここで?」
「うん」
「本当にいいのか?」
「バカ、恥ずかしいからそんなに確認すんな」
顔を上げたら、キスが降ってきた。
「ん……」
やば、俺これ好きかも。
口の中に入ってきた春日の舌に、自分の舌を差し出す。
あっという間に絡めとられて、舐めねぶられる。
「ん、ふぅっ……ちゅっ、や、春日……」
「藤……ベルトはずすぞ」
「だから、んっ、確認……するな、バカ」
キスを続けながら、春日は器用にベルトをはずしてしまう。
重力に従って、ズボンが足元でくしゃくしゃになった。
「下着、トランクスなんだ」
「悪かったな、女ものなんて持ってない」
考えてみれば色気のない話だ。
「藤、机に座って」
脇の下に手を入れられて軽く持ち上げられる。
俺が机に落ち着くと、春日は床に跪き、足元にまとまっていたズボンと上靴を脱がしてしまった。
宙ぶらりんになった足元が心もとなくて、ついぷらぷらと揺らしてしまう。
春日は跪いたまま、なんとも言えない目で俺を見上げた。
何か企んでるような、そんな目で。
「春日……?」
左足を掴まれた。
そのままひざこぞうを春日の舌が……舐めた。
「ひぁっ、か、春日っ?」
「キレイだな……」
……お前、足フェチ?
思ったけど言えなかった。ちょっと、気持ちよかったのだ。
堪能したのか、春日は立ち上がり唇にキスしてくれた。
唇が離れたと思ったら、次は耳たぶを甘噛み。
「あっ」
自分じゃないみたいな声が出た。
こんな俺は知らない。



「藤、かわいい……もっとかわいい声聞かせて……」
「やぁ……」
いつの間にか、シャツのボタンがはずされていた。さっき、ちゃんと下までとめてくれたのに。
俺の胸は春日の手にすっぽり収まっていた。
そのままゆっくりと揉まれて、じんわりと快感が高まってくる。
「あ、はぁ、か、春日……」
「気持ちいい?」
答える前に揉まれて固くなった乳首をきゅっとつままれた。
「はあっ、んっ……」
「声、我慢しなくてもいいんだよ?」
「別に、あっ、我慢してる、ワケじゃ……ああっ」
濡れた感触に閉じていた目をあけると、春日が乳首に吸いついていた。
「や、ダメ……それ」
「気に入った?」
そんなの答えられるかバカ。
あと、内股なでんな。マジで足フェチか。
「そろそろ、こっちも感じてきた?」
内股を触っていた手が、トランクスの隙間から入ってくる。
「っ……」
くちゅっ
自分の体から発せられた音だとは思えなかった。
知識では、性感を感じるとそこが濡れることは知っていた。
でも、そんなところ、自分で触ったりしたことない……。
「濡れてる。そろそろトランクス脱ごうか」
「え?」
「ちょっと腰浮かせて」
言われるままに春日に寄りかかって腰を浮かせると、一気にトランクスを取られてしまった。
これで、身に着けているのは、殆ど意味をなしていないシャツとなぜか残されている靴下だけだ。
「手、後ろについて」
後ろ?
春日のシャツを握り締めていた手を離し、後ろにまわす。
一体何を?
問いを言葉にする前に、行動は起こされた。
春日は俺の膝裏に手を入れて、ぐいっと持ち上げたのだ。
バカっ、そんなことしたら……。
手で隠そうにも、しっかり体重ののった腕はなまなかなことでは動かせない。
「キラキラしてる」
「や、言うなっ……」
「トラウマなんて俺が消してやる」
春日には珍しく強い語調だった。
「だから……たくさん感じて、気持ちよくなって」
「うん、任せた……」
ちゅっ……
「ひやぁっ」
目の前で、信じられない光景が繰り広げられていた。
俺でさえ直に触れたことなどないそこに、春日は躊躇なく口をつける。
ちゅっ、じゅっ……ぴちゃ、ちゅぷ、ちゅ
「はぁっ、あ、あっあん、やぁっ春日……い……ああぁぁぁっ!!」
何、今の?
すごい、電気みたいビリビリって……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「藤のイキ顔かわいかったよ」
イキ顔……?
今のがイクってことなのか?
「わかんなかった?」
「ごめん……何か頭動いてないみたいだ」
「謝らなくていいよ。まだまだこれからだから」
にっ、と笑った春日は何だかとても楽しそうだった。



「も、ダメ……またイっちゃう、あっ……」
何度目だろう?
3回目以降は数えられなくなってしまった。
唇で、手で、休む間もなく愛撫を与えられた体の芯が、溶けそうなほど熱くなっている。
なのに、春日はまだ制服を着たままだ。
「か、春日……」
いつの間にか俺は机の上に横たえられていて、自由になった腕を春日へ伸ばした。
言葉には出さなかった要求を春日は理解してくれて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。
その時、下腹部に何か硬いものがあたった。
あ、もしかして……春日の?
そっと、服の上からソコに触れる。
「春日……硬くなってる」
「うん、そろそろ限界」
そうなんだ……。
「あの、俺……充分気持ちよくしてもらったから、その、今度は春日が気持ちよくなって?」
「仰せのままに」
ベルトをゆるめる春日。
俺は、いつものように動かない手にまごつきながら、シャツのボタンをはずしていく。
そして現れたのは、なんていうか、その、凶器?
「コレ、入るの?」
「怖い?」
や、普通に怖いだろコレ。
とても入るとは思えないサイズだとは思う。
でも……。
「がんばる」
「おう、じゃ行くぞ」
「んぅ……」
「藤、力抜いて」
先端が入っただけで、ものすごい圧迫感だった。無意識に押し出そうとして力が入ってしまう。
俺は、細く長く息を吐いて意識して力が抜けるよう試みる。
「つぅ……は──全部……?」
「ああ、全部入った。ごめん、痛いよな」
謝らなくていいって言ったのお前だろ、だから、謝んな。
「あ」
あ?
妙に間の抜けた声。
「名前」
「っ……ふ、だ、誰の?」
「藤に決まってるだろ、下の名前で呼んでもいいか?」
「下? う、うん……」
「真尋……」
「はぁっ、あっ、ちょ、まだ待って」
名前を呼ばれて、キスされた。
足が高くかかげられて、俺は折りたたまれるような状態になっている。
「あぁっ! や、すご奥まで……」
奥まで春日ので一杯で、哀しくもないのに涙が出た。
「真尋、そろそろ動くぞ」
「うん──ひゃうっ、ふあっ……んんっ、や、んぅっ」
引いては寄せる波のように、春日が突き上げる度、痛みより快感が大きくなっていく。
「真尋……」
春日に名前を呼ばれる。
「俺が真尋って呼んだら、真尋の中すごい締めつける、ホラ、わかる?」
「んっ、知るかバカ……」
本当はわかってる。
名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいだなんて知らなかった。
「春日ぁ……」
もっと呼んで。
もっとキスして。



「あああっ、やっ……んっ、春日、ダメ……もイクっ」
「俺も……真尋、一緒に……」
春日の腰の動きが激しくなって、水音と俺の喘ぎ声が自習室の中にこだまする。
快感だけを追い求めて、何も考えられなくなって、頭が真っ白に、なる──
ドクン
春日が、俺の中で震えて精を放った。
熱い。
熱くて、満たされる。
お互いに呼吸を整えながら、余韻の残る体を抱きしめあった。
「春日……ありがと。気持ち良かった」
「それは、光栄至極」
えーと……。
「あー、春日?」
「何?」
いや、何じゃない。
何かその、入ったままのがおっきくなったんですけど?
こんなに早く復活するもん?
「もしかして、このままもう1回……?」
「したいの?」
「お前がだろ!」

結局、次は椅子に座ってシた。
横になっている時とは違うところにあたって、また大きな声で喘いでしまった。
俺のカテキョは勉強だけじゃなく、Hの才能もあったらしい。
契約内容変更しなきゃ、だな……。
身づくろいを整えて、改めて自習室で向かい合う。
「カテキョの契約だけど……無期限延長してもいい?」
「カテキョだけ?」
机の上で、指先が触れた。
ついさっきまで、もっと恥ずかしいところで繋がっていたのに。
なんだか、すごく照れくさかった。



おわり


Index(X) / Menu(M) / Prev(P) / Next(N)