「ねえ、約束をしましょうよ」

それは彼女の髪がまだ長く、高い位置で二つに結われていた頃の出来事だったように思う。談話室で特になんの他愛もない話をしていたら、突然彼女が小指を突き出してにっこり笑った。突拍子もないその行動に、アレン、神田、ラビの3人は固まってリナリーの小指を見つめる。整えられた爪は白く細い指をさらに美しく華奢に見せ、それでいて力強さを感じさせた。

「やく、そく?」
「そう。戦争中死なないで、みんな生きてここに帰ってこられるように、って。例え戦争が終わってばらばらになってもお互いのことを思い出せるように、そのときに出来るだけたくさんの思い出があるように」

アレンが思わずその言葉を繰り返せば、リナリーは優しい笑顔でそう説明した。その間も小指はアレンたちに差し出されたまま、強い意志を持っている。リナリーの言葉を反芻して、ゆっくり噛み締めて、その上でアレンはリナリーと同じくらい優しい表情で、ラビはどこか切なげでそれでも嬉しそうな表情でリナリーのその華奢な指に自分の小指を絡めた。それでも神田は怒っているような表情で腕を組み、決して小指を差し出そうとはしない。

「……ユーウー?」
「俺はやんねェよ」
「なんでさ」
「約束っつーもんは守るためにあるんだろ、俺らにはそんな約束できる保障なんてどこにもねェ。100%の確率で守れない約束なんざ俺はしねぇよ」
「ねぇ、神田?」

リナリーは相変わらずの優しい表情で神田の名前を呼んだ。その声に引き寄せられるように、神田はリナリーの顔を見る。彼女の声は柔らかく、どこかハッとさせるような響きを含んでいた。

「でも、こういう約束をしてると守りたくなるでしょう? アレンくんもラビも神田も、とても誠実な人なんだから。だからきっと約束を守らずにはいられないと思うの、そうしたら守れる確立も高くなるでしょ? だから、ね、神田」

リナリーは差し出した小指の手じゃない左手を、そっと神田の手に伸ばす。優しくその大きな手を包み込んで引くと、神田は何の抵抗も示さなかった。それが彼なりの答えだろう。
そしてリナリーは神田の小指を引き、自分とアレンとラビが絡んでいる小指に絡めた。それから、上下にそっと振り出す。誰も歌わないし誰も何も言わない、それは静寂の誓い。小指から伝わる温もりが、それを確かなものにしてゆく。不思議なくらい暖かな空気が、其処には在った。






*  *  *





体中が痛み、常に持っていたイノセンスの重みが皆無に近い。息は荒く目の前が霞み、もう目の前のものすらよく見えない。苦しい、痛い、今すぐにここで力尽きてしまいたくなるほど。


それでも、


未だに小指に残る3人の温もりを感じるたび、必死に動こうという気になる。もう限界なことは自分が一番知っている、それでも、



4人で絡めたこの小指に、裏切りの文字を刻まない、ために。




身体を動かすのすら辛いはずなのに、必死に手を伸ばしてくれたアレンと、
先に行けといっているのに、イノセンスを発動するまで「残る」と言って聞かなかったモヤシと、
火判から逃れられた時、泣きながら自分をしかってくれたリナリーと、
絶対追いついてきて、と懇願するように言っていたリナリーと、
きっとこの方舟のどこかにいると信じてる、ユウの、
何度やめろと言っても、ここにきてまでファーストネームを貫き続けたラビの、









の陽光を、この手に















(07.08,27)