目の前に、アレンがいる。アレンが大きな石の上に膝をつき、その前にある石碑を虚ろな瞳で見つめていた。腕はだらりと脱力して、いつも爛々とした光を宿している銀灰色の瞳は煌くことなく、うつろな鈍い光が其処にあるだけ。冷たく吹く風が艶を無くした銀髪をさらさらと攫い、ストライプのタイも揺らした。オレはそんなアレンを、すぐ隣に立って見つめている。
ここは、何処だろう。
辺りを森で囲まれたこの場所には、アレンの目の前にある石碑と同じような石がたくさん規則的に並んでいる。ここにいるのはアレンだけではなく、ファインダーらしき人も数名。アレンと同じように石碑を見つめていたり、その前で蹲っていたり、声を殺して泣いていたりと様々だ。

「ら、び」

辺りを観察していたら、急にアレンに名前を呼ばれた。なんさ、といつもの調子で応えたが、それに対するアレンの反応はない。ただ目の前の石碑を見つめるだけ。心配になってアレンの名前を呼べば、また反応無し。手を伸ばして肩を叩こうとしたオレは、悲鳴を上げそうになった。
アレンに、触れられない。
固体であるはずの手はアレンの肩をするりとすり抜け、虚空に触れる。一体これは、どうなっているのだろう。そこでオレはアレンの肩越しに、石碑を見た。そこに刻まれているのは、



“Lavi”



オレの、49番目の名前。
そうだ、やっと思い出した。オレは死んだのだ、あの時方舟の崩壊に巻き込まれて、対アクマ武器が壊れて。痛みも傷跡も全く残っていない、オレは団服を着て此処に居るけど此処にいない。

「僕の、せいだ……」

アレンがぼそりと呟いた。

「僕があの時力を加減していれば」
「ラビの槌がぼろぼろになってたこと、知ってたのに」
「冷静に考えてれば」
「ラビは今、こんなとこに埋まってないかもしれないのに」

違うって叫びだしたかった、だが叫んでも彼にはその空気の振動は届かない。違う、違うよアレン、お前のせいじゃない。あの状態の槌じゃ少し力を入れても壊れることは目に見えていたし、オレにとってはお前が懸命に手を伸ばしてくれただけで嬉しかった、だからアレン、自分を、責めないでさ。

「ラビ………ッ」

アレンは悲痛な叫びを残し、涙を一粒だけ零した。そして世界は暗転する。










(――――――夢……?)

瓦礫と共に無の空間の中へ落下しながら、ラビは先ほど見た映像を反芻していた。否、あれは夢などではない。近い未来に起こりうる、本当の出来事だろう。
此処で自分が死んだら、アレンやリナリーが哀しむ。ユウもまだ戻ってきていない。そして助けようとしてくれたアレンは、自分を責めるだろう。元々自己犠牲が激しい奴だから、尚更。お前のせいじゃないって何度言っても聞かないだろうし、実際にこれはアレンのせいじゃないのに。アレンの傷に、深い深い傷を埋め込むことになってしまう。それだけはどうしても、

(……嫌だ)

オレはもう残骸と成り果てた槌を、ぎゅっと握り締めた。
帰ろう、彼らの元へ。あんな表情をさせるのは幻想の中だけでいい。だから、





還ろう。







(イノセンス、発動、最大限………ッ)








彼らの元へ。































(07.09.12)