優しい彼の手が、再会した時よりは大分伸びた私の髪を撫でる。さらさらと髪が流れる音が耳元で鳴り、そこからふわりと作り出された愛しく甘い空気が流れて流れて部屋の空気を満たしてゆく。

「リナリー」

目の前にいる彼の唇が、私の名前を紡いだ。顔を紅く染めて、それでもその声はしっかりしていて。私と似ている漆黒の瞳には私が鮮明に映っている。この瞳が、私を見てくれているのだ。





見てくれている。
       本当に?





彼の手が、髪から頬に滑った。体温の低いその手が滑らかに移動して、その微妙な感覚さえも愛しく感じる。嗚呼本当に綺麗な人だな、なんて、今更のように。まるで人形みたいに綺麗だ、美しすぎて本当にこの世に存在しているのかさえも疑いたくなることがある。確かに彼はそこにいて、私に触れているのに。





触れている。
     それは確かに?





「リナリー」

また彼の声が私の名前を呼んだ。私は何もせず、ただその漆黒の瞳を見つめている。硝子玉のようで、それでいて様々な強さを秘めた眩しいくらいの光を宿している。そして、その中に私が在る。
彼は紅く染めた頬のまま、ゆっくりと私に顔を近づけてくる。




「あいしてる」




唇が重なる瞬間、彼の声が優しく愛を紡いだ。





愛を紡いだ。
   それは確かに彼ですか?





甘い吐息、優しい空気、あなたの匂い、あなたの髪、あなたの肌、あなたの手、あなたの肩、あなたの頬、あなたの瞳、あなたの唇。幸せな時間なのに幸せに感じられないのは何故? 手を伸ばして触れたいのにその手を伸ばすことが出来ないのは何故? それはきっと怖いから、この幻影が壊れるのが怖いから。どうして? 何故そう思うの、目の前にいるのは彼でしょう? 違うの、だって彼はあの時方舟で、

重なる唇は優しくて、愛しくて、確かに触れていて、でもそれは彼ですか、私の愛している彼ですか、本当に其処に存在している、神田ユウ、その人ですか、ねえ、彼は、彼は、彼は、


















ゆめならさめろ
























(07.09.29)