「もし私が死んだら、みんなはどうする?」

リナリーが不意に、そう口にした。リナリーの隣でただぼうっと無駄な時間を過ごしていたアレン、神田、ラビの3人も現実に引き戻され、リナリーに目を向ける。
それは本当に意味を持たない時間だった。ただ何もすることなく、彼らしかいない談話室で4人一緒に過ごすだけ。別に話すことも無ければ何かすることも無く、それでもなぜかその4人で過ごすだけで心地良くて、意味を持たない時間なのに4人で過ごすだけで言葉には表すことの出来ないような意味を持つ気がする、不思議な空間。
そんな心地良い空間を、リナリーは自ら針を刺して壊した。まるで些細でどうでもいいようなことを口にするかのように、残酷な言葉を紡いで。
それでもそのことに文句を言うものなどここにはいない。心地良い空間は、壊れてはいないのだから。その空間は4人が其処にいるだけで作り上げられる、壊してもまたそこに在る。無い瞬間なんて一瞬たりとも無いのだ。
問われたラビとアレンもうろたえる事も戸惑うこともなく、ただ少しの間顔を見合わせ考えるように宙を見た。神田は何も言わず表情も変えず、ただ目の前の壁を睨んでいる。ただ目つきが悪いから、創見えるだけなのだけれど。

「うーん、僕はその報せを受けても信じられないと思いますね。ずっとリナリーが帰ってくるのを待ってるかもしれません」
「オレはずっと放心状態かもしれないさ。部屋に引きこもって出てこないかも」

アレンとラビがそう答えると、リナリーはそっか、と口の中で言って俯いた。
そしてまた、沈黙が訪れる。かつかつと教団の廊下を団員が闊歩する音が奇妙なほどに鳴り響き、ひどく耳障りに感じた。第三者の音がこの空間を歪ませる、それがひどく気持ち悪いことに思えた。
この空間に、4人でいる空間に、自分達はどれほど依存しているのだろう。他の団員は好きだし、一緒にいて楽しいとも思えるが、この4人という小さなまとまりは別格。この空間は、だれにも邪魔をして欲しくなかった。4人で食堂に行くとか、科学班研究室に行くとか、そういう行動は楽しかった。だがたまに、4人でいたいときが、あった。どういう時が、なんて、自分にもわからない。ただ無性にこのメンバーと一緒にいたくて、そういう時は大抵、お互いにそうで。このままじゃいけないなんて、わかっていても、収まらなくて。

だからもしもこの4人の中の誰かが欠けてしまうなんて事、想像するだけで鳥肌が立ってしまうくらい恐ろしくて残酷なことなのに、それでもするりと口からその時のことを想像して話せてしまうのは何故だろう。出来ることなら永遠に(不可能なのはわかっているけれど)この4人で一緒にいたいと思っているのに、何故一人だけ死ぬなんてことを言えてしまうのだろう。
その答えは、誰の中にも無く。
そして今度はアレンが、沈黙を切り裂いた。

「それじゃ、僕が死んだらどうします?」

リナリーと同じ、問いかけ。リナリーとラビがアレンを見れば、アレンは優しげな、それでいて寂しげな笑みを浮かべている。リナリーとラビは先ほどラビとアレンがしたように顔を見合わせ、そして何も無い空を見上げた。神田は相変わらず不機嫌な表情を浮かべている。

「私はアレンくんのお墓の前から動かなくなっちゃうな。ずーっとずーっと、雨が降っても雪が降ってもそこから動かなくなりそう」
「オレみたらし団子買いこんじゃうかも。そのうちひょっこり帰ってくるんじゃないかとか考えそうだなー」

ラビの回答にアレンは、そんな状況になったら本当にひょっこり帰ってきますよ、といって笑った。ラビとリナリーも軽くその冗談に笑う。
笑う余裕なんて、無いはずなのに。実際にアレンがこの世から消えてしまったら、笑うなんて感情、しばらく彼らから消えうせてしまうはずなのに。それでもその時のことを想像して、笑っていられる。そしてその答えすらも、誰の中にも無いのだ。

「それじゃぁ、オレが死んだら?」
「僕は発狂しちゃいそうですね……。一度任務に行ったっきり帰ってこなくなっちゃうかもしれません」
「部屋の中で全身の水が無くなるくらい泣くと思うな。その結果また気が触れちゃって、研究室に縛りつけられちゃうかも」

そんな他愛もない、なのに妙な現実味のある話。それでも彼らはまるでそんなこと現実に起こりえないというように話す。まるで即興の、滑稽な物語を聞かせるように。彼らはいつその話が現実になるかわからない生活を送っているというのに。
死がいつ現実になるかわからないというのは一般の人々も同じだが、彼らはそんな人々よりも明日が遠いのだ。今呼び出されて任務を言い渡され、その任務地にレベルの高いアクマやノアがいる可能性だって無いわけではない。教団と同じくらい、伯爵はイノセンスを欲しているのだから。いつこの会話で出てきた事が現実になるかなんて、誰にも全くわからないのだ。
彼らはそんな中で、生きている。
だが神田だけはそれらの話に何の反応も見せず、ただぼうっと、それでいて鋭い眼光で壁を睨みつけていた。アレンとリナリーとラビの3人は、そんな神田に目を向ける。

「……神田は? 何も反応してくれないけど」
「…うるせーな、そんな話するだけ無駄なんだよ」

神田はパタンと本を閉じ、3人をその鋭い瞳で睨みつける。その闇の瞳に宿る光は鋭くもどこか優しい。その微妙な違いを3人は感じ取れるようになっていた、そのことに神田は気付いていないのだけれど。



「お前らはそんな簡単に死ぬのか? 違ェだろ。もし任務先にノアやらレベルの高いアクマやらがいたとしても関係無ェ。死ななければいいだけの話だ。もし背後を取られたとしても、そん時は俺が守りに入ってやる。お前らは死なせねェ、俺も死なねェ。これで十分だろ」


一気にまくし立てたあと神田は少し顔を赤くして、無理やり眠ろうとしているように目を瞑った。
アレンとリナリーとラビはお互いに顔を見合わせ、声をあげて笑う。



最悪のパターンを想像しても笑っていられたのは、彼らを完全に信頼しきっていたからなのだと今ようやく気付く。一人で死ぬことも死なせることも絶対にありえないのだ、だって彼らが助けに来てくれる、誰かが死に追いやられても絶対に助けに行く、どんなに遠く離れた場所でも通じ合える自信がある。根拠は欠片も無いのだけれど。



そして笑顔のまま、アレンが口を開く。


「もし僕たちの中の誰かが死んだらどうします?」
「誰が欠けても私はきっと崩壊寸前になっちゃうな」
「でもそんなことにはさせない、誰かが死にそうになったら誰かが必ず助けに向かうさ」
「たとえ遠い場所でも、教団を抜け出して助けに行ってやる」
「それでももし、誰も助けに行けない状況で命の危険に追いやられたら、意地でも追いかけてやるさ」
「地獄の底からでも這い出てやる。お前ら覚悟してろよ」

そう言った年上の二人の力強い言葉に、アレンとリナリーは顔を見合わせて笑った。








僕たちの中の誰かが欠けた世界なんて、
とても無機質で一筋の光も無い暗闇の世界だろうから

だから失わないために、皆で笑って、この戦の終焉を見届けられますように。




























(07.04.15)(07.09.29 Remake)