「神田さん、つきましたよ」

恐る恐るといった感じが隠しきれていない探索部隊の言葉に、船の上で仮眠を取っていた神田は目を覚まして起き上がった。見ると確かにそこは教団地下水路への入り口で、つまりホームに帰ってきたということになる。神田は小さなあくびを一つして、ぐいっと思い切り伸びをした。すると肩から毛布がずり落ち、几帳面な神田はそれを丁寧にたたんで置くと探索部隊に短く礼を言ってから船を降り、中へと続く階段を上がっていく。
コンコンとブーツが石作りの階段を登る音が響き、ホームに帰ってきたんだと実感する。愛しい仲間がいる場所、家族がいる場所、今回もまた無事に帰ってこられた。ラビやリナリーはおかえりといってくれるだろう、アレンも憎まれ口を叩きながらもいってくれる、かもしれない。自分はそれにただいまと返すことはないだろうが、それでもその言葉を聞くのは嬉しくて。素直になれない自分にたまに嫌気が差すけれど、恐らく彼らはこの天邪鬼な自分のことを愛してくれてるのだと思うから敢えて直そうとは思わない。
そして最後の一段を登り、神田はドアを開いた。途端「あっ神田帰ってきたーっ!」という嬉しげな声が向こう側から飛んできて、どたどたと廊下を走る音が2人分ほど聴こえる。そして、向こう側から駆けてきた音の正体は。

「ユウ! Trick or Treat―――!」
「お菓子をくれなきゃ首刈るぞ!」
「……リナリー、それ違うさ……」
「だってせっかくの仮装なんだもの、役になりきらなきゃじゃない!」
「死神は首刈りません」
「あ、そっかー」

ぺし、と子供用のようなスーツとウサギ耳をつけたラビに額を小突かれ、リナリーは首をすくめた。そんなリナリーは黒いローブを纏い、大きな鎌を持っている。鎌は作り物めいていて殺傷力は皆無だろう、そして何故か黒いローブはいつもの彼女の団服並に短くひらひらとしたフリルまでついていて、全くといって良いほど死神らしくない。
というより、今日は何の祭だろう。今は11月、ハロウィンももう過ぎ去った。もっともハロウィンは任務中だったためホームにはいなかったのだが、あんな派手な祭に巻き込まれなくてよかったと安心していたところだ。そしてラビとリナリーの2人の後ろから、かぼちゃを被ったアレンが歩いてきた。手には何か動物耳のようなものを持っている。アレンはニコニコと満面の笑みを浮かべたまま神田の目の前に来て、目にも止まらぬ速さでその耳を神田の頭にくっつけた。

「おいちょっモヤシてめぇ一体何を……!」
「何ってハロウィンですからね、神田にも例外なく仮装してもらいますよ」
「ハロウィンはもう過ぎただろうが! つーかこれは何の仮装だ!」
「えー、日本にいるんでしょう? Neko-Musumeってのが」
「お前それ意味わかって言ってんのか」

多分、いや絶対わかってない。猫娘は娘であり男がなるものではない、というかこの頭についているのは、もしかしなくても、猫耳なのか。
そのことに今更気付いて慌てて取ろうとするものの、接着剤でくっついてるかのように取れない。力を込めてもただ頭に痛みが生じるだけで取れない。奮闘している神田の姿を見て、リナリーが無邪気な死神姿で口を出す。「あ、それ兄さんが作った6時間だけ効き目がある接着剤つきなの」コノヤロウ。そしてリナリーはそのまま言葉を続ける。

「ハロウィンの時、神田が任務でいなかったでしょう? ハロウィンは子供がいなきゃ成り立たないから、一番年少の私たち4人が教団に揃ってからハロウィンをしようってことになって神田が帰ってくるの待ってたの」
「まぁユウは免れてラッキーだって思ってたかもしれんけど、その辺は残念でしたってことで」

神田は盛大な溜息をつき、自身につけられた猫耳から手を外してラビを見据える。

「……おい、ラビ」
「なんさー」
「なんか服貸せ、団服にこれじゃ仮装になんねーだろ」
「……おぉ、ユウちゃん意外に張り切ってるさ……」

驚いていたラビだが神田に急かされて、結局神田とラビの2人で走ってラビの自室に向かうことになった。取り残されたアレンとリナリーは思わず顔を見合わせて笑い、アレンが持ってきた教団の地図を広げてどこから回ろうかと作戦を練る。目標は、4人合わせてお菓子数3桁。








「よっし、大量大量」

ラビはそういいながら、人の部屋ということも構わずアレンの部屋に入って一番最初に座る。アレンは溜息をつきながらもその隣に座り、リナリー、神田が続いた。4人で円を描くように床に座り、手に持っている籠を置いた。その籠には溢れんばかりのお菓子が入っている。今宵は子供たちの大勝利だ、もっとも子供たちが敗北するハロウィンなんて存在しないのだろうが。

「結構種類あるねー、明日から楽しみ! 何日くらい持つかなぁ」
「モヤシは1日で食っちまいそうだがな」
「よく知ってんじゃないですか神田」
「ユウはアレン大好きだもんなー」
「菓子強奪」
「ギャーそれだけはやめてオレの戦利品!!」

神田は隣に座るラビの籠に手を伸ばしたが、それよりも早く必死になったラビが籠を上に持ち上げた。空を掴んだ手に神田は舌打ちし、そこであっさりと手を引っ込めた。甘い物嫌いな神田は別に菓子に対して執念があるわけじゃない、ただからかわれた仕返しとしてラビを焦らせたかっただけだ。そんな甘い物嫌いの神田の籠は、みんな配慮してくれたのか甘さ控えめな菓子ばかりが入っている。
またアレンとリナリーは2人でそんな光景を笑っていたが、リナリーが思い出したように、あ、と声を上げて人差し指をあごに置いた。

「そういえば、Trick or Treat! って言ったのにお菓子もらってない人いるよね」
「そんな奴いたか?」
「あ、そういやいたなぁ。こうなったら悪戯するしかねえさ!」
「そうですよね!」

きょとんとする神田にアレンとラビとリナリーの3人は顔を見合わせ、にっと笑う。そして3人はそのままの笑顔で神田に抱きついた。リナリーとアレンは腕に、ラビは後ろから首に。いきなりの展開に神田は驚いて声も上げられないまま抱きつかれる。普段されないことに身を固まらせていると、そんな3人からの声。



「おかえり!」



その言葉に固くさせていた身を解きほぐす。3人はゆっくりと神田から離れ、笑顔のまま神田を覗き込んだ。そういえば、言われた。Trick or Treat、って、最初に、ラビに。そういえば、言われてなかった。こいつらと遅れたハロウィンを過ごすのが楽しくて、つい忘れていた。
自分はそれにただいまと返すことはないだろうが、それでもその言葉を聞くのは嬉しくて。素直になれない自分にたまに嫌気が差すけれど、恐らく彼らはこの天邪鬼な自分のことを愛してくれてるのだと思うから敢えて直そうとは思わない。



「……遅ェんだよ、帰ってきてからどれだけ時間経ってると思ってる」
「だって今日は仕方ないじゃないっ」
「楽しかったからチャラさ!」
「そうですよ神田も陰湿にそんな引きずらないでください、それとも寂しかったんですか?」
「……テメェ、本当に斬られたいようだな……」



そしてまた、ホームでの日常が戻ってくる。漆黒とオレンジ色の夜を越えたら、いつもの、彼らと過ごす、特別なイベントなんてなくたって楽しく過ごせる、しあわせの日常、が。

















Trick or Treat!!





















(07.11.11)