「あいつら、大丈夫かな」

ぼそ、と呟かれた言葉に、ロードは本から顔を上げた。隣の椅子に座っているティキは、頬杖をついて何かを見ていた。否、何も見てはいないのだろう。その細い瞳には何も映ってはいない。ロードはそんな仮初の弟を見て、けたけたと笑った。

「なぁにぃ〜? ティッキー、なんだかんだ言ってジャスデビのこと心配なんでしょぉ。キャハハッ、ティッキーがティッキーじゃないみたぁい」
「どういう意味。てかお前だって気付いてんだろ、ネエサン」

そう言って、ニヤリとティキは口元を歪めてロードを見る。ロードはぱちぱちと瞬きしたあと、ティキと同じように口元を怪しく持ち上げた。不覚だ、まさかこんなところでこんな時にそう呼ばれるとは。普段から“姉さん”と呼ぶように冗談で言っていたが、今まで決して呼ぶことはなかったこの弟が。ずっとティキを玩具にして遊んでいたが、今初めて優位に立たれた。
それでもロードはさほど悔しそうではなく、ただ椅子からぴょんと飛び降りてティキの隣に無理やり座った。ティキは苦笑してロードの場所を空けてやる。満足げにその狭い隙間に小さな身体を押し込むと、ロードは満足げに喉を鳴らした。そして、ぼそっと呟く。



「………ノアが、怒ってるねェ」



その言葉に、ティキは小さく溜息をついた。
ノアが、怒っている。身体を駆け巡る怒りの怨念、それを向けられているのはエクソシスト。よくも『絆』のノアを痛めつけてくれたと、身体の中を狂おしいほどの怨念が駆け巡る。その激しい怒りはナカに遺伝子を宿すノアの一族の殺意となり、指が知らず知らずのうちに動くのがティキにもロードにも感じられた。それを制御するのは容易いことじゃない。何しろ自らに巣食うノアの遺伝子に中から操られているのだ。それでも2人は顔色を変えずにそのままの状態を保っている。
ノアが怒っていると言うことは、ジャスデロとデビットの2人は無事ではないのだろう。普段はこんなことになることは滅多にない、あるとすれば“エクソシスト”という存在を目の前に確認した時だけなのだ。ティキは日頃この双子からいい扱いを受けていないとはいえ、大切な家族の一員。同じ遺伝子で繋がれた、本当の家族よりも家族らしい家族。ティキにもロードにも、本当の家族などはいないのだけれど。

「…で、扉の方はどんな感じなんだ?」
「ジャスデビらしきヒトが通った気配が微かにあるよ。だから死んではいない。エクソシストのほうは通った気配もなかったな」
「………大体互角、少しだけあいつらが優勢だった、ってことか」

ロードは何も言わずただ頷いた。初戦は相討ち、二戦目は大体互角。お互いに致命的な傷を残している。そしてロードはティキの方を見て、にっこりと笑った。

「これで、この方舟にいるノアで戦えるのは僕たちだけになっちゃったんだねェ。ティッキー、嬉しい?」
「なんで。普通そこは“寂しい”じゃねェの」
「だって僕と二人っきりだよぉ?」
「冗談はやめる。千年公に怒られるぞ」
「今いないもぉ〜ん。でもごめんねティッキー、僕が好きなのはティッキーじゃないんだぁ」
「………ソウデスカ」

ニコニコと無邪気に笑うロードを見て反論する気も失せたティキは、苦笑いに似た表情を浮かべてそのロードの言葉を流した。だがそのロードの表情がパッと一転する。
椅子から立ち上がり、どこか遠くを見つめる。その表情は驚きに似たものを帯びていた。いきなりの変化にティキも驚いてその横顔を見つめる。

「…どうし、」
「アレンたちがもうすぐ扉を抜けるよ」

そう言って、ロードは再びティキに向かってにこりと笑いかけた。そしてその浅黒い頬に手を沿え、そっと唇を近づける。ティキは何の反応も示さず、少し緩んだ口元で近づいてくるロードの瞳を見ていた。だが2人の唇が触れ合うか触れ合わないかのとことで、ロードはピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと離れる。ティキは少し驚いたような表情でロードを見つめる。ロードはふふっと笑ってぴょんっとティキから離れた。

「後のお楽しみぃ」
「は」
「あと1人キスしたい人がいるんだぁ。あと、この戦いが全部終わったら、ティッキーにもキスしてあげるぅ。生き残ってくれたご褒美としてぇ」
「ふーん。そりゃ楽しみだ」

ティキはにやりと楽しげに笑って、椅子から腰を上げた。そしてロードと2人並んで、エクソシスト達を殲滅するための戦いの舞台へ、ルージュの舞台へ、向かう。今までいた部屋の扉を出て、エクソシストが来るその舞台へ。




大きな十字架の描かれたクロス、その上にのった豪華な馳走。
それはエクソシスト達を迎えるための晩餐。


最後の、晩餐。
  (どちらにとって最後なのかを知るのは、神サマだけ)











(嗚呼、きっとあの時のボクは未来に起こるその出来事を予知していたんだろう)
(それを知っていたなら、動きを止めたりなんて、しなかったのに)






















(07.08.03)