「ねぇ、そういえばリナリー」 コムイの突飛な思いつきで開催した七夕の飾りつけ、そして食堂で開かれたパーティーが終わり、アレンとリナリーはそのまま食堂に近いアレンの部屋で寛いでいた。そんな中でアレンは唐突にリナリーに向かって問いかける。外の星を見ながら屋内天体観測をしていたリナリーは振り返り、どうしたの、といいながら笑みを向けた。その満面の笑顔に得体の知れない眩暈を覚える。とても淡い星の光に照らされた肌は、病的なほどに白い。その漆黒の瞳にも星が映り、爛々と光輝いている。 なんて美しいのだろう、と、思った。 彼女について夜か昼かと聞かれると、昼と答えるだろう。だっていつも心を明るくさせてくれるあの笑顔は、夜が醸し出せるものではない。だが彼女に夜が残酷なほどに似合うのもの確かだ。闇色の瞳と髪、それとは正反対の抜けるような白い肌。 彼女は太陽の性質も月の性質も持っている。 呼びかけておきながら言葉に詰まったアレンを不思議に思ったのか、リナリーは窓際から離れてアレンの座るベッドに移り、アレンの隣に座った。そしてアレンの瞳を覗き込むと、ようやくアレンは我に帰る。 「アレンくん? どうし」 「あああ、なんでもないです! あの、そのっ、七夕にまつわる話って、一体どんなものなのか聞こうと思って……」 見とれていた、なんてことは恥ずかしくていえない。アレンは顔を真っ赤にしたままずっと気になっていたことを尋ねた。 リナリーは納得したように頷くと、少しだけ寂しげな笑顔を浮かべる。その表情にも心臓が跳ね上がった。窓から差し込む月の光に照らされたリナリーは、いつもの何倍にも妖艶に見える。 「とても素敵なお話なのよ。それでいてとても切ないの」 「素敵で、切ない……ですか」 「そう。あのね、」 リナリーが話してくれたその説話は、確かに美しく切ない話だった。 働き者の夏彦、天帝の娘であり機織の上手な織姫。天帝は二人の結婚を認めたが、結婚した途端怠け者になってしまった2人は天帝の怒りを買い、天の川を隔てて2人を引き離した。だが7月7日だけは会うことを許されている。そして、その夏彦の彦星がわし座のアルタイル、織姫の織姫星がこと座のベガだという。 「……まぁ、それが何故願いをかなえる日になったのかは分からないんだけど……。でもね」 そこまで言うとリナリーは目を伏せた。急に元気をなくしたリナリーを不思議に思ったアレンは、思わずリナリーを見つめる。 「本当は、彦星と織姫星の距離は15光年もあるの」 「………15光年、てことはつまり、光が15年かけてやっと届く距離、ってことですよね」 「そう。光ですら15年もかかるんだから、1年に1度会えるだけでもとても幸せなのよね」 「じゃぁきっと、今感動の再会を果たしてる頃だと思いますよ」 「……え?」 いきなり、唐突に言われたその言葉に、リナリーはばっと顔を上げる。アレンは少しだけ頬を赤らめて、ニコニコと笑っていた。 「今年は15年ぶりに、彦星と織姫星の光が出会う年だと思うんです」 「……根拠は?」 「だって、僕が君に会えた」 そういってアレンはリナリーの肩を抱き寄せ、額と額をこつんと親が子どもにするように軽くぶつける。鼻と鼻がぶつかりそうなほどに近くて、それは唇も例外じゃなくて。リナリーもアレン同様に顔を赤くした。銀灰色の視線と漆黒の視線が絡み合い、すれ違い、そして絡み合う。三度くらいすれ違ってやっとお互いの視線の位置が固定し、アレンは照れたように苦笑した。そして再び話し始める。 「きっと15年前、彦星と織姫はお互いに会うために歩み始めた。僕もこの世に生を受けて、君に会うために歩み始めたんです。ね、わかりますか」 「アレン、くん……」 「そしてついに僕らは出会った。お互いに恋焦がれた彦星と織姫星のように。そういうことです」 そこでやっとアレンは額を離し、今度はその腕の中にリナリーの華奢な身体をしまいこんだ。お互いの胸に、腕に、熱が伝わって身体の奥底から温まるようなそんな感覚が全身を包み込む。それは言葉に言い表すことのできない、しあわせの感覚。その恍惚感に浸りながら、リナリーは小さな声で言葉を紡ぎだした。 「でも、私たちと、彦星と織姫の違うところは……」 「え?」 「……天の川に引き裂かれたりしない、ってことよね?」 「………ええ」 どんなに離れることになったって、僕らを隔てるものは何もない。いつでも僕の帰る場所は君のもとなのだから。 星 あ い (07.07.07) |