深い蒼みがかった灰色に埋め尽くされた空から、雨が、降り注ぐ。雨粒自体は小さく優しいのだが、その量が多くて痛い、冷たい、寒い。歯ががちがちと震えそうなほど冷え切った身体で、アレンとリナリーはその丘の上で座り込んでいた。足元には荒らされたように掘り返された土、それは雨に濡れてどろどろになり、流れて2人の足や手を汚す。だがそれ以前に彼らの指は土と泥に塗れていた。白い指も、紅い武器の指も、茶色に汚れて。

濡れる、濡れる、雨が肌を、髪を、伝って地面に落ちていく。服に吸い込まれてさらに体温を下げられて、全体が蒼に染められた世界にふたりきり。身を寄せ合うようにふたり、冷え切った身体を温めあうように。だがふたりとも冷え切っているのは同じだから、体温を分け与えることなど出来るはずがなくて。出来るのは、ただ単に隣にいるその人に、ここにいるよ、と知らせるだけ。

明日教団に健康なまま帰ることが出来るだろうか。否、ここまで雨に打たれていれば確実といって良いほどに風邪をひくだろう、日ごろ鍛えているエクソシストといえど。それを彼らが知らないはずはない、それでも彼らはそこを動かなかった。

そこにあるのは、死体。埋まっているのは、死体。アクマに撃たれて砂と化した町民の、死体。守りきれなかった、人々の。砕け散った破片を集めることはさすがに無理だったから、ただ掘って。人数分の墓穴を、この街の丘に。

手から血がにじみ出るくらいたくさんの深い穴を掘った。緑の丘は半分以上が茶色に染まり、こんなにも守りきれなかった人がいるのだと思うと、自分の不甲斐なさにどうしようもなく悲しくなる。
アクマを破壊するために、この世界を終焉から遠ざけるために戦うエクソシスト。それでも人を守りきれなかったら、意味なんて無いのに。アクマと人を救済するためにあるのに。ぼくらはこんなにも多くの人を、助けることが出来なかった。

もっと身を寄せて、分け合うことの出来ない体温を触れ合わせる。今にも身が千切れそうなほどに、身体の芯から冷え切っている。早く宿に戻って、暖かい場所に入りたい。それでも、出来るだけ長くここにいたくて。できるだけ長く、彼らに謝罪を。

きっと隣にいる彼も(彼女も)同じことを考えているのだろう。私たちは、似ている。様々な面で、似ている。重ね合わせた手にぎゅっと力を込めようとしたら、完全に麻痺していてその感覚すらもわからなかった。それでも精一杯、精神をその指先に集中させて。その指を包み込めるように、その指に包み込んでもらえるように。

雨は柔らかにそれでも厳しく体温を奪っていく。軽く丈夫に作られたはずの団服は、いまやもうびしょ濡れでもはや服としての役割をほとんど果たしていない。着ていてもただ体温を奪い取るだけだ、戦闘での汚れは大体雨に浄化されたけれど。


そしてふたりは、隣り合わせになっていた姿勢を何時間かぶりに変えた。その動きすらも、まるで水の融点を軽く下回ってるのではないかと思えるほどに体温の下がった身体ではひどく時間がかかる。それでもゆっくりゆっくり彼らは姿勢を変えて、お互いに向き合った。感覚をなくした指を絡め合わせて、ぎゅっと精一杯全身の力を指先に込めて包み込む。虚ろな光しか宿らない瞳を伏せて、こつんと額をあわせた。その瞬間、ふたりの目尻から涙が溢れ出す。だが、頬を伝うそれは涙なのかそれとも雨なのかも、区別がつかなくて。

守りきれなかった悔しさと哀しさと申し訳なさと不甲斐なさに、全身を包み込まれて。どうしようもできない罪悪感に襲われて、もうエクソシストとして生きている意味なんて、ないんじゃないか、という考えにも何度となくとらわれる。それでもその度に、繋がる指に精一杯のぬくもりを込めて。

大丈夫君がここにいるから、大丈夫僕はここにいるから。
額をあわせて指を絡めて、何も隠さず、恥じらいなんかもう全て捨て去って、ただ溢れ出すままに涙を流す。



守れなかった人の分まで目の前にいる大切な人を守ろうと、雨と涙に濡れて優しく冷たい温もりに触れながらあまりにも優しい雨空に誓った。
















(07.11.17)