ふわりと甘く優しい香りに誘われて、リナリーは目を覚ました。微かに聞こえる鳥の囀り、柔らかな朝陽、白い後ろ姿。アレンくんだ、と寝ぼけたままでもちゃんと頭では理解して頬が緩んでくるが、まだ全身を包む眠気に身体を任せて起き上がりはしない。こぽこぽと水が注がれる音、アレンの向こう側から微かに白い湯気が見える。そんな彼の白を見ながら、リナリーは鼻をくすぐる香りの源を頭の中で探していた。よく嗅ぐ匂い、寝ぼけた頭では上手く検索に引っかからない。でももうすぐ見つかりそう、そうだ、これは、 心当たりが見つかった瞬間リナリーは目を見開いて上半身を起こそうとした。だが掛けていたシーツが肌に直接触れていることにその瞬間ようやく気付き、奇妙な声を上げて起こしかけた身体をばっと素早くシーツに隠す。その声でアレンはリナリーが起きていることに気付き、シーツに丸まったリナリーを声を上げて笑った。リナリーはそっとシーツから顔を出して、真っ赤にした頬のままアレンを見上げる。あまりにも朝が穏やかで気持ちがよくて眠たかったから、忘れていた。疼く鎖骨の一点、どことなく重い身体、微かに赤く手跡のついた手首。そしてまだ全身に残っている、熱く焦がれるような感覚。 「よく眠れました?」 少しだけ出たリナリーの顔を覗き込むようにして、アレンが言葉を掛ける。今更羞恥の感情がわいてきて、リナリーはただ頷くだけしかできなかった。アレンは可笑しそうに笑って、そ、と目にかかっていた前髪をその人差し指で払ってくれる。リナリーはさらに顔を赤らめて、今度こそシーツの中にすっぽりと隠れた。シーツ越しに、またアレンの笑う声が聞こえる。そして衣服のこすれる音と、また何かを注ぐような音。リナリーはもそもそとシーツの中から腕を出して、アレンがいる側とは逆サイドのベッド下に無造作に投げ出された団服を探す。着慣れた団服の感触に中指が触れて、そのままそれを引き寄せる。シーツの中でなんとか腕を通し、ファスナーを締めて、それでやっとリナリーはシーツから這い出てきた。 「……こう、ちゃ?」 脚にはシーツを掛けたまま、ベッドサイドに腰掛けてリナリーはその後ろ姿に向かって尋ねた。この優しい匂いはミルクティーだろう。アレンは振り向いて、にこりと微笑む。 「はい、早く目が覚めてしまったのでアーリーモーニングティーなんてどうかなって思って」 「わ、私も手伝うよ!」 「大丈夫ですから」 立ち上がろうとしたリナリーの肩を優しく押さえ、またベッドに落ち着かせる。起き抜けでまだ身体に力が入らないリナリーは不満そうな表情でその笑顔を見上げた。横の窓から陽光が差し込んで、彼の髪をきらきらと輝かせている。揺れる度に移り変わる光のスペクトルが魅入ってしまうくらい綺麗だ。彼の髪は、ただ白と表現するにはあまりにも色彩が鮮やかすぎる。 「でも、イギリスでは紅茶って女の人が淹れるものなんでしょ……?」 「基本的にはそうですね、でもアーリーモーニングティーは別なんですよ。騎士道精神にのっとって、夫が妻に淹れるんです。愛情の表現として」 夫が、妻に、愛情の表現として。それを聞いてリナリーはまた顔をかあっと染めた。それでもアレンは余裕な笑顔のまま、小さなティーカップをリナリーに渡す。柔らかな色のミルクティー、素直に受け取るとアッサムの香りとミルクの香りが全身を包んで、徐々に徐々に甘い幸福感で満たしてゆく。アレンもティーカップを片手で持ち、リナリーの隣に腰を下ろした。 「そういえば、言ってませんでしたね」 「何を?」 アレンは一口ミルクティーを流し込んでから、そっとリナリーの目尻辺りに唇を落とした。思わずリナリーは肩を震わせたが、彼の唇からふんわりと優しいミルクティーの香りが漂って、全身の力が抜けそうになるくらいの安心感に包まれる。 「おはよう、リナリー」 その言葉にリナリーも思わず頬を緩めて、額をアレンの肩に埋める。前がはだけた白いシャツ。あたたかい。 「おはよう、アレンくん」 微かに聞こえる鳥の囀り、柔らかな朝陽、彼の姿。ふわりと甘く優しい香りに誘われて、今日もまた、きみと一緒の一日が始まる。 |