「ラビ、正直に言っていいですか」 「なんさー」 「赤毛に水色って似合わないことこの上ないですよ」 ラビとアレン、センター入試を控えた3年と1年という少しばかり異色のコンビである2人は、舗装されてない田舎道の雪を踏みしめながら歩いていた。学校のある市とは違い、彼らの地元はかなりの田舎。車通りも多くないから一度積もった雪は比較的長持ちするのだ。 2人は寄り道して買った肉まんを食べながら、学校からの帰路をアレンの家とは逆方向にあるラビの家のほうへのんびりと進む。先ほどから何度寒いと言っただろう、吐く息は真っ白だがその向こう側にある雪景色のせいで目立たない。ラビもアレンもマフラーと手袋をきちっとつけて、アレンはコートのフードもすっぽりと被っている。今日はクリスマスだから、補習を軽くパスしたリナリーと課外をうっかり寝過ごした神田も交えてのクリスマスパーティーなのだ。恐らくふたりで仲良く準備してくれている。神田もきちんとやっているだろう、だって神田はリナリーに頭が上がらない。 珍しく被ってきた帽子を悪く言われてもラビは傷ついた様子など欠片も見せず、ただにこにこと笑う。特徴的な赤い髪と白に限りなく近い空色のニット帽は、確かに似合っているとは言い難かった。アレンはそんなラビの笑顔をフードの中から不審な目で見上げる。行きは被ってなかったし、電車を降りるまでも被っていなかったはずなのに。にくまんを買うために入った駅の中のコンビニを出た辺りから何故かすっぽりとその赤い髪を帽子に隠してしまった。ラビは普段から見た目には気をつけているから、自分の髪に合わない色も知ってるだろうしその色の帽子をわざわざ被ったりなんて普段はしないのに。 穏やかな笑みを浮かべるラビの横顔を見つめていたら、ふとラビがアレンのほうを振り向いた。そしてその大きな手がアレンの被っていたフードを取り去り、軽く頭が引っ張られてアレンはバランスを崩しかけ転びそうになりながらもなんとか体勢を整える。それと同時に反射的に白い髪を手で隠すがそれよりも先にラビに何かを被せられた。目の前にいるラビの頭からはいつの間にかあのニット帽が消えていて、視界にはいるのは空色の毛糸。頭から仄かに伝わる、ラビの体温。 「ら、び? これ、」 「クリスマスプレゼント。ほんとはちゃんとクリスマスパーティーで渡そうと思ってたのに、さっきからアレンの視線が痛いからさー」 そう言って唇を尖らせるラビにアレンは思わず笑って、すみません、と素直に謝った。それから帽子を、ぎゅ、とさらに深く被る。零れてくる笑みが隠し切れなくて、得意のポーカーフェイスができない。どうやっても頬が緩んでくる。どうしてこんなに、嬉しいんだろう。 だがふとラビを見上げれば、今度は少し不機嫌そうな表情になっていた。驚いて目を見開くと、ラビは手をアレンの帽子と髪の隙間に差し込んでくる。さらさらと髪が流れる微かな音も、アレンの耳にはちゃんとした音として聞こえる。 「なんでそんなに隠したがるんさ、せっかく綺麗なのに」 再び驚いたアレンは思わず、帽子を掴む手の力を緩めた。その隙にラビはその帽子を取り去ってしまう。するとラビの不機嫌な表情はすぐに、辺りに漂う冷気とは全く似つかないほどの暖かな笑顔に変わった。ころころ変わる表情はまるで子供みたいで、それでも頬と首に触れる手は大きくて力強い。相も変わらず耳元で鳴る髪の流れる音、冷えた彼の手がくすぐったい。 「こうやって斜めに差し込んでくる太陽の光がきらきらーってアレンの髪を照らしてさ、真っ白のはずなのに真っ白に見えないの。一本一本が虹色でさ、すごく綺麗。だからオレ、アレンの髪すごく好きなんさ」 「……だって、こんな髪、15歳の髪には見えないじゃないですか」 「いいじゃん、アレンは特別なんさ。光に愛されてる。その辺のおじーさんの髪はこんな風にきらきらしたりしないさ」 にこり、とまた笑って。他人事だと思って、と斬り捨てられたら楽なのに、アレンは彼がただの他人事でこういうことを言ってるわけじゃないことを知ってる。だからたちが悪い。 「それでもやっぱり、世間的には」 「うん、だからプレゼントはこの帽子。アレンが少しでも寂しくないように。オレの勝手だったらプレゼントって言わないだろ?」 「らび、」 「でもオレ、一個だけ嘘ついた。それ、クリスマスプレゼントじゃなくて誕生日プレゼントなんさ」 さらりと言われたその言葉に、アレンはまた目を見開いた。そうだ、今日は12月25日。アレンが初めて人に愛された日。アレンが初めて、人間になった日。4人で過ごすクリスマスというのが楽しみで、すっかり忘れていた。 「Happy birthday,Allen」 そのままくしゃくしゃと頭を撫でられる。ああ朝なんとか寝癖を直してきたのにまたぐしゃぐしゃになっちゃうなぁと頭の片隅で考えながらも、やっぱりその頭にのせられたひやりとした手は暖かくて。 零れてくる笑みが隠し切れなくて、得意のポーカーフェイスができない。どうやっても頬が緩んでくる。どうしてこんなに、嬉しいんだろう。それは愛されてるから、彼に愛されてるってわかるから、彼の冷えた手を伝って、暖かな愛が全身に流れて満たされてゆくから。だからこんなにも、うれしい。 「ありがとうございます、ラビ」 「おう。まぁその帽子はプレゼントだけど、オレと、あとリナリーとユウの前では被らないことを約束してほしいんさ」 「どうして?」 「リナリーもユウも、口には出さないけどアレンの髪が好きだからさ」 まぁ正確には、髪というよりアレンが大好きなんだけどな。そう言ってまた肉まんを頬張るラビに、やっぱりどうしても笑みが隠し切れない。アレンもつられて肉まんを食べながら、周りを漂う空気の冷たさと内側から零れだす暖かさの幸せな温度差を、ひとりで噛み締めていた。 彼がもうひとつだけ、隠し事をしているのは知らないまま。 (実はクリスマスパーティーは名目で、本当は君の誕生日を祝うパーティーなんだよ。)
(08.01.28) |