マフラーで塞がれた口から漏れる息が、細く白くなって冬の星空へ消えてゆく。もう年末、冷え込みが厳しい。コートに身を包みマフラーや手袋などの防寒はばっちりだが、それでもやはり寒い。外気に晒している顔など尚更だ。 街中にいるときはクリスマスのイルミネーションが煌いていたが、地元に帰ってくれば民家などでしかやっていない。その分四季の中で一番派手な冬の夜空が、感嘆の溜息が出るくらいよく見える。 真冬の寒さに身を縮こまらせながら、アレンは足を速める。肩に学校用の鞄を(補習に引っかかってしまったため)持って、右手には大きめの白い箱を持って。鼓動が高鳴って思わず笑みがこぼれる、一体どんな反応を見せてくれるだろうか。思案をいろいろ巡らせてみるが、でもきっと、全て僕の計算通りだ。 アパートが近くなってきて、アレンの足も段々と早くなる。コートのポケットに手を突っ込んで鍵を探る、ない。あとからからと金属のこすれあう音が、聞こえない。一瞬全身から血の気が引く思いがしたが、そういえば帰る寸前に、リナリーに貸したのだった。 「家の鍵、ふたつもってたりしない?」 申し訳なさそうに聞かれて、いつもポケットに入れている鍵と鞄に入れている鍵があるから(分別するのが面倒くさくなってしまったものだ)ポケットに入れているほうをリナリーに貸したのだ。どうせ貸してもリナリーが悪事を働くとは思えないし、誰かに渡したりまたは不注意で落とすことも考えられない。だから、貸した。きっと何かの考えがあるのだろうし、ここで問いただしても仕方ない。 アレンは鞄の中をまさぐり、鍵を取り出した。それを左手に握って、階段を駆け上る。アレンの部屋は2階だ、ならエレベーターなどを使うより階段を使ったほうが健全な男子高校生にとっては運動になるし良いだろう。1段飛ばしで駆け上り、息を軽く整えてからまた早足で歩き出す。何度か転びそうになってそれでも何とか表には出さず、急く気持ちを精一杯押さえ込んで部屋の扉の前に辿り着くと、震える手で鍵を差し込んで回した。ガチャ、と鍵が回る音が夜闇に響く、部屋に入ったら鞄を置いて、少し落ち着いてから電話をかけて、とぐるぐる考えながらドアノブを回せば、―――開かない。 逆に鍵をかけてしまったようだ。再度、全身から血の気が引く感覚に襲われる。開けたままでてきてしまったのだろうか、いやでも朝鍵をかけた記憶はちゃんとある。何故だろう、アレンは疑問に思いながらもまた鍵をあける。そ、となるべく静かにドアを開けると、何故か、 「……え?」 壁に青い電飾が施されていた。一列に並んだ電球は、ちらちらと不規則に瞬きを続けている。 勿論こんなものをやった記憶は全くない。だがイルミネーションをして出て行く空き巣などもいないだろう、一体、誰が? アレンはそろそろと壁のスイッチに手を伸ばす、だがテープみたいなので固定されていて、廊下の電気をつけることが出来ない。剥がすことは出来るのだが、ここまでこったことをする人が一体誰なのかを知りたい。まさか第二の義父が帰ってきているのだろうか、いやまさか、だってこんな洒落た真似をする人じゃないしそもそも電飾なんて買うお金があるなら借金少しでも返してきやがれ。 だからアレンはあえて剥がさずそのままで、その電飾に沿って手探りで居間まで進んで行った。でもなんとなく、この胸がざわめくこの予感は、きっと。そんな曖昧な感覚をしまいこんで、アレンはリビングへと続くドアを開いた。刹那、 「Happy birthday!!」 ぱっと視界が明るくなり、カラフルな紙吹雪が視界を埋め尽くす。急な明暗の差についていけなくてちかちかと瞬く視界のままアレンが視界を横にずらすと、そこにいるのはリナリー、ラビ、神田の3人。質素だったリビングはいつの間にか綺麗に飾りつけられていて、真ん中のテーブルには大きなホールケーキが置いてある。 きょとんとして瞬きを繰り返すアレンと、満面の笑顔を浮かべるラビとリナリー、不機嫌そうに眉間に皺を寄せる神田と反応は実にバラバラだ。 「え、え? バースデー、って、誰、の」 「やだアレンくん、何言ってるの」 「アレンに決まってんだろー? 今日は12月25日!」 「え、でも僕は捨て子で、誕生日は」 「誕生日がわかんねーから、お前がお前になった日を祝うんだろ」 ぼそり、と呟かれた神田の言葉に、3人の視線が集まった。それに気付いた神田はハッと自分の行動の希少さにやっと気付いたらしく、頬を真っ赤に染めて明後日の方向を向いた。そしてラビとリナリーとアレンの3人も顔を見合わせ、声を上げて笑い出す。神田が素直じゃないなんてことは、みんな既に知っていることだ。 「とにかくケーキ食おうさケーキ!」 「ごめんねアレンくん、時間がなくてケーキくらいしか用意できなかったの……。それに勝手に飾りつけとかしちゃってごめんね、少しでも盛り上げようと思ってやったんだけど……迷惑だった、かな」 「そんなことないですよ! 殺風景だったのでむしろ嬉しいです。あ、あとケーキなんですが……」 そこでアレンが、右手に持った箱を顔の横に持ち上げる。 「バイト先のケーキ屋さんからケーキもらってきたんです、で、みんなでクリスマスを祝おうと思ったんですけど……」 テーブルの上に箱を置いてアレンがゆっくり開くと、そこに在るのも、ホールケーキ。 思わず4人で顔を見合わせる。さすがに4人でホール2つはキツイ、でもこの4人には、アレンが含まれている。今日の主役でもある、アレンが。 「じゃあ私たちが買ってきたケーキをアレンくんが、アレンくんが貰って来たケーキを4人で分けて食べない? アレンくんなら食べられるでしょ?」 「余裕です」 「あー、ずるいさーアレン」 「ラビは8月まで待てばいいでしょ」 そういいながらフォーク4人分とナイフを持ってきて、フォークの1つを早速リナリーたちからのケーキに刺した。リナリーが笑いながらナイフを手に取り、丁寧にアレンからのケーキを4等分していく。ちなみにアレンが貰って来たケーキは、甘さ控えめのモカクリームケーキ。口には出さないが、甘いものが苦手な神田のことを考えての選択であったりもする。ラビとリナリーには、すぐにばれることなのだけれど。 (マナ、) 久々の「いつもの4人組」、久々だからこそその幸せがひどく嬉しくて。些細なことでも大きな声をあげて笑いながら、アレンは亡き父を思う。 (拾ってくれてありがとう、僕を僕にしてくれてありがとう、 そして、彼らと出会わせてくれて、本当に、本当に、ありがとう)
(07.12.25) |