はあ、と意味もなく息をはいてみた。それはふわふわと生き物のように姿を変えるが、数秒後には透明の空間へ霧散する。一瞬だけ生温かい息が顔の表面に触れた分消えた時の空気の冷たさはひどく、ほぼ反射的に俯くと視界の端で白い髪が揺れた。駅のホームに積もった雪と同化して、境目がわからない。最も西に傾きつつある太陽の光が厚い雲のせいで届かないこともあり、白一色ではなく闇が色を落としているが。
寒くないですか、と同行している探索部隊の一人に恐る恐るといった様子で聞かれ、寒くないわけがないと思ったが、それでも笑顔で寒くないですよと言っておいた。あんまり見たことがない顔だから結構最近入ったのだろう、神田だったら吐き捨てて睨みそうだが紳士であるアレンはそんなことしない。

「汽車の時間まであと何分くらいですか?」
「あと2分ほどで来ます。教団に着くのは今日の深夜くらいになると思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます」

そう言って再び笑顔を向ければ、彼は安心したように頬を緩めた。アレンは彼から視線を外し、町のほうを見やる。優しく白が降り積もる町は華やかに彩られ、白熱灯の光がひとつふたつ、迫り来る闇の中をほんのりと暖かく照らしている。世の中はすっかりクリスマスだ。白い吐息がまた唇から零れて霧散する。
その瞬間、忘れ物に気付いた。







騒がしい科学班研究室に、じりりりりとベル鳴り響いた。せっせと室長助手の仕事をしていたリナリーは一瞬びくりと肩を震わせ、その音の主である兄の机にある電話の方を見る。コムイはだるそうながらもきちんと電話を取り、応答する。電話を手伝うことはできないから、再び今までやってた仕事に戻ろうとする、だが。

「はいもしもしー、あーやっぱりアレンくんー?」

その声にまた動きを止めてしまった。それでも動じない振りをして、仕事の手を進める。しかし耳はちゃっかりそちらの方へ向いていた。

「そろそろ連絡が来るんじゃないかと思ってたよ。うん、うん、そっか、ご苦労様。じゃあ0時くらいにこっち着くのかな? はい、了解。報告書ちゃんとあげてね、最後まで気を抜かないで無事帰って来るんだよ。うん、じゃ、ジェリーにはよく言っておくから」

最後に笑い声を残して、コムイは電話を切った。高鳴る心臓を悟られないように、てきぱきと手を動かす。資料を整理し、資料室へ持っていかなければならないものを一箇所に固め、それからコーヒーを淹れようと足を給湯室の方へ向けた。

「……だってさ、リナリー」

いきなり声を掛けられて、思わずリナリーは後ろを振り返った。コムイがいつもの優しい表情でこちらを見つめている。

「コーヒーは後で大丈夫、先に資料室にそれを運んでもらえるかい?」
「え、兄さん……?」
「よろしく頼むよ、リナリー」

にっこり、有無を言わさぬ笑顔でそう言われた瞬間、彼の真意を掴んだ気がした。彼はわかってくれているのだ、今日の日付と、明日のこと。
リナリーも思わず頬を緩め、元気に返事をして資料の塊をその華奢な腕で抱える。そして軽々と研究室を飛び出し、資料室の方へ向かう……と見せかけ、最初に談話室へと向かった。この時間きっと彼らは談話室にいて彼女の仕事が終わるのを待っていてくているだろう、まだ仕事は終わってないけれど、早くこのニュースを伝えたい。
今すぐに会いたいふたりと、あと数時間後に会えるひとりの姿を思い浮かべて、リナリーは幸せの笑みを知らず知らずのうちに浮かべていた。







深夜、もう太陽の光なんて見えるはずのない時間帯。東から西まで空は全て紺碧に染められ、きらりきらりと星が瞬いている。朝から夕刻にかけて降っていた雪はやみ、空は晴れ晴れとして美しく華やかな冬の星の光を世界に送り届けている。
アレンと数人の探索部隊はそんな優しい光なんて届かない、暗く冷たい教団の地下水路にいた。ゆっくりと小船が内部へと入ってゆき、静かな空間の中に水音だけがやたらと木霊する。雪はやんでも凍りつくような寒さはそのままで、アレンはなるべく身を縮こまらせていた。さっきまで探索部隊に無理を言って船漕ぎを代わってやっていたところだ。さすがに深くまで来て誰かに見つかったりしたらその探索部隊が怒られるから、今は快適とまではいかなくてもゆっくり身体を休めているが。
しばらくすると遠くに岸が見えてきて、それに気付いた瞬間アレンは心から安堵するのを感じた。ここまで来てもまだ帰ってこられたとはいえないのだ、報告のために科学班研究室に足を踏み入れて、夜更かし組の研究員に「おかえり」と暖かく迎えてもらえるまで、任務は終わらないのだから。

だが段々近づいてみると、岸の様子がおかしいことに気付く。誰かいる、むしろ3つの影が壁に背中を預けるようにして倒れている。3つのうち1つは華奢で女性のような体つき、残る2つは男性のようだ。その1つもどちらかというと線が細め。なんとなく、見慣れた3つの影のような。アレンは全身が凍りつくような錯覚を覚えた。あの3人は、どこからどう見ても。

「しー」

思わず大声を上げそうになったアレンに、岸の先端に立っていたコムイは人差し指を立ててウィンクをする。3つの影しか見ていなかったアレンはコムイの姿に目を見開くが、よく見て、と小さな声で言われて、アレンはある程度近づいてから岸へ飛び下り、壁に背中を預けて座りこんでいる3つの影をちゃんと静止した状態で見た。遠くから見ても今こんな近くで見ても、間違いようのないリナリー、神田、ラビの姿。3人で寄りかかるようにして目を瞑っている。だが怪我を負っている様子は全くなく、むしろ安らかな規則正しい3つのリズムの寝息が聞こえてくる。そして、3人には暖かそうな毛布が数枚かかっていた。

「ずっと君を待ってたみたいだよ。ラビの『寝たら死ぬぞー!』って声とか、神田くんの愚痴とか舌打ちとかしょっちゅう聞こえてたんだけど、気付いたらあんまり聞こえなくなったから来てみたら3人で熟睡してました。全くやんなっちゃうよねぇリナリーが風邪引いたらどうしてくれんのってね」
「……それ誰を責めてるんですか?」
「大丈夫アレンくんは責めてないよ」
「……。それにしても、なんで僕を…? 帰ってくるのを待ってるだけならわざわざこんな寒い場所で待ってなくても」
「うーん、それは僕、なんとなく知ってるんだけどねー」

コムイは手に持ったコーヒーを飲みながら内部へと続く階段を登っていく。中ほどまで来たところで立ち止まり、優しい表情でアレンを振り返った。

「それはこの子達が最初に言いたいだろうから、言わないよ」
「へ?」
「とりあえず科学班も何人か派遣するから、この子達部屋に運ぶの手伝ってもらえるー?」
「ええ、いいです、け、ど」

アレンは反射的に3人の姿を振り返った。3人は本当に柔らかな表情で眠っている、あの神田でさえも。最も神田はこんな時くらいしか緩めないだろうが。
一体どんな夢を見ているのだろうか、こんなにも寒い中、アレンの帰還を身を凍らせて待ちながら。

「……やっぱり僕もここで寝ます」
「へ、何言ってるのアレンく」
「リナリーが暖かいから多分大丈夫です」
「それ僕に喧嘩売ってるのかなアレンくん?」

リナリーの隣に潜りこんでから、アレンは無視体制に入った。コムイは反抗期かなあなんて呑気なことをいいながら、それを優しく見逃して内部へと入っていった。風邪引いても知らないよーという声だけがアレンの耳に届く。



何かを見せたかったのか、何かを伝えたかったのか。
知るのは今日の朝、3人が4人で寝ていたことに驚いてからだろう。







12月25日の朝に。


















Happy birthday Allen!!




by Lenalee and Yu and Lavi






and me and you!!

















(08.12.25)