「あ、と・・・。もうこんな時間か。」 読書に耽っていて気付くことが出来ずにいたが、既に壁掛け時計の秒針は新しい1日を刻み始めていた。それでも高校は冬休みに入ったばかり。明日は学校も休み、どうせゆっくり眠っていられるし、もう少しだけ、せめてこの章が終わるまで読み進めてしまおうかと再び本に視線を戻す。…と、再び視線を本へと戻そうとした、その刹那であった。突然鳴り出した携帯電話に、思わず肩を震わせて目を見張らせる。小さな音量といえど、沈黙に満ちた部屋の中では最小に設定している着信音もひどく大きく聞こえる。近所迷惑になるわけではないのだが、かじかむ指で慌てて携帯電話を開いた。 「・・・え」 恐れと好奇心がも少々入り混じった震える手で、携帯電話を開いていく。常とは考えられないくらいの緩慢さが、余計に心に焦りをもたらしたようだった。普段なら一瞬で済むはずの動作に、何分もかかった気がした(実際は数秒なのだけれど)。そして着信音に設定している曲がサビ部分までたどり着いた時にやっと開くことが出来た携帯電話、そこの画面に映る文字は「リナリー」。まさかの予想だにもしなかったその名前にアレンは暫し動くことが出来なかった。否、体は動かなくとも心は忙しなく考えにふけっているようであった。そんな間でも、携帯電話はまるで鳴り止むことを知らないかのように部屋中に響き続けた。そうしていよいよ決心したアレンが、携帯電話の通話ボタンを押し、それを耳に当てた。 「も、もしもし?」 「あ、アレンくん? 良かった、繋がった!」 無邪気な声が、耳に柔らかく流れ込んできた。神田とラビに勝った、と電話越しの彼女は嬉しそうに笑う。意味がわからず考え込んでいたら、微かにかちかち、と歯がぶつかり合う音が聞こえてきた。まさか、今、彼女は、 「え、あの、リナリーまさか…」 「ん?」 と慌てた様子の彼とは裏腹に、リナリーは穏やかに返答をする。 「ん、じゃなくて、まさか外にいるんですか!?」 「うん、アレンくんのアパートに向かってるの、すぐ近くまで来てるよ。ラビと神田とも合流する予定!」 「ちょ、待、一体どうして……。僕何かしましたか…?」 リナリーの答えより先に、電話越しの世界で遠くの方からリナリーの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。ラビ、とリナリーはまた嬉しそうに笑う(表情は当然見えないのだけれど)。 「よっ!リナリー。あ、アレンに電話してたんさ?」 「うん!もうすぐアレンくんの家に着くよって言ったら「僕何かしました?」って」 電話越しにラビたちの会話が僅かながらに聞こえてくる。そんな一連の会話をぼんやりと聞きながら、やはりアレンは悩んでいた。何があっただろう。ラビに喧嘩売ることはしょっちゅうしていてもリナリーを怒らせるようなことはしていないし、今日は12月25日、特に何も…というわけではなかった、クリスマスだ。それでも何故、こんな深夜に、何の相談もなく? 「・・・あ、あの、リナリー?」 不意に会話の途絶えた携帯電話から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。しかもそれが疑問符付きで呼ばれたものだから、リナリーは慌ててそれを耳に押し当てた。 「ご、ごめん!アレンくん・・・!なに?」 「一体、何があるんですか? これから……」 「……え、もしかして本当に、心当たりないの?」 驚くリナリーの表情が、脳裏に浮かんだ気がした。電話越しでも察せてしまう自分達に、今年の流行語を使ってツッコみたい。どんだけ。…ってそんなの関係ねえ、とまた一人続けて毒づきながらも本当に思い当たる節がない。何か特別な日であっただろうか。ここはやはり大人しく彼女に聞くほうがましだと、そう判断したアレンは再びリナリーに問いかけた。 「すみません、やっぱりわからないんですけど……」 そう言うと、沈黙が返ってきた。だが微かに遠くの方で、「ユウー!」というラビの声が、本当に微かに聞こえてきた。神田がやっと到着したのだろう。ここまで尋ねているのも、アレンにはやはり申し訳なさのほうが先立ってきてしまうようで、慌てて付け加えるように謝罪をしようとしたとき、彼女の方から返答が返ってきた。 「…じゃあ、とりあえずアレンくんのうちに私達が着くまでは考えてみて?私達が着いたらそこで終了、ね?」 最後にがんばって、と優しい声色で言われて、そこで電話を半強制的に切られた。もうすぐ着く、と彼女は言っていた。ということは本当に少ししか考えられないということだ、加えて彼女もラビも神田も、相当足が速いのだ。走ってこられたら本当に時間がなくなってしまう。短い時間を有効利用して、この勝機の見えないゲームに少しでも抗わなければ。最もゲームだなんて誰も言っていないけれど。 電話をしている最中に大分冷静になれた頭でまず浮かんだのは、なぜ“3人”でやって来るのか。それから、こんな真夜中であること。全てを括って考えてしまえば、『クリスマスをみんなで過ごす』それに当てはまる。しかし、わざわざこんな深夜からする必要もないそれは簡単に彼の考えから消え去ってしまった。彼女はそれも兼ねた違う“何か”をするような含みをこめて話していた。・・・もう時間があまりない。12月25日はクリスマス、それしか浮かばない。12月25日、12月25日、1225、ちょうど今0時12分25秒、それこそ関係ねえ。カレンダーを見てもヒントになりそうなものは一つとしてないし、本にも正解は載っていない。最終的に机に突っ伏してもんもんと考えていたとき、無常にも、こんこんとドアをノックする音が耳に届いた。 彼らだとは分かっていても、やはりこんな物騒な時間でもあり思わず肩を震わせてしまう。ノックの音が増してくると、最終的にはラビが大声で叫びかねない。そう判断したアレンは考えることを諦め、彼らに答えを乞うことに決めたようだった。玄関まで辿り着いた時には、扉を破らんかの勢いで打ち鳴らす音。そばでそれを宥める声。ほんの数時間前に別れたばかりなのに、気持ちは弾み、自然と頬が揺るむのを抑えられない。もたもたしてたら本当に叫ばれそうだから、慌てて鍵を開けてドアノブを回し、引く。ギィと重い金属音、その向こうに立っていたのは予想通りリナリー、ラビ、神田の3人。リナリーとラビはいつもの笑みを湛えていて、神田はいつもの仏頂面。3人の口元から白い息が立ち上っているのに気付き、アレンはまず慌てて3人を中に迎え入れた。お邪魔します、の声と共に、3人はまずリビングのこたつにダッシュする。入室開始5秒もしないうちにこたつの中に尋常ならない速さで潜り込んだ3人に、寒かったんだな、という気持ちと、相変わらずな雰囲気を醸し出す3人組に再びアレンは頬が緩むのを抑えられなかった。その様子をふと目にした3人は寒かったんだぜー、と冗談交じりで文句を投げかけてきた。 「でも何故、こんな真冬の真夜中に……」 「あ、アレンくん、やっぱりわからなかった?」 こたつに出来る限り深くもぐりこんだリナリーはそう言って苦笑いに似た笑みを浮かべた。完全に寝転がってこたつに潜っているラビはしょうがねえなぁ、と笑い、リナリーと同じようにもぐりこんでいる神田は馬鹿にしたような視線をアレンに送り鼻を鳴らした。相手が相手だからか妙にいらつく。 「じゃあアレン。これは何だと思うさ?」 ラビの掛け声とともに3人が同時に掲げたものは、ラビはペットボトルのたくさん詰まった袋。神田もお菓子や他にも色々持たされている。そしてリナリーは、 「・・・ケー、キ?」 と、疑問符つきのアレンの声。まだ分からない?と言いたげなリナリーの視線に、ケーキに関連することを頭の中で陳列してみれば、ここで漸く彼の頭の霧が晴れたようだった。 「あっ、あ、僕の、誕生、日……!?」 「はっ、まさかテメェが自分の誕生日忘れるくらい馬鹿だとはな」 「本人も忘れる誕生日を覚えてるくらいユウはアレン大好きってことさー」 「ばっ、それはっ、テメェらがいちいち騒ぐからだろうが!」 からかったはずがからかわれる立場になってしまった神田が真っ赤になって否定する姿を見て、アレンとリナリーはこっそり顔を見合わせて小さく笑った。 「でも、まさか本当に忘れてたなんて、驚いたわ…。」 「いや、はは…。」 全く、本当に情けない。これでは神田にも反論することが出来ない。 ケーキを中心におき、ジュースと紙コップをセッティングしてお菓子を広げて、パーティーの準備を形式だけ整えて。 「アレン、誕生日おめでとー!」「アレンくん、誕生日おめでとう!」「……チッ」 形式だけじゃ足りない、一番重要な“言葉”を(最後の一人は例外として)添えて。 「はい、みんなありがとうございます!」 そうして誕生日にはお決まりの歌をラビが唄い、それをアレンとリナリーが囃し、神田が一閃する。ここまでは何てことのないいつもの彼らの日常。 そうして夜も更けた頃、アレンの家に泊まる事になった3人は、現在穏やかな寝息を立てて眠っていた。それをまた穏やかに見つめていたアレンは、彼らを起こさないよう、細心の注意を払いながら4人で寝ていた部屋から抜け出した。 なるべく足音を立てないように廊下を歩き、普段は入らない一番狭い部屋へと足を踏みだす。小さな引き出しを開けてそこから十字架のネックレスを取り出し、そっと、口づけた。これは亡き義父であるマナがくれたもの。今日は本当の誕生日ではなく、マナに拾われた日なのだ。慈しみをもって、それを撫でる。そうして、まるでそこに亡き父がるかのように話し始めた 「…マナ。僕はやっと、この苦しみから解放されそうな気がするよ。…いや、もう、開放されているんだと思う。」 彼を開放へと手を差し出してくれたのは、紛れもないあの3人であるに違いない。そう思えるくらいに、アレンの中では彼らはなくてはならない存在になっていた。僕はもう大丈夫だよ、心の中でそう呟いてから、ネックレスを戻す。そしてまた足音を立てないように廊下を辿り、彼らが寝ている部屋に忍び込んだ。もう一枚毛布をそっとかけてから、一番端、リナリーの隣にもぐりこんだ。涙が出るほど優しい温もりに全身を包まれて、すぐに強い眠気が襲ってくる。マナ、僕はもう大丈夫だよ。この世界に、あなたと同じくらい大切な人をみつけられたんだ。 ------------------------------------------------ 「うさぎの涙」の早瀬いなささんと合作をさせていただきました……! ティーンズ学パロ祭様のアレン生誕絵茶にて文書きがいなささんと私だけだったので、合作しませんか、と恐れ多いお誘いを頂きまして、がくがくぶるぶるしながらも一緒にティーンズを書かせていただきました。 時間がなくそのときは終わらなかったので、翌日当サイトの絵茶で完成を迎えました……合作で完成までこぎつけるのは初めてだったので感動でした、しかも尊敬するいなささんと一緒に……!(感涙)というより完成に執着してしまってすみませんでした……(当時の私興奮しすぎ……) デザインと改行は私のセンスです すみません……(センス無いのに…… いなささんが創り出してくれるティーンズに大興奮してました。敢えてどの辺をいなささんが、どの辺を私が書いたのかは明記しませんけれども(笑/でもわかりやすいんじゃないかと 私の文があれなので←?) もう、本当に幸せでした……私一人じゃこんな素敵なティーンズ書けない……! いなささん、本当にありがとうございました! |