どたどたどたと、勢いよく走る音が聞こえる。鍛練の合間の休憩をとっていた神田は、特に意識せずにその音を聞いていた。その音は徐々に近づいてきて、今現在神田がいる修練場の前で止まった。ギィッと重苦しい音を立てて、扉が開く。そしてまたどたどたと忙しない音を立てて、こっちに向かってきた。
――――――こっちに?


「かーんだっ!」
「わっ」


いきなり後ろから抱きつかれ、普通に座っていた神田はバランスを崩して前に倒れかけた。だが急いで体勢を立て直し、振り返って後ろにいる犯人を探す。そこにいるのは、ニコニコと嬉しそうに笑うリナリーだった。10歳と、12歳。リナリーは成長期であるのにもかかわらず神田はまだ成長期は来ていない。そのせいで、二人の身長はさほど変わらないという状況だ。
鍛練をしていた他の団員が、優しい瞳でこちらを見てくる。「微笑ましい」という言葉が聞こえてきそうな雰囲気だ。顔に熱が集まるのがわかる。恥ずかしくなってきて、神田は赤い顔のまま、リナリーを置いて修練場の出口を目指した。だがリナリーは嬉しそうに神田の後をついていく。


「ねぇ神田っ、びっくりした? したよね!?」
「してねェよ」
「神田のウソつきー、絶対してた!!」
「してねェ!」


ムキになって否定しながら修練場を出た神田は、修練場の扉を閉めようとした。だがその隙間からするっとリナリーも外に出る。思わず舌打ちをするが、リナリーは相変わらずニコニコと笑っていた。二歳も年下なのに、まるで勝てない。それがむかつくほどに悔しかった。
行くあてもないままに、神田は歩き出す。リナリーはその後ろをちょこちょこと追った。そういえばこいつは室長であるコムイの妹で、毎日手伝いをしていた。だから昼に遊ぶ機会なんてほとんどなくて(神田も毎日鍛練をしているし)話したりするのはいつも夜。話したりとはいってもいつもいつもリナリーが一方的で。こんなに無愛想な自分に楽しげに話しかけられるリナリーはある意味すごい才能を持っているのだろう。毎日毎日仕事が終わるとすぐに神田の部屋に駆け込んで、始終笑顔で話して、そして帰っていく。コミュニケーションがうまくとれない神田にも、全く飽きる様子など見せなくて。
無愛想で冷徹で、そんな神田に物怖じすることなく話しかけられる、唯一のひとなのだ。


「………今日はコムイのとこにいなくて、いいのかよ」


そう聞けば、後ろにいるリナリーがきょとんとしたのが気配でわかった。だがすぐに後ろから、明るい嬉しそうな声が聞こえてくる。


「あのね! 今日は早くお仕事が終わったから、兄さんがもう今日はいいよって言ってくれたの。だから神田のところに来たんだよ!!」


先をすたすたと歩いていた神田は、思わずぴたりと足を止めた。ゆっくり振り向くと、リナリーは相変わらずニコニコと笑っている。


「………なんで、俺のところに?」


リナリーは自分と違って、教団の中にたくさん話せる人がいるのに。
だがリナリーは当たり前とでも言うように、満面の笑みを浮かべて言った。




「神田が、大好きだから!」



そう言ったリナリーの笑顔があまりにも眩しくて、目眩を起こしそうになる。
なぜこんなにも彼女は自分を好きになってくれるのだろう、こんな、話しててもつまらないような自分を。
きっと誰かに彼女が好きかと訊かれたら素直に頷くことはできないだろうけれど(自分の性格は一番自分が理解している)
誰もいない場所で、誰も知らないような人に聞かれたらすぐに首を縦に振るだろう。

――――――彼女の「好き」と自分の「好き」が、違う意味なのはわかっているけれど。





「………し、知るかよ」




神田は未だに熱が残る頬をさらに赤くして、そのままリナリーに背を向けた。リナリーはそれでも楽しげに笑って、神田のあとを追いかける。


「えー、待ってよ神田っ!」
「うるせェ!!」











ガキは嫌いだ。



人前で恥ずかしいこと普通にするし
      (あのシーンをコムイに見られてたらどうするつもりなんだ)
いつもへらへら笑ってるし
      (傷だらけで壊れかけて笑わない日々があったなんて信じられない)










「今日は神田といっぱい話せるね! いっぱいいっぱい話したいことあるの!」
「知らねェよ」
「そんなこと言わないで。私、神田と話してる時が一番幸せなんだから!」








そういって笑うリナリーが、ひどく憎たらしい。
         (それと同時に期待を感じる自分のほうがもっと憎たらしい)
         (彼女はそういう感情をまだ知らない 自分だけ突っ走って馬鹿みたいだ)


















だから、ガキは嫌いなんだ。

















(07.05.03)