「あーれんっ」

ラビがいつもより明るいトーンで名前を呼べば、食後のデザートを食べていたアレンはあからさまに嫌そうな表情をラビに向ける。ラビはニコニコと満面の笑顔を浮かべていて、かなり機嫌が良さそうだ。あまりにもにこやか過ぎて逆に不気味。アレンはその表情を全く隠そうとしないまま、冷めた瞳でラビを見つめた。

「……なんですか」
「そんなに嫌そうな顔すんなさ」
「ラビがそんな気持ち悪い笑顔浮かべてる時は大抵ろくなことがないです」
「酷ー」

口ではそういうもののまだラビは笑顔を浮かべていて、アレンは額に手をやってあからさまに溜息をついた。そしてラビに向き直り、呟くように言う。

「……一つ年とるというのに、子どもですね」
「あれ、何だ覚えてたんじゃん」

そしてまた一度、アレンは溜息をつく。幸せ逃げるぞーと言ったらもう逃げられてるのでいいです、と返された。15歳のコメントとは思えない。
今日は8月10日、ラビの誕生日である。もうすぐティーンを卒業するといってもまだまだ誕生日は嬉しいもので(その辺りまだ自分は子どもっぽいが)ただその日が来るだけで嬉しいし誰かに祝ってもらえるともっと嬉しい。だから弟分であるアレンにちょっかいを出してみたのだが、可愛いはずのその弟分は少しばかりひねくれ気味だ。それもそれで可愛いが。
アレンはデザートを食べ終え、食器を返すべく立ち上がった。ラビはそれにちょこちょこ着いていく。

「えー、アレン、お祝いの言葉くらい無いんさ? 兄貴分の誕生日」
「誰が兄貴分ですか」
「ちょっと今日アレン冷たい」
「気のせいです」

ぴしゃりと撥ねつけられ、どこがさ、とラビは口を尖らせる。アレンはただ黙って科学班のほうへ歩いていく。何か用でもあるのだろうか、とりあえず今のところは予定が無いから科学班のところへ行って祝いの言葉でもねだろうかとラビはぼうっと考えていた。だって誰も祝ってくれない誕生日なんて哀しすぎる。ブックマンは覚えていてくれるだろうが祝ってくれるような人ではないし。
そういえば、二ヶ月の時を経てようやく同い年になれたあの人をまだ見ていない。

「ユウどこにいっかなー」
「鍛練じゃないですか」
「やっぱし? でもユウが祝ってくれるとは思えない……ていうかなんでアレンは祝いの言葉を言ってくれないんさ」
「……兎が寂しいと死ぬって、本当かなって思って」
「どういう意味」

苦し紛れな言い訳にしか聞こえないが真実だったら相当酷い、むしろ惨い。だが今まで冷酷な無表情だったアレンが視線を若干ずらし口元を引きつらせている辺り言い訳なのだろう、言い訳する理由がさっぱり分からないが。ちなみにその情報はガセである。
頑なに祝うことを拒むアレンにそろそろ泣きたくなってきた。この子は祝う気などないのだろうか、自分がこの世に生まれてきた日を嬉しいとは思ってくれていないのだろうか。たまにアレンはこんな風に冷たくなるが、仲間想いで基本優しいアレンが誕生日にここまで冷たいとは思えない。神田の誕生日にだってなんだかんだで祝っていたのに。

「えーせめておめでとうくらい言ってくれたっていいじゃんさー、オレアレンに祝ってもらいたい」
「……った、誕生日って、生まれてきてくれてありがとうって言う日じゃないですか…」
「それってアレンはオレが生まれてきて嬉しくないってことさ!?」
「あっ、違ッ……! ああもう本当にすみませんラビ、」

失敗した、というように頭を一度抱え天を仰いだアレンは、ラビと真正面から向き直った。先ほどまでの無表情から打って変わった必死な表情にラビは思わず目を見開く。銀灰色の瞳は爛々とした光を取り戻し、固く結ばれた唇はそれでいてすぐに何かが零れそうだ。そしてアレンはラビの耳にその唇を寄せ、堪えるような声音で言葉を紡ぐ。



「……あと30秒だけ、待ってください」



「…え、」

どういうことさ、と訊き返そうとした瞬間ものすごい力で腕を掴まれた。そして何も言われぬままよりによってイノセンスの宿る左手でラビの腕を掴んだアレンは走り出す。そのいきなりの行動にラビの足はもつれたが慌てて体制を立てなおし、アレンと共に駆け出す。その方向はやはり科学班研究室。揺れる銀髪はさらりと横から流れる光に煌いて、必死に走りながらも本当に綺麗な白だよな、なんてぼうっと思った。今ではそんなこと全く関係ないし、アレンと過ごすたびいつも思うことなのだけれど。それは優しさの白だったり冷酷の白だったりと落差が激しい(特にラビに対しては)が、たまに冷酷の中に隠れる暖かさの白だったりもする。本当に15とは思えぬ、優しい二面性。
そんなことを考えているうちにアレンはスピードを落とし始め、ラビもそれに合わせて慌ててスピードを落とした。アレンはこんこんといつもは開け放されている扉を叩く。すると聞き覚えのあるリーバーの声で、聞いたことのない言葉が流れ込んできた。

「あー、合言葉は? シロウサギ」
「……合言葉、って。シロウサギって不思議の国のアリスの…」
「ウカレウサギ」

何か他意を感じるのは気のせいだろうか。

アレンが合言葉を言うとすぐに扉の向こうから「お、アレンか」「アレン来たの?」と嬉しげな声が届く。一体何事なのだろうとようやくアレンの手から解放されたラビはもんもんと思案を廻らせるが、答えに辿りつく前にアレンが科学班の扉を開けた。その瞬間に、


「ラビ、ハッピーバースデー!!」


たくさんの声が同時にその言葉を紡いだ。


待ち望んでいたその一言だというのに、ラビは思わず目をぱちくりとさせる。そこには科学班員だけでなく探索部隊のメンバーや他のエクソシスト、医療班のメンバーなど広い研究室がぎゅうぎゅうになりそうなほど大勢の人が集まっていた。皆がみんな笑顔で(一部を除くが)ラビを見つめている。
ラビはしばらくぼうっとその光景を見つめた後、アレンに顔を向けた。

「……これは、どういう?」
「こういうことです」
「……アレンが冷たかったのって、お祝いを言ってくれなかったのって、まさか」
「この企画があったからですよ」

にこり。アレンは先ほどまでの冷酷な表情とは全く違う優しげな笑顔を浮かべた。

「……ラビも僕の誕生日に、たくさんの言葉をくれたから」

それは8ヶ月ほど前に遡る。アレンが義父に拾われた日である12月25日をラビはきちんと覚えていて、その日をアレンの誕生日として皆に広め、誕生日が不透明であるアレンにラビ以外の人からも祝いの言葉をもらったのである。ラビが広めなければアレンがその言葉をもらうことも無かったから、間接的にラビがその言葉を贈ったことにもなる。
今日はそのお返しだ。ラビは社交的だから誰とでも仲が良いし、だからといって誕生日を知っている人はそう多くないだろうからアレンが広めて回った。そしてその結果が、この科学班研究室の人口密度の高さである。

「皆忙しいから、何もプレゼントは用意できなかったんだけど」

コムイがアレンに負けないくらい優しい笑顔と声音で、そう切り出した。

「この教団は、ラビがここにいてくれて嬉しいと思ってる人ばかりだよ」

その言葉にラビはぐっと額のバンダナを握り締め、隻眼を隠すくらいに下ろす。
嗚呼、みんな、ばかだ。そんな優しい言葉をかけている相手は、ブックマン後継者。心を持たない者なのに。
      (一番愚かなのは、無いはずの心が揺れ動いているオレ自身)

ラビは腕を伸ばし、アレンをその片腕の中に閉じ込めた。アレンは驚いてラビを見上げるが、何も抵抗せずにそのまま腕の中に納まっている。

「……みんな、ありがとさ」

そしてバンダナで半分隠された翠の瞳をアレンに向ける。

「アレン、本当に、ありがとう」

アレンは嬉しそうな笑顔を浮かべると、あの時のお返しですから、とはにかむ。
幸せな時間をくれた白の少年。その白は冷酷の中の暖かさの白などではなかった、ただ自分が気付かなかっただけ。
その白は、広く包み込むような暖かい蒼の白。





























Happy birthday Lavi!!




by Allen







and me and you!!
















(07.09.15)