任務を終えた街の路地裏、イノセンスは無く任務は外れ、パートナーのエクソシストは居ない、ファインダーも次の任務に出てしまった。一人きりの汽車待ち、その汽車が来るのは三時間後、話す相手も暇つぶしのものも何も無い。
照りつける太陽、炎天下の日陰、弱々しく髪を揺らす風。滴り落ちる汗、水分を吸った砂、渇いた喉の痛み。人目の無い場所、夏という空間から切り離された影の空間、ひとり。八番目の月の十日目、潰されてしまいそうなほど痛む心臓、切ない哀しいこの日にぼくは、ひとり。
ハッピィバァスデデイトゥゥユゥ、ハッピィバァスデイトゥゥユゥ、小さく小さく誰にも聞かれないような声でうたう。ハッピィバァスデイディア、その次に続くのは今は無き名前、彼は生きてる、だけどこの名前はもう無い、ハッピィバァスデイディア、ラビ。

「今日は誰かの誕生日なんさ?」

声、聴きなれた声、聴きなれた口調、それでも聴きなれない声、ゆっくり、ゆっくり、顔を上げて声のした方を見る。赤毛、眼帯、翠の隻眼、微かに寂しさの影を落とす笑顔、ラビ。黒いスーツ、黒い肌、額に浮かぶ聖痕、幾つかの小さなナイフ、ラビじゃない。
虚空の光を宿す銀灰色の瞳、その瞳に彼を映す、にこにこと笑顔を浮かべている彼を、名前も知らないその人を。

「……かつて、僕の友達だった人です」
「へー、ラビっつーの?」
「ええ、今では違う名前だと思いますが」
「ふーん、で、そいつを祝う歌を歌ってたわけさ。ひとりで」
「目の前に居なくなっても、彼がどんな場所に行っても、もしも僕がこの手で彼を壊さなきゃならない事態になっても、彼が生まれてきたことは僕にとっても最高の出来事なので」

ふぅん、と特に関心のなさそうな声、隣に在る温もり、在ってはいけない安堵感。其処にいる、だけど其処にいない、其処にいるのは彼じゃない、ラビじゃない、ぼくがあいしたひとじゃない。

「愛してるんさね」
「はい」
「そっかー」

さほど興味なさそうなその声、ひゅん、と視界の端に煌く銀の軌跡、一瞬の後に首に押し当てられる冷たい金属。微かに走る痛み、つぅ、と下に下に流れてゆく冷たさ、背筋に一瞬だけ走る死の恐怖。少しだけ切れた喉の皮膚、首に押し当てられているのは彼が持っていた小さなナイフ、息がかかるくらい近い彼の口元、瞳、笑顔。
照りつける太陽、炎天下の日陰、弱々しく髪を揺らす風。滴り落ちる汗、水分を吸った砂、渇いた喉の痛み。人目の無い場所、夏という空間から切り離された影の空間、ふたり。八番目の月の十日目、潰されてしまいそうなほど痛む心臓、切ない哀しいこの日にぼくは、彼であって彼でないものと、ふたり。

「愛してるやつに殺される、ってシチュ、どう思う?」
「……確かに事故とか憎んでる者に殺されるよりは、愛する人に殺されたいですね。でも幻聴ですかね、僕があなたを愛している風な言い方ですが」
「だってそうだろ、」

アレン。

怪しいものにかわる笑顔、ぐっと先ほどより力を込められるナイフ、ああこれ以上深くえぐられたら命は無いだろうな、とやたら冷静な脳。
声、聴きなれた声、聴きなれた口調、それでも聴きなれない声、赤毛、眼帯、翠の隻眼、微かに寂しさの影を落とす笑顔、ラビ。黒いスーツ、黒い肌、額に浮かぶ聖痕、首に押し当てられたナイフ、ラビじゃない。

「何を言ってるんですか?」

徐々に徐々に背中を昇ってくる死の恐怖、それでもそんなのは顔に出さない、精一杯違和感無いよう浮かべたのは笑顔、今の自分ができるものよりも優しい笑顔、その中に微かな寂しさを翳らせて僕はわらう。ポーカーフェイスというのはあって困るものじゃない、むしろ昔鍛えていて良かった。何でも騙せる偽れる、その全てを見抜くような翠の瞳も、なにもかも。揺らぐ翠の瞳、その中に映るぼく、ぼくの表現しようとしたとおりの笑顔。


「あなたは“ラビ”ではないでしょう?」



ぼくがあいしているのはラビというひとです。



小さな声、風に紛れてしまいそうなほど小さな声、見開かれた彼の瞳、緩むナイフを握る力。ナイフが離れて消えさる冷気、それでもそのまま流れる血。

「……そうか」
「はい」
「変な話してごめんさ、とりあえず今日は引くけどまた殺しに来るから、」

エクソシスト。

それだけ言って表通りへ消える彼、揺れる赤い髪、遠くなる背中。
人目の無い場所、夏という空間から切り離された影の空間、ひとり。八番目の月の十日目、潰されてしまいそうなほど痛む心臓、切ない哀しいこの日にぼくは、ひとり。
こみ上げてくる何か、壊れゆく涙腺、汗じゃない水分を吸って砂は色を変える。違うんだ別にぼくはラビという人を愛してるんじゃない、ラビも含め彼の全てを愛していたんだ、今更胸の中で叫んでも届くことなどなく。消えた後姿、霞む視界、汽車が来るまであと何時間?
それでもその想いは伝えてはならないのです、本音を隠してただ時間を過ごしていかなければならないのです、それでも何故か本当の想いが伝わっていますようにと願わずにはいられないのです、嗚呼神よ、どうか愚かなぼくをお赦しください。


違う、赦しを請うのは神じゃない、嗚呼どうか、愚かなぼくを赦してください、ラビ。



















Happy birthday Lavi...




by Allen...







and me and you...
















(07.10.09)