急に意識が深海の紺碧から淡い蒼の水面に浮上し、リナリーは自分が目覚めたことに気付いた。長い時間寝ていたような、ほんの少ししか眠っていないような。枕もとの携帯電話に手を伸ばして時間を確かめれば、23時52分。明日は早いからと早めにベッドにもぐりこんでから1時間ほどしか経っていない。いつもなら一度眠れば何かが起きない限り朝まで眠れるのだが、どうしたのだろう。今日も兄は研究所に泊り込みだし。
再び目を閉じて、闇の中に橙の光が微かに差す空間をまた黒で塗りつぶす。その瞬間に、ぴんぽんとチャイムの音がなった。ぱっとリナリーは目を開けて上半身を起こす。こんな時間に誰だろう、慌ててスリッパを履いてぱたぱたとドアの方へ駆けていく。そ、と覗き穴から外を窺い見ると、目に入ったのは、月光に照らされて金に光る銀髪。

すぐに手をノブへ滑らせて、ドアを押す。その一連の小さな動作さえももどかしく思えた。がちゃりとドアの開く軽い音、真っ暗な家の中に外灯と月の本当に微かな光が柔らかく差し込んでくる。一秒が一分に感じるくらいもどかしい時間の中、半分ほど開けたところで彼の姿が完全に見えた。青白く暗い闇の中、鼻の頭を赤く染めて微笑んでいるのは、アレン。白い息が彼を一瞬纏って霧散し、消えていく。後ろに背負った月のせいか、ほんのりと金色の光を帯びているその姿は年下とは到底思えないくらいに大人びていて、やさしい。

「アレン、く……!?」
「こんばんは、リナリー」
「こんばんは、じゃなくて……! と、とにかく中入ろう?」

リナリーはアレンの腕を引いて中へ引き込む。お邪魔します、と小さく言ってアレンはリナリーに引かれるまま中に入った。玄関横にある電気のスイッチをぱちぱちとつけて、リナリーはアレンをリビングへと引き入れてとりあえずこたつに落ち着いた。相変わらずアレンはにこにこと笑っている。明るい部屋の中に入ってしまえば月の光はない、そこでやっと年相応の彼に見えて安心する。なんとなく時計を見やれば、23時58分。

「こんな夜中にどうしたの?」
「え? リナリーと一緒にいたくなって」

顔が一気に熱くなるのを感じた。相変わらずアレンはにこにこと笑っている、かちりと分針の動く音がした。23時59分。

「ど、どうして、急に……?」
「え? それは、」

アレンの銀灰色の瞳が壁にかかっている小さな円形の時計を映し、それに気付いたリナリーも時計に視線を向けた。秒針が時を刻む音が、静寂の部屋に満ちていく。リナリーは時計から少しだけ視線を外し、ちらりとアレンを見た、瞬間冷えた手がリナリーの肩に触れそのまま抱き寄せられる。服越しに伝わる冷たい手の感触と、抱き寄せられたその先にあるアレンのあたたかな体温の差が、何故だか溜息が唇から零れだしてしまうくらいに優しく感じられて、リナリーは条件反射で頬を朱に染めながらも自分からそのぬくもりを求めてアレンのコートにしがみついた。そしてアレンの細い指がリナリーの耳にかかっていた髪をさらりと流して、アレンは自分が触れたリナリーのその場所に唇を近づける。アレンの柔らかな吐息の感覚が背筋をぞくりと駆け巡った。かちり、と一際大きい音を立てて秒針と分針と時針が動く。そして、リナリーの耳に近づいたままのアレンの唇が小さく動いた。息の混じった優しいテノールがふわりとリナリーの耳から全身を満たしていく。


「うまれてきてくれて、ありがとう、リナリー」


その意味を数秒経ってからようやく理解して、リナリーはばっと顔を上げてアレンを見た。アレンはにこにこと柔らかい笑みを浮かべている。そういえば兄が、誕生日をお祝いしたかったと大泣きしてリーバー班長に引きずられていった気がする。さっきまで寝ていたからか日付の感覚をなくしてしまっていた、日付が変わった今は、2月20日。

「……僕のとき、リナリーは熱出してるのに来てくれたから」
「アレンくん、」
「リナリーはそこまでしてくれたのに、今健康体な僕が来ないなんておかしいでしょう。コムイさんは今回も泊まりだってリナリー言ってたし。学年が違うのでいつも一緒、というわけにはいきませんけど、せめて一緒にいられる時間はいたいなって思って」

リナリーはぎゅ、とアレンの身体に腕を回してコートに顔を埋めた。幸福で涙がこみ上げてくる、自分が彼を愛しているのと同じくらい、きっと彼は自分を愛してくれている。もしかしたらそこには、少し自惚れがはいっているのかもしれないけれど、それでも。

「わ、たし、明日委員の集まりがあるから、6時半の電車に乗らなきゃいけないんだよ」
「大丈夫ですよ」
「……私の家は駅から遠いし、お弁当も作らなきゃならないから、5時半には起きなきゃいけないの。アレンくん寝起き悪いのに」
「いざとなったら叩き起こしてください、多分リナリーの声だったら起きられるから。だから、一緒に行っても良いですか?」
「……だめ、だけど、一緒に来てくれる?」

同じじゃないですか、とアレンが言うから、違うの、とアレンのコートに顔を埋めながら言い返した。起きる時はお目覚めのちゅーでも構いませんよ、とおどけるアレンに、リナリーは顔を上げて、涙をいっぱいに浮かべたまま、ばか、と毒づく。だがそのあとにぱっと表情を変えて、ふたりで明るく笑いあった。
アレンのコートをハンガーに掛けて、携帯電話のアラーム時間を設定しなおして、ふたりで小さなベッドにもぐりこむ。おやすみ、といってまた笑いあったあとに、アレンがリナリーの華奢な身体をそっと抱き寄せた。リナリーは拒絶することなくその腕に抱かれる。
冬の夜ってあたたかいものだったっけ、と、思わず自問した。答えもその理由も、わかっているけれど。













(お弁当もうひとつ作らなきゃいけないから、5時15分に起きないとね。)

















Happy birthday Lenalee!!




by Allen







and me and you!!

















(08.03.05)