(…………あれ?) 朝食を終え、制服に着替えようと自室に上がったリナリーは違和感を覚えた。 リナリーの部屋は、女子高生にしてはひどく殺風景だ。本当に高校生として必要最低限のものしかない。しかもそれも綺麗に整頓されているから、本当に殺風景で極端に色が少ないのだ。 それなのになんだか今朝は、本当に少しだけ、色が多い、ような。 ゆっくりと部屋を見渡してみると、窓の外に普段はないものを見つけた。カラフルな水玉模様が描かれた小さな紙袋、それに気付いたリナリーは駆け寄って窓を開ける。2月の寒気が一気に部屋に流れ込んできて、思わず肩を震わせた。すぐにしゃがみこんでそれを掬い上げ、すぐに窓をぴしゃりと閉める。朝起きてカーテンを開けたときにはなかったはずなのに、とリナリーは首を傾げる、透明な窓ガラスを隔ててベッドのすぐ近くにおいてある紙袋は、サンタクロースが子供の下へ運んでくるクリスマスプレゼントを思い起こさずにはいられなかった。でも今は2月で、リナリーもサンタを信じるような年頃ではもうないわけで。 ぺりぺり、と慎重に紙袋の口を閉じていたシールを剥がす。中を覗き込んでみたら、微かな光を受けてきらりとひかる、小さな金属が入っていた。本当に小さなそれが、ひとつだけ。袋を逆さにして手のひらに出し、太陽の光に翳してみるとそれは、紫色の石がついた小さなピアス。普通ピアスはふたつなのに、もう一度逆さにして振ってみてもペアとなるもうひとつは出てこなかった。どこかで見たことがあるな、と記憶を辿ると、行き着いた結論がひとつ。 それに気付いた瞬間リナリーは目を見開き、再び窓を開けて顔だけ外に晒して西のほうを見た。だがそこではただ隣の部屋の干された洗濯物が風になびいているだけ。リナリーはぐっと唇を噛み、窓を閉めて急いでいつもの学校に行く準備を再開した。ただ普段と違うのは、いつものざっと3倍速というところだろう。 「いってきまーす!」 いつもなら15分かかるところを5分強ほどで終え、リナリーは息を荒げさせながら家を飛び出した。そしてその飛び出した先では、いつものように神田が仏頂面で待っている。普段神田が先かリナリーが先かは半々であり、同時に家を出るというのもありえるくらいだから基本的に生活リズムが一緒なのだろう、それなのに今日、リナリーがいつもより10分ほども早く出たのにもかかわらず神田がいる。 10分でも何分でもとにかく今日は神田を待つつもりだったリナリーは戸惑ったが、神田はいくぞ、と声を掛けて先を歩き出してしまった。慌ててリナリーがその後ろ姿を追いかける。さらりと視界で自分の黒髪が揺れた。そして追いつく寸前に、ぴたりと神田の足が止まる。それに合わせてリナリーも足を止めると、神田がゆっくり振り向きながら口を開いた。 「……おい」 「うん?」 「今日は何で髪を結ってないんだ?」 にやり、その唇が怪しく歪められる。リナリーは思わずかぁっと顔を赤くして、普段なら綺麗にツインテールに結い上げられているその髪を撫でつけた。艶やかな彼女の黒い髪は結わなくても広がったりくせが目立ったりはしない。いつも結い上げているのはさすがに腰近くまである髪は正直邪魔だから、切らないのは兄がこの髪を好きだから、そして一番の親友である神田とラビとアレンが(主にラビだが)時々楽しそうに髪をいじってくれるから。幼馴染兼親友兼、恋人である神田がごくたまに、髪にさらりと触れてくれるからというのももちろんあるのだけれど。 「……わかってるくせに」 「しらねェな」 「もう! ……ご飯を食べてる数分間の間にベランダ忍び込んでプレゼント置いておくなんて、神田しかできるわけないじゃない。それに、あのピアス、」 神田とリナリーは、同じマンションの隣の部屋同士。ベランダに忍び込むことは神田には容易いだろう。それに中に入っていたピアスは、数日前に、神田がつけ始めた、 「あ、ユウ新しいピアスつけはじめたんさねー」 「そうなの? え、どのピアス?」 「本当だ、紫色のちいさいものですよ」 「えー……こっち側にはないよ?」 「ありゃ、片耳だけにつけてるんさ? ユウ」 「リナリーもこっち側来て見てみると良いですよ、神田に似合わない綺麗な色です」 「うっせェモヤシてめえ叩き斬るぞ!」 その、ピアス。 ピアスは校則で禁止されてるから(神田とラビは普通に破っているのだけれど)それを隠すために髪を下ろしてきたのだ。校則に違反してでも、神田がくれたピアスを、神田と一緒のピアスを身に着けたかったから。 ぷ、と不貞腐れていたら、神田の手が伸びてきてさらさらと髪に優しく触れそのまま耳の後ろへ掛けた。不意打ちにリナリーが目を見開いて身を固まらせていると、髪を耳に掛けたその手がリナリーの耳朶に触れ、普段はピアス穴が開いているだけの場所を、今では神田の片耳と同じ紫色のピアスが刺さっている場所を軽く撫ぜる。くすぐったいような感覚に身を引くと呆気なくその手は耳から離れ、頬を滑った。そして、そのまま、神田の唇がリナリーの唇に落ちる。 一瞬だけ触れて、離れて、怪しくそれでいて柔らかく笑んだ唇で言葉を紡ぐ。頬に触れていた手をまた耳に滑らせて、また、耳朶に触れながら。 「ピアスつけてくるなんて、クラス代表としてどうなんだ? リナリー」 「か、ん、」 「Happy birthday Lenalee,」 唇が触れ合う寸前のところで囁いた言葉は、あまやかに鼓膜を振動させて、 (それはタチの悪いみためもなかみも真っ黒な!)
(08.03.16) |