「リナリー!」

淡い空の蒼が広がり、凍てつく寒さが中にいても肌を突き刺す冬の朝。窓に寄りかかりサチコと他愛もない話をしていたリナリーは、唐突に大声で名前を呼ばれてびくりと肩を震わせた。クラスメイトの視線が扉とリナリーの両方に注がれる。それを感じながらリナリーもそろそろと教室の扉の方を見れば、息を切らしているアレンとラビ、そして神田がそこにいた。隣からサチコの溜め息が聞こえる。今にも死にそうな表情で手招きをされ、リナリーはクラスメイトの視線を感じながらも3人の元に駆け寄った。恥ずかしさで顔が火照る、時計をちらりと見やれば、始業まであと3分。

「ど、どうしたの……?」
「リナリー」

リナリーの華奢な手首を優しく指で包んで、アレンはにっこりと微笑んだ。その笑顔はあまりにも優しくて、それなのに何故か嫌な予感に近い何かが背筋を駆け抜ける。

「リナリーなら心配ないと思うんですが、少しだけ、我慢してくださいね」
「え……っきゃ!?」

意味深な言葉に首を傾げる暇もなく、アレンがリナリーの手首を掴んだまま駆け出した。リナリーは一瞬だけバランスを崩したが慌てて体勢を立て直し、アレンに引かれるままに走り出す。男女合わせても学年一の俊足を持つリナリーはアレンよりも足が速い、アレンについていくことは難しくなかった。後ろからラビの声が聞こえる。

「じゃあサチコ、あとはよろしくさ!」
「任しとけっちょ!」

ついていくことは難しくない、それでもさすがに振り返る余裕はなかったが、ラビはすぐにアレンに引かれたままのリナリーの隣に追いついてきた。目の前で揺れる銀の髪、視界の片隅でなびく黒髪、逆の隅で揺れる赤い髪。ちらりと腕時計を見たら始業まであと1分だった。引かれるままのリナリーには行き先さえもわからない。一限目はなんだっけ、とぼうっと考えて、数学だということを思い出した。ああ数学は少しでも遅れると気まずい空気が流れるのよね、と遅刻をしたことのないリナリーはクラスメイトが遅刻したときのことを思い出して、少しだけ憂鬱になった。大分教室から離れてしまったし、今アレンの手を振り解いて教室に戻ったとしても遅刻は確実。そうでなくても、この手を振りほどく気なんてありはしないのだけれど。そして目の前を走る彼らは階段を何度も駆け上っていく。

「………なんとなく予想がついてきたような……」
「まぁここまで階段上ると行き先は一つしかないさね」
「そういえばラビ、サチコに何を頼んだの?」
「リナリーはお腹が痛いので保健室行きましたって先生に言ってもらうように」

それを聞いてリナリーが抗議をしようとした途端最後までリナリーの手首を掴んだままだったアレンがスピードを落とし始めて、リナリーもそれと一緒にスピードを落とす。そしてアレンがリナリーの手首を開放し、4人が完全に止まった時目の前にあったのは、予想通り、屋上への扉。鍵がかかっていると思いこんでいたが、神田がノブを回すといとも簡単に開いた。壊れてる。

「まぁ正確に言えば壊したらしいんですけどね、神田とラビがいつでもサボれるように」

怒る気にもなれやしない。

その時、始業のチャイムが校内に鳴り響いた。それでも構わずアレン、神田、ラビの3人は屋上へと進み、リナリーも慌ててその後を追いかける。当然だが真冬の屋上は寒く、リナリーは思わず身を縮こまらせた。3人も寒い寒いと言いながら中心部へと足を進め、そこに座りこむ。リナリーもそこへ駆け寄りラビの隣に腰を下ろした。ラビはその手に持っていた長方形の箱を下ろし、まず4人の中心に大きなナフキンを広げ、その上にその箱を乗せた。ケーキを入れる箱のような形状。そしてラビの手が箱を開いていき、リナリーは心臓を高鳴らせながらそれを見つめる。アレンも神田もどこか緊張したような面持ちだ。そして、空けた箱の中に入っていたのは、予想通り、小さなチョコレートケーキ。走ったせいか、どこか形が崩れている。

「ケーキ…? どうしたの、これ? 食べたいなら学校帰りにでも一緒に行くのに」
「……わかってねェのかよ」
「え、ええ?」

珍しく驚いたような神田と、目をぱちぱちと瞬かせているラビとアレン。慌ててリナリーは今日の日付を頭の中で確認する、今日は2月20日。

「あ、あ、私の……!!?」
「そうさー、だからオレら、これ作ったんだぜ? 学校でもないとコムイに邪魔されるし、何より早めに祝いたかったからさー」
「こ、これ、アレンくんと神田とラビが作ったの……!?」

慌てて箱の中を見直す、この崩れているのは走ったせいでなく手作りだからか。チョコレートプレートに書かれた“Happy birthday!”の不器用な文字、無駄にごてごてした飾りつけ。これは全部、彼らが。彼らが、自分の誕生日を祝うために、慣れないことをして。



「リナリー」


優しい声音でアレンが名前を呼ぶ。その声音と同じくらい表情は優しくて、リナリーの隣にいるラビも、その隣にいる神田までもが、どことなく優しい笑顔を浮かべていて。あまりにもあたたかい空気にそれだけで泣きそうになる。どうしたらそんな風に優しく人の名前を呼べるのだろう、と、不思議になるくらい。


「生まれてきてくれて、ありがとうございます」
「オレら、リナリーがいてくれて本当に良かったと思うさ」
「………お前がいなかったら、俺らは今の俺らじゃなかった」


「おめでとう、リナリー」


ぶわ、と一気に視界がかすんで、目の前にいる彼らが見えなくなる。ぼろぼろと涙が頬を伝う、耳に届くのは慌てたような彼らの声、背中に在るのは優しい優しい誰かの掌。涙を止めることなんて出来なくて、リナリーはただ手を伸ばし、用意してあったフォークを掴んでチョコレートケーキを適当に切り、それを口に含む。甘すぎるくらいのクリーム、それでもそれはあたたかくて、歓びが胸に溢れる。


「アレンくん、ラビ、神田、」
「……なんですか?」



「今まで食べたケーキの中で、一番おいしいよ」




涙を流しながらも、精一杯笑った。それでも多分、上手に笑えてる。
彼らも多分、嬉しそうに笑ってくれてる。

















Happy birthday Lenalee!!




by Allen and Yu and Lavi






and me and you!!
















(08.02.20)