「どーですか受験生の夏果さん、課題の進行状況は?」

なんとなく癪に障る言い方をされて私は思わず舌打ちした。私の部屋のドアの前にいるのは家が隣で幼馴染で年がひとつ上の、蒼。アオ。妙な名前だよねっていつも言うけど蒼は一番そう思ってるのは私だってばとそのたびに笑う。明るくて馬鹿だけど昔からどこか不思議な人。無駄に成績は良いし。てか不法侵入だろそれ、幼馴染とはいえ! 母め勝手に上げたな、受験生の邪魔をする奴を上げるな。まぁ去年邪魔してたのは私だけれど。
蒼は片手に大きな鞄を抱えていて、それから少しだけ英語のワークブックらしきものが見えた。その鞄から察するに課題が大量に残ってるんだろうな、今日は8月の29日ですよ蒼さん。と思いながらさっきの言葉に言い返す。

「あと一つで終わる」
「え、早っ」
「蒼だって去年少なかったじゃん、受験勉強しろってことでしょ? で、蒼は。その状況だと終わってなさそうだけど、ってか夏休み始まったばっかの頃課題少ないーって言ってなかった?」
「課題って少なければ少ないほど後回しにしちゃいたくなるのよ。中3の課題はかなり少ないのにこの日まで残ってる夏果同様ー」

基本私たちは似たもの同士だ。性格とかはあまり似てないのだけれど、根本的な何かが似ている。それが性格が似てなくともこの十数年にわたる付き合いを続けてくることができた理由だろう。確かに中3の課題はかなり少ないし友達でも終わってる人は多い。しかも今残ってる課題は一番面倒くさいもので、そういうのを後回しにしちゃうのは蒼も一緒。私だって成績悪いわけじゃないし、むしろ自分で言うのもなんだけど大分良い方だし、それでも課題の提出率は良くない。私も蒼も。

「やばいなー、私蒼の高校目指してるのに夏休みこんなんでいいのかな、そう思ってもやる気でない」
「夏果なら大丈夫だよ。私だって秋に危機感感じ始めてそれでも2月頃ですら一日中勉強とかしたことない」
「マジか」
「ちなみに中3の一年で一日の最高勉強時間は4時間です」
「……あれ、受験勉強って6時間とか7時間とかやれっていわれない?」
「冬休みは毎日最低6時間やれっていわれた。最初の2日間4時間やったけど後は2時間とかその辺」

よく合格したもんだよねー、とまた笑う。本当だ。ていうかやなこと聞いたなぁ、私夏休み終わったら頑張んなきゃって思ってたのに! 一番身近にいる高校生が(しかも第一志望の高校に通ってる)あんまり勉強しなかったなんて聞かなきゃよかった、聞かなきゃ秋頃は必死で勉強できたろうに。怠けちゃいそうだ。
なんとなく蒼を見れば、蒼も私の視線に気付いた。私は一体どんな表情をしているだろう、なんとなく恨みの篭った視線で蒼を見ている気がする。それでも蒼はにこっといつもの人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「夏果も大変だよね、誕生日なのに課題に追われるって」


恨みの色に染まっていたとおもう瞳を、思わず私は見開いた。誕生日。今日は8月29日で、確かに私の誕生日で、家の冷蔵庫にはちゃんと今日の夜家族で食べる予定のケーキも入ってて。忘れてたわけじゃない、むしろかなり前から無意味に楽しみにしてたこの日。でもまさか、勉強やらテストやら部活やらで毎日どたばたしてる蒼が覚えてるとは欠片も考えたことがなかった。今日だって会うの何週間ぶりだろうって感じ。去年までは毎日のように会ってたのに。
覚えてた、覚えてもらってた。いつも一緒にいた人にそういわれると、照れくさいような嬉しいような不思議な感覚に包まれる。私は動揺しながらも、口を開いた。

「……覚えて、たんだ」
「え、私は幼馴染の誕生日も忘れる奴だと思われてたの? ひどいなー。よく覚えてるよ、溜め込み型の私と夏果で、いつも最終追い上げしてるじゃんこの頃」
「……やな覚え方。じゃぁ誕生日なんだから、課題手伝ってよ」
「それとこれとは別だっての」

ぱこ、と下敷きで叩かれた頭を思わずさすった。別に痛みはないけれど。そのとき、その代わりに、とまた蒼の唇から言葉が紡がれて、私は蒼を見上げた。蒼はとても鮮やかで眩しい、向日葵の笑みを浮かべている。

「500円以内なら何でもおごってあげる! 遊びに行こうよ!」
「あんた課題しにきたんじゃないのか。てか高校生が500円以下とかけちすぎっそして私を合格させない気なのか私と同じ学校行きたくないか!」
「夏果の誕生日祝わないでどうするの! 金欠だけど頑張って500円奮発してあげよーって言ってんじゃない! それに大丈夫夏果なら大丈夫、私でさえ受かったんだから夏果なら大丈夫」
「根拠は」
「夏果だから」
「なんかムカついてきた。500円きっかりまで奢らせてやるっ」
「上等ー」



そして私と蒼は先を競うように私の家の階段を駆け下りる。どたどたどたと家族の迷惑も顧みない足音を立てて。玄関に下りてサンダルを履いて、日焼け止め塗ってないなーなんて考えながらも二人で外に飛び出した。今だけは因数分解とか原子記号とか男女共同参画社会基本法とかはもう頭の隅っこからも抜け出して、ただ蒼と過ごす夏の終わりの空間だけを楽しむ。ぬったりと肌を舐める残暑の空気が気持ち悪い、それでも隣に蒼がいる。それだけでその空気は柔らかな蒼に染まる気がした。


「来年は一緒に通おうね、夏果っ」
「いっそ留年して私と同じ学年になれば」
「アハハ、冗談ならない」
「をーい」








それは夏の終焉の頃、蒼と過ごす蒼の空間のなか。
もう二度とは戻れない、中学生として最後の15の誕生日。
















(そして蒼と共に桜の季節へと歩みだす)














(07.08.29)
(Happy birthday my friend!!)